富良野背景〜メマイ編

今年の富良野のイベント「黒ミサ」が終わった瞬間の解放感と達成感と脱力感が同時に来た複雑な感情を人に説明するのが難しい。

本番を終えて舞台袖に降りてまず自分がしたことは…乾杯用のワインボトルの残りを発泡スチロール製の簡易コーヒーカップに並々と注いで飲んだことであった(笑)

その後は笑顔でひたすら「終わった!」を連呼し、共演者やスタッフにことごとく笑顔で返され(よほど嬉しそうな顔をしていたのであろう自分)、勢いで山ちゃんねるに出向いて今度は「嬉しい!」を連呼したように思う。
さらにツイッターでは「終わった!」と「嬉しい!」を複合させてつぶやいた(笑)

その後速攻で着替えてホテルの大浴場に行き、ガラガラの温泉でひとりニンマリ弛緩まくっていた(笑)
緊張と弛緩のアップダウンはまさにFUJIYAMAレベルだった日だと言えるだろう。

VAMPSのライヴでももちろん毎回緊張はする。
しかし、今回の緊張感と比べるとその度合いは比較にならない。

「え?アリーナ公演で1万数千人のお客さんの前で演奏する方がよっぽど緊張しそうなものじゃ?」と思うあなたはシロートさんである(笑)
これは仕事としての大小であるとかそういうことではなく、もっとシンプルな部分のこと、根源的な人間の度量としての部分での緊張感に支配されてのことだ。

「慣れていないことを人前でする」というのは誰であれ何歳であれ緊張する。

逆に百戦錬磨を豪語するチームVAMPSに属している自分が数百回のライヴ経験を経ていながら未だにVAMPSライヴの度にガチガチに緊張していたら、それこそが問題だろう(笑)

「え?じゃあもしかして人前でピアノを弾くことに慣れていないの?」と思われたあなたは鋭いところを突いたことになる。

答えは「YES」

なぜなら僕はピアニストではないのだ。

今回の共演者、バイオリンの岡村さんとチェロの今井さんはプロ中のプロの演奏家だ。
リハーサル当日スタジオに呼ばれていきなり譜面を渡され、一度も原曲を聴いたこともないまま100%初見の状態でほぼ完璧に弾いてしまうあたり。
まことに惚れ惚れしてしまう腕前であった。

クラシックの世界ではこれが当たり前のレベルで、NHK交響楽団であれ新日本フィルであれ基本的に全体練習などほとんどない。
僕は映画音楽やテレビの劇判音楽などにも長く関わっていたので知っているのだが、それらの録音現場に集められたメンバーにしてもやはり初見演奏が基本中の基本となる。
数時間で50曲とかの録音をしてしまうような時間の流れの中で一人間違えるわけにはいかないのだ。
「のだめ」の世界をリアルに生き抜いてきて、さらなる厳しい世界に身を置いている凄い人達なんである。


一方の僕はといえば、遡ることリハーサルの2週間ほど前、イギリスツアーを終え帰国寸前あたりのタイミングで4曲分の譜面を渡されて、まずは軽くないメマイを感じていた(´_ゞ`)ちーん

この感覚は今年の2月に「Vampire's Love」の前奏部分の譜面を渡された時とほぼ同じ感覚であった。
このときは「しあさってのガイシホール本番までによろしくね」と言われたのが一生忘れられないレベルのメマイだった。
今度は2週間あるとはいえ合計8曲である。
僕がクラシック出身のピアニストであったならば初見でほぼ完璧に弾けてしまうのだろうけれども、あいにくこちとらピアノ教育を受けたことすらない。

多くの方が誤解されているかもしれないのでここでキッチリと説明しておくが、僕の専門はマニピュレーターという技術職であって、本来演奏を人前で披露するポジションの人間ではなかった。

しかし18歳までエレクトーンを習い続けていたこと、その後もレコーディング現場でコンピューターに入力するというカタチでずっと鍵盤を弾き続けていたこともあり、何となくではあるけれども「キーボード」としてクレジットされることも珍しくない感じでずっと仕事を続けてきていた。
ManipulatorとしてよりもKeyboard&Programmingといった表記の方が圧倒的に多いなぁと某大物バンドのクレジットを確認して改めて思った(笑)

VAMPSのステージでもキーボードをやらせてもらってはいるけれども、これは言わばハイド氏に長くたずさわっている「役得」のようなものであって、決して自分のキーボードの腕前が特に優れているからというわけではない。
僕より上手い人なぞ世の中にはゴマンといる。

「プロの定義」という難しいお題目がある。

「それで生計を立てている」というのがもっともわかりやすい答えだとは思うが、自称ミュージシャンとかのアヤシイ人がたくさんいたり、最近ではその辺のプロよりよほど稼ぎのいいユーチューバーとかのややこしいポジションの人がいたりする混沌とした世界。

これがスポーツの世界ならば100m走るのに10秒を切るとか、走り高跳びで2m40cmを超えるとか、野球のピッチャーが160キロ超えのボールを投げるといったような、誰の目にも明らかとなる基準、絶対的な差がある。
しかし芸術関係、こと音楽においてはその定義が非常に難しくなるように思う。


僕が漠然と思っている全てのシーンに於けるプロの定義はこんな感じだ。

いきなり仕事を振られても即座に対応できる能力を有した人。

その現場の誰もが「無茶振り!?」と思えるような仕事を簡単そうにこなしてしまう人。
イカス!かっこいい!ゴルゴ13みたい!
(逆に「今の自分がいかに忙しいか」とか「自分が二人いたら仕事がはかどるのに…」とかの泣き言を公言する人は、ダサイ!かっこわるい!自らの無能っぷりをさらけ出していることに気がつけ!と思ったりする)

今回の黒ミサのバイオリンとチェロのお二人はまさに完璧な能力を有した人だと断言する。
無言実行。ただただスゲー!


一方の僕はどうだったであろうか?
業界歴28年、フリーとして独立して23年になろうかという自分なだけに、自慢じゃないが自分の力量範囲外の危険な香りを察知する能力には長けている。
念のためここは自慢話でもなんでもない(笑)

2週間ほど前に譜面を渡されたときのメマイの理由は、そんな危険な香りがあまりにもプンプンしまくったことに他ならない……
逃亡体制を取ろうかとひるんだのも事実だ。

それは明らかに自分の能力を超えた範囲外の仕事内容だった。

しかし、僕はこの仕事を断らなかった。
できそうもない仕事を受けるというのは、それもある意味プロではない。
自分一人が恥をかくだけでは済まされない。
結局のところアーティスト本人が恥をかくことになってしまうからだ。

僕のスキルやクオリティーを熟知しているであろう諸関係者の方々がどんな思いで僕を選んだのか、詳しくは知らない。
きっと大丈夫だろうとポジティブシンキンをしていただけたのかもしれないし、当然できるだろうと過剰評価をいただいていた可能性もなくはない。
一方では反対意見があったとも聞いた。
それを直接本人に面と向かって言ってくるのもどうなんだろ?とやや思ったりもしたけれども(笑)、まぁもっともな意見だとは思う。

僕が最初に譜面を見たときのメマイをドラゴンボールのスカウターで数値化できたとしたら…きっとみなさんあまりの気の毒なビビリっぷりに同情を禁じ得なかったに違いないからだ(苦笑)
スカウター-ナッパ-Google-検索
(一般的な地球人のビビリ度数は“5”前後らしい)

これまでもステージでキーボードは弾いてきたし、ここ数年はデジタルピアノも弾いてはいるけれども…
ハッタリをかましている余裕はないし、余裕をかましている余裕はもっとない。
誰よりも「危なっかしい」と自覚している自分がいた。


では、そんなプロレベルではない自分がこのプロレベルの仕事をこなすために必要なことはなんだろうか?
翻って考えるならば、どんな策を講じたらこの仕事をキッチリ無事に終わらせることができるだろうか?

それは兎にも角にも「練習」しかない。
地道に繰り返し身体に叩き込み染み込ませるしかない。
小賢しい裏技や便利アイテムはリアル世界には一切存在しない。
結局は正攻法の正面突破しか道はない。

幸い初回リハまで2週間ほどある。
そう、今回初見演奏である必要は全くないのだ。
この期間に「危なっかしくない」まで追い込めばよい。
少なくとも理屈としては正しい。

なんばハッチ公演で大阪に約10泊。
時間は、きっとある。

行け!一歩前に踏み出せ!
自ら限定していた枠をまた超えるのだ!

かくして賽は投げられた。
後戻りはもうできない。

つづく……のか?(;^_^A