月別アーカイブ: 2015年12月

富良野背景〜生ピアノ

「ピアノ」を「生ピアノ」と呼ぶようになったのはいつぐらいだったろうか?
僕が音楽業界に潜り込んだ30年程前には既にあった言葉だと思う。
もっとも当時はFender RhodesやYAMAHA CP-70などのエレクトリックピアノと対になるような意味合いだったように思う。
というのも当時のサンプリング技術はまだまだ成熟仕切っておらず、1500万円もしたサンプリングマシンでも「リアルなピアノ」となるとまだまだ無理難題のスペックであった。
今の「デジタルピアノ」のポジションのピアノは当時まだ存在していなかったのだ。

キャラはちょっと違うのだが、YAMAHA TX-816(1984)というFM音源(当時の新鋭シンセDX-7を8台分並列にラックマウントさせたという見た目サーバーマシンのような鬼スペックシンセ)にプリセットされていたピアノ、あるいはKORG M-1(1988)あたりから「おぉ!」と驚かれるようなデジタルピアノサウンドが出現してきたと言って差し支えないかと思う。

サンプリングの技術は年々そのビット数とサンプリング周波数とメモリー容量を加速度的に向上させ続け、今ではピアノの音だけで1ギガバイトを割くようなシンセサイザーも珍しくなくなった。
初期のサンプリングマシンはそれこそ256キロバイトとかの容量、国産サンプラーAKAI S1000辺りで2メガ、拡張しても10メガバイトしかなかったことを考えると、20年の間にざっと100〜4000倍以上、サンプリング周波数やビット数の要素を加えると軽く数万倍のスペックの進化を遂げたことになるのだ。
(1024キロバイトが1メガ、1024メガバイトで1ギガとなる)

さらに近年のデジタル技術の進化は目覚ましく、今までのサンプリング技術に加えて「物理モデリング」という様々な現象を演算によって再現する技術も加えられている。
これはピアノの弦の共鳴やハンマーなどの楽器のメカニズム、部屋の響きなどを録音以外の方法で音を加工する技術である。

興味のある方は「シマムラ楽器」あたりのデジタルピアノがたくさん置いてある楽器屋さんで試弾をしてみるとよい。
「家庭用電子ピアノ」の音が驚くほど良くなっていることにビックリさせられるはずだ。

というのが今までの僕の生ピアノへの思いのようなものだった。

最低限の知識は持っている。
正式名称は「ピアノフォルテ」であるとか、「スタインウェイ」や「ベーゼンドルファー」といった超高級品の存在であるとか、セミコン、フルコンといった大きさの違いがあるとかそんな程度ではあるが…
あくまでも「シミュレートされたデジタルピアノ前提」としての生ピアノの知識がメインであり、生ピアノそのものに興味があったわけではなかったように思う。

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(リハーサルスタジオで使用したYAMAHA C5。メチャ音が良かった)


これまでも生ピアノを弾く機会は何度かあった。
スタジオの空き時間にピアノブースで一人コッソリ弾くことが多かったように思う。
思い返せば「Vampire's Love」のピアノにしてもレコーディングスタジオのメチャ上等なフルコンのピアノで練習していたのだった(笑)
しかしその時はあくまでも「練習鍵盤」としてしか見ておらず、音の良さや難しさなどを完全度外視しての練習でしかなかった。
ちなみにCD音源はステージでも使っているデジタルピアノ「CP-1」の音である。

生ピアノの音をポーンと一音弾いてみると、まずその音の大きさにビックリさせられる。
当たり前ではあるのだが弾いた鍵盤の正面から音が返ってくる。
スピーカーから出てくる音とは臨場感がまるでベツモノだ。
そんなことにも感情を動かされてしまう。
普通にピアノを弾いてきた人にはむしろ「???(-"-)」な感情だろう(笑)

そしてジャーンと弾いた時の音の豊かさ。
鍵盤同士が共鳴しあい複雑な倍音を奏でながら「音の束」としてさらに音全体が増幅するこの感じ!
ジャカジャカと派手な演奏はピアノのボディー全体が鳴るような賑やかな音になり、音数の少ないシンプルな音には共鳴音が寄り添うように加わる。
フォルテシモの大きな音は出過ぎず、ピアニシモの小さな音もしっかり表現される。
不思議ではあるのだが、音楽的に実にまとまってくれる。

これがデジタルピアノとの決定的な違いである。
ただただ凄い……凄い楽器だ。
近年目覚ましい進化を遂げている物理モデリング技術と上に書いたが、まだ当分この領域には来られないだろう。

デジタルピアノよりも音が非常に豊かなので、なんというか…「そこまで感情を込めなくても感情が入り込む」といった印象を最初は感じた。
しかしこれは逆に言えば「ちょっとのタッチの変化もすぐ音に出てしまう」という諸刃の剣のような繊細なタッチを意味していた。
自信なげに弾けば実に弱々しい印象をその場にいる全員に与えてしまうし、ノリノリの強いタッチで弾くと部屋全体が明るくなるのだ。比喩ではなく。
ただし自分の場合はノリノリになるとかなり走り気味になってしまう副作用もあった(汗)

なんだこれは!?

まるで感情をコントロールして動かすロボットアニメのようではないか?
自分の余裕のなさが容赦なく音となって全部出力されてしまうではないか!
僕のシンクロ率は何パーセントあるの父さん!←念のためそんなセリフはない

なんて恐ろしい楽器なのだ!

しかしネガティブな感情よりも、長年近くにありながら今まで全く気がつけなかった特性のようなものを知った興奮の方が遥かに大きかった。
自分の心地よさやノリを伝えることもまた容易に全部出力されるからだ。

リハ前日にまずピアノ師匠に現状を見てもらいアドバイスをしこたまいただいた。
リハ初日はボロボロではあったが得るものは大きかった。
リハの二日目で改善点からのさらに改善点がわかりこれもまた大きかった。
その翌日は以上を踏まえて再びピアノ師匠に稽古をつけてもらった。
本番前日富良野でのリハはデジタルピアノであったが、頭の中で生ピアノをイメージしながら弾くことができた。

迎えた本番はYAMAHA C3。
富良野プリンスに常設してあるグランドピアノだそうだが、近年は使うことも滅多になかったらしく前日は大掛かりな分解をしてから調律をしたそうだ。
本番日も朝と直前の2回の調律を施し万全の状態に仕上げてくれた。

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リハーサル。雰囲気にのまれてはいけない。

初日を終え、二日目を終える。
両日ともガチガチに緊張してサスティーンペダルを踏む右足がずっと震えていた曲が実は1曲だけあったのだけども、ここではナイショだ(笑)


本番に関してはお伝えしたいことは特にない。
その場にいたお客さんそれぞれに感じていただければよいし、実際お客さんはそのあまりにも素晴らしい歌に酔いしれていて、後ろで悪戦苦闘をしていたピアニストの姿にはほとんど気がつかなかったかと思われる(笑)
それが正しいし、むしろそうあるべきなのである。

本来ならこんな赤裸々に裏事情を伝えるのもどうかと思ったりもしたのだが……

生ピアノの感動を伝えたいと思った初期衝動があり、しかしそれを伝えるためには「なぜ感動をしたか?」の背景を説明したくなり、それには更にこれまでの自分の状況を遡って説明しなければと思ってしまったのだから仕方がない(笑)
結果3回に分かれてしまった。

本題は以上であるが、下に関連事項のQ&Aのようなコーナーを設けた。

これまでTwitterで「今からピアノを習っても遅くはないですか?」という質問を何度かいただいている。
僕が言うのもナンなんであるが、もちろん遅いということはない。

ただ一つだけ長続きするコツを伝授するならば、それは「楽しく弾いている自分」を明確にイメージすることだろう。

ピアノ練習の大部分は思い通りに弾けずにヤキモキする時間が圧倒的に長い。
前回の「準備編」でそれがイヤというほど伝わったと思う(笑)
思い通りに弾けるようになるまでの段階は長く険しい道のりだ。
しかし最終的には譜面を見なくても指が自然に動きだす瞬間がやってくる。
厳密にはここからが「楽しい音楽の時間」である。(※のだめカンタービレ)

まずはそこに到達すること。
そこの手前で挫折をしてしまうのはあまりにももったいない。

そして誰に発表しなくとも、この「楽しい音楽の時間」は相当楽しい(^^)
むしろ一人で奏でているときの方が楽しいかもしれない。

富良野が終わって一週間以上経つが「Let It Go」を暇さえあれば弾いている自分がいうのだから間違いない(笑)
難易度の高い曲は最初は憎たらしいものだが、達成した後は愛すべき一曲になる。
そしてプレッシャーゼロの自分だけの空間での自分の為だけの演奏。
あぁ……至福の時間(*´艸`)

以上、楽しい音楽の時間への誘いでした(笑)

富良野背景〜準備編

大阪でのピアノ特訓モード開始。

しかし通常業務の合間を縫ってということになるので、誰にも迷惑のかからない範囲と場所を確保しなければならない。

1.ステージ
ステージには自分の機材が常時置いてあるのでもちろん練習するにはもってこいだろう、と思ったあなたはまたしてもシロートさんである(笑)
というのも本番前のステージ上というのは常に何かしらの作業が行われているものだ。
照明さんや映像さんのチェックというのは非常に時間のかかるものだし、常に新しいパターンなどの模索をしていることも多い。
しっとりムードの曲を弾いているのにステージ上はストロボがチカチカ点滅し派手なレーザー光線がグルグル飛び交っていたり、あるいは突如暗転したりと練習環境としてはかなりの劣悪っぷりを誇る(笑)
また単純にピアノ鍵盤の上にあるシンセが譜面台としては実に不適切で、ズルズルと譜面が滑り落ちてくるのもよろしくない。
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(写真ではわかりにくいが上のシンセは微妙に傾斜している)

2.楽屋通路
なんばハッチの楽屋はかなりの部屋数があり快適なのだが、今回ゲストバンドがいたり、VAMPSの各取材も多く空き部屋がなかった。
そこで本番日は廊下にテーブルを置いてそこに予備のシンセを置いて練習することにした。
もっとも5オクターブのプラスチック鍵盤なのでピアノの練習にはならない。
主に曲を覚えるための譜面読みと構成覚えに特化したのだが、むしろ環境が限定されることによってするべき作業が効率よく振り分けできたようにも思った。案外悪くない。
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慌てていたのでたまたまVAMPS宛のプレゼントボックスに入っていたファンのみなさまからのパネルを借りてこの時だけ譜面台にさせてもらった(笑)
(その後ちゃんと楽屋の壁に貼ってもらったので許してください)
ケータリングのカレーを食べながらとか、当時の余裕のなさが伝わってくる(笑)
足元をよく見ると、ハロウィン銀テープがここにも撒かれている。

3.オフ日の空き楽屋
今回のなんばハッチ行程でのオフ日は3日間。
うち1日はアーリーバースデーで夕方から大勢で誕生会を開くことが決まっていたので実質は2日半。
まとまった時間はありがたい。
VAMPARKが開催されている会場に午前中に入りステージのデジタルピアノを楽屋に移動して本格的練習に突入。

ところでクラシックの人の作る譜面と僕らポップスフィールドの人間が読む譜面には微妙な違いがある。
現場合理主義での簡略化だったり速読性重視のシンコペーション表記の違いなどだ。

今回もっとも困ったのが、例えば#(シャープ)が3つのキー「A」でのナチュラルF(白鍵のファ)の表記。
楽典ではこれをE#と表記するのが正しいのだが、これが僕にはどうにも読めない。
いや理屈はわかる。
わかるのだけれども毎回「え?E#?」と指の反応がモタついてしまって間違えてしまう。

E#

そこで下記のような表記に譜面を書き直すのだが、全箇所に赤を入れていくのも大変だし見栄えも悪いし、直したい部分は他にもたくさんあるのでいっそのこと譜面そのものを作り直すことにした。
F
楽典上は誤りなのだろうけど、こうしないと間違えてしまう長年の習慣恐るべし(笑)

遠回りのようだが自分の読みやすい譜面に作りなおすためにピアノとパソコンをつないでコツコツと譜面作成をしていく。
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なかなか練習が始まらないが、長い目で考えればここは確実にやりやすいモノを作ってしまうのが吉だ。

去年の黒ミサはこうして作った譜面データをpdfにしてiPadに表示させて本番に臨んだ。
iPadに譜面データを入れておくととても便利なのだ。
譜面をなくすこともないし、野外で譜面が風に飛ばされることもない。
数年後でもすぐに呼び出せる。
また画面が光るので譜面灯もいらない。

しかし今回の場合は画面のページをめくってられる曲がほぼない上に、練習ポイントの書き込みがメチャ多いような気もしたし、ピアノ師匠のアドバイスなども書き込みできた方がなにかと都合がよい。

通常サイズのA4用紙だと大きすぎるのでB5サイズでプリントする。
さらにコピー用紙は実に脆弱ですぐに破けてしまうので、紙の周囲をガムテで補強する通称「裏貼り」をほどこす。
これが簡単なようでなかなか難易度の高い作業なので、日頃VAMPSライヴのセットリストの裏貼りを担当しているマネージャーKちゃんと手先の器用なT部長に業務委託をする。
僕はこういった神経を使う作業がとても苦手なのだ。
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(若者にメンドくさい作業を押し付けているだけなんじゃ?などと思ってはいけない)

こうして出来上がった「丈夫で書き込みができる譜面」に思う存分赤ペンと鉛筆でポイントや覚え書きや注釈を書き込んでいく。
iPadも便利なのだが、この機能性と手軽さという点では実質まだだいぶ劣る。

ようやくここで具体的な練習内容である。
2000文字近く使って一体今まで何を説明していたのだか(笑)

まずはリハ日に備えてひたすら練習をするわけだが、最初の頃はなかなかおたまじゃくしが身体に入っていかない。
昔と違って明らかに性能が劣化しているオサーンの脳みそである(´_ゞ`)ちーん

その日の終わりになんとか曲の最後までたどたどしく弾けるようにはなっても、翌日には半分ぐらい忘れてしまっている。
悲しい顔で思い出しながら苦しい顔で譜面を睨み、何回か通して弾くと少しずつ記憶が蘇ってきて再び弾けるようになってくることで初めて明るい顔になれるというものだ(笑)

翌日もまた弾けなくなっているのだけれども昨日よりは覚えていて、だいぶ早く思い出せるようになってきたり、譜面を見なくても勝手に指が動き始めてくれたりする。
1曲2曲ならもう少しペースは早いのだが8曲同時進行となるとやはり一進一退というか七転び八起きというかスイッチバック方式というか、とにかくグイグイとは進まない。
だけどあともう少しだ。

そうこう地道な練習を繰り返すうちに少しずつ本人の性能が上がってくる。
例えば譜面読みの理解力だったりテンポ感の体得だったりが早くなってくる。
ずっとやってきたことでもやらなくなれば能力は衰えるが、しかし再び使い出せばまた勘を取り戻せるようになってくる。

また曲によっての相性もあるみたいで、2〜3回弾いただけで覚えられてしまう曲というものも出てくる。
通常のコード譜面の場合は大体そんな感じなのだが、最初から最後まで書き譜となるとそう簡単にはいかない。
この辺りも急速なスキル復活なのかもしれない(喜)
最初のオフ日は1曲たりとも満足にできなかったのに、3回目のオフ日の頃には全般的にだいぶ弾けるようになってきた(再喜)

こうしてなんばハッチ最終日を迎えた。
本当、10日間なんてあっという間なんである。

翌日は早めに東京に戻って自宅のデジタルピアノで練習をし、夕方からいよいよ生ピアノを使った練習に突入する。

久しぶりのタッチの生ピアノ。

やはり全然違う。
勝手が違う。
音が違う。

難しい。
デジタルと全然違う。
こんな繊細な楽器を弾きこなせるのだろうか?

引っ張るようだがさらに続く。

STAR WARS〜フォースの覚醒

年内に観るなら今日しかない!とクリスマスイブの夜に車を飛ばして某所のIMAXシアターまで向かった。
家から最寄りの映画館では良席を確保できず、どうしても見やすい座席で観たかったのと、今日の夜しかないという事情を兼ね合わせたら、候補となる映画館がどんどん家から遠ざかってしまった(笑)

ナビに劇場の住所を入れたら「所要時間1時間4分」だと!?

悔いなし!(笑)
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しかし困った。
何を書いてもネタバレになってしまう。
バックトゥザフューチャー2をネタバレなしで語るぐらい難しい。
ここは慎重に書いてみよう。

まずは旧3部作とどう繋げてくるのだろう?と疑問に思っていた部分を見事なまでに意外かつシンプルな方向に持ってこられて「やられた!」と悔しさのようなものをベースとするあくまでも嬉しい感情に襲われる。
エピソード1を観たときに感じた「昔の方が文明が進んでいるじゃん!」というツッコミ部分をどうクリアーするのかが個人的にもっとも楽しみな部分でもあった。
(1977年当時では表現できなかったことが1999年では革命的に増えていたことによる時代考証的矛盾が山のように発生したのだ(笑))

しかしこの感動はやはり旧3部作のファンに限定してのいわば「内輪ネタ」のようなもので、エピソード4〜6のそれなりの知識と愛着がないとピンと来ないだろう。
話が繋がっている部分とエピソード6から今回の7までの空白の30年の間に起こっていたことの二つが交錯しながら物語は進むのだが、やはり人物相関図を知っていないとわからないことも多い。

この限定条件での面白みにさらに水を差すようなことをあえて言うならば…
今回のエピソード7に合わせて初めて旧3部作を予習として見るのと、30年前から観続けてきた少年時代からの情念の蓄積がイコールになるということはまずないということ。
こればかりはかつて旧作をリアルタイムで見た人のみが味わえる特権であろう。
とやや上から目線になってしまったが、これは長い年月をかけて見てきた功績ということで認めてあげてくださいな(笑)

あぁ!これ以上は語れない!
なんてネタバレなしで語るのが難しい映画なんだ!(笑)

ただ、この作品は旧作を見ずに観てしまってはいけない映画のような気がする。
誰にでもオススメできる映画ではない。
個人的には初見でいきなり観るのはあまりオススメしない。
と半ば営業妨害のようなことを言ってしまって配給会社に怒られやしないだろうか?

というわけで早々にネタバレフィールドを展開する。

まだ観ていなくて観る予定で映画の内容を知りたくない人は非常に中途半端ではあるけれども、この先を読んではいけない。
あくまで興味のない人はなんとなく読んでも構わないが、当然面白いとも思えない。
どちらにせよ見終わった人以外にはオススメできる内容ではありませんよとあらかじめお断りしました!(笑)













サブタイトルの「フォースの覚醒」だが、謎多き展開だ。
選ばれし者のみが授かるフォースというチカラ。
RAY
今回のヒロインであるレイ、砂漠の星で廃材を集めて暮らす貧しい生活をしている美少女なのだが、メカニックとしてもパイロットとしても一流の腕を持つという設定。
そしてジェダイの騎士のように自在に人のココロを操ったりライトセーバーを無意識に念力で手繰り寄せたりと、修行なしでかなりの能力を持っていることを示唆している。
相当の有力者の血筋を引いているのだろう。
…まるでアナキンスカイウォーカーとルークスカイウォーカーの分身のようだ!

普通に考えるならば当然ルークの娘、ということになるのだろうけれども、しかしそれではまたしてもこのシリーズの定型パターンそのまんまではないか!(笑)
そろそろ違うオチがあっても良さそうに思うので違う展開を期待したいが、多分そのまんま話が進むような気もしている(^^;

そしてダースベイダーを上回る敵キャラをなかなか生み出せないスターウォーズシリーズだが、今回の新たなる黒騎士的存在カイロ・レンは、今までとは一味違うキャラのようだ。
starwars-the-force-awakens_kylo-ren
こちらは謎でなく主要人物の二世であることが比較的早めに明かされるしベイダー様と違って顔出しも速攻だった(笑)

物語に深みを感じたことはないと前回書いたけれども、今回もその感想は変わらない(笑)
そろそろこの流れ、変わってもよいのでは?(再)
しかしレイよりだいぶ先を行ってるとはいえ、こちらもまだフォースのチカラを自在にはコントロールし切れていない若造だ。
物語のクライマックスでは生死不明の演出に一応はなっているけど、これで死んでしまうはずもなく、次回パワーアップして再登場することは間違いない(笑)


さて、今回もっとも拍子抜けしたのがライトセーバー同士のアクションシーンだった。
シリーズ史上ここまでヘッポコな戦闘シーンがかつてあっただろうか?(;^_^A
覚醒しきってない者同士なのだから無理もないのだが、実に美しくなかった(笑)
まーまーまーライトセーバーの扱いが危なっかしいのなんの!
自分で自分の手を切りそうなぐらいおぼつかない剣さばきに別の意味でハラハラドキドキさせられた。
ってか僕が見たかったのはコレジャナイ!ヽ(`Д´)ノ
(もちろん今後の展開を考慮すれば現時点のリアルバトルとなるとああなるしかなかったとは理解しているけれども)


そして上にもチラッと匂わせたのだが、僕の最大の関心ごとは「30年前のエピソード4〜6のメカニックデザインをどう継承させつつも最新の映画として表現するのか?」であった。

1999年公開のエピソード1は、1977年公開のエピソード4の数十年前の話であるのにもかかわらず、宇宙船やドロイドが数十年先の設定と比べて明らかにかなりの未来型だったことに違和感を感じたものだ。
それが今回も起こってしまうのだろうか?
という期待と不安要素が強かったのだが、これが見事なまでに「旧作そのまんま」をもってきたのが凄いと思った。
タイファイターもXウィングもスターデストロイヤーもミレニアムファルコンも昔と同じデザインのまま!
ストームトルーパーや銃器の雰囲気も旧作のまんま!
しかし動き方や見せ方が全然違う。
表現手段によって差を見せつけてきたのがイカス!
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いやいや、今回は本当にタイファイターが一番かっこよかった!
(ただしスターデストロイヤー弱すぎというか、一機のタイファイターであそこまでボコボコにされてしまうの?というツッコミはやはり禁止なのだろうか?)


一部のファンからは「同窓会かよ!」と突っ込まれている旧シリーズからの出演者陣。
ハンソロ、レイア、チューバッカ、ルーク、主要キャストの登場シーンはどれも「キタ!(・∀・)」と滾る演出だったけれども、、、
(エンドクレジットでマーク・ハミルが上から2番目だったのはやや納得がいかない。登場シーン1分あるかないかなのに!)

僕が一番嬉しくて笑ってしまったのがC-3POであり、そして一番ホロリときたのがR2-D2であった。
劇中で「スリープモードになってから久しい」と言われているのだが、まさに僕らが待っていたのと同じ年月を眠っていたようなものなのだ(´;ω;`)ブワッ
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彼ら名コンビは本当に可愛い(*´艸`)
エピソード7からの新ドロイド「BB-8」も相当可愛いけれど、R2のキュートさにはかなわない。

コホン!
このシリーズ、そんなに好きじゃないと言っておきながら、語りたいことはたくさんあるので困ってはいる(笑)
カメオ出演をしているというウワサのヨーダを探しにもう一度ぐらいに劇場に行ってしまうかもしれないなぁ……

富良野背景〜メマイ編

今年の富良野のイベント「黒ミサ」が終わった瞬間の解放感と達成感と脱力感が同時に来た複雑な感情を人に説明するのが難しい。

本番を終えて舞台袖に降りてまず自分がしたことは…乾杯用のワインボトルの残りを発泡スチロール製の簡易コーヒーカップに並々と注いで飲んだことであった(笑)

その後は笑顔でひたすら「終わった!」を連呼し、共演者やスタッフにことごとく笑顔で返され(よほど嬉しそうな顔をしていたのであろう自分)、勢いで山ちゃんねるに出向いて今度は「嬉しい!」を連呼したように思う。
さらにツイッターでは「終わった!」と「嬉しい!」を複合させてつぶやいた(笑)

その後速攻で着替えてホテルの大浴場に行き、ガラガラの温泉でひとりニンマリ弛緩まくっていた(笑)
緊張と弛緩のアップダウンはまさにFUJIYAMAレベルだった日だと言えるだろう。

VAMPSのライヴでももちろん毎回緊張はする。
しかし、今回の緊張感と比べるとその度合いは比較にならない。

「え?アリーナ公演で1万数千人のお客さんの前で演奏する方がよっぽど緊張しそうなものじゃ?」と思うあなたはシロートさんである(笑)
これは仕事としての大小であるとかそういうことではなく、もっとシンプルな部分のこと、根源的な人間の度量としての部分での緊張感に支配されてのことだ。

「慣れていないことを人前でする」というのは誰であれ何歳であれ緊張する。

逆に百戦錬磨を豪語するチームVAMPSに属している自分が数百回のライヴ経験を経ていながら未だにVAMPSライヴの度にガチガチに緊張していたら、それこそが問題だろう(笑)

「え?じゃあもしかして人前でピアノを弾くことに慣れていないの?」と思われたあなたは鋭いところを突いたことになる。

答えは「YES」

なぜなら僕はピアニストではないのだ。

今回の共演者、バイオリンの岡村さんとチェロの今井さんはプロ中のプロの演奏家だ。
リハーサル当日スタジオに呼ばれていきなり譜面を渡され、一度も原曲を聴いたこともないまま100%初見の状態でほぼ完璧に弾いてしまうあたり。
まことに惚れ惚れしてしまう腕前であった。

クラシックの世界ではこれが当たり前のレベルで、NHK交響楽団であれ新日本フィルであれ基本的に全体練習などほとんどない。
僕は映画音楽やテレビの劇判音楽などにも長く関わっていたので知っているのだが、それらの録音現場に集められたメンバーにしてもやはり初見演奏が基本中の基本となる。
数時間で50曲とかの録音をしてしまうような時間の流れの中で一人間違えるわけにはいかないのだ。
「のだめ」の世界をリアルに生き抜いてきて、さらなる厳しい世界に身を置いている凄い人達なんである。


一方の僕はといえば、遡ることリハーサルの2週間ほど前、イギリスツアーを終え帰国寸前あたりのタイミングで4曲分の譜面を渡されて、まずは軽くないメマイを感じていた(´_ゞ`)ちーん

この感覚は今年の2月に「Vampire's Love」の前奏部分の譜面を渡された時とほぼ同じ感覚であった。
このときは「しあさってのガイシホール本番までによろしくね」と言われたのが一生忘れられないレベルのメマイだった。
今度は2週間あるとはいえ合計8曲である。
僕がクラシック出身のピアニストであったならば初見でほぼ完璧に弾けてしまうのだろうけれども、あいにくこちとらピアノ教育を受けたことすらない。

多くの方が誤解されているかもしれないのでここでキッチリと説明しておくが、僕の専門はマニピュレーターという技術職であって、本来演奏を人前で披露するポジションの人間ではなかった。

しかし18歳までエレクトーンを習い続けていたこと、その後もレコーディング現場でコンピューターに入力するというカタチでずっと鍵盤を弾き続けていたこともあり、何となくではあるけれども「キーボード」としてクレジットされることも珍しくない感じでずっと仕事を続けてきていた。
ManipulatorとしてよりもKeyboard&Programmingといった表記の方が圧倒的に多いなぁと某大物バンドのクレジットを確認して改めて思った(笑)

VAMPSのステージでもキーボードをやらせてもらってはいるけれども、これは言わばハイド氏に長くたずさわっている「役得」のようなものであって、決して自分のキーボードの腕前が特に優れているからというわけではない。
僕より上手い人なぞ世の中にはゴマンといる。

「プロの定義」という難しいお題目がある。

「それで生計を立てている」というのがもっともわかりやすい答えだとは思うが、自称ミュージシャンとかのアヤシイ人がたくさんいたり、最近ではその辺のプロよりよほど稼ぎのいいユーチューバーとかのややこしいポジションの人がいたりする混沌とした世界。

これがスポーツの世界ならば100m走るのに10秒を切るとか、走り高跳びで2m40cmを超えるとか、野球のピッチャーが160キロ超えのボールを投げるといったような、誰の目にも明らかとなる基準、絶対的な差がある。
しかし芸術関係、こと音楽においてはその定義が非常に難しくなるように思う。


僕が漠然と思っている全てのシーンに於けるプロの定義はこんな感じだ。

いきなり仕事を振られても即座に対応できる能力を有した人。

その現場の誰もが「無茶振り!?」と思えるような仕事を簡単そうにこなしてしまう人。
イカス!かっこいい!ゴルゴ13みたい!
(逆に「今の自分がいかに忙しいか」とか「自分が二人いたら仕事がはかどるのに…」とかの泣き言を公言する人は、ダサイ!かっこわるい!自らの無能っぷりをさらけ出していることに気がつけ!と思ったりする)

今回の黒ミサのバイオリンとチェロのお二人はまさに完璧な能力を有した人だと断言する。
無言実行。ただただスゲー!


一方の僕はどうだったであろうか?
業界歴28年、フリーとして独立して23年になろうかという自分なだけに、自慢じゃないが自分の力量範囲外の危険な香りを察知する能力には長けている。
念のためここは自慢話でもなんでもない(笑)

2週間ほど前に譜面を渡されたときのメマイの理由は、そんな危険な香りがあまりにもプンプンしまくったことに他ならない……
逃亡体制を取ろうかとひるんだのも事実だ。

それは明らかに自分の能力を超えた範囲外の仕事内容だった。

しかし、僕はこの仕事を断らなかった。
できそうもない仕事を受けるというのは、それもある意味プロではない。
自分一人が恥をかくだけでは済まされない。
結局のところアーティスト本人が恥をかくことになってしまうからだ。

僕のスキルやクオリティーを熟知しているであろう諸関係者の方々がどんな思いで僕を選んだのか、詳しくは知らない。
きっと大丈夫だろうとポジティブシンキンをしていただけたのかもしれないし、当然できるだろうと過剰評価をいただいていた可能性もなくはない。
一方では反対意見があったとも聞いた。
それを直接本人に面と向かって言ってくるのもどうなんだろ?とやや思ったりもしたけれども(笑)、まぁもっともな意見だとは思う。

僕が最初に譜面を見たときのメマイをドラゴンボールのスカウターで数値化できたとしたら…きっとみなさんあまりの気の毒なビビリっぷりに同情を禁じ得なかったに違いないからだ(苦笑)
スカウター-ナッパ-Google-検索
(一般的な地球人のビビリ度数は“5”前後らしい)

これまでもステージでキーボードは弾いてきたし、ここ数年はデジタルピアノも弾いてはいるけれども…
ハッタリをかましている余裕はないし、余裕をかましている余裕はもっとない。
誰よりも「危なっかしい」と自覚している自分がいた。


では、そんなプロレベルではない自分がこのプロレベルの仕事をこなすために必要なことはなんだろうか?
翻って考えるならば、どんな策を講じたらこの仕事をキッチリ無事に終わらせることができるだろうか?

それは兎にも角にも「練習」しかない。
地道に繰り返し身体に叩き込み染み込ませるしかない。
小賢しい裏技や便利アイテムはリアル世界には一切存在しない。
結局は正攻法の正面突破しか道はない。

幸い初回リハまで2週間ほどある。
そう、今回初見演奏である必要は全くないのだ。
この期間に「危なっかしくない」まで追い込めばよい。
少なくとも理屈としては正しい。

なんばハッチ公演で大阪に約10泊。
時間は、きっとある。

行け!一歩前に踏み出せ!
自ら限定していた枠をまた超えるのだ!

かくして賽は投げられた。
後戻りはもうできない。

つづく……のか?(;^_^A

STAR WARS その2

前回のエントリーで紹介した「宇宙からのメッセージ」だが、その作品の全貌を窺い知ることのできる「予告編」がYouTubeにあったので晒しておく(笑)

よほど暇な人は斉藤少年が感動した映画がどんなであったかを知っておくのもよいかもしれないが決してオススメするわけでもない(笑)

うむうむ、想像以上にショボいのだけども悪くないぞ!(笑)




ヤバい!
スターウォーズ エピソード7の公開がまもなくではないか!
というか今日公開になってしまったではないか!

慌てて富良野に向かう飛行機の中で続きを書くことにする。
多忙なビジネスマンのように飛行機でパソコンを開いているわけだが、なんのことはない。ブログを更新しているだけなんである(笑)

今回のエントリーは「未見の方でも大丈夫!スターウォーズの正しい見方」についてのレクチャーである。
これを読んでおけばあなたはダークフォースに落ちることなく立派なジェダイの戦士になれないとも限らない(笑)

スターウォーズシリーズ未見の方は遥か未来の話をイメージしているだろうが、実は「昔話」であるというのが意外といえば意外であろう。

alongtime

「遥か昔、遥か銀河の片隅で…」と訳されるこの文章からスターウォーズは始まるわけだが、この文章が出ているときは無音。
そしてその直後、世界でもっとも有名な映画音楽の一曲であろう「スターウォーズのテーマ」が大音量で始まると同時に「STAR WARS」のロゴがバーンと出るのがこのシリーズのお約束ごととなっている。

きっと今回のエピソード7においてもこのお約束は守られていると信じている。

そして僕はここの「STAR WARS」のロゴが出る瞬間がとても大好きだ。

ある意味スターウォーズで一番好きな場面かもしれない。
665感が強いというか、とにかくメッチャ上がる。間違いなく上がる。
最高の瞬間なのだ!



1999年のエピソード1はわざわざ立川シネマシティーまで観に行った。
当時は関東圏内にはTHXシアターが海老名と立川の2館にしかなかった。
やはりこの瞬間は最高のスクリーンで観たかったのだ。

ちなみにこのTHXシアターとは具体的に何かというと、要約すれば「映画館のJISマーク」のようなものだと思ってもらえれば良い。
使用するスピーカーやアンプの種類に始まり、厳密な音響測定をして反射音がどうしたとか低音の音量はどうだといった厳しい検査があり、さらには最後尾列から見えるスクリーンの角度であったりエアコンの風切り音はどれぐらいかといった検査まであるらしい。
それら全てをパスした映画館のみに与えられる称号が「THX」なのだ。
Unknown

スターウォーズに限らず、大画面と立体音響で観なければならない映画というジャンルは確実にある。
最高の環境で観たいと思う映画はやはり最高の映画館で観るべきなのだ。

逆に飛行機の機内映画では絶対に見たくない映画でもある。

スターウォーズは今作で7作目となるわけだが、実はエピソードと公開順は時系列的に一致していない。
これが未見の方がもっとも混乱するルールとなるだろう。

公開順からだとエピソードは 4→5→6→1→2→3→7 となる。

ちなみに第1作であるエピソード4が公開されたとき、若きジョージルーカスは作品の不発を確信してハワイに逃亡をしていたという有名なエピソードがある。
(この時にバカンスに来ていたスピルバーグとたまたま出会って「インディージョーンズシリーズ」の構想が生まれたというのも有名なエピソードだ)
当時のルーカスの心境を知る由もないが、エピソード4から始まる辺りにせよ、上記の「遥か昔 遥か銀河の片隅」にせよ、どこか中二っぽい感じがしなくもない(笑)

とにかく今の地球とは全く関係もなく、現代でも未来でもない話であるという断りから物語は始まるわけだ。

最初のエピソード4,5,6の主人公はルーク・スカイウォーカーという若者であり、宿敵ダースベイターとの物語、
次のエピソード1,2,3はルークの父であるアナキン・スカイウォーカーの幼少時代から思春期を経て成長し、最後にダークサイドに堕ちるまでが描かれている。

そして今回のエピソード7はエピソード6「ジェダイの復讐」の続きとなり、さらにはエピソード6から30年後の話となるそうだ。
つまり劇場公開と現代との年月がリンクしたカタチになる。
ほぼリアルに年齢を重ねたハンソロ船長が出てくることは随分前から知られていたことだが、もしかしたら他の出演者も出てくるかもしれない。

大人気のシリーズではあるが、物語としての「深み」のようなものを感じたことは、僕個人の感想としてはあまりない(笑)

帝国軍と反乱軍の戦いであり、ジェダイとダークサイドの戦いであり、親子の物語でもあるのだが、例えばそこに意外なヒネリがあるわけでもない。
この辺りの物語の奥深さ、複雑さは日本のアニメ、例えばガンダムやエヴァンゲリオンあたりの方が遥か数段上を行ってるようにも思う。

だけどもそれでも構わないのがハリウッド映画だ。
全世界にファンを持ち、30年越しで待ち望まれている映画が必ずしも「深みのある物語」を必要としているわけではない。


物語が続いているとはいえ基本的には一話完結であるべきだ。
そういう意味ではエピソード5と2の終わり方は酷すぎた。
特にエピソード5の終わり方は劇場公開時かなりの物議を醸し出したものだ。
今でこそ3部作は珍しくなくなったが当時は「映画を観に来て『つづく』はねーだろ!」とブーイングの嵐だった。


今回の新3部作。
「スターウォーズはそんなに好きじゃない」とか言ってる割に全てのエピソードを映画館で観てきた僕としては、今度のエピソード7も是非押さえておきたい作品だ。
当然今回も「つづく」にはなるのだろうが、エピソード4や1のような大団円の終わり方を期待している。


尚、先日テレビで放送されたスターウォーズだが、これは1997年当時の技術を駆使して修復された「特別編」である。
フィルムの洗浄から始まり映像のデジタル化、CGでの補正、追加カットからサウンドリメイクまで、あらゆる改変がされた現代版となっている。
エピソード5と6も同様の改変がされているが、これらはエピソード1の公開前に順次劇場公開されていったもので、現在DVD等で入手できるものはさらに編集が加えられているらしい。

1977年から始まったスターウォーズ。
1999年に新3部作が始まり、そして2015年に最新作が公開された。

この待ち続けてきた待望感!

絶対観に行く!

※結局飛行機でも書き上げきれず、富良野プリンスで早起きして書き終えた(笑)
エピソード7の公開が始まってしまったではないか!

STAR WARS その1

なんばハッチ籠城中であると同時に空き時間とオフ日は来週の準備と来月の準備に追われている日々。
なかなかブログの更新ができない!
この生活パターンでは朝にしか書けないことに気がついたので、夕べは酒を抜き早めに寝てしまい、目覚めて頭もスッキリしたところでブログを意地で書く(笑)

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久々の新作公開となるSTAR WARS。
世の中がにわかにスターウォーズブームに染まりつつある。
過去6作品を全く見ていない人でもなんとなくこのムーブメントを感じていることだろう。
公開作によっての波はあるけれども、やはり今回のビッグウェーブは3回目となるのだろう。

僕の世代にしてみれば、このスターウォーズフィーバー(死語)を最初に経験したのは小学5年生の時だ。
その時の日本の浮かれっぷりを思い出す限り、今年のお祭り騒ぎなんて取るに足らないと断言できる(笑)

最初に言っておくが、僕はスターウォーズというシリーズ映画が特別好きなわけではない。
SFXのクオリティーや様々なアイディア、迫力ある新感覚映像の宝庫であるこの作品、SF好きなら間違いなく食いつくはずなのに、なぜだろうか?

思い当たる節があるとすれば、それはやはりあの映画の影響だろう。

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「宇宙からのメッセージ」
1978年5月公開の邦画である。

深作欣二監督、千葉真一、真田広之、志保美悦子出演とそうそうたるメンバーの映画だが、今ではハリウッド俳優の真田広之氏も当時はまだ新人だったのではあるまいか?
「この映画、とても面白そうだから観に行こうよ!」と友達をけしかけたのはやはり自分だったような気がする。
かくして春日部東部座(とっくに潰れていて今はもうない)にみんなで行く。

初めて見るスペースオペラ!
感動的なストーリーと圧巻のスペクタル映像!
そして魂を揺さぶるような音楽!
僕は早速映画パンフレットを買い求めた。

映画を観た後すぐにやってきた誕生日にはこの映画のサウンドトラックのLPレコードを母にねだった。
感動的なメインテーマや迫力あるマーチをレコードが擦り切れるまで毎日毎日聴き込んだ。
それほどまでにこの映画に心酔していたのである。
(さらなる感動をした「銀河鉄道999」を鑑賞することになるのはここから1年以上先の話だ)


アメリカで大ヒットした「スターウォーズ」なる映画が日本でも公開されたのは1978年夏。
僕が大感動した「宇宙からのメッセージ」公開の2ヶ月後の話である。
加えて埼玉の片田舎の映画館にスターウォーズがやってきたのは11月、秋になってからだった。

「宇宙からのメッセージ」で宇宙モノ映画が大好きになってしまった僕はこの「スターウォーズ」なるアメリカの映画にも大いなる興味を示し、またクラスのみんなにプレゼンテーションをかます。

「絶対面白いから観に行こうよ!」
かくしてほぼ同じメンバーで映画鑑賞会が催される。
今度は幸手劇場(とっくに潰れていて今はもうない)まで観に行く。

そしてスターウォーズを観ている最中から鑑賞終了に至るまで我々は混乱し続けていた。

「この映画って、、、、『宇宙からのメッセージ』のパクリじゃん!!」

なんということだ!

あれだけ話題になっていたスターウォーズはただのパクリ作品だったのである。

なんたることだ!


…もちろんちょっと考えればスターウォーズのアメリカ公開は1977年の話なので、順番的には「宇宙からのメッセージ」が「スターウォーズ」をパクったであろうことは間違いない事実だろう。
※製作者は「偶然の一致だ」と苦しいことを言っていたらしい(笑)

しかし自分たちからすれば当然最初に観た「宇宙からのメッセージ」がオリジナルと感じてしまうのも無理からぬ話なのではないだろうか?

しかし、当時インターネットのない時代であっても、子供ながらに薄々と事情がわかってくる。
そしてその後のスターウォーズの続編を見てみれば、特撮技術などを始めとする全ての面が雲泥の差で圧勝であることもわかってくる。

さらなる悲劇が訪れた。

大好きだった「宇宙からのメッセージ」のサントラまでもがパクリであることが発覚してしまったのだ。
父が日曜の午後に聴いていたFMでたまたま流れていたドミートリイ・ショスタコーヴィチにあまりに酷似していた。
現代になって調べてみるとそれだけでなくメインテーマまでもエンニオ・モリコーネのもろパクリであることまでわかってしまう。

すべてがパクリの映画だったのだ!
なんてインチキな映画を愛してしまったんだ!俺は!

完全にスターウォーズが正しかった。

それはわかっている。

わかってはいるのだが、可哀想な斉藤少年はその後「スターウォーズ」を見るたびに「宇宙からのメッセージ」が頭の中にチラついて集中できなくなるというトラウマを背負うことになるのであった。

僕がスターウォーズをイマイチ好きになれない理由にはそんな悲しい過去がある。
驚くなかれ、この呪縛から逃れられるのはエピソード1(1999年公開の4作目)劇場鑑賞まで待たねばならなかったのだ。

多くの女性にとってはまるで興味ないであろうジャンルの映画であることは重々自覚しつつも、その時の感動に続く(笑)

余談にはなるが今回のエントリーの中心であった「宇宙からのメッセージ」は現在「トンデモ映画」としてかなりの高評価を得ている。
不名誉な高評価には違いないだろうが、こうして37年の歳月が経った今でもたくさんヒットするというのは、ある意味凄い映画でもある(笑)

閑話休題・刺青

サポートメンバーを含むVAMPSの5人での会話というのは実に多岐に渡っている。
音楽や楽器の話はもちろん、ハーレーやスノボや映画などのお互いの趣味の話がされることも多いが、実は健康や栄養などの話題がもっとも多いかもしれない(笑)

時としてはくだらない話題やネタで盛り上がることも当然ある。

今回のエントリーは僕の視点からの告発というか、定期的に我が身に降りかかってくる「熱くない火の粉ネタ」を暴露してみたいと思う(笑)

僕以外の4人のメンバーには身体中のあちこちに刺青が入っている。
これはVAMPSファンのみなさんならよくご存知のことであろう。

去年のZEPP名古屋公演時の僕のMC原稿がパソコンのメモに残っていたので詳しいデータもわかる。
・ハイド氏4点
・カズ氏8点
・アーリー氏28点
・Juken氏31点(ただしこの時点から今日現在までさらにコウモリが数匹増えている)

御自身の身体に入った刺青をこよなく愛している4人であるので、当然刺青の話題になることも多い。
有名な彫り師の○○氏の最近の作品情報であるとか、どこぞのバンドのXX君がこんな刺青を入れたと写メを見せ合うとか、海外の全身タトゥー男を画像検索して「いいなぁ…すげーいいなぁ…」とウットリしている人までおられる。

これを読んでいる多くのみなさんがそうであるように、正直なところ僕にもわからない世界の話だ。

そしてひとしきり談義を終えたあたりでいつもの空気感になる。
突如としてこちらに矛先が向く。

「ところでさぁ…仁ちゃんは入れないの?」
「そろそろさぁ…真剣に考えてみたら?」
「いい加減さぁ…観念したら?」

といった流れになるのが常なのだ(笑)

その度に、
「僕のこよなく愛する温泉とスーパー銭湯に行けなくなるのはつらたん」
の一点張りで逃げているのだが、じゃあ個室露天風呂の宿にすればいいとか西麻布の某サウナは刺青OK!だとかのいらん情報を押し付けてきては「さ!そろそろ。ね?」のような空気感が充満する楽屋なんである。

こうした刺青勧誘をのらりくらりとかわし続けて7年目になる。

信じられないことに最近では僕が刺青を入れないことに対して「仁ちゃんは変わり者だからなー」とまで言われている始末なんである。
ここでは刺青を入れてない人間が圧倒的少数派となってしまう。
4対1のバランスだと世間の常識はまかり通ってはくれないのだ。
まるで安部公房の小説の世界そのままではないか!

もしも刺青を入れなかったら死刑!

そこまでの究極の選択までに話が発展することもある。
もっともここまでくると大抵は愉快な酒席の話なので、それはそれでいろいろ楽しく考えてみたりもする。
「腕にアップルマーク」
「おなかに四次元ポケット」
「背中に温泉マーク…だったらきっと温泉では笑って許してもらえると思う」

過去に案として上がったものは無数にあるが、代表格はこんなものだろうか?

追記 足裏に足つぼの刺青案は実用的(笑)

そして今回のU.K.ツアーの中でまたこの話題が繰り返されたのだが、いつもとは違う新たなる展開をしてしまった。
ついに温泉にも堂々と入ることができて普段は隠れていて見えなくて、だけどもメチャインパクトのある刺青の位置が考案されてしまったのである!

それは、、、ソフトモヒカンにしている刈り上げ部分である両サイド!
ツーブロック、あるいは昔風ならテクノカットでも良いのだが(笑)、確かに髪をおろしている分には普通にしか見えないツーブロックであれば日常生活には支障をきたさない。

事実、僕は普段ステージではあんな恐ろしい形相をしているが、ひとたび帰宅すればご近所さんには「留守がちではあるけれども真面目で控えめな社会人」としか思われていない。はずだ。きっと。多分。

ツーブロックというヘアスタイルはかくも偉大なのである。

その部分への刺青!
おぉ!確かに今まで断ってきた理由はクリアーできているではないか!

「だったらまずは温泉マーク!これはガチね。
それと、頭だったらやっぱりアレじゃない?ダミアンの666!」
調子に乗ってアイディアが炸裂する。

ご存知ない方のために補足をしておくと、映画「オーメン」では「悪魔は身体のどこかに666のアザがある」という聖書に基づいた設定がされている。
赤ん坊のダミアンの身体にはどこにも666のアザは見当たらないのだが、物語後半で髪の毛に隠されていた頭部に666のアザがあることがわかる。

※まさに今現在行われている「JOINT666」のロゴはダミアンのアザを模したものだ。
IMG_6676

普段は隠れて見えない666。
おぉぉ!これはもしかしたらとてつもなくカッコイイのではないか!?

問題点が二つ挙げられた。

1.加齢による抜け毛等でツーブロックが成立しなくなった場合、あるいは両サイドそのものが禿げてしまった場合、刺青は白昼に晒されることになる。

2.全身のあちこちに刺青を入れているような刺青の猛者でも、頭部の刺青は失神するぐらいに激しく痛いらしく、初心者が最初に入れるのはあまりにも無謀な位置らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・

惜しい!惜しかった!残念!(^o^)ホッ


といった流れでこの話は終わったのだが、その日のバス飲みはいささか酒量が多かったのか、あるいはバスの揺れがいつもより心地よかったのか…

ビールと赤ワインと白ワインを飲んだあたりから記憶が怪しくなりはじめ、芋焼酎とバーボンを交互に飲んでいた頃にはきっともう「ボクじゃない僕」だったのであろう。

かくして記憶を飛ばす(´_ゞ`)ちーん

そして翌日の朝、ホテルのベッドで目が覚めてまずはどうやってこの部屋に入ったんだろう?(-"-)と思いながらも、とりあえずシャワーを浴びてコーヒーを飲んで普通にチェックアウトしてバスに乗り込む。

夕べ一緒に飲んでいたみんなにニヤニヤと微笑みかけられ、いささか居心地が悪い。
また何かやらかしちゃったのかなー自分?…と不安になるも、割とよくあることなので最近は達観した開き直り感のような図々しい居直り方をすることも多い。←ダメ人間

ハイド氏には開口一番勝ち誇ったような顔で「やっぱり記憶ないでしょ?」と言われる。
「いや、覚えてますよ。途中までは。『記憶今ある?』って言われた時点のことは覚えてますよ。何回聞かれたかはわからないけど2回目ぐらいまでは…」と、我ながら苦しい言い訳だけども言わないよりは言っておこうかぐらいの感じでとりあえず言ってみた(笑)

無言のまま彼のiPhoneに記録された動画を見せられる。

その動画の中のボクは「今の記憶アリマセーン!記憶を飛ばした記念にGoogleMapの星マークを登録しておきマース!」と陽気かつ雄弁に語っている。

…ってか、誰だオマエは?(´_ゞ`)ちーん

恐る恐る自分のGoogleMapを起動すると…
GoogleMark

ヒイィィィィ!

なんか知らないけど該当ポイントらしき異国の地に星マークあるし!

そしてさらに怖いことをボソッと言われる。

「自分のiPhoneの写真、まだ見てないの?」

ヒイィィィィ!

なにそれ?

ドキドキドキ…

破廉恥な裸踊りでもしてしまったのか自分?

ドキドキドキ…

そこにあった写真とは?








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(落書きと撮影共にHYDE氏)

酔いつぶれてしまったからといって、、、油性マジックはあんまりだ。

といった感じで、もしも刺青を入れるなら?

こんな感じのだったらアリでしょうかね?(笑)


僕個人の意見を言わせてもらうと、、、

やっぱりここも「665」にすべきでしょうか?

いや入れませんけどね(笑)