ハイレゾ音源と山小屋の幽霊

前回「普段高音質で音楽を聴いている我々はCDやmp3の音をチャチだと感じるのではないだろうか?」とセルフツッコミをした状態で終わらせてしまった。
いよいよこの件及びこの連載すべてに決着をつけたい。
 
だが例によって今回もまたおおよそ関係なさそうな話から始まる。
 
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雪に閉ざされた冬の山小屋に男が一人。
拳法家なのかなにかの達人かは知らないが、雪山に篭って一人修行をしている。
夜になると吹雪となり聞こえるのはヒューヒューという風の音と屋根から時々雪が落ちるドサッという音のみ。
間違っても誰かがヒョッコリ訪ねてくることはない。
そんな完全に孤立した空間なのに、その男は毎晩山小屋の外から聞こえてくる人の声に悩まされる。
悲しいすすり泣きだったり恨み言をつぶやいているような低い声だったり、あるいは突然笑い声が聞こえてきたりする。
並の人間ならば一目散に逃げ出すところだが、神経を研ぎ澄まし修行に集中していた彼は論理的にこの怪現象について考え、やがて声の正体をつきとめる。
 
それは孤独と妄想が生み出した自らの産物であった。
 
人間には特に意味のない自然界の現象であってもなんとかそこに有意義を見つけようとするクセがあるらしい。 
つまり、風の音は風の音でしかないのにランダムに揺れる音の中からなんとか「自分の知っている音」を無意識に探してしまうそうなのだ。
ちょっとでも似た要素があればたちまち自分の想像した音に引っ張られ、あたかも人の声のように心理的に補正をかけて聴覚に作用を及ぼす。
 
いわゆる“幻聴”である。
 

人間の聴覚はいいかげんだ。
ちょっとしたことですぐに騙されてしまう。
幽霊の正体の多くは五感の中でも特に騙されやすい聴覚の誤認識、つまりは幻聴が原因なのではないだろうか。
 
「しかし幻聴なんて非現実的なこと、雪山の山小屋ならともかくとして、日常でそうそうは起こらないでしょ?」
と思っているあなたは、あなた自身の想像力や記憶力を少々過小評価しすぎているかもしれない。
 
 
もう一つ、今度は音声実験をしてみよう。
 
以下のファイルをクリックして、まずは何を言っているかを聞き取れるかトライしてみてもらいたい。
読み進めずにまずは聞いてみていただきたい。
 
(↓下部分が空白だった場合はページ全体をリロードしてください) 

(動画が読み込めない人は音声ファイルのみ)

 
「ワレワレハ ウチュウジンダ」的な声に加工してあるが、一回で何をしゃべっているかを認識できただろうか?
わかるまで何度聞いてもらっても構わない。
 
認識できない方が流れとしては美しいのだが、何をしゃべっているかわかったらそれはそれでよしとする(笑)
 
 
答えは「みなさんコンニチワ。サイトウジンです」
 
正解を踏まえた上でもう一度聞いてみてもらいたい。
今度はハッキリとそう聞こえてくるはずだ。
むしろ「なぜ今までそう聞こえなかったのだろうか?」と思われたのではないだろうか。
 
これは映画のセリフや歌詞などでもよくあるのだけども、なにをしゃべっているのか歌っているのかよく聞き取れなかった部分を字幕オンや歌詞カードをキチッと見ることで「あ、なんだそう言っていたのか」と認識することができ、次回からは「なんでこれが聞き取れなかったのだろう?」となってしまうのと同じだ。
 
聴覚の補正作用である。
人間の聴覚の授かりものと言えるだろう。
 
 
ところで上記の音声ファイルだが、先ほどの回答は誤りであった(笑)
これはうっかりしていた!←
 
 
では加工前のオリジナルの音声ファイルを聞いてみてもらいたい。
 

 

正確には「ヒナさん、とんにちわ。怪盗 銀です。」としゃべっていたのだった。

これはうっかりした(再)
 
それを踏まえてもう一度加工した音声を聞くとあら不思議、どうにも「怪盗 銀」という初めて聞くキャラクターが訛りながらやや日本語を間違えながらヒナさんに挨拶をしているではないか(笑)
 
 
もちろんこれは悪意を前提とした「ひっかけ問題」であるので、みなさんの聴覚が異常なわけではない。
ただ“よく聞き取れない部分”を聞き取れた前後の発音や想像力で流れを組み立て補正するのも人間の聴覚の特性だ。
聞き取りにくい「ひなさん」を「みなさん」と空耳するのはむしろ正常だといえる。
 
文章を読みながら聞くという作用も非常に大きい。 
そのもっとも顕著な例が「空耳アワー」という傑作コーナーであろう。
まるで違う言語が日本語に聞こえてしまうのはまさに人間の聴覚補正の代表格といえるだろう(笑)
 
 
 


しかしこの「先入観による聴覚補正」というのは外国語の発音の勉強などに関してはあまり良いことはないだろう。
「カタカナ英語」と呼ばれている発音に代表されるように、どうしても日本人は英語の発音がカタカナ読みに引っ張られてしまう傾向が強いそうだ。
例えば「GIRL」とか「WATER」といった発音はカタカナ表記が非常に難しい発音なのだが「ガール」「ウォーター」といったファミコン8bitマリオ並みの、もはや記号的な荒い読みが一般的になっており改善される気配すらない。
 
平仮名も読めないような幼児がかなり正確に英語を発音できてしまったりするのは、文字に引っ張られない純粋なる聴覚がもたらす効果だと言えるだろう。
 
 

 
(オトナの)人間の聴覚はいいかげんである。
脳みそによる想像力や記憶力で補正をすることによって実際には聞こえていない音を聞こえているように錯覚させる。
そう考えると、どこまでが本当に聞こえている音で実際はどこから想像力で補われているのか興味が湧いてくるが、思った以上に補正されている機会は多いのではないかと想像している。
 
幻聴は決して非日常的な現象というわけではないのだ。 
 
 
ようやくここで今回のお題の最終回答にたどり着く。
 
我々がCDやmp3の製品版を聞いても「チャチ」だと思わない理由。
 
それは商品化されたパッケージであるという安心感も大きいが、既にさんざんハイレゾクラスの音で聴き倒しているので、実際にはよく聞こえていない成分も脳内補正により「割と普通に聞こえている」と認識しているからなのだろう。
(商品になる前までは「どこかに雑な箇所はなかったか、ミスはなかったか、これでよかったか」と間違い探しのあら探しのような感覚で聴くので生きた心地がしないのもまた事実だ(笑))
 
ハイレゾ音源に感動したみなさんが改めて通常音源と聞き比べをしてみると意外な結果がもたらされるかと思われる。
 
無論ハイレゾ音源の方が「良い音」であることは間違いない。
しかしハイレゾ音源でしか聞こえなかったはずの音が普通のCDからも聞こえてくるようになっているはずだ。
 
聴覚はこのように常に補正をしてくれる。
一度印象に残った音は脳に記憶され少々劣悪な環境になっても聞こえるように補正機能が働いてくれるようだ。
そこに違和感を感じたならばその違和感がさらなる印象となり曲全体の印象を補正してくれるのだろう。
 
ハイレゾ未体験の人はなんらかの手段で一度は聴いてみるとよいかと思う。
これは理屈ではない。体験なのだ。
(※ただし感動するかしないかはまた別の話。IMAXのスクリーンを「大きい。それで?」としか思わない人もいればグランドキャニオンの壮大な風景を「山と谷。それで?」としか思わない人もいるように、感動のポイントは人それぞれによって異なるのだ)
 
 
〜まとめ〜
 
その音楽に熱心なファンであればあるほどに印象的なライヴのビジュアルなどが視覚的にもフラッシュバックしつつ、もしかしたらオリジナルを遥かに超えた、それこそハイレゾを軽く凌駕するようなスペシャル音源で脳内再生されているのかもしれない。
 
そう考えてみると、みなさんの脳内VAMPSがどのように聴こえているのか非常に興味が湧いてくる。
 
音楽は体験として蓄積され、やがて経験となっていくのだろう。
 
人間の聴力。
いいかげんではあるけれども、かくも素晴らしい感覚なのである。
 
 
 

 
さて、ヘイトフルエイトから始まりハイレゾ音源に辿り着いたシリーズはようやくここで終わりとなる。
 
がしかし、今回引用した「山小屋の幽霊」についてネット検索をいろいろしていたところ「これはもはや幻聴や幻覚では済まされないかもなぁ…」という血の凍るような恐怖の体験談をいくつか読んだ。
 
僕自身幽霊に関してはずっと否定派であったのだが、現在は「テレビで紹介されるような心霊動画などはほぼ99%インチキだけども心霊現象そのものを否定はしない」という中立のポジションに変化していると自己分析する。
 
次回は自身が二十歳の頃に実際に体験した「季節外れの怪談」をしてみようかと思う。
以前夏のイベントでかなりのダイジェスト版を某氏にせかされながらかなり不完全で話したことがあるのだが、その完全版と思っていただけたらと思う。
 
連載ブログではないのだけども尻とり的に話はまだ続くようだ(笑)