月別アーカイブ: 2015年10月

マッドマックス〜怒りのデスロード

幕張最終日のVAMPSの仮装はズバリ!映画「マッドマックス」シリーズから個性的なキャラをそれぞれ持ってきた。
僕は前回のエントリーで書いた通り、最新作の悪役に位置するイモータン・ジョーの仮装をさせてもらったのだが、実のところこの役柄を誰がやるかメンバー間で争奪戦が小規模ではあったが起こった(笑)
「いやいやいや、長年やってきてるマスクキャラは誰にも譲れませんなぁ」と強引ではあるがなんとなく説得力のあるセリフで権利を奪取した僕なのであった(笑)
それにきっとメンバーの中で誰よりもイモータン・ジョーを愛しているという確信もあったので、おいそれと譲るわけにはいかなかったのだ(笑)

今日は最新作「マッドマックス〜怒りのデスロード」のレビューをしてみたい。
厳密にはこの文章は映画館で鑑賞したあとすぐに書いておいた「感想文」を加筆編集したものだ(笑)
小・中学生の頃は何よりも苦手な「読書感想文の宿題」だったけれども、愚息はこんなに文章を書くのが好きな子になりましたお母さん。だいぶ遅いけど(笑)

ジョージ・ミラーの出世作でもあり代表作でもあるマッドマックスシリーズ。
30年ぶりの新作は、良くも良くもマッドマックスであった。

これまでいきなりヒット作を生み出し有名になっていった監督を多く見てきている。
スピルバーグを筆頭にジェームズ・キャメロン、リドリー・スコット、ティム・バートン、リュック・ベッソン、、、日本人では北野武、伊丹十三、押井守、近年では山崎貴や中島哲也など、どの方々も敬愛する偉大な監督たちだ。

多くの出世監督の共通点として言えることは、世界に評価され、かけられる予算が跳ね上がり、本当に自分の表現したかった映画を撮る権利を与えられ…そして駄作を産み出した前科があるということだ(^^;

素人の自分が上から目線ぽくこんなことを言うのは不遜な思いでいっぱいではあるのだが、おそらくは事実であろう。

予算のやりくりが上手で低予算を逆手に取ったようなアイディアで名作に仕上げるのが得意だった人間が、いきなり10億だ100億の予算だと言われたら…そりゃ舞い上がって詰め込みすぎて意味不明な映画になってしまった!なんてこともわからなくはない(^^;

ジョージ・ミラー監督とて例外ではない。
記録的ヒットと絶賛を浴びたマッドマックス1&2の後の3は、シリーズの中で異彩を放つ作風となってはいるが、監督本来の力量がいまひとつ発揮されなかったように思う。

そして30年の時を経て放たれた今回の「マッドマックス〜怒りのデスロード」、
こちらは非常にふんだんに予算が投入されていることが画面からビンビンに伝わりながらも…
やりすぎることなく乱れることなく監督のイメージを実にクールに表現しきっているシリーズ最高傑作に仕上がっていると思う。

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派手な演奏で戦闘の士気を高める音楽隊。まるでこの映画そのもの。最高だ!

冷めた目線で言えば「MAD MAX2」と映画コンセプトはほぼなにも変わっていない。
悪い奴が世界を支配し、それに巻き込まれる形で嫌々ながらも悪に立ち向かわざるをえない主人公という図式。

これを原点回帰と言うのだろうか?
ストーリーはほぼないに等しく、ひたすら続くアクションアクション、そしてアクション。
だが、画面に溢れるこの説得力!エネルギー!そして人間描写!
ただただサバイバル世紀末の仮想体験が続く。

監督の求めているモノ、観客に見せたいものが「これ」であることが明確に伝わる。
ストーリーはないに等しいと書いたが、それは物語的なあらすじがシンプルというだけのことで、細かい部分では徹底的なまでに精密描写がされており、つまるところそれらの描写の集合によって世界観全体を表現している。

使用している改造車、武器、意外な攻撃方法、カッコよすぎる武装音楽隊、個性的な中ボスキャラ的存在、イモータン・ジョーのカリスマ性やウォーボーイズの狂信的な崇拝っぷりなどなど、普通の映画だったらこれらに対しての説明のようなものが、具体的or客観的orせめて抽象的にでもあったりするものなのだが、そういった説明はほぼ全くされていない。

観客にとっては一見不親切のように思えるかもしれないが、現実世界のリアルなあれこれにいちいち説明がされないように、物語の疑問点も同様にいっさいの説明がされないまま容赦なく進行していく。

しかし観客それぞれが映画の世界観を理解し判断していくことで、あるいは映画手法のいろはを無視するような作り方をあえてすることによって、映画の世界の中により自然に深く入り込んでいくような効果があるような気がした。

これは懇切丁寧に次やるべきことが指示されるドラクエやFFといった「盲導犬型RPG」と揶揄される日本製RPGに対して、次やるべきことはもちろん、ゲームの中の楽しみすら自分で見つければ?、と突然知らない世界にポンと放り出されてしまう海外のオープンワールドゲームとの違いにも似ているかもしれない。
「SKYRIM」や「Grand Theft Autoシリーズ」が大好きな僕がマッドマックスの世界観にベタ惚れしてしまうのも必然だったのかもしれない(笑)

マッドマックスも画面のあちこちでこの世界のいろんなことを表現していて、ボーッと見ていると見逃してしまうような要素がたくさん散りばめられているのだ。


そしてジョージ・ミラーの映画の魅力は、こういった手法でリアリティーを生み出している点がもっとも大きいような気がする。
仮想現実を体験するのに複雑なストーリーはいらないし、むしろ足枷になりかねない。

「この世界」を味わうための最低限のストーリーがあり、映画を観ている自分が登場人物の中の一人であるかのような錯覚すら抱かさせてくれた今回のマッドマックス。

それはもはや映画鑑賞を超えた「体験」であった。

好き嫌いは無論あろうけれども、この「現実感」は是非体験してみてもらいたい。

そして映画を観終わった人は「イモータン・ジョーは本当に悪いやつなのか?」という視点でこの映画を見つめ直してみてほしいのだ。
彼は民を砦で守り水を与え作物を栽培し秩序を保ち遠征隊で物資の調達をしている。
集団のリーダーとしては申し分ない働きをしている理想の支配者のようにも思えるのだ。
僕はどうしても彼が「純粋な悪者」とは思えない。
むしろ悪者に仕立て上げるための恐ろしいルックスだったり、悪人要素不足で美しい妻達に貞操帯をつけさせるといった設定を後付け的にしたのではあるまいか?

そういった想像をするのもまた楽しく、この映画の世界にまた入り込みたくなってくる要因にもなり、見たら見たでまた別の視点を発見してしまったりする。

マッドマックス〜怒りのデスロード、オススメである。

イモータン・JIN

ハロウィンパーティー全公演終了!
毎年過剰に進化し続けるVAMPSの仮装だが、そろそろ頂点なのではあるまいか?(^^;
ここ数年は仮装の着脱に数時間とかかかる本気度で臨んでいるが…

そろそろ「仮装」本来のレベルに立ち返ってもよいのでは?と弱気になる瞬間がある。
たいていは薬品を使って根気よく少しずつメイクを剥がしていたりする最中だ。
つける時のワクワク感とはあまりにも対照的な、地味でつらい時間なんである。

しかしつらかったという「思い」はすぐに「思い出」に変化する。
「つらかった思い出」は「あんときは大変だったよなぁ…」といった武勇伝的な感情に変わる。
当然つらさが持続することもない。

喉元過ぎればなんとやら。

自分にしてもらったメイクの写真を改めて見返す。
たちまち苦労が報われてしまうようだ。

といったメカニズムで本気の仮装は今後も続くのでありましょう(笑)


今日は特に手の込んだ特殊メイクである「大怪我をした腕」と最終日の「イモータン・JIN」の特殊メイクについて紹介してみたい。

MVコスチュームをするのは今回で3回目になるのであろうか?
今年は演出上ハーネスを装着する関係もあって幾分軽装備となった。
現在のVAMPSライヴの僕のコスチュームの原型ともいえるフルバージョンは2014年のハロウィンが今のところもっとも完成度が高いだろう。
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バージョン1。この時からすでに「痛そうな手」をしているのだが、さらにバージョン2ではパワーアップをしてこうなった。

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ほとんど「ヘルレイザー」に登場する「地獄の修道士」である(笑)

そして今年はなぜか両腕を「大怪我」するという設定になったらしい。
なぜそんな目に?
それは僕にもわからない(笑)

特殊メイクチームはノリノリで大量の「傷」を用意して笑顔で待ち構えていた。
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写真中央のI倉氏は「学校の怪談」など普段は映画界で多忙を極めている専門家

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メイクルームの隅にひょいと生首があったりするから怖い。
(これは多分お蔵入りになったタイプ?)

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大きな傷はあらかじめカタが作ってあり、細かい傷は特殊な素材を直接「描く」

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エアブラシや血糊で丁寧に仕上げていく

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どんどんリアルな傷口になってきた

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完成!

全身写真はファンクラブ会報に載ることを期待しよう!

イモータン・ジョーに関してはさらに前段階の工程があった。
ワールドツアーが終了して束の間のタイミングで行われたリハーサル終了後に僕の顔のカタをまず取るという流れから始まった。

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特殊な素材で頭部の型取り。
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鼻の穴以外すべて塗り固められる。結構な恐怖感がある(笑)
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視力と聴覚を奪われること15分、素材が固まるのを待つ
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型取り終了。
この型に石膏を流し込んで固めれば石膏像ができあがり、石膏像に各パーツをジャストフィットさせることで理想のかつらやマスクを作ることができるわけだ。

そ、そこまでしていたの!?
と驚かれている方も多いとは思うが、僕にしたってまさかここまでするとは思っていませんでしたよ!(笑)


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ジャストフィットかつらをかぶり一旦スキンヘッドになってから、ハゲ部分に植毛をしていく。見よ!この生え際のクオリティー!

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この時点でサングラスをするとまんまシェケナベイベーな感じ(笑)

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なにやらアヤシゲなパーツを全身に装着して、メイクもバッチリして…

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割愛っぷりが雑な感じもするけど(忙しくてこの間の写真が撮れなかった)
イモータン・JINの完成!
このあとさらに赤のカラーコンタクトをいれてさらに迫力マシマシになった。

同じく全身写真はファンクラブ会報に載ることを期待しよう!


ハロウィンパーティーは出演者もお客さんも本気で仮装をしてくるビッグイベントだ。
その他の別イベントのお客さんがVAMPSファンのクオリティーに追いつくにはまだまだ数年かかるだろうし、その頃みなさんはさらに先を独走していることだろう(笑)

当然出演者サイドも負けてはいられない!と年々闘志を燃やすスタッフ陣。
本気のスタイリングを仕込んでくるスタイリストのT見氏、どんな無茶振りも可能にしてしまうヘアメイクのA木さん、そして今回フィーチャーした特殊メイクのI倉氏などの神がかり的なスタッフワークに改めて敬意を表したい。

ありがとうございます!

ところで余談ではあるが、イモータン・JINは幕張最終日に2回のやっちマンハッタンをやらかした(笑)

一つめは指示されたタイミングでオルガンの音をだすという段取りで音が出なかった。
これが厄介なことに自分の耳の中ではちゃんとオルガンの音が聞こえていたのだが、自分以外のメンバー含む2万人全員に聞こえていなかったようだ。
どこかのタイミングでデジタルミキサーの設定がセーフティーモードに切り替わってしまったと推察されるが詳細は不明である。ぐやぢい。

二つめは「せっかくだから前に来て」と言われて珍しくフロントに行くことになったのだが、僕とアーリーのつけているイヤーモニターシステムはワイヤレスではなく有線タイプのもの。
ケーブルをはずすと無音になる上に、イヤモニは耳栓のような構造をしているので外の音がほぼ聞こえなくなる。
加えてイモータン・JINのかつらの髪の毛が耳の中に入ってきてしまう関係上本番中はイヤモニが外せないという事情があるのにも関わらず、なんの考えもなしに前に出てしまった。
歩きながら「ところでどうやってコミュニケーションとるんだろうか我々は?」と思ったのだが、考えてみれば2万人を前にしてなかなかキッツイ瞬間である(;^_^A
思った通りHYDE氏がなにかしゃべっているのか、ほぼ全くわからない。

奥の手の読心術を試みたのだが、結果的にまったく見当違いだったようである。
できもしない読心術をするのではなく、自分は今なんにも聞こえてませんよということをアピールすべきだったのだが…あとの祭りである。

ま、どちらもウケたから、いっか!と思いたい(^^;

普通のライヴレポートはしないと公言しているにしても、それにしても…という話ばかりで申し訳ありません(´_ゞ`)ちーん 

次回はせっかくなのでイモータン・JINのオリジナルであるイモータン・ジョーの大活躍する「MAD MAX〜怒りのデスロード」の映画レビューです。

BACK TO THE FUTURE

大好きな映画である。
ロバート・ゼメキス監督は「私とボブ・ゲイル(脚本家)が死なない限りこの作品がリメイクされることは絶対にない」と言い切っているとか。
それだけ完璧な自信作なのだろう。


普段はゾンビ好きを自称しているが、生涯ベスト3に入る映画である。
1を見たのは高校3年生の時。
あまりの面白さに鑑賞後数日間興奮しっぱなしだった(笑)
PART2と3を見たのがその4年後。
その間も名画座で3回ぐらい見直し、ビデオでも何度も見ていたのでストーリーの細部まで熟知しての鑑賞だった。
おかげでPART2の細かい仕掛けにいちいち反応することができた。
(過去の自分との鉢合わせを回避するための危機感と完璧なカメラアングルはPart1を暗記するぐらい見ていないと全部は理解できないと思われる(笑))

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ずっと先の話だと思っていた2015年がまさに今なのかぁと思うと不思議に感じる。

Part3の完結編ではこのシリーズの完璧なロジックを改めて念押し、あるいは全否定するようなことを言っているのが興味深い。

「未来は常に変わっていく」ということ。

これはPart2の中でドクが黒板でわかりやすく解説をしてくれている。
改変されてしまった時間の中で何度タイムトリップをしても流れは変えられない。
改変される前の過去に戻って未来を取り戻さなければならない。
BACK TO THE FUTURE、「未来に戻る」という一見矛盾したタイトルがシリーズの中で微妙に意味合いを変えていくのもまた面白い。

非常に複雑な内容なのだが映画はそういった難しさをあまり感じさせることなく、そして微塵の矛盾もなく最後まで完璧に面白く描き切っている。

映画は大団円で終了したが、「今」のすぐ先からは白紙の未来が広がっているというメッセージを強く残してくれた。

昨日公開されたドクのコメントが実に感動的だった。

「なんてことだ 私の計算が正しいなら― 
今は2015年10月21日のはず “未来”がついに来た 
予想とは違うが それでいいんだ 
君の未来にはまだ可能性があるってことだから 
未来は自分で作るものだぞ 毎日を大切にな」」


映画とはだいぶ違う“未来”になったのは、あの1985年から無数にあった分岐点を我々がことごとく別の方向を選んできたから、ということになるのだろうか。


ところで昨日ツイッターでも触れたのだが、ユニバーサルスタジオのタイムサーキット問題について改めて言及しておきたい。

バックトゥザフューチャー・ザ・ライドは「現代」から「未来である2015年」にタイムスリップを冒頭でするのだけども、昨日の午後4時29分以降は「現代」から「過去の2015年」にタイムスリップをするという矛盾が起こるなぁ…と最後に乗った2014年の時に思っていた。
ライドには映画同様のタイムサーキットがフロントに装備されており、現在時刻がちゃんと表示されているのが印象的だったからこそ思ったことだ。

未確認ではあるが、ライドの現在時刻は1991年に変更されたらしい。
苦肉の策ではあろうけれども、2015年が本当に来ることをあまり考えてなかったんだろうなぁ(笑)

公開から30年が過ぎた今も愛されている映画。

Part1を見た当時、高校生だった自分が30年後の今日をどう思い描いていたのだろうか?
まったく覚えていないけれども、その時の空想とは確実に違う未来の今がここにある。

NIPPON〜3

ハロウィンパーティー神戸公演が無事に終了した帰りの新幹線車内でこれを書き…たかったのだが、朝まで痛飲してしまった関係上とてもじゃないがパソコンを開くパワーすらなくあっさり断念&爆睡車内(笑)
帰宅した後もわりとすぐに睡魔がやってきて夜の8時には倒れるように寝こけてしまい、起きてみたらば朝の4時。
自差ボケ体質とでもいうのだろうか?(笑)
さすがにパッチリと目が覚め、雑事をしてメールのチェックなんかをしてコーヒーを淹れて落ち着こう!←イマココ

なお、仮装は非公開とツイッターで書いたら結構な数のブーイングを浴びた(^^;
東京公演も残っていることだし「ネタバレ禁止」の使命感を強く持っている僕なのでここはイベントが終了するまで…と一人思っている次第である(笑)
ご理解いただけたらと思う。

日本と外国を比べて「あぁ日本に住んでいてよかった!」と思うシリーズの3回目。
最終回の今日は「自動車事情」について。
といっても自動車そのものではなく、運転や道路にまつわる話である。

いろんな国に行く、着く、空港を出る、車に乗る、
そこまではたいていはどこも同じだ。
個人旅行の場合は空港から電車に乗ることもあるが、仕事の場合はまず車で移動が基本だ。
タクシー数台に分かれてのこともあるが、ほとんどは10人乗りぐらいのミニバス〜スタッフ全員も乗せての貸し切りバスになる。
そこからホテル、もしくは会場に直接移動することになる。

話したいキモはここから。

とにかく車の乗り心地が悪い。
車のサスペンションの性能のことをいいたいわけではない。
道路の質がとにかく悪いのだ。
アスファルトで舗装されてはいるが、穴ボコだらけだったりすることも多い。
高速道路ともなるとさすがに穴ボコはないものの、舗装と舗装の継ぎ目の処理が甘くて「ガタン」と揺れる。
道路整備が非常に大雑把で、日本の道路に慣れていると「なにか大変なことが起こるのでは?」と不安になるほどだ。

大げさではなくそう思うことが多い。

そして悪いのは道路の整備の話だけでは済まされない。
運転手の運転がとにかく雑で荒いことが多いのだ。
クラクションを鳴らさない文化の日本の場合は逆に外人に「なぜユーはクラクションを鳴らさないのデスカー?」と食ってかかられるそうだが、「なぜそこまで?」と思うほどにうるさい。
周囲もみんなで鳴らすからとにかくうるさい。
根本的なモラルが違う。
これは現地コーディネーターに聞いた話だが、メキシコなどは運転免許を実質「買う」のだそうだ!※2万円程度で売られているらしくほとんどの人が「勘」で運転をしているらしい(驚愕)

まぁ渋滞時はうるさいだけだし命の危険はあまりなさそうなのでまだいい。
しかし道路がすいている時の制限速度の無視っぷりは実にすがすがしく、そして危険だ。

先の説明の通り道路事情はあまりよろしくない。
運転手の運転もテキトーだ。
その状況で高速走行をされたらどうなると思うだろうか?

ユニバーサルスタジオの「バックトゥザフューチャーライド」まではいかないにしても、確実にディズニーランドの「スターツアーズ」に匹敵するライドアトラクション状態になることが冗談ではなく多々起こる。
そう思うことで精神バランスをとらないと、とてもじゃないが怖くてやってられない。

もちろん日本からはるばるやってきたアーティスト御一行様ということでベテランドライバーが配車されているはずなのだが…我々の基準が厳しすぎるのだろうか?
MKタクシークオリティーを求めるなということなのだろうか?(笑)
あるいは単に心配しすぎなのだろうか?
結果として事故に遭ったことはまだない。

ここで日本だったら…と思う。

成田空港から東京までは東関東自動車道から首都高速のルートだが、距離の遠さはひとまず別にして、ひたすらまっすぐの快適な道だ。
首都高速も相変わらずの渋滞には閉口するが、外環道や圏央道の一部開通で少しずつでも改善はされているようだ。

羽田空港からのルートは最近新たに開通した首都高速C2ルートで交通量が分散したおかげで渋滞はかなり緩和されたように思う。(池尻ジャンクションは致命的な設計ミスだとは思うけれども…)

そしてどちらの道も穴ボコが空いてるとかガタガタ揺れるような道路ではない。
とにかく整備が行き届いている。
これは高速道路に限った話ではなくて、一般道でも同じだ。

ところで僕は昨年の夏に車を買い替えて現在12,000キロ程走行をしているのだが、先日の氣志團万博の臨時駐車場に停めたときに初めて「泥道」を走ったということに気がついた(笑)
つまり14ヶ月12,000キロの走行をしてきて舗装道路しか走っていなかったのである。
なんと育ちの良い車なのだろうか(笑)
Jin Saito@jinxito 10月3日
チームVAMPS、4か国目メキシコに無事到着しました!のんびりした入国審査と荷物の受け取りの所要時間約2時間(^^;
空港の外の道はきれいに舗装されているのだけど、スピードを出せないように凸凹がそこかしこに作ってあり、怒りを超えてもはや悲しみレベルの乗り心地の悪さorz
メキシコ入国時のツイートでこう書いているのだけども、本当にひどかったのは市内に入ってからで、この凸凹が交差点ごとに設置されていた。
こうでもしない限りは事故だらけになってしまうということなのだろうか?
「多分この国ではフェラーリ売れないだろうなぁ」と思った(笑)

世界中のセレブの間で大人気の車「ポルシェ カイエン」。
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この車の元々の開発コンセプトはアラブの大富豪が「自分の国でもポルシェに乗りたい!」と切望したことがキッカケだったとか。
舗装道路はおろか道なき道も多い砂漠の国の大富豪の願いはこのようなデザインの車によって叶えられたのだ。

エレガントな車の背景にはこんな裏話もあるのですなぁ。

一つ大きな違いがあるとするならば、日本の快適な道路事情の背景には「有料高速道路」という決定的な差があるということだ。
一部例外の国もあるかとは思うけれども、日本はおそらく世界最高レベルに高額な高速料金だと思われる。
海外では「橋の通行料」とか「トンネル通行料」といったわかりやすく建設費の回収をしているようなゲートはあるけれども、それだって100円200円レベルであることがほとんどだ。
東京ー大阪間12,550円なんてえげつない料金を取ってる国は他にはあるまい。

だから整備はされていて当たり前。と考えるのはいささか短絡的ではあるが一応筋は通っている。

日本の道路は整備されていて美しい。

これは裏を返せば美しく整備をしていないと危なっかしくてやってられない、という厳しい現実が実はある。
地震大国であり、ゆるい地盤も多く、山岳地帯を貫くトンネル建設や海中トンネルはべらぼうなコストがかかる。

「ドイツのアウトバーンは無料なのに」という人がいるけれども、ひたすら平地にアスファルトを敷き、高架化はもちろんガードレールも街灯もないような道と日本の高速道路を比較してはいけない。
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制限速度なしのフリーウェイであるアウトバーン。この道路を前提に開発されたドイツ車はすなわち高速走行性能重視、世界的評価を受けることになるのは必然ともいえる。


一方の日本、首都高速は常にどこかで補修工事が続けられており、そして今もなお新たな外環道や圏央道が作られ続けている。
比較にならないコストがかけられ続けているようなものだ。

無償化など夢のまた夢なのだろう。

今回のエントリーはもっとシンプルな内容のはずだった(笑)

当初は「海外の道はデコボコでひどくて日本の道はキレイでイイネ!」ということを伝えたかっただけなのだが、いろいろ下調べをしていたら話がどんどん違う方向に変わっていき、ついには結論出ずで終わってしまった(笑)

インドネシアのODAとかHONDAやTOYOTAの海外戦略など、デコボコ道にまつわる体験談を他にもいろいろ書きたかったのだが、とても詰められそうもないので割愛した。


次回未定。
幕張ハロウィン前に一つか二つアップできたらいいなぁぐらいに思ってます(^^

NIPPON〜2

東京〜新神戸間の新幹線車内でこれを書いている。
退屈な移動時間もあっという間に流れていく感覚が嬉し楽しい。

日本と外国を比べて「あぁ日本に住んでいてよかった!」と思うシリーズの2回目。
今回は予告通り「トイレ事情」について語ってみたい。

まずはなんといっても、、、みなさんの予想通りウォシュレットについてから(笑)
今や日本国内においては爆発的普及率で浸透しているウォシュレット。
「ウォークマン」「シャープペンシル」「シーチキン」「サランラップ」等、先行商品
名が代名詞となる法則が示す通り、一般的にウォシュレットと呼ばれている温水洗浄便座。(ちなみにウォシュレットはTOTOの商標。ライバル会社のINAXはシャワートイレという商標を持っている)
余談になるがINAとTOTOが実は兄弟会社だということを知る人は少ない。
逆さまから読んでみると「兄」と「弟」になるという秘密が隠されているのだ。


日本国内ではホテルはもちろん、かなり渋い温泉旅館であってもウォシュレットは経験上ほぼ装備されていると思われる。
デパートや映画館はもちろん、東北新幹線(E5,E6系)のトイレにまでついているのだから、それはもうかなりの普及率であることが予想できる。
(家庭内の普及率は2015年3月現在で77.5%に達するそうだ)

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そんなウォシュレットなのだが、本当に海外で見かけない。
過去に見たことがあるのはハワイのホテルと台湾のレストランぐらいだろうか。

ハリウッドスターをはじめとする海外アーティストが来日した時に感動して買って帰るという話は聞いたことがあるけれども、それぐらいのセレブの人にしか浸透していないのだろうか?
TOTOやINAXの営業マンの怠慢なのではないのだろうか?
甚だ疑問ではあるが、一旦話を先に進めさせていただく。

もう一つ、海外のトイレは座り心地が実に悪い!
なんというか、工夫ゼロのU字型のままなんである。
これは正直盲点というよりは、「そういえば…」と気がついたことなのだが、逆に日本の便座は座り心地がここ10〜15年の間にとても良くなっていたのだ。

現在の日本の便座はO字型が主流となっていて、しかも立体的なフォルムでお尻が疲れないような非常にきめ細かい造形をしている。
そんなありがたい便座に今まで当たり前のように座っていたのだが、海外の平べったいU字型便座に座るまで意識できていなかった気がする。

この2点から考察できることは、、、
おそらく日本人以外の多くの海外の方はウォシュレットによる温水洗浄や便座の座り心地に対して、「別にそんなことどうでもいいじゃん」ぐらいにしか思ってないのではないだろうか?
折りたたみ椅子に極上の座り心地を求めないのと同じというか、紙で拭く以上の必要性を感じていないというか、余計なお世話だガッデム!といった感じなのだろうか?(笑)

うん、きっとそうなのであろう。
外人はトイレの便座の座り心地なんて求めてはいない。
その証拠に近年新設されたホテルであってもトイレは相変わらず旧態然としたままだ。


確かに行き過ぎた過剰サービスは考えものだろう。
例えば僕は近年の納豆パックに付属してくる「たれ」の扱いについて、「べつに袋の隅を切る開け方でいいだろうに」と思っているのだが、パックの上蓋を二つに折って入れるタイプや、タレがゼリー状になっていてこぼれる心配がないとか、とにかく奇妙と思えるような進化をしたものが増えてきているような気がする。
しかし商品によって微妙に手順が違ったり、あるいは蓋が勢いよく割れてタレが予想外に飛び散るといった新たな悲劇が起きたりして、やや迷惑だとも思っている。
(手順の違いといえばコンビニおにぎりの開け方も各社微妙に違うのが腹立たしい。ご飯がフィルムにくっついておにぎりが分解してしまったり、海苔が破けたりとロクなことがない。え?コンビニおにぎりをちゃんと開けられないオヤジなだけですと?)

以前このブログでとりあげた「フライトケース」についての考察を思い出す。
常に探究心をもって進化することを求める日本人に対して、伝統を重んじるというか、興味のないことに関しては一切の進化を求めない国の方が多いような気がするのは不遜な考え方というものだろうか?

話は変わるが先日我が家のドライヤーが完全に壊れた。
「割と最近買ったばかりなのになぁ…」と製造年を見たら2006年だった(笑)
約10年ぶりに買い替えたドライヤーは、、、静かなる進化をしていた。
音が静かなのに風量があり、そこまで熱風じゃないのになぜか乾くのが早い。
進化を止めない日本製品の心意気のようなものを感じたのだが、現在お隣の国の爆買い対象商品になっているらしく、入手は困難を極めた。

このドライヤーに関しても、アメリカのホテルなどは「ほぼ一社独占か?」と思わせるぐらいにどこも同じなんである。
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なんか、こんな感じの(笑)
非常にうるさく熱風しか出ず工夫もへったくれもない。
おそらく30年前から何も変わってないようにも思うが、暴力的な風量であっという間に乾くのもまた事実だ(笑)

これでよし!のお国柄となると、確かにきめ細やかな温水洗浄だとか3D仕上げによるなめらかなフォルムの便座とか…どーでもいいことのようにも思えてくる(笑)

日本人の「おもてなしの精神」はトイレ一つとってもこれだけの違いがある。

食文化や工業製品に違いが出てくるのも当然であり、我々はそんな文化の影響と恩恵を受け続けて育ってきた。
当然、そんな日本を住みやすいと思うのだろうし、それらの精神が欠如した海外に対して疑問や不満を抱くのも無理からぬことであろう。

ただし、海外の人にとってみればきっと「???」でしかないこともまた事実である。

我々がきっと「自宅庭専用BBQコンロの熱効率別ランキング」に全く興味がないのと同じようなものだろう(笑)
外国の文化を知り改めて実感することで自国を好きになるのは良いことだと思うが、自国の価値観を外国に強要したり、あるいは文化の違いで興味がないからといってそこを見下すのは間違ったことだと思う。

尚、本気にされて吹聴されても困るので白状しておくが、INAXとTOTOは兄弟会社でもなんでもありません念のため(笑)

というわけで、日本と外国を比べて「あぁ日本に住んでいてよかった!」と思うシリーズの最終回は「自動車事情」について。
税金の無駄遣いが多いと指摘される日本だけど…と珍しくやや政治よりの話になってしまうかも?

NIPPON〜1

帰国して数日が経つ。
隙あらばと更新していたブログであったが、プツリと糸が切れるように更新が途絶えたのは何のことはない、なまけてしまったからだ(笑)

しかしハロウィンパーティーに向けてのリハーサルも始まり週末はもう神戸。
このままではまた更新ができなくなりそうなので、二度寝するのをやめ、録画しておいたウォーキングデッドシーズン6第1話90分拡大スペシャルも見ずに書いてみる(笑)

以前からなんとなく思っていたことをまとめてみたい。
例によって書き出してみたらば思った以上にボリュームがあるので、数回に分けることにした。

何かと海外に行くチャンスの多いチームVAMPSである。
僕のパスポートは2008年、ちょうどVAMPSが活動を開始した時に更新をしているのだが、そのほとんどがVAMPSの足跡によるスタンプだ。
50ページある10年パスポートは残り8ページとなった。

主な渡航先はアメリカだが、イギリス、フランス、スペイン、チリ、インドネシア、台湾や中国も複数回の渡航歴がある。
これにドイツと今回新たにブラジル、アルゼンチン、メキシコが加わった。
個人的にはオーストラリア大陸を制すれば世界の5大陸を踏みしめたことになり、残るは南極大陸のみ!ということになる(笑)

諸外国それぞれにはいろんなお国柄があり、憧れる部分だったり羨ましい部分だったり住んでみたいなと思わせるような魅力を感じたりするのだが、反対に「あぁ日本に住んでいてよかった」と思えてしまうような諸外国それぞれの事情というものが、行けば行ったで見えてくる。

政治的なことやイデオロギーについてといった難しいことを語りたいわけではない。
もっと生活に密着した話題や翻訳されて本国にリークされたところでまるで国際問題に発展しないようなどうでもいい話題についてのみ語ってみたい(笑)

初回となる今回、まずはなんといっても「食」について。

我々にとっては断然日本食が一番美味しい。

三ツ星レストランでのフレンチやイタリアン、本格中華やコリアンBBQ。
どれもがほっぺたが落ちるぐらいの美味といったら昭和チックな表現と言われてしまいそうだが(笑)、舌がとろけるようなぐらいは許されるのではあるまいか?(笑)
そのどれもが美味しかった(*´艸`)
今回の南米ツアーにしてもブラジルのワイルドな肉の塊料理「シェラスコ」、チリの魚介類のマリネ「セビチェ」、アルゼンチンの「国外不出のステーキ」、メキシコ本場で食べる「トルティーヤ」と、ライブレポートをほぼせずに食の話題ばかりしていたようにも思う(照)

しかし海外の一流ホテルの5,000円とかしちゃうような高級ブレックファーストよりも、味噌汁納豆おしんこのみのわびしい朝食の方が時として、いや実のところ圧倒的に魅力を感じてしまう日本人の言うことをそのまま鵜呑みにしてはいけない(笑)

よく真剣な顔で「本当に日本以外の国は美味くないよね」と同意を求められることが多い海外の食事情なのだが、これにしても日本人独特の感情に支配された偏見であると断言できると思う。

日本人である我々が生まれた時からずっと食べ続けてきた和食が世界の中で一番美味しく感じるのは当然の話であって、同様にイタリアに生まれた人、フランスで生まれた人はそれぞれに母国の味が一番恋しいに決まっているからだ。

つまり和食が優れているから美味しいのではなくて、単純に自分が日本人だからしっくりくるだけの話なのだ。

そこを混同してはいけない。

例えば僕は渋谷や銀座の飲み屋街の隅っこに夜になるとどこからともなくやってくる「磯辺巻き」の屋台のニオイがたまらなく好きだ。
浜辺の海の家で焼いているハマグリや牡蠣を焼く匂い、もっとわかりやすいのは土用の丑の日に町中に漂うウナギの蒲焼の匂い、素朴の究極さでいえば縁日の焼きとうもろこしの匂いも同じ分類になるだろうか。
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写真リンク先:「喰蔵 -くうぞう-」

なんのことはない。

要するに「主にしょう油が焦げているニオイ」なのだが、これがどうにも食欲をそそってくる堪らない匂いなのだ。
この匂いが好きなあなたは、由緒正しい日本人のDNAを持っているのだと思う(笑)

そしてこの匂いの苦手な民族というのもきっと諸外国のどこかにはあることだろう。

我々が台湾の屋台街で思わず顔をしかめてしまう臭豆腐の匂いだったり、香港の雑踏を歩いていて飛び込んでくる強烈な八角の刺激臭などはきっと、現地の方にとっては我々の磯辺巻きやうなぎの蒲焼き同様の魅力的な香りとして漂っているのだろう。

臭豆腐やブルーチーズの匂いを嫌う日本人は多いが、国際的に公平な視点で見る限りは日本の納豆や“くさや”の方がインパクトとしては圧倒的に強烈だと思う(笑)
事実日本人でもくさやの匂いを嗅いだだけで逃げ出す人は多いと思うし、海外の番組で「日本人の大好物であるくさや」と報道されたら「おいおいおいちょっと待て」とツッコミをいれたくなるだろう。(ちなみに僕は割と食べられる(^o^))
インパクトが強ければ強いほど国民性と離れていくことを忘れてはならないし、我々が日常で見ている諸外国を紹介する旅番組などにしても同様に疑いの視点で見ることも大切だと思われる。


やや乱暴にまとめると、我々が和食を愛する心と世界的な味覚ランキングとはあまり関連がないと割り切るべきであろう。

ただ単純に自分が日本人だから和食が好き。
それだけの話のようである。

余談ではあるが、僕が今回帰国して真っ先に食べたものは「パーキングエリアの540円のラーメン」であった(笑)
特に美味しくもなくなんなら「まずい」と言ってしまって差し支えないような味なのだが、これがどうにも美味しくてやめられない。
PAの食堂には先行してドラマー氏とカメラマン氏がおり、それぞれカレーとラーメンを食べていた。わかってらっしゃる(笑)
ここでポイントとなるのはラーメンやカレーは本来ちっとも和食ではないということ。
それでも我々の中でこれらはもう立派な「和食」となってしまっている点だ。

諸外国の優れた食べ物はたちまち日本の中に取り込まれ、数十年もせずに自国の食文化として定着していき、あろうことか「カレー南ばんうどん」「とんこつ醤油ラーメン」といった独自の進化をしてしまうという、とんでもなく食いしん坊の国民性なのだ(笑)

一方で食にはあまり興味がないのでは?としか思えないような先進国、、、おっといけない。これはただの偏見の視点だ(笑)

入り口である食べ物の話を今回したので、次回は尾籠な話で恐縮ではあるが出口の話をしてみたい(笑)
小学生じゃなくても案外好きな人多いですよね?(^o^)

ラスト!サンフランシスコ

ロサンゼルスからサンフランシスコまで飛行機で1時間。
同じカリフォルニア、同じ西海岸なのにサンフランシスコの雰囲気はL.A.とは異なる。
以前聞いたことがあるのだが、サンフランシスコは夏に来ると寒く感じ冬に来ると暖かく感じる街だという。
平均気温が年間を通して13〜23度程度と振り幅が小さいのも過ごしやすそうだ。

そして街全体がとてもオシャレでカワイイ。
前々から思っていたことなのだが、坂のある町は国内外を問わずどこも情緒的な雰囲気があるように思っている。
函館、横浜、神戸、尾道、長崎、バルセロナ、行ったことないけどクロアチアやニースなどの美しい風景も坂にある街並みだ。

サンフランシスコはそんな坂の町の中でも群を抜いて大きい。
ケーブルカーが縦横に伸び、ビックリするぐらいの急勾配をグイグイ登っていく。
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あの方と同じ通りの名前は有名だが、わかっていてもついつい「お」となってしまう。

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空が曇っているのはこれらの写真は2010年に撮ったものだからだ(笑)

ここサンフランシスコで疲れが一気にまとめて出てきたのと、これまで放置していた自差ボケのツケによる寝不足の合わせ技だったのだろう。
昼過ぎにホテルにチェックインしてから翌日本番日の会場に向かう16時までの28時間のほとんどの時間をひたすら寝こけていた(笑)
夕食に合流もせず、時々起きてはポカリを飲んでまた寝るを繰り返していた。

おかげさまで本番は体調バッチリ。
ツアーラストは絶好調で締めくくることができた。

たっぷりとった睡眠時間のおかげでようやく自差ボケも治ったのだが、帰国日前日というのがやや恨めしい(笑)

始まる前は最後まで倒れずにやり遂げられるのだろうか?という不安があった。
ブラジル、チリ、アルゼンチン、メキシコ、ロサンゼルスにサンフランシスコ。
5カ国6本。
本数だけならば普段もっと密度の濃いスケジュールをこなしているVAMPSではあるが、移動日と本番日を繰り返す日程には慣れていない。

4月の大陸横断ツアーとはまた違った状況ではあったが、しかし終わってみればちゃんと終わることができていた(笑)

また一つ、大きな経験値を得られたと思う。
そしてそれは皆さんの応援あってこそ得られる貴重なことだと常に思っています。

みなさんありがとうございます(^^)

出国前に無理やり書き上げちゃっているので推敲や校正がほぼできておりません。

が、なんとなくアメリカにいるうちに今回のツアー日記は書き上げてしまいたかったのでとりあえず更新してしまいます。

ロサンゼルス

僕はロサンゼルスの空が好きだ。
絵の具の「水色」をそのまま塗ったような屈託のない色。
心地よい温度と湿度。
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かわいた風をからませ、あなたを連れて行きたくなる(笑)

前々回に「重度のアメリカかぶれをしていた自分」と書いたが、もちろんこの西海岸の気候が及ぼした影響は計り知れず大きい。

日本のジメジメした夏季と静電気に悩まされる乾燥した冬季と比べると、一年中それほど変わらない天候と滅多に雨の降らないロサンゼルスは、ここにいるだけで明るい性格になれるのでは?と思ってしまうほどだ。


ところでロサンゼルスといえばハリウッド。ハリウッドといえば映画の街だが、なぜハリウッドが映画の街になったかご存知だろうか?

答えはやはりこの気候にあって、「雨が降らないから」が一番の理由だそうだ。
機械を使って人工的な雨を降らすことはできても降ってる雨を止ませる方法はない。
また天候の変化が激しいとそれだけで映画の中のシーンのつながりが不自然になりやすくなる。
つまり気候があまり変化しないということは、それだけで街全体がスタジオのような特性を備えているということになるのだ。

実際ロサンゼルスの街を車で走っていると、そこかしこで映画の撮影が行われている。
ハリウッドのユニバーサルスタジオのみ本当の撮影スタジオが併設されているというよりは、元々撮影スタジオをお客さんに開放して見学できるツアーがそもそもの始まりだったという話は以前にも書いた。

そして映画は撮影するだけでは完成しない。
当然映画の街にはミュージシャンも必要になればスチールカメラマンも必要になる。
スタイリストやメイクアップ等、映画にまつわるあらゆる職業が集結していく。

こうしてショービジネスの街が時間をかけて出来上がっていったのだ。

来れば来るほどに好きになるロサンゼルス。
僕は一時期かなり真剣にこちらに住む術はないものか?と画策したことがあった。
一念発起して移住した音楽関係の人は当時僕の周辺にも結構いた。
今でも一線でバリバリ働いているエンジニアの方もいるが、僕は結局踏み切ることができなかった。

理由はシンプルだ。
26歳の頃、二つ目の事務所を辞めて完全フリーになった。
それはすなわち仕事がなんとか軌道に乗り始めたことを意味する。
そして最初に来た仕事がロサンゼルスレコーディングであり、見事なまでにアメリカにハマってしまったわけだ。
もうこちらに住むしかない!
留学ビザをとって英語学校に通って…とイメージを頭に思い描く。
だがどうしてもイメージが先に進まない。

収入はどうする?
仕事はどうする?

逆に言えば、これまで頑張ってきたからこそロサンゼルスに来られたとも言える。
ようやくカタチになり始めた仕事を全部放り投げてしまってよいのか?

自問自答はそう長くは続かなかった。
僕は結局アメリカ行きを早々に断念し仕事を継続することにした。

今でも時々思うことはある。
「あの時深く考えずに勢いでアメリカに行ったとしたら…」と妄想する。
もしかしたら案外順調に英語も短期間で覚えられて仕事のキッカケをもっと増やすことができたかもしれない。
その選択肢の先の未来は今よりも輝いていたかもしれない。

だけどもこうも思う。
もしそっちを選んでいたら、ゴスペラーズのデビューを手伝うこともなく担当ディレクターに会うこともなくラルクを紹介されることもなくハイド君に会うこともなくVAMPSのサポートをやることはもちろんなくということは今これを書いていることもなければ当然あなたがこのブログを読んでいることもなかっただろうと。

そう考えると、人生というものは無数の可能性と選択肢と分岐点を経て成り立っていることがわかる。
一切のやり直しのきかないわらしべ長者のようでもあるし、常に綱渡りをしているようなギリギリ感もある。

もしも人生をやり直せることができたら?

よくあるお題ではあるが、もし本当に20年前に戻ってしまったとしたら…それはそれでかなりの恐怖になるだろう。
自分の知ってる未来に持っていくことがとても困難なことになるだろうし、間違っていたと思っていた選択肢と違う方向がもっと間違っていたなんてことも当然起こり得る。
あるいは今までは「成り行き」だと思ってなんの苦もなく得られていたことが、どんなに努力してもモノにできないといった“もどかしい”こともきっと起こるだろう。
将来会うべき人にどうやっても巡り会えなくなってしまうかもしれない。

もしも神様に「どう?やり直す権利あるけど?」と聞かれたら…
あなたならどうするだろうか?

話が大きくなった。
20代の頃の情念の詰まった街なので、思うことも大きくなるようだ(照)

ロサンゼルスの街並みも最初に来た頃から随分と変わった。
観光産業の形態が随分変わってきたように思えるし、ビバリーセンターのテナントもすっかり入れ替わった。
どのショッピングモールもブランドショップとファストファッション、ルイヴィトンとユニクロが同居している感じで個性がない。
楽器屋は激減し日本のシャッター通りのような現象がこちらでも起こっている。
1日5ドルで停められたホテルの駐車場は40ドルに値上がりし、ハンバーガー屋のコンボも10ドルが当たり前。とにかく物価が高い。

今のロサンゼルスに初めて来たとしたら、あの時とはまた違う印象や感情を抱くかもしれない。


しかしそれでも僕はロサンゼルスの空が好きだ。
絵の具の「水色」をそのまま塗ったような屈託のない色。
心地よい温度と湿度。

それだけはずっと変わらないのだろう。
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サルバトス・パンチョス

ロサンゼルスからサンフランシスコに飛行機で1時間。
今回の旅の中でもっとも短いフライト時間であった。
明日の公演で南北米ツアーが終わる。
駆け足の2週間であったが、着地の足並みを揃えるようにこちらのブログもリアルタイム性を意識しなければと思いつつも、話はまだメキシコから離れてない。
しかも今回も主題は脱線話なんである。

メキシコのイメージといえば、勝手なイメージで恐縮なのだが僕の場合はこうだ。

ソンブレロにポンチョ、ガットギターを背負った男の履いているブーツのかかとの後ろには用途は不明だが歯車のようなものがついている。


僕のこよなく愛する映画「THREE AMIGOS!(邦題:サボテンブラザース)」のイメージが我ながら馬鹿馬鹿しいとは思うのだが最も近い。

ロバート・ロドリゲス監督作品の方がより近いイメージになるのだろうが、ここはやはりサボテンブラザースを推したい(笑)

こういったイメージを勝手に抱くのは本人の自由ではあるが、しかしながらメキシコという国からしてみれば甚だ迷惑な話だろう。
「ニンジャとゲイシャを観にトーキョーとキョートに行ってスキヤキテンプラを食べたいデース」と言ってる外人に等しい。

言うまでもなく現代のメキシコはかなり近代的だ。
サボテンの荒野と荒くれ者が集うテキーラしか置いてない酒場のイメージじゃないことぐらいは薄々は知っていた(笑)

だが、どうしても解せないイメージの違いが「案外涼しい」ということだった。
地図をみてもメキシコは赤道に近く常夏というよりは灼熱のイメージが強かったので、メキシコシティーに到着して空港を出た時の肌寒さに違和感を感じずにはいられなかった。
おかしい。なぜこんなに涼しいというよりは寒いのだ?(-"-)

現地コーディネーターに聞いたら単純明快な答えが返ってきた。
「標高が高いからですよ」

メキシコシティーは標高2400メートルに位置する首都だったのだ。
富士山の六合目とほぼ同じ高さだという。
これは完全に盲点であった。

そして冒頭に書いた「メキシコのイメージ」は、やはりアメリカとの国境、前回のエントリーで過去の恥を告白したカリフォルニア州との国境ではなく、テキサス州近辺に限定されたイメージなのだろう。

ところでハイド氏とブエノスアイレスで会話していた時に「そういえばさぁ…サルバトスパンチョス覚えてる?」と聞かれてビックリした。
まさに僕も聞こうとしていたことだったからだ。
というよりもチリからアルゼンチンの飛行機の中で僕の脳内にずっと鳴っていた音楽がこのサルバトス・パンチョス唯一のレパートリーである「草原のマルコ」だった。

ここでサルバトス・パンチョスを知らない方のために説明をしておくと、彼らは5人グループで、日本で過去に2回だけ演奏を披露したことがある謎多きバンドだ。
記録によると2006年の4月1日と7月30日だったらしい。

そして彼らはきっとメキシコ人なのだろう。
草原のマルコ、ブエノスアイレスからメキシコへ移動…
VAMPS南米ツアーの伏線がこんな前から張られていたとは!
ただただ驚きである…
フリーメイソンの謎を解くようで興味深いが、もちろん全てこじつけである。

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(スクープ写真:2006年当時、脱ぎ捨てられていた彼らの衣装)

新生サルバトス・パンチョスを見てみたい気がしないでもない(笑)


メキシコのにがい思い出

アルゼンチンのブエノスアイレスから次に向かうはメキシコのメキシコシティー。
遠く離れた日本に住む我々からするとその距離感がまるでピンと来ない。

世界地図を頭に思い描いて考えてみると、案外近そうなイメージもある。

北米大陸の割と上の方にあるニューヨークから南米大陸の真ん中あたりのブラジルサンパウロまで10時間かかったわけだ。
南米の真ん中ちょっと下のブエノスアイレスからてっぺんちょっと上の中米メキシコならば、どう考えてもその所要時間の半分以下だと思ってもバチは当たるまい。

しかし…現実は甘くなかった(笑)

GoogleMapで2点間の直線距離をそれぞれ測ってみる。
NYtoSP
ニューヨークからサンパウロまでは7,685km。
と、遠いんだなぁやはり。

次にブエノスアイレスからメキシコシティーまでを測ってみる。
BAtoMX
な、7,391kmだって!?
ほとんど変わらないではないか!

ちなみに日本とロサンゼルスの距離を見てみよう。
NRtoLA
8,775kmとダントツで離れているわけだが、どうも釈然としない。
太平洋横断とそこまでの差がないという事実にビックリさせられる。

そんなわけでまたもや10時間かけて北上して到着したメキシコシティー。
バスの旅の過酷さとは質の違う桁違いの移動距離の多さだ。


ところで僕がメキシコに入国したのは今回が3回目となる。
1,2回目がとにかく恥ずかしい話なのだが、今日は突如ツアーから完全脱線してこの時の思い出を語ってみようか。

まだ20代の頃にレンタカーでロサンゼルスからドライブがてらサンディエゴフリーウェイをひたすら南下したことがある。
1995年ぐらいだったろうか。
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当時の僕は初めての海外レコーディングを経験し、それをキッカケに仕事以外でも何度もロサンゼルスに遊びに行ってしまうような“重度のアメリカかぶれ”をしている真っ最中だった(笑)

サンディエゴからさらに30分程南下すればメキシコ国境がある。
「どうせだったら行っちゃおうか?」と同乗の友人と勢いで向かうことにする。

普通は国境手前の駐車場に車を停めて徒歩で越境するのがスマートな日帰り観光の仕方らしいのだが、駐車場を探しながら直進していたらうっかり国境を越えてしまった。

し、しまった!

自分の運転で国境を越えた経験はこれが初めてだったのだが、それまで英語とマイル表示だった道が突如としてスペイン語でキロ表示になっている。
「STOP」が「ALTO」といった具合だ。
街の雰囲気もガラリと変わり、交差点もロータリー方式になっている。
怖くなって引き返そうとしても勝手のわからぬ国。地図もない。
言うまでもなく当時はスマホはおろかGoogleMapもない(Google社そのものもない)
ようやく国境方面に引き返すことができたのは10km程進んでしまった後だった。

ここからが大変だった。
アメリカからメキシコへ向かう分には日本の高速のETCゲートのように楽々スルーできる国境なのだが、これがメキシコからアメリカ方面となるとそうはいかない。
数キロに及ぶ渋滞の列に並んで厳しい入国審査を受けなければならないのだ。
不法入国、密入国が多すぎるのだろう。
ちょっとした冒険心とほんのちょっとの油断が、丸一日を棒に振る惨事となってしまったわけだ。

ようやく国境を越えて再びサンディエゴに到着したのは夜の10時近くだった。
結局その日はロサンゼルスまで運転して帰るのを断念して適当なホテルに泊まった。

翌日の朝、ロサンゼルスに帰る前にふと思う。
そういえば昨日はパニクってアメリカに戻ることに必死になっていてまるでメキシコを観光できなかったではないか!ということに気がついたのだ。
今度こそ国境手前の駐車場に停めて歩いて越境しよう!
リベンジである。
今度は友人が運転することになる。
そして再び国境に向かったのだが「あれ?駐車場ってどこだったっけ?」と駐車場を探しながら直進していたらうっかり国境を越えてしまった。

しししししし、しまったぁぁぁ!

二日続けて同じことをしたのではただのアホではないか。
アホを通り越えてもはやバカである。
国境を越えたところで車を降り罵倒しあう我ら。無理もない。
しかもこの時にキーをつけたままドアロックまでやらかしてしまう。
今度は罵倒が悲鳴に変わった。
とにかく落ち着け。
事情を説明すべく国境警備員に話しかけたのだが、彼らはスペイン語しか話せなかった。
なんで?たった10メートル向こうはアメリカなのに!!
あぁそれなのに話が通じない!!
とにかく落ち着け。
今度はロサンゼルスの知人にSOSの電話を試みるが電話が通じない。
国際電話をしなければならなかったからだ。
なんで?たった10メートル向こうはアメリカなのにぃぃ!!!!!

なんなの?このコメディー映画のような展開は?

といったにがい思い出を持つ僕である。
今まで黙っていたわけではない。すっかり忘れてしまっていたのだ。

ちなみにこの後どうなったかというと…
まぁ今こうして元気に生きているので結果的には大丈夫だったのであろう(笑)
過ぎてしまえばよほどの事態であってもたいていは楽しい昔話になれるものだ。

めっちゃポジティブにそんなことを思いつつ、この話を終える。