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富良野背景〜生ピアノ

「ピアノ」を「生ピアノ」と呼ぶようになったのはいつぐらいだったろうか?
僕が音楽業界に潜り込んだ30年程前には既にあった言葉だと思う。
もっとも当時はFender RhodesやYAMAHA CP-70などのエレクトリックピアノと対になるような意味合いだったように思う。
というのも当時のサンプリング技術はまだまだ成熟仕切っておらず、1500万円もしたサンプリングマシンでも「リアルなピアノ」となるとまだまだ無理難題のスペックであった。
今の「デジタルピアノ」のポジションのピアノは当時まだ存在していなかったのだ。

キャラはちょっと違うのだが、YAMAHA TX-816(1984)というFM音源(当時の新鋭シンセDX-7を8台分並列にラックマウントさせたという見た目サーバーマシンのような鬼スペックシンセ)にプリセットされていたピアノ、あるいはKORG M-1(1988)あたりから「おぉ!」と驚かれるようなデジタルピアノサウンドが出現してきたと言って差し支えないかと思う。

サンプリングの技術は年々そのビット数とサンプリング周波数とメモリー容量を加速度的に向上させ続け、今ではピアノの音だけで1ギガバイトを割くようなシンセサイザーも珍しくなくなった。
初期のサンプリングマシンはそれこそ256キロバイトとかの容量、国産サンプラーAKAI S1000辺りで2メガ、拡張しても10メガバイトしかなかったことを考えると、20年の間にざっと100〜4000倍以上、サンプリング周波数やビット数の要素を加えると軽く数万倍のスペックの進化を遂げたことになるのだ。
(1024キロバイトが1メガ、1024メガバイトで1ギガとなる)

さらに近年のデジタル技術の進化は目覚ましく、今までのサンプリング技術に加えて「物理モデリング」という様々な現象を演算によって再現する技術も加えられている。
これはピアノの弦の共鳴やハンマーなどの楽器のメカニズム、部屋の響きなどを録音以外の方法で音を加工する技術である。

興味のある方は「シマムラ楽器」あたりのデジタルピアノがたくさん置いてある楽器屋さんで試弾をしてみるとよい。
「家庭用電子ピアノ」の音が驚くほど良くなっていることにビックリさせられるはずだ。

というのが今までの僕の生ピアノへの思いのようなものだった。

最低限の知識は持っている。
正式名称は「ピアノフォルテ」であるとか、「スタインウェイ」や「ベーゼンドルファー」といった超高級品の存在であるとか、セミコン、フルコンといった大きさの違いがあるとかそんな程度ではあるが…
あくまでも「シミュレートされたデジタルピアノ前提」としての生ピアノの知識がメインであり、生ピアノそのものに興味があったわけではなかったように思う。

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(リハーサルスタジオで使用したYAMAHA C5。メチャ音が良かった)


これまでも生ピアノを弾く機会は何度かあった。
スタジオの空き時間にピアノブースで一人コッソリ弾くことが多かったように思う。
思い返せば「Vampire's Love」のピアノにしてもレコーディングスタジオのメチャ上等なフルコンのピアノで練習していたのだった(笑)
しかしその時はあくまでも「練習鍵盤」としてしか見ておらず、音の良さや難しさなどを完全度外視しての練習でしかなかった。
ちなみにCD音源はステージでも使っているデジタルピアノ「CP-1」の音である。

生ピアノの音をポーンと一音弾いてみると、まずその音の大きさにビックリさせられる。
当たり前ではあるのだが弾いた鍵盤の正面から音が返ってくる。
スピーカーから出てくる音とは臨場感がまるでベツモノだ。
そんなことにも感情を動かされてしまう。
普通にピアノを弾いてきた人にはむしろ「???(-"-)」な感情だろう(笑)

そしてジャーンと弾いた時の音の豊かさ。
鍵盤同士が共鳴しあい複雑な倍音を奏でながら「音の束」としてさらに音全体が増幅するこの感じ!
ジャカジャカと派手な演奏はピアノのボディー全体が鳴るような賑やかな音になり、音数の少ないシンプルな音には共鳴音が寄り添うように加わる。
フォルテシモの大きな音は出過ぎず、ピアニシモの小さな音もしっかり表現される。
不思議ではあるのだが、音楽的に実にまとまってくれる。

これがデジタルピアノとの決定的な違いである。
ただただ凄い……凄い楽器だ。
近年目覚ましい進化を遂げている物理モデリング技術と上に書いたが、まだ当分この領域には来られないだろう。

デジタルピアノよりも音が非常に豊かなので、なんというか…「そこまで感情を込めなくても感情が入り込む」といった印象を最初は感じた。
しかしこれは逆に言えば「ちょっとのタッチの変化もすぐ音に出てしまう」という諸刃の剣のような繊細なタッチを意味していた。
自信なげに弾けば実に弱々しい印象をその場にいる全員に与えてしまうし、ノリノリの強いタッチで弾くと部屋全体が明るくなるのだ。比喩ではなく。
ただし自分の場合はノリノリになるとかなり走り気味になってしまう副作用もあった(汗)

なんだこれは!?

まるで感情をコントロールして動かすロボットアニメのようではないか?
自分の余裕のなさが容赦なく音となって全部出力されてしまうではないか!
僕のシンクロ率は何パーセントあるの父さん!←念のためそんなセリフはない

なんて恐ろしい楽器なのだ!

しかしネガティブな感情よりも、長年近くにありながら今まで全く気がつけなかった特性のようなものを知った興奮の方が遥かに大きかった。
自分の心地よさやノリを伝えることもまた容易に全部出力されるからだ。

リハ前日にまずピアノ師匠に現状を見てもらいアドバイスをしこたまいただいた。
リハ初日はボロボロではあったが得るものは大きかった。
リハの二日目で改善点からのさらに改善点がわかりこれもまた大きかった。
その翌日は以上を踏まえて再びピアノ師匠に稽古をつけてもらった。
本番前日富良野でのリハはデジタルピアノであったが、頭の中で生ピアノをイメージしながら弾くことができた。

迎えた本番はYAMAHA C3。
富良野プリンスに常設してあるグランドピアノだそうだが、近年は使うことも滅多になかったらしく前日は大掛かりな分解をしてから調律をしたそうだ。
本番日も朝と直前の2回の調律を施し万全の状態に仕上げてくれた。

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リハーサル。雰囲気にのまれてはいけない。

初日を終え、二日目を終える。
両日ともガチガチに緊張してサスティーンペダルを踏む右足がずっと震えていた曲が実は1曲だけあったのだけども、ここではナイショだ(笑)


本番に関してはお伝えしたいことは特にない。
その場にいたお客さんそれぞれに感じていただければよいし、実際お客さんはそのあまりにも素晴らしい歌に酔いしれていて、後ろで悪戦苦闘をしていたピアニストの姿にはほとんど気がつかなかったかと思われる(笑)
それが正しいし、むしろそうあるべきなのである。

本来ならこんな赤裸々に裏事情を伝えるのもどうかと思ったりもしたのだが……

生ピアノの感動を伝えたいと思った初期衝動があり、しかしそれを伝えるためには「なぜ感動をしたか?」の背景を説明したくなり、それには更にこれまでの自分の状況を遡って説明しなければと思ってしまったのだから仕方がない(笑)
結果3回に分かれてしまった。

本題は以上であるが、下に関連事項のQ&Aのようなコーナーを設けた。

これまでTwitterで「今からピアノを習っても遅くはないですか?」という質問を何度かいただいている。
僕が言うのもナンなんであるが、もちろん遅いということはない。

ただ一つだけ長続きするコツを伝授するならば、それは「楽しく弾いている自分」を明確にイメージすることだろう。

ピアノ練習の大部分は思い通りに弾けずにヤキモキする時間が圧倒的に長い。
前回の「準備編」でそれがイヤというほど伝わったと思う(笑)
思い通りに弾けるようになるまでの段階は長く険しい道のりだ。
しかし最終的には譜面を見なくても指が自然に動きだす瞬間がやってくる。
厳密にはここからが「楽しい音楽の時間」である。(※のだめカンタービレ)

まずはそこに到達すること。
そこの手前で挫折をしてしまうのはあまりにももったいない。

そして誰に発表しなくとも、この「楽しい音楽の時間」は相当楽しい(^^)
むしろ一人で奏でているときの方が楽しいかもしれない。

富良野が終わって一週間以上経つが「Let It Go」を暇さえあれば弾いている自分がいうのだから間違いない(笑)
難易度の高い曲は最初は憎たらしいものだが、達成した後は愛すべき一曲になる。
そしてプレッシャーゼロの自分だけの空間での自分の為だけの演奏。
あぁ……至福の時間(*´艸`)

以上、楽しい音楽の時間への誘いでした(笑)