ゾンビを語る・3

昨日からの続きである。
 
ウォーキングデッド普及活動はまだまだ続くのだが、怖い系やゾンビ系の苦手な人が無理に最新話近辺にトライしてもつらい思いをするだけなので、まずはシーズン1の第1話を見てみることをオススメしたい。
徐々にエグい描写の増えていく2話、3話へと進むことができたあなたは素質ありだ(笑)
しかしまだまだハードルはグングンと上がっていく。
シーズン2〜3あたりからトラウマ級の悪夢的展開が波状攻撃でくるし、シーズン5の冒頭の数分は未だに見返す勇気がないぐらいの最悪の状況がやってくる。
(このシーズン5の1、2話は個人的感想ではシリーズ中もっとも怖い回だった)
 
それでも続きが見たくなる悪魔的な魅力に惹きつけられているうちに気がついてみたらばあら不思議!
あなたはゾンビへの耐性がすっかりついているのである(^^
(そう簡単な話でもないだろうけど(笑))
 
尚、シーズン1の1話でも「ちょっと…」と断念した人には最後のゾンビ紹介チャンスをください!(笑)
以前Twitterでも紹介したことがあるのだが、僕の知る限りもっともライトな短編映画「CARGO」は切なく哀しくも美しい父と娘のゾンビ映画だ。(7分)
 
最初に見たときはゾンビというジャンルにこんな話まででてきたのか!と驚かされたものだ。要ハンカチ。
 
 

 
話は唐突に変わるが、僕は幼少期の頃から砂場遊びと粘土遊びが好きだった。
そういった遊びの中でも特に好きなのが、海水浴場の砂浜でやる「砂の城作り」だ。
 
「生涯海水浴合計時間」でいえば、泳いだりプカプカ浮いたりしていたよりも砂の城を作っていた時間の方が確実に長いと思う。
蛇足ながら…オトナになった今でも海水浴に行けば砂の城をついつい作ってしまっているので記録更新中でもある(笑)
 
2197942-地中海のビーチに驚くべき砂の城
(砂の城の参考写真…しかし一般的な砂の城のレベルはだいぶ低いし自分とて例外ではない(笑))
 
さてこの砂の城作り。
興味のない人にとってはどうでもいい話だろうが、まず最初の「どこに作り始めるか?」という選択一つとっても案外奥が深い。
波打ち際に近すぎると城建設そのものがままならないし、遠すぎてもいけない。
波打ち際にしても引き潮と満ち潮があり、状況が刻一刻と変化する中での建設となる。
海水浴に来てずっと城ばかり作っているわけにもいかないし、帰る時間になっても波打ち際はまだ遥か遠くであっても困る。
もろもろのタイミングを計算しての場所選びは、それなりの熟練を要する。
 
そして砂の城は城本体を作って完成というわけでもない。
時々ランダムにやってくる大きめの波から城を守る防御壁が必要だ。
城を作る前にまずは城予定地の周囲に溝を掘り、掘った砂で外壁を作る。
溝は押し寄せてきた波を速やかに排水できるような構造にすることも忘れてはいけない。
まだ時間があればさらに外側に第二の溝を作り壁も作る。
外堀と内堀というわけだ。
外壁は前面をより高くし、側面からの海水の侵入も考慮しつつ排水ルートも考え、全体のデザインを考えながら作っていく。
結構やりがいのある作業だ。
その間も城本体のデコレーションは凝れるだけ凝る。
 
そして満足のいく砂の城とその防御システムはついに完成する。
最初にやってくる至福の瞬間である。
 

しかし砂の城作りはここがクライマックスではない。
この後は一転して真逆の方向に向かい始めることになる……
 
 
砂浜は満ち潮によってジワジワと潮位を上げてゆき、せっかく作った砂の城はゆっくりながらもやがて危険な状態を迎える。
20回に1度ぐらいの危なめの波が10回に1度になり5回に1度になってくる。
 
「あぁ!せっかく作った防御壁が!あぁ!排水システムが!外堀が!」
応急処置を重ねながら修復をするも、波打ち際はさらに城に近づいてくる。
そしてついには内堀にも浸水が起こり城壁もダメージを受け始める。
城の頂上に立てた木の棒が倒れたら敗北だ!
 
しかし善戦虚しくついには壁が流され掘も平らになり丸裸となった城も崩れて木の棒が倒された瞬間、これが二度目の至福の瞬間となり、砂の城作りのクライマックスとなる。
 
そしてこの砂の城遊びだが、確実に敗北をする。
というよりは、そもそもこの崩壊劇を見届けるために始めた遊びなんである。
 
 

ぶっ壊すために作る。
 
普通のプラモデル作りにせよ例え紙飛行機のようなすぐに壊れてしまうものであっても「壊すために作る」ということを通常はしない。
Nゲージのような鉄道模型やジオラマ作りは決して壊すために作る趣味ではない。
結果的には壊れてしまう、壊してしまうことだとしても目的はそこにはない。
お片づけを前提としたプラレールにしても、片付けることを楽しみにレイアウトを組む子供もいないだろう。
 
だが、粘土遊びや砂場遊びといったものは「遊んだら元に戻す=壊す」が前提となる。
砂場に作った巨大な城を壊さずに帰ってももちろん構わないのだが、知らない誰かにいつの間にか壊されているぐらいならいっそ自分で壊す。これが原則だ(笑)
 
そしてその中でも究極に興奮するのが「波によって確実に破壊される」という分かりきった条件を全て了承した上で、というよりはむしろそれを楽しむために一生懸命になる「砂の城作り」だと僕は思うのだ。
 
 
飛躍するようではあるけれど、そんな遊びが大好きな僕がゾンビ好きになるのはむしろ必然だったのでは?と思えてくるのだ。
 
ゾンビ映画もまた崩壊のために全体が構成されており、砂の城作りと驚くほど似た性質をしているからだ。
上記の回りくどい砂の城作りの設置場所から棒が倒れるまでの説明は、そっくりゾンビ映画にも当てはまる。
 
ゾンビ好き=砂の城作りが好き
 
という大胆な仮説を打ち立ててみる。
 
自分以外の根拠ももちろんある。
VAMPSメンバーで海水浴に行った時に砂の城を作ったのは僕とハイド氏だけであったし、高校以来のゾンビ友と去年の秋に江ノ島に行った時もどちらからというわけでなしに共同で砂の城を作ったではないか。48歳のオサーン同士で(笑)
 
豊富な根拠は以上であるが、VAMPSの映像編集ディレクターのH崎氏(相当のゾンビ好き)も当然砂の城作りが好きに違いないと決めつけている。
 

ゾンビ映画は「崩壊劇」が絶対のルールとして課せられていると思う。
“ゾンビ”という波の大小によって物語の城壁や掘にストレスがかかり、やがて「結界の決壊」を迎える。
「崩壊」はゾンビ側の攻撃で起こることもあれば、人間による悪意や自暴自棄の末の暴走で故意に引き起こされることもある。
いずれにせよ…
最低限このルールを守ることがゾンビ映画の条件であるようにも思う。
 
もちろんこの条件を満たしていない佳作や秀作はある。
 
だけどもそれはあくまでも“亜流”として成立しているもの、つまりはセオリーを守っている大部分の作品があるからこそ敢えてセオリー破りができるという「ゆとり」のようなもので成立しているのではあるまいか?
ゾンビマニアとしてそこは一言物申しておきたいのである。
(「遠山の金さん」にしても桜吹雪の刺青を見せない回というのが稀にある。だけども毎回毎回刺青を見せる前に顔バレしてしまう遠山の金さんでは作品が成立しないんである)←最近時代劇の例えが多いと自分でも思っている(笑)
 
「ゾンビの侵入を完璧に防ぎ、ゾンビ以上の敵である人間も撃退し、安全な場所で無事一生暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」
といったゾンビ映画は一本たりとも存在しない。
というか、そんなゾンビ映画を誰が見たがるものか!(笑)
 
極端なことを言えば、溢れんばかりのゾンビがなだれ込むように安全エリアに侵入してくるの見たさに90分の中の80分をガマンしているようなジャンルなのだ(笑)
 
そしてそのガマンのさせ方が上手な監督というのが名監督となるのであり、「ロードオブザリング」のピーター・ジャクソンや「スパイダーマンシリーズ」のサム・ライミ、「マンオブスティール」のザック・スナイダーなどはデビュー作でいきなり素晴らしいゾンビ映画を撮ったのちに大出世を果たした映画監督たちである。
(「ブレイン・デッド」「死霊のはらわた」「リメイク版ドーンオブザデッド」、どれも一癖も二癖もあるゾンビ映画の名作である)
 
 
崩壊に向かってのステップを楽しませてくれるのがゾンビ映画であり、崩壊という最悪の展開に突き進んでいるにも関わらず「はよ!はよ!」と崩壊を望み、そして崩壊の瞬間に最高のカタルシスを感じさせてくれる作品。
 
そんな悪魔的な内容こそが「最高のゾンビ映画」と評されるのだろう。
そしてくどいようだが「砂の城作り」とソックリだとは思いませんか?(笑)
 
 

 
ウォーキングデッドはシーズン1から6に至るまでの中で、さまざまなカタチの防壁を作ってきた。
そして一切の例外なく全ての防壁は崩壊した(笑)
「鉄壁の城塞」を手にしたシーズン3でもやはり崩壊した。
これは最初から決まっていることなので、ゾンビモノに限ってはネタばらしにはあたらないのである(笑)
 
シーズン6後半は既に城壁が前半ラストで崩壊した状態、絶体絶命大ピンチ!
からの再開という絶望的状況から始まる。
もうこの先は見たくないという精神状態であるのも本当なのだが、見たくて仕方がない!という正直な思いも本当だ(笑)
 
あぁ!金曜日が楽しみで仕方がない!