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マッドマックス〜怒りのデスロード

幕張最終日のVAMPSの仮装はズバリ!映画「マッドマックス」シリーズから個性的なキャラをそれぞれ持ってきた。
僕は前回のエントリーで書いた通り、最新作の悪役に位置するイモータン・ジョーの仮装をさせてもらったのだが、実のところこの役柄を誰がやるかメンバー間で争奪戦が小規模ではあったが起こった(笑)
「いやいやいや、長年やってきてるマスクキャラは誰にも譲れませんなぁ」と強引ではあるがなんとなく説得力のあるセリフで権利を奪取した僕なのであった(笑)
それにきっとメンバーの中で誰よりもイモータン・ジョーを愛しているという確信もあったので、おいそれと譲るわけにはいかなかったのだ(笑)

今日は最新作「マッドマックス〜怒りのデスロード」のレビューをしてみたい。
厳密にはこの文章は映画館で鑑賞したあとすぐに書いておいた「感想文」を加筆編集したものだ(笑)
小・中学生の頃は何よりも苦手な「読書感想文の宿題」だったけれども、愚息はこんなに文章を書くのが好きな子になりましたお母さん。だいぶ遅いけど(笑)

ジョージ・ミラーの出世作でもあり代表作でもあるマッドマックスシリーズ。
30年ぶりの新作は、良くも良くもマッドマックスであった。

これまでいきなりヒット作を生み出し有名になっていった監督を多く見てきている。
スピルバーグを筆頭にジェームズ・キャメロン、リドリー・スコット、ティム・バートン、リュック・ベッソン、、、日本人では北野武、伊丹十三、押井守、近年では山崎貴や中島哲也など、どの方々も敬愛する偉大な監督たちだ。

多くの出世監督の共通点として言えることは、世界に評価され、かけられる予算が跳ね上がり、本当に自分の表現したかった映画を撮る権利を与えられ…そして駄作を産み出した前科があるということだ(^^;

素人の自分が上から目線ぽくこんなことを言うのは不遜な思いでいっぱいではあるのだが、おそらくは事実であろう。

予算のやりくりが上手で低予算を逆手に取ったようなアイディアで名作に仕上げるのが得意だった人間が、いきなり10億だ100億の予算だと言われたら…そりゃ舞い上がって詰め込みすぎて意味不明な映画になってしまった!なんてこともわからなくはない(^^;

ジョージ・ミラー監督とて例外ではない。
記録的ヒットと絶賛を浴びたマッドマックス1&2の後の3は、シリーズの中で異彩を放つ作風となってはいるが、監督本来の力量がいまひとつ発揮されなかったように思う。

そして30年の時を経て放たれた今回の「マッドマックス〜怒りのデスロード」、
こちらは非常にふんだんに予算が投入されていることが画面からビンビンに伝わりながらも…
やりすぎることなく乱れることなく監督のイメージを実にクールに表現しきっているシリーズ最高傑作に仕上がっていると思う。

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派手な演奏で戦闘の士気を高める音楽隊。まるでこの映画そのもの。最高だ!

冷めた目線で言えば「MAD MAX2」と映画コンセプトはほぼなにも変わっていない。
悪い奴が世界を支配し、それに巻き込まれる形で嫌々ながらも悪に立ち向かわざるをえない主人公という図式。

これを原点回帰と言うのだろうか?
ストーリーはほぼないに等しく、ひたすら続くアクションアクション、そしてアクション。
だが、画面に溢れるこの説得力!エネルギー!そして人間描写!
ただただサバイバル世紀末の仮想体験が続く。

監督の求めているモノ、観客に見せたいものが「これ」であることが明確に伝わる。
ストーリーはないに等しいと書いたが、それは物語的なあらすじがシンプルというだけのことで、細かい部分では徹底的なまでに精密描写がされており、つまるところそれらの描写の集合によって世界観全体を表現している。

使用している改造車、武器、意外な攻撃方法、カッコよすぎる武装音楽隊、個性的な中ボスキャラ的存在、イモータン・ジョーのカリスマ性やウォーボーイズの狂信的な崇拝っぷりなどなど、普通の映画だったらこれらに対しての説明のようなものが、具体的or客観的orせめて抽象的にでもあったりするものなのだが、そういった説明はほぼ全くされていない。

観客にとっては一見不親切のように思えるかもしれないが、現実世界のリアルなあれこれにいちいち説明がされないように、物語の疑問点も同様にいっさいの説明がされないまま容赦なく進行していく。

しかし観客それぞれが映画の世界観を理解し判断していくことで、あるいは映画手法のいろはを無視するような作り方をあえてすることによって、映画の世界の中により自然に深く入り込んでいくような効果があるような気がした。

これは懇切丁寧に次やるべきことが指示されるドラクエやFFといった「盲導犬型RPG」と揶揄される日本製RPGに対して、次やるべきことはもちろん、ゲームの中の楽しみすら自分で見つければ?、と突然知らない世界にポンと放り出されてしまう海外のオープンワールドゲームとの違いにも似ているかもしれない。
「SKYRIM」や「Grand Theft Autoシリーズ」が大好きな僕がマッドマックスの世界観にベタ惚れしてしまうのも必然だったのかもしれない(笑)

マッドマックスも画面のあちこちでこの世界のいろんなことを表現していて、ボーッと見ていると見逃してしまうような要素がたくさん散りばめられているのだ。


そしてジョージ・ミラーの映画の魅力は、こういった手法でリアリティーを生み出している点がもっとも大きいような気がする。
仮想現実を体験するのに複雑なストーリーはいらないし、むしろ足枷になりかねない。

「この世界」を味わうための最低限のストーリーがあり、映画を観ている自分が登場人物の中の一人であるかのような錯覚すら抱かさせてくれた今回のマッドマックス。

それはもはや映画鑑賞を超えた「体験」であった。

好き嫌いは無論あろうけれども、この「現実感」は是非体験してみてもらいたい。

そして映画を観終わった人は「イモータン・ジョーは本当に悪いやつなのか?」という視点でこの映画を見つめ直してみてほしいのだ。
彼は民を砦で守り水を与え作物を栽培し秩序を保ち遠征隊で物資の調達をしている。
集団のリーダーとしては申し分ない働きをしている理想の支配者のようにも思えるのだ。
僕はどうしても彼が「純粋な悪者」とは思えない。
むしろ悪者に仕立て上げるための恐ろしいルックスだったり、悪人要素不足で美しい妻達に貞操帯をつけさせるといった設定を後付け的にしたのではあるまいか?

そういった想像をするのもまた楽しく、この映画の世界にまた入り込みたくなってくる要因にもなり、見たら見たでまた別の視点を発見してしまったりする。

マッドマックス〜怒りのデスロード、オススメである。