ヘイトフルエイト

クエンティン・タランティーノ監督の最新作である。
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時は1875年。
南北戦争終結の10年後、アメリカのワイオミング州。
「ミニー服飾店」という雪山の中腹にある山小屋のような店が主な舞台。
(劇中のセリフに「チャタヌーガ」という地名が出てきて思わずにんまり。我々チームVAMPSがアメリカツアー時に停泊した地であったからだ)
 
複数の死体を持ち運ぶ賞金稼ぎ、賞金首をかけられた殺人犯の女、その女と自らを手錠にかけて連行するもう一人の賞金稼ぎ、今度保安官として赴任すると自称するチンピラ、その保安官の赴任先で死刑執行人をしているという上品そうな男、凶悪なルックスなのに「ママとクリスマスを過ごすために帰省の途中」とあからさまに怪しい大男、辻褄の合わないことを言う胡散臭いメキシコ人、固く口を閉ざし続ける退役老人。
 
登場人物を挙げるだけで既にタランティーノの世界が広がっているようだ。
その8人すべてがなぜか様々な経緯でつながっており、あたかも最初から仕組まれていたかのような出会いを果たす。
 
 
前半1時間は大きな山場もなくただひたすらと8人がミニーの店に居合わせるまでの過程を描く。
しかし最初の事件が起きてからの展開はそれまで穏やかだった川が一気に急流になったかのような変化をする。
そして第二、第三と事件が立て続けに起こる頃には激流というか滝壺に向かって落ちていくようなスピード感で物語が一気に流れていく。
とにかく全員が怪しく全員が嘘をついていて誰も何も信用できない。
犯人は誰か?
疑惑を晴らす唯一の手段は死ぬことによって退場することのみのように思えてくるギリギリの人間劇。
 
 

 
ネタバレはしない主義なので映画の内容はここまでである。
その後密室劇としてはおおよそ考えられないような展開が起きたり、ミステリーの伏線と思われる様々な描写がこれまた常識破りな手段で回収されたりされなかったり……
笑っていいんだか呆れてよいものやら……だけどタランティーノのやることは全て許せてしまうというか、当然わかってやってる確信犯であるだろうから、「おいおい!」と突っ込みつつも後は流れに身を任せながら見るのが正しい作法なのであろう。
 
167分というかなりの長尺を使いつつ、舞台でのお芝居のような狭い空間劇でありながら、ここまでのバイオレンスエンターテインメントを描き切りつつ、キッチリ成立もさせつつ、そしてメチャクチャ面白い映画を撮ってしまう。
やはり凄い監督なのだなぁ……と畏敬の念を抱かずにはいられない。
 
 
もっともタランティーノ作品はかな〜りクセがあり、嫌いな人は嫌いだろうし苦手な人も多いかと思われる。
尊敬し敬愛する映画監督ではあるが、見方を変えればロクでもない映画ばかり撮り続けている監督ともいえる。←念のため最大限の賛辞のつもりだ(笑)
 
鵜呑みに信じて免疫のない人が劇場で地獄の3時間を味わわないためにも一応彼の映画の問題点も挙げておく(笑)
 

1.残虐描写がえげつない。
 
まずはなんといってもココであろう。
無意味に残酷なんである。
時代劇に例えるならば「助さん格さん、懲らしめてやりなさい!」というお約束の乱闘シーンで斬られ役の俳優さんがいちいちむごたらしく斬殺されるような、そんな無駄に血しぶきドピューが多すぎるのである。
「キル・ビル」での栗山千明演じる“GOGO夕張”の最期もあんまりだったが、今作もとにかく酷い。酷すぎる。
残虐描写のクオリティーは「ウォーキングデッド」とほぼ対等と言い切って差し支えないのは、特殊メイクアップアーティストが同一人物だからである(笑)
なお、その同一人物であるグレッグ・ニコテロ氏の師匠にあたるトム・サビーニ氏は、タランティーノ監督の盟友であるロバート・ロドリゲス監督のいろんな映画になぜか役者としてちょいちょい出ているという謎のつながりがある(笑)
ジョージ・クルーニーの実質的ハリウッドメジャーデビュー作である「フロム・ダスク・ティル・ドーン」ではニコテロ氏もチョイ役で出演していた。(ゾンビマニアはそんな些細なワンカットも見逃さない(笑))
 
 
2.カメラの長回し、延々と続く会話の割には……
 
内容がほぼないような「肩すかし」のような演出が多い(笑)
「レザボア・ドッグス」のオープニングもやたら強烈な印象が残っている割には会話の中味はほぼ皆無であった。
(マドンナの「Like A Virgin」の歌詞の内容とウェイトレスへのチップについての話をかなりの時間とカット割りで費やしているが特に意味はない)
もちろん狙いは別にある。
意味のない会話の中で登場人物の性格や考え方を短時間で視聴者に理解させているのだが、普通の映画はそれを効率よくストーリー部分に組み込むのが当たり前の手法だと言えるだろう。
そういうことをわざとしない監督なのである(笑)
 
今作「ヘイトフル エイト」も同様にストーリーとは直接関係のない会話に結構な時間が費やされていたように思うが、もちろんこれも計算され尽くされた演出だと思われる。
ミステリーの常套手段でもあるブラフやトラップが会話のそこかしこに散りばめられており、10の中にヒントが1つだけ隠されているような仕掛けもある。
もっともそういった正攻法を使いながらも反則スレスレだったり完全反則も平気でやってのけているので、全く展開が読めなかったのもまた事実である(笑)
(脚本の漏えいによるアクシデントで一時は制作を中断、その後エンディングを変更したといった経緯を察するに、少なからず監督としては不本意なストーリーになってしまったのかもしれないが、結果としては大成功だとも思った。)
 
 
3.ぶっちゃけ……
 
内容はあまりない(;^_^A
身も蓋もないことを言うようだが、彼の作品は強烈に面白いのだが後にあまり残らない。
「あぁ面白かった!」という印象だけが残るような作品が多いと言ったら失礼にあたるのだろうか?
世間的には「ステイリッシュで斬新!」とかの紋切り型の絶賛が多いように思う。
確かにそうなんだけれども、タランティーノ作品はそういった軽薄な絶賛よりも「バカバカしいけど素晴らしい!」とか「面白いのに何にも残らないスッキリ感!」とかの方が近いのではないだろうか?と個人的には思っている。
 
逆にこんなデタラメな映画を撮れる監督が他にいるだろうか?
 
いた!(早!)
 
ロバート・ロドリゲス監督にのみ僕はタランティーノにとても近い印象を抱いている。
(「デスペラード」「スパイキッズ」「プラネット・テラー」「マチェーテ」などなど)
まぁタランティーノが脚本を書いてロドリゲスが監督をしてといった共同作品も多いので混同しがちでもあるのだが(笑)、つまりはどちらも大好きな監督である。
 
 

 
ところで僕はこの作品を「なるべくレトロでありながら大きなスクリーンの映画館で観たい」と思った。
 
理由はただ一つ。
 
この映画が「Ultra Panavision 70」という1960年代に使われた古い規格を採用し、超横長サイズで作られた作品であるということを知ってしまったからだ。
「ヘイトフルエイト 70mm」で検索すればタランティーノの映画への情熱や愛情を垣間知ることができる。
 
要約すると、タランティーノの思いはただ一つ。
 
「映画は映画館で観て欲しい」
 
この一点なんである。
 
スマホの画面はもちろん、家庭用の大画面テレビでも到底味わえない規格外のサイズ。
現代映画文明の最高峰であるIMAXでもよかったのだろうけれども、そこをあえて70mmという忘れかけていた規格を復活させたタランティーノの映画に対する偏愛を、可能な限り受け止めたいと思ってしまったのだ。
 
70mm!(*´艸`) 
 
なんと懐かしい言葉の響き!
 
 
本国アメリカでは100の映画館で70mmフィルム上映が実施されたそうだが、日本では70mm映写機はおそらく現存せず。(未確認)
デジタル変換しての上映、結果としては普段よりも狭い投影面積での上映となってしまった。
 
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70mmがピンとこない現代人にイメージを伝えるならばこうなるそうだ。
 
単純に横が倍の長さになったと思えばほぼ間違いはない(笑)
4:3のスクリーンに近いIMAXとは逆の発想だが、70mmの映画館や作品は35年程前はまだあったのだ。
(テアトル東京の閉館が1981年の10月、僕が中二の頃だ)
 
今一度言おう。
僕はこの作品を「なるべくレトロでありながら大きなスクリーンの映画館で観たい」と思った。
 
 
個人的な感傷理由による鑑賞劇場に選ばれたのは……
様々な紆余曲折や葛藤は割愛して、
 
 
有楽町マリオンにある今となっては老舗の映画館だが、シネコンもIMAXも存在しない昭和の時代、僕にとっては、いやその頃の日本でも、最新で最高の映画館だったように思う。(丸の内ルーブルというバブリーな映画館もあったなぁ)
 
東劇、丸の内ピカデリー、みゆき座、日比谷スカラ座、、、
東銀座にあった松竹セントラルで「E.T.」を観たのは高校受験〜合格発表の間で「映画解禁!」と喜び勇んで観に行ったことを今でも覚えている。
銀座は新宿に並ぶ大きなスクリーンの映画館がその頃から台頭していた。
 
そんなノスタルジックな感傷に浸りたかったのもあっての丸の内ピカデリーでの鑑賞となった。
 
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誇らしげなスペック表記も今となってはやや懐かしさの伴う前時代的空気も漂うが、比較的最近リニューアルをしたらしい。
座席は確かにTOHOや109同様だけども、劇場の醸し出す空気感がやっぱり懐かしくて個人的には二重丸(^^
(だけどもIMAXやTHX環境に慣れているせいか、音の小ささにやや不安になったのも事実だ)
 
 

 
最後に補足をしておくと、タランティーノは僕が抱いているようなノスタルジックな理由だけで70mmフィルムを復活させたわけではない。
実のところハリウッド映画界ではデジタル撮影は廃れつつあり、従来のアナログ手法、つまりフィルムでの撮影が復活傾向にある。
 
次回作のSTAR WARSもこの「Ultra Panavision 70」で撮影されているらしい。
 
このアナログ回帰の流れには明確な理由がある。
 
それは……
 
また長くなりそうなので次回に続く。
おそらくはそこから音楽の話に移行していくと思われる。