近鉄百貨店の包装紙

Twitterで「HYDEさんにプレゼントもらった〜(´∀`)」と報告をしたのだけども……
リプライの半分、いやそれ以上が「近鉄百貨店の包装紙」に集中したのはなぜなのだ?(笑)
 
僕的には包装紙を外して中味を見た瞬間に「なるほど……というか、、、なるほどぉ(´Д⊂グスン」となった経緯をTwitterの140文字では説明できそうもないのでまたもやブログにしてみる。
 
元々誕生日の数日前に「お酒送るよ〜」「うぇーいお酒くださーい」といったLINEのやりとりがあったのだけれども「目当てのお酒が見つからなかったのでとりあえず別のものを」と、それはそれでとても素敵なそば焼酎とお酒によく合うおつまみセットをクール宅急便でいただいていた。
 
ここ最近はこんな情勢だしお先真っ暗の音楽業界、大好きなお酒ではあるけれども節制しなければと安い酒をチビチビ飲んでいたのだけども(禁酒するまでには至らないのが酒飲みのダメなところではある)、こんな美味しいお酒に、絶品の肴!
「もう十分すぎるぐらい幸せ」ではあったのだけれども、本日さらに「本命便」が届いた。
 
開封して出てきたのは……
和歌山の酒!貴梅酎40度!
 
梅酒?と思ったのだけども、調べてみたらなんと!梅酒を贅沢にもさらに蒸留したというとても珍しい焼酎とのこと。
こんなレアなお酒、、、確かにどこにでも売っているものではあるまい。
 
近鉄百貨店の包装紙に包まれていたことからわかることは……恐らくはこのお酒を見つけるのに大変な労力をおかけさせてしまったのではないか?ということ。
わざわざ僕なんかのために(´Д⊂グスン
 
 
もったいない。
 
飲んでしまうのはもったいない。
 
これは飲めませんよ。
 
飲めるわけがありません。
 
 
いや、飲みますがね(笑)
 
 
飲めませんよと口先では言いつつも、
なぜか我が両手はルンルンと開封の儀の準備をしており、
気がつけばグラスに氷を入れ、
 
(最も美味しい焼酎ロックの飲み方はサーモスタンブラーに丸氷なのだが、ここはせっかくなので写真映えを意識して焼酎グラスに、最近丸氷を作っておらずこだわって作ると3日かかるのでここはノーマル氷で妥協)
 
そして躊躇なく封を切り、
 
 
迷うことなく蓋を開け、
 
 
トクトクトクと注がれる貴梅酎40度!
 
 
だが気をつけろ!
40度はウイスキーに匹敵する度数だぞ?
なみなみはイカンよ、
なみなみはね…
…トクトクトク…
 
なみなみや〜ん!!
 
いただきまーす!
ハッピーバースデー自分。
ありがとうHYDEさん!
 
ゴクリ。
 
う、うううう、うまい!(≧∀≦)♪ 
 
梅酒、しかも本場紀州梅の芳醇な甘みがほんのり香りつつ、しかし意外にもスッキリした味わい。
だがしかし40度のガッツリした味わいを同時に感じるのがただ事ではない!
 
あああ、幸せ……
口腔内でゆっくりと存分に味わいながら、喉に流した瞬間にカッと熱くなるこの感覚!
食道を通り胃の腑に染み渡るこの体験!
 
普段は無意識に飲んじゃっているお酒だけど、やはりしみじみと味わうお酒は格別に美味い。美味すぎる!
 
速攻で気分上々にあがっていく自分。
イカン、もうちゃんとした文章書けない(≧∀≦)♪ 
 
という謎のリアルタイム飲酒レポートをしてみました。
(飲んだ以降の写真が一切ないのがレポートとしてはかなり不完全だが、美味しいから問題なすよ←論点がすり替わっている)
 
重ね重ねありがとうHYDEさん!
こんな美味しいお酒……多分数日以内に速攻で飲んじゃいます(てへ)

ブルーソネットに描かれた今現在

中高生の頃にリアルタイムで読んでいたマンガなので35年程前の作品となるが、「ブルーソネット」は柴田昌弘氏のSF長編漫画である。
「花とゆめ」に連載されていたので一応少女漫画ではあるのだが、内容は完全なるSF作品であり、当時の自分は「これを知らないSF好き男子はもったいない!」と思っていた。
 
尚この当時の「花とゆめ」は、その可愛らしい雑誌タイトルとは完全真逆の、それこそ常軌を逸した連載陣で編成されており、この「ブルーソネット」では悪役の少年が船のスクリューでバラバラにされ、「スケバン刑事」では主人公麻宮サキがミミズで埋め尽くされたプールに放り込まれ、そして「パタリロ」ではホモネタが遺憾なく発揮されていた(笑)
 
「ブルーソネット」は……世界征服を企む悪の組織に立ち向かう美少女エスパーの物語であり、「サルでも描けるマンガ教室」的な分類をするならば「イヤボーンの法則」にあたるマンガとなる。
(敵対する相手に「イヤ!」と叫ぶと「ボーン!」と頭が破裂するエスパー系の物語は「イヤボーン」と分類される)
 
GWの部屋の片付け中にうっかりロフトに上がり1巻を手に取ってしまったが最後あれよあれよと最終巻である19巻までほぼ一気読みをしてしまったものだから実に片付けの進みが悪かったし、なんならGWが明けたこの週末もずっと片付けをしているのに終わる気配が一向にしない←(「王家の紋章」こそ読んではいけない長いから)
 
おおよそ非現実的なフィクションと思える内容ではある。
僕自身大好きなマンガだし凄く練り込まれたアイディアとストーリーであると思いつつも、しかし現実的な内容だと思ったことはこれまでになかった。
なにしろ主人公のエスパー美少女に敵対するのがさらに美少女のエスパーサイボーグ、それでもって敵が「悪の秘密結社」という“いかにも”な内容だからだ。
 
しかし、今この現代になって改めて読み直してみると、気味が悪いぐらいに「今」そのものを描いているように思えてきたのだ。
ここ最近、大友克洋氏の「AKIRA」が「まるで2020年そのものを予言していたかのような内容だ」と注目を浴びているが、僕個人的には「いやいや、この『ブルーソネット』も相当なものかもしれませんよ?」と思ってしまったのでブログに書いておこうと思ったわけだ。
 
 
世界征服をするにあたり、子供向け戦隊モノに出てくる悪の組織のすることが「幼稚園バスをジャックする」に対して、「ブルーソネット」の秘密組織タロンがしたことは、「マインドコントロールを使って世界全体を洗脳していく」という計画だった。
ちなみに敵組織「TARON」とは世界の主要軍需産業の頭文字を取った集合体の名前であり、まさしく前回のブログに挙げたような「誰もが知ってる有名企業の頭文字」そのものに酷似している。
このTARONによる最終的な人類のコントロールの方法が「『音の麻薬』となる新方式のサウンドシステムを爆発的に普及させてマインドコントロールをし『善と悪』の争いを誘発させていくことで人間不信社会を形成し最終的に地球から人類を排除していく」というものだった。
これまでは「そんなに都合よく全人類が飛びつくようなメディアなんてあるものか!」と数十年間ずっと思っていたのだが…
 
「ブルーソネット」の連載は1981〜1986年なので、当然iPhoneはもちろん携帯電話すらない時代。
物語に登場する「人類をコントロールするメディア」は「REVO」という名称の新型CDウォークマンなのだが、これが爆発的に普及しあっという間に誰もが持つ装置となってしまう。
「手にしたものは瞬時にそのメディアの虜となり肌身離さず使い続ける」なんて、マンガの世界だけの都合の良い設定としか思えなかったのだが、現代に変換するならば…まさにスマートフォンそのものではないか!
REVOを使い続けることによって知らず知らず洗脳されていく人々。現代社会のスマートフォンの普及率、そしてその普及に大きく貢献している企業集合体。不気味な共通点と思えてしまう。
 
そしてもう一つの「そんなに都合よく善と悪が対立するような洗脳ができるものか!」と突っ込みたくなる部分にしても、ここ最近の社会情勢を客観的に見て感じる違和感に妙にシンクロしてしまう。
 
「ブルーソネット」で描かれる「善対悪」には「イジメをしていた中心人物を弱者が一致団結して半殺しにする」とか「暴走族を市民が待ち伏せして袋叩きにする」といったような、これまでは泣き寝入りしていたような悪を、弱き善が一致団結して戦うような表現が多々ある。
これが結構恐ろしくて、作中では「悪い奴が裁かれて何が悪い」といった風潮で社会が弱者側につくような描写がされていく。
 
なにか、これに似たような社会になってきてはいないだろうか?
ここ最近だけでも「パチンコ店問題」「他県ナンバー狩り」「自粛警察」といったワードたちが、もろにこの構図に当てはまってしまうように思うからだ。
 
「自分は正しいと思う過剰な正義感」と「強い信念」を持った人たちの一方には、彼らの火に油を注ぐような対立側が相当数存在している。
今この状況で繁華街を出歩いてしまう人、パチンコ屋の行列に並んでしまう人、湘南の海に群がる人など、正直僕の視点からも「???」と感じる人が数多くいる。
 
自分の中ではこうした行動がまるで理解できないわけだが、しかし一定数、いやかなりの人たちがそういった行動に疑問を持たずに外出してしまっている。
それら理解できない人たちに、剥き出しの憎悪で噛み付く“さらに信じられない人たち”が、現在の「自粛警察」現象と言えるだろう。
 
これに追い打ちをかけるようにマスコミが視聴者を煽るので、ますます「過剰なる正義」が過激化し続けているように思う。
まさに「ブルーソネット」に描かれている「善対悪」の両側にコントロールされている世界そのものではないか。
 
我々、既に誰かに洗脳されてしまってますかね?
 
 
もう一つ、こういった「世界征服計画」というのも長年の間僕はずっとピンと来なかった節があった。
征服するのは良いとしても、例えば「人類滅亡」を実行してしまったら地球には誰もいなくなってしまい、それでは誰も支配ができずに征服ともならず、その後の世界は結構不便になるのではあるまいか?(笑)
しかしこの考え方も現代社会に当てはめてみると、わかりやすいぐらいに納得できてしまう。
要は「人大杉」なのだろう。
 
気味の悪い噂話や都市伝説が相変わらず猛威を振るっている昨今ではあるが、振り返ればこうした終末観を描いた作品は昔から相当数あったことだろう。
どうか過度の不安を抱かず、ネガティブな情報に絶望せず、しかし「備えあれば憂いなし」の心構えを持って、このコロナ騒動を乗り切ろうではありませんか。
 
以上、ブルーソネットを久々に読んで感じたことでした。

511に地震は来るのか?

このところネットやYouTubeでウワサになっている巨大地震説がある。
(前震、本震、余震を含めて)5月11日に要注意という内容なのだが、本当に来るのだろうか?
僕は来ないとは思っているけれども、地震が来ないという根拠がどこにもないのに断言するのは「来る」と言ってる人と同じになってしまうので「来ないといいですね」としか言えない。
多分今度も来ないとは思うのだけれども、ここ数日緊急地震速報が立て続けにあったりして、やや緊張しているし正直なところ不安でもある。
ただ、こういった地震予言はこれまでも繰り返されてきたのだが大抵は来なかったし、日付入りの予言に関してはただの一度も当たったことはないそうだ(「来る」と言い切って来なくても「来なくてよかったですね」がまかり通るのが地震予言の無責任なところであるw)。
 
このブログではこれまでかなり批判的に扱ってきた「東大地震研」なんて権威は、それこそ「いつ来てもおかしくない」と50年前から「南海トラフ地震」をほのめかしながらも結局未だ来ておらず、その間に阪神淡路、中越、東日本、熊本といった深刻な大震災をスルーし続けてきてしまった。
逆張りした方がよほど正確なぐらいにピンポイントで予想を外し続けてきた50年だったのだ。
地震対策予算は東海に集中し、結果としてそれ以外の地方の巨大地震はより甚大な被害となってしまったと考えると、半分は人災、東大地震研にはかなり重い責任があるのではないだろうか?
 
しかし東大地震研の研究に意味がないとは全く思っていないし、むしろそれ以上に優れた地震研究組織が日本にあるとも思っていない。
つまり、地震予知というのは現代の科学力ではまだまだ複雑すぎて難解というのが実情といって差し支えないのだろう。
だから今度もきっと来ないと短絡的に思ってしまえば話はそれで終わりなのだが、最近のネット界隈のウワサにはかなり壮大な陰謀論が混ぜられている。あなたも聞いたことがあるだろうか?
 
 
フリーメイソン、イルミナティーといった、陰謀論としては古典的とも言える秘密結社の暗躍、人類の数を減らすための「COVID-19」を決定的に広めるダメ押しの人工地震、島国の日本は格好の実験場、311も人工地震だった?政府の強硬手段を隠蔽するため、ワクチンと一緒にマイクロチップを国民すべての体内に埋め込むための下準備、5G導入の秘密裏計画等々、鵜呑みに信じていたら命がいくつあっても足りなさそうなキナ臭い説がゴマンとあり、多くのYouTuberが口を揃えて「511には気をつけろ」と言っているのがなんとも不気味な昨今なのである。
 
僕は元々「やりすぎ都市伝説」系の話は大好物なので、この手の陰謀論が嫌いではない。
関暁夫のフリーメイソンシリーズは、それこそ10年前からずっと見続けていた。
こういった陰謀論の鉄板である「予言なのではない。911も311も最初から計画されていたことが予定通り実行されただけなのだ」という説は実に怖い。
 
 
これまで起こった大事件を予言していたとされる「イルミナティーカード」をご存知の方は多いと思う。1982年に普通のカードゲームとして販売された「組織支配ゲーム」の図柄には、確かに911や今回の武漢発のウイルスを見通しているように解釈できるものがある。
(炎上する2本のタワービルとペンタゴンはあまりに的確すぎる)
 
しかし当然のことながら、ただのカードゲームに30年後40年後の未来の出来事を映す予言力があるはずがない。例えるなら「人生ゲーム」のコマの指示に人類の裏情報が隠されているようなものだからだ。
つまり、このカードに予言力があったのではなく、このカードに目をつけた誰かが図案と同じことを実行してきたとなると、論理的に最も辻褄の合う方向性となるのではあるまいか?(アガサ・クリスティーや横溝正史の推理小説ではお馴染みの手法である。マザーグース「誰がコマドリを殺したのか?」とか「手毬唄にある不気味な歌詞」になぞらえた連続殺人といった劇場型犯罪の典型例に酷似している)
 
この説は非常に壮大かつ眉唾モノではあるのだが、否定する根拠もさしあたってはない。
だが、起きてきた事象の規模があまりにも大きいため、実行している誰かは相当の権力と実行力を併せ持つ巨大組織であり、短絡的に考えるならば「秘密結社」となるのだろう。
フリーメイソンやイルミナティーという言葉は一種の記号のようなもので、その中身は巨大軍需産業であったり、誰もが知る世界企業だったりの集合体だと言うのだ。
(壮大すぎて鼻血が出てきそうだ)
 
またその中にはイーロン・マスクが地球外移住計画を強引に推し進めているのは、まもなく来る地球規模の大災害、地磁気の反転(ポールシフト)が起こり地表には住めなくなるから…といった現実味のある話も混じっているから怖い。
 
 
しかし、こういったアンダーグランドな話というのは、これまでは好事家がマイナーな情報を探って少しずつ解き明かしていくような…「知ってる人だけが密かに知りうる情報」を同好の士で共有しあって背徳的な知識欲を満たすようなイメージが強かったのに対し、今回の陰謀論はあまりにもメジャーな位置でウワサされてしまっていることに違和感を覚える。
数日前のTwitterではハッシュタグ#巨大地震と#人工地震が同時にトレンド入りしていたし、普段ネットを見ないような高齢の知り合いに「511に地震が来るって話知ってる?」と言われたりして、もはや「公然の秘密」となってしまっているからだ。
 
 
多くの陰謀論一つひとつを辿っていくとそれぞれ話に無理な部分がある。
例えば「意図的にまかれた細菌兵器説」にしてもワクチンとセットで作らないことにはまいた側も自滅してしまうし、中国の事故を偽装して実はアメリカがやった説にしても、だとしたらアメリカの犠牲者が多すぎて「完全自爆テロじゃないかそれ?」となってしまうし、フリーメイソンの仕業だというならチャールズ皇太子が感染してしまうのが無警戒すぎると思うし、「いやいやあれは疑われないための陽動作戦で実は皇太子は感染などしていなかったのだ」といった否定論が同時にヒットしたりもする。
 
キリがない!
本来ならばそういったキリがなく結論が出ないところが陰謀論の面白味であったりもするのだけれども、今回のように社会全体、世界全体規模での大被害となってしまうと、今までのような無責任な陰謀論では済まされなくなってしまうのが怖い部分だ。
現実的に生活大変だし、「迷惑だからやめて!」では済まされない未曾有の災害であることがただただ怨めしいし、そこに陰謀論をくっつけるのも腹立たしく感じる。
が、全否定できない歯切れの悪さを同時に感じてもいる。
あからさまに不自然なことがそこかしこで起こっているのもまた事実なのだ。
(緊急地震速報後にNTTとソフトバンクがほぼ同時に全国規模でダウン。やはり「#地震のせい」というハッシュタグがトレンドに乗った)
 
また「こんな重要な秘密をブログに書いたらあなたの命が危ない!」と思われる方がいらっしゃったらご心配ありがとうございます。
しかし僕自身ネット検索を軽くやっただけでヒットしたことばかりをまとめているだけなので、多分秘密結社の方々は放置してくれているようです(笑)
 
それとは別に、これから大きく変わっていく未来への準備は個々がキチンとしていかねばならない。
地震が来ても来なくても、生き方は変えていかねばならない。
当分元の世界に戻ることが困難であると確定しているし、全てが終息した後に戻る世界にしても、今までとはだいぶ違う世界になっていると思うからだ。
 
さしあたって今は…部屋の片付けと徹底的な断捨離をしている。
生活をミニマムにしていく第一歩である。

偏見だらけの「音」雑学

気がつけば音楽の仕事に携わってまもなく33年。
技術や知識は蓄積してきたものの、常に進化を続けている世界でそれらを生かし続けるのは難しい。
どんどん進化をしていく時代の中で常に新しい「音」が生まれ続けてきているからだ。
最新の技術やセンスであればあるほど、タイミングを誤るとたちまち「ダサい」と言われる一方で、一定期間が経過したレトロなものに関しては「アリ」と賞賛されたりする。
そういった周期的な波が繰り返され少しずつ変化を続けている現代音楽。
 
そんな世界で30年以上揉まれてきたわたくしJin Saitoが思ったこと、感じたことを毎回テーマ別に解説する新・音楽講座のスタートです。
 
第一回テーマ
・バンドサウンドの仕組み
バンドサウンドはそもそもどうやって作られているのか?楽器編成は?メンバー構成は?作曲から録音からライブまでの流れとは?
原点に返ってわかりやすく説明します。
(ギター本体とアンプの組み合わせだけでも無数のバリエーションがある)
 
・アニメ音楽の謎を解く
往年のアニソンから壮大な劇場版音楽まで、ロックサウンドとは違う「高揚感」を我々に与えてくれるアニメ音楽。今でも口ずさめば元気が出るし、そもそもなんで子供の頃に覚えた歌詞を忘れないのだろう?なんて思ったことはありませんか?そういった謎を一緒に解明していきましょう。
(「破壊の美学」こそが「宇宙戦艦ヤマト」最大の魅力だった)
 
尚、メインタイトルに「偏見だらけの」と掲げてある通り、この講座は教科書に書いてあることを噛み砕いて解説するといったものではなく、また一般的な音楽進化論といった堅苦しい内容でもない、わたし個人が経験してきたこと忘れられないこと、感動してきたこと目からウロコが落ちたことなどを根拠とした、いわゆる「持論を展開する」内容であります。
また私自身の経験がベースとなるので、当然出典元も相当偏っています。
 
バンドサウンドは自分のリスペクトする偏ったアーティストたち、そして仕事で関わってきたバンドが中心となりますし、アニメ音楽に関しては「エヴァンゲリオン」より後ろの解説はほぼないぐらいに思ってください。
 
(パソコンの画面内で選ぶキーボードの音色も、ホンモノをキチンと録音するとなると非常に大掛かりになる)
 
 
日時:2020年2月23日(日)
場所:ヨコタベーススタジオ
第一部「バンドサウンドの仕組み」:14時〜(90分)
第二部「アニメ音楽の謎を解く」:16時〜(90分)
第三部「食事会という名の宴会」:18時〜(??分)
 
詳細とお申し込みはヨコタベーススタジオからご確認ください。
https://yokotabasestudio.com(coming soon!)
ヨコちゃんが更新してくれないから強引にブログ先行(笑)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

本年も当ブログをよろしくお願いいたします……なんて言えないぐらいに更新が滞っておりますが、今年はもうちょっと更新頻度を増していきたいとは思っております。…思ってはいるんです!

皆様にとっても幸せな一年になりますようお祈り申し上げます。

 

2020年 元旦 JIN SAITO

Happy Halloween!

年に一度の恐ろしいパーティー、毎年恒例の行事が今年はなかったので、とても小規模ではあったけれども主催しているDTM教室を半ば強引に「ハロウィン特集」と銘打って、当日は仮装授業というかなり変わった形態でのクリニックとなった。
事前に「僕に関してはかなり手抜きの仮装しかしませんよ〜」と逃げを打っていたにも関わらず、参加者の皆さんの多くがかなり本気の仮装をしてきてくれて嬉しい限りでありました(^^
 
自分的にはとりあえずamazonでテキトーなゾンビコスチュームを購入して「OK!」と思ったのだけども…ふと自室の本棚の上に飾ってあるマスクを見て「コレダ!」と閃いてしまう。
かくして第一部はゾンビ、第二部は13年前の自分になりきってみたのだけども…
考えたらあまりに当日テンパっていて自分の仮装写真を一枚も撮っていないことに数日経ってから気がつくの巻。(´_ゞ`)ちーん 
 
集合写真を拝借。
 
今日が本場ハロウィンの日ですが、街の様子はどんなことになっているのでしょうか?
 
Happy Halloween!

おとなのためのDTM講座〜その10

いよいよ第10回目となる「おとなのためのDTM講座」です。
10回に渡って開催してきた講座ですが今回で一区切り、最終回となります。
最終回は10月27日(日)、場所はいつものYOKOTA BASE STUDIOです。
詳細はYOKOTA BASE STUDIOのブログをご覧ください。
 
第一部「DTMとはなにか?」
13時スタート(予定)
 
第二部「ハロウィン音楽の特徴とは?」「マニピュレーターのお仕事とは?」
14時30分スタート(予定)
 
第三部 食事会という名の宴会
 
巷はすっかりオレンジ色のカボチャで溢れ、日本でも定番となってきたハロウィンですが、その由来を知る日本人は意外と少なくありません。
その辺りのウンチクをホラー映画系から引っ張ってきて徹底解説をする講座ではありません(笑)
 
今回はハロウィン音楽を分析していきます。
ハロウィンという特徴のあるお祭りに流れる音楽にもまた同様に独特の雰囲気があり、普遍性を持ちながらも様々な新しい曲が生まれ続けています。
「ちょっと怖くて楽しそうな感じ」を音楽的に分解してみます。
この講座を受講すればあなたもハロウィンミュージックを作ることができる!…かも?(笑)
 
 
そしてDTMを極限まで追い込んだ職業とも言える「マニピュレーター」という仕事とは一体どんなものなのか?をマニピュレーター歴30年オーバーのわたくしが徹底解説。
ステージ裏から、あるいはステージ上からバンドの演奏やアーティストを支えているポジションではありますが、イマイチなにをやっているのか不明だと思っている方も多いことでしょう。
またステージマニピュレーターに限らず、レコーディングやプリプロ時にどんなことをしているのかも解説します。
この講座を受講すればあなたもマニピュレーターになれる!…かも?(笑)
 
なお、講座開催時期が偶然にもハロウィンに近い日曜日なので、参加者は是非仮装してお越しください。
仮装しなくても大丈夫ですが、平服だと多分浮くような気がします(笑)
……ただしあまり本気すぎる装置のようなものを装着しての参加は会場が手狭なためご遠慮ください(笑)
「年に一度の本気のパーティー」レベルの気合は入れなくても……入れてもいいですが僕は東急ハンズレベルのなんちゃって仮装で済ませますとあらかじめ宣言。

センセー

第9回「大人のためのDTM講座」を受講してくれたみなさん、ありがとうございました!
そして初めて受講してくれた方を含めて目をキラキラさせながら質問をしてくる瞬間、毎回とてもワクワクさせられております(^^
前回から3ヶ月が経過してしまったのですが、次回は約一ヶ月後の10月27日(日)を予定しております。
詳細はまた追って報告します。
 
(映画「カメラを止めるな!」のテーマ曲をDTMで再現+αしてみました。ポン!)
 
 
今日はセンセー、先生の話である。
なんでもそうなのだが、人に物事を伝えるにはエネルギーが必要だ。
他人にわかりやすく正確に伝えるには、それなりの準備期間を必要とするし、口頭だけでは伝わらない内容であれば図解を作成したり写真を揃えたり音源を用意したり、音源そのものを作ることも多々ある。
そういった作業をやっているうちに「あ、コレを伝えるならばアレも説明しないと」「アレの資料を作るのだったらソレをもっとわかりやすくしないと」といった感じで内容がどんどん膨らんでいき、最終的には「コレは今回省略してアレだけ簡素に伝えよう」といった感じでまとめ、さらにそれらを制限時間内に詰め込んでパッケージするわけである。
 
そういった試行錯誤は確かに大変ではあるけれども、自分の中の知識が再構築されるだけでなく、実は曖昧だった部分を補ってくれたり、機材の使い方やパソコンについても「あ!こうやればもっと効率いいじゃないか!」といった発見が必ずあるので、自身にとってもタメになっていることがわかる。
そして己の向上のためにやる勉強よりも遥かに効率が良いことも実感できる。
 
言うならば参加者のみなさんのおかげで自分も前に進んでいけるという、そこだけを切り取ればなかなか都合の良いことをやっている自分ということになる。
「だったら無料でやってくださいよ」と思う方もいるかもしれないが、それだとどうもこの良循環が生まれにくくなるような気がする。
まずは何と言ってもお金をいただいている責任感というのは果てしなく無料のそれとは違う(笑)
「こんな内容では到底納得がいかない!」と不満を抱かれるのがなによりも怖いので、かなり追い込んで内容を吟味しているつもりだ。
 
そして受講するみなさん自身にしても「お金を出して勉強しに来ている」という意識があることで、なにより真面目な姿勢で受講をしてくれていると思うのだ。
下世話な言い方をするならば「モトは取る」みたいな?(笑)
10年近く専門学校講師を務めていたが、途中で寝てしまう生徒やそもそもサボって教室にこない生徒が必ずいた。
専門学校にしても授業料を払っているので無料ではないはずなのだが、やはり「単位取得のために仕方なく来ている」といった義務感で受講している生徒も少なくなかった。
教室全体の空気は弛緩しており、ピリッとした緊張感はなかったように思う。
 
 
先生という職業は大変だとは思うけれども、そう考えてみると一番楽な先生はおそらく「予備校講師」のような気がする。なぜって生徒さんはかなり真剣に、それこそガン見姿勢で受講している人が多そうな印象があるからだ。
もちろん志望校合格という目標を叶えるための大変なプレッシャーがあるとは思うのだが、生徒のやる気は他のどのジャンルよりもあるのではないだろうか?
 
それとは逆に一番大変なのはやっぱり…勉強する気のないまったくない生徒さんにそれでもなんとか教えなければならないポジションなんだろうなぁと思う。
センセー様方々、お疲れ様です!
 
 
さて、久しぶりに気持ちにユトリある1日を過ごしている。
こんなに油断できる日は久しぶりのように思う。
こんなまったりした日は…はい、前回の講座参加者アンケートプレゼントのPDF作成をいい加減ちゃんと作ります!今回の分もちゃんと作ります!
ずっとサボっておりました。今日こそはやります!ひぃ!
 
と思いつつ、久しぶりにのびのびとブログ記事を書いてみた(^^

おとなのためのDTM講座〜その9

先日家電量販店のゲームコーナーを見てビックリしました。
そこには「レトロゲームコーナー」というものがあり、僕が小・中学生の頃に流行ったゲーム「ギャラクシアン」「エレベーターアクション」「パックマン」などが単一商品のハードウェアとして売られていたのです。
その他にもファミコンやスーパーファミコンの復刻版など、充実したレトロっぷり!(笑)
いよいよ近接してきたハイクオリティーなゲームと映画の生々しすぎるCG技術の反作用として、こんな流れが起こっているのかもしれませんね。
 
 
ボタンを押すと画面の中のキャラがジャンプをする。
アクションゲームに感じた最初の喜びはそんなシンプルな動作ながらも「自分の思い通りにキャラクターを操作できる」ということを思い出させてくれました。
 
さて、現代のDTMも複雑な現代ゲームと同じく、できることが多すぎて「一体全体どこからはじめればよいものやら」となってしまっています。
ですが時代は進化しても基本は30年前から変わっていません。
「データを入力し音源を鳴らす」ことがDTMのはじめの一歩となります。
 
シンプルにはじめましょう、学びましょう。
そしてスムーズに進みましょう。
 
 
ここで第9回目となる「おとなのためのDTM講座」のお知らせです。
 
日時 2019年9月22日(日)
第一部13:30〜(60分)
第二部15:15〜(90分)
 
申込受付等の詳細はヨコタベーススタジオのお知らせをご覧ください。
 
 
第一部「初級講座〜DTMとはなにか?」(60分+質疑応答)
・DTMとはなにか?
・性能差1万倍以上!?ここまで進化したDTMの歴史
・鼻歌をPCに取り込んでオンガクに昇華する実演
 
第二部「中級〜DTM実践講座」(90分+質疑応答)
 
1.奥義直伝!DTM打ち込みテクニック伝授2〜実践!DTM生ドラムとマシンドラムの違い
 
音楽の三要素の一つ「リズム」について深く掘り下げる実演講座。
機械のノリと人間のノリ、それぞれのグルーヴの生み出し方やノウハウを徹底解説!
 
2.ヒットソングから学ぶ作曲講座5〜空間の作り方
 
音楽を構築する上で重要となってくる「ミックス」。
単に各パートの音量のバランスだけではない様々な加工や処理の仕方を具体例を挙げながら解説。
 
 
第10回で一区切りを予定しているこの「おとなのためのDTM講座」もいよいよ第9回。
内容はより高度にマニアックに掘り下げてまいりますが、より音楽的な要素も濃くなってくるので音楽好きのあなたにはより興味深い内容になるかと思います。
 
AさんとBさんのドラミングの違い、TR-808とTR-909の打ち込み方の違い、時代と共に進化し続けてきたサンプリングドラムのクオリティーの違いなど、ドラム打ち込み特集をバンと組んでみました!
 
 
そしてこれまでも小出しにしてきたミックス講座でしたが、今回はより実践的に具体的に楽曲データを用いながらチャート方式で「ミックスAとB」の違いをみんなで聞きながら「え?なんでそのパートそんなに小さな音にしちゃうの?」「え?なんでそんなに音をこもらせてしまうの?」といったような疑問をあえて感じていただきながら、ミックスの重要性について解説していきます。
 
お楽しみに!(^^

おばけ

先日、家の前で洗車をしていたら隣人の男の子が思いつめた表情で話しかけてきた。
毎年庭でひまわりを手塩にかけて育てている小学生のよいこだ。
「ねぇおじさん、おばけって本当にいるのかな?」
おやおや、それは深刻な相談事だこと。
現実主義の僕としては「そんなものいないよ」とぶった切りたいところではあったけれども、こういうのは家庭それぞれ様々な方針があるだろうから迂闊な否定をしてはいけないのだろう。
 
「○○クンはどう思っているの?お母さんは何て言ってるのかな?」
 
「うちのお母さんは何かあるごとに『おばけに食べられちゃうよ』って脅すんだけど、本当のところ僕はおばけなんていないと思っているんだよ」
 
なかなか聡明な子だなぁと感心しつつも、ここは家庭の方針を捻じ曲げずに自分の考えを伝えることにした。
 
「おじさんもおばけなんていないと思っているよ。でもね、おばけが怖いって思いは持っているかなぁ」
 
「???」
 
「貞子って知ってる?」
 
「知ってる」
 
「うん、貞子は映画の中に出てくるおばけなんだけども、あれは空想のキャラクターだから現実にはいないよね?でも『貞子は怖い』って思いは大人であっても拭えない感情なんだよ」
 
「うん…」
 
「本当にいるかいないかはあまり関係なくてね、恐怖の対象としてある以上それはやっぱり怖いものなんだと思うよ」
 
「…んーよくわかんない」
 
「そうだなぁ…恐竜はとっくに絶滅しちゃった生物だけども、人類の祖先が抱いていた恐怖のイメージがDNAの中にずっと受け継がれていて、『危険』と本能で感じるのにも近いかなぁ?」
 
「うん、ティラノサウルス怖い」
 
「だとするとやっぱりおばけという存在もまた人間が根源的に持っている恐怖の対象なのかもしれないね。過去にはやっぱりいたのかもしれないし、今もいるけど見えないだけなのかもしれないね」
 
「えーやっぱりおばけはいるの?」
 
「それはわからないけれども、おばけは怖い?」
 
「うん怖い」
 
「じゃあ○○クンの中にはやっぱりおばけはいるんだね。おじさんの中にもいるよ」
 
 
実際はここまで理路整然とした会話ではなかったけれども、要約すればそんな内容の話を10分ぐらいしただろうか。
男の子は半ば釈然としない感じではあったけれども一定の納得はしたようではあったし、なによりも自分の中で非常に合点のいくおばけに対する答えが出たような気がした。