美味しくない美味しいもの

毎朝コーヒー豆を挽いているという話を書いた。
手間暇かけてゴリゴリ挽いている一番の理由は単純に「美味しいから」だと思う。
 
我がサイトー家には「コーヒーとゴマと鰹節は挽きたて摺りたて削りたてで食するべし」という家訓があったわけではないが(笑)、僕の父は結構凝り性で日曜日の午後によくそばつゆを作っていた。
胡麻のすり鉢は妙に大きいものがあったし、コーヒーもよく挽いていた。
 
僕自身がコーヒーの美味しさを知ったのは二十歳ぐらいの時だが、胡麻や鰹節に関しては子供ながらに香りの良さや美味しさを実感していたように思う。
ちょっとの手間で美味しいものが食べられるならそうした方が幸せだ。
 
いいオッサンになった今、当時の父と同じような嗜好になっている自分に驚かされるが、そんなわけでここ10年ほどの僕は「手間暇かけて美味しくなるなら手を抜かずにキチンと作りたい派」となっている。
 
あわただしい朝にコーヒー一杯淹れる時間がないならば5分早く起きて時間を作ればよい。 
…非常に優等生的でムカつかれるだけの正論でしかないが、反論は一切認めない(笑)。
 

さて、こういった「美味しいものを食べたい」という欲求とは真逆の「あえて美味しくないものを食べたい」という感覚。
みなさんもお持ちであるかと思う。
実感していない方もあろうかとは思うが、今日はそのことについて書いておきたい。
 
 
例えばカップ麺やインスタントラーメンといった簡易食品。
「なに言ってるの?美味しいでしょあれは?」といった反論も当然あろうかとは思うが、やはりあれは極論で大別するならば「おいしくはない」に分類されると思うのだ。
 
僕は袋ラーメンではサンヨー食品の「サッポロ一番みそラーメン」が一番好きなのだが、例えば本場札幌で食べる「白樺山荘」「信玄」「雪風」「てつや」といった名店と比較すると……そもそも比較すること自体がナンセンスだ。
サンヨー食品にしてもまさか「打倒!白樺山荘!」と思って作っているわけではなかろう。
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また、ここ10年ほど封印しているのが「カップ焼きそば」なのだが、あれなどは特にひどい食べ物だと思う。
そもそもお湯で茹でておきながらなにが「焼きそば」だ!
しかも味も匂いも焼きそばとは似ても似つかないではないか!
だが、人が横で食べているときに感じるあのあまりに悪魔的かつ殺人的な誘惑、そして説得力はただごとではない(笑)
 
ちなみに僕がカップ焼きそばを封印した最大の理由は、悪魔的に美味しいのはよいとしても、そのボリュームの物足りなさからついついご飯を一緒に食べてしまいたくなるダブル炭水化物からくるカロリー過多必至となる状況を回避するためだ。
カップ焼きそば単体で500Kcalあることをみすみす承知で食べる度胸はない。
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ううう、自爆食テロ画像だこれは(-“-)
 

あえてインスタントの味を食べたい時というのが人間誰しも必ずあると思う。
 
ちょっと前にネットで「どん兵衛を5分ではなく10分間待って食べると別次元に美味しくなる」という記事を見つけたのだが、そのことがここ一ヶ月ほどずっと気になっており、つい数日前についに食べてしまった(笑)
「ツルツルとした食感がたまらない」という内容には若干の異論を唱えたいところだが、そもそもどん兵衛を食するのが10年ぶりぐらいだったので、オリジナルがどんなだったか覚えていないので、正直違いがよくわからなかった(笑)。
昔懐かしの“ソフトめん”のような食感のようだとも思ったのだが、ソフトめんはそれこそ40年以上食べていないので印象はさらにあやふやだ(笑)。
 
 
行きつけの店の味はその味を求めるから通うのであって、行くたびに味が変わられても困る。
一人一万円するようなお寿司を食べる時の心構えで食べるお寿司ともなれば、やはりあるラインを超えていないと納得がいかない。
激辛と書いてあるからには「ヒーッ!」と思える辛さを味わいたい。
 
それらと同様に、安くてバッチイ店構えの立ち食いそば屋は、キッチリとそれなりというか“そこそこの味”でないと納得がいかない。
これは念のため「たいして美味しくない」という方向性である。
あまり不味すぎても困るが、変に美味しかったりしてもそれはそれで納得がいかないのだ。
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いや、すごく美味しそうだけども(笑)
 

 
以前「サービスエリアで食べたうどんがキチンと不味かった」とツイートしたら「営業妨害まがいの発言」とバッシングをされたことがあったのだが、これなどは大変な誤解なんである。
 
サービスエリアのうどんなんてものは美味しかったりしてはいけないのだ。
390円の食券を買って「うどんで」と言うだけでモノの20秒もしないで出てくる「天玉うどん」が、800円ぐらいする町のそば屋と同等のクオリティーであったりしては決していけない。
 
一食60円ぐらいのインスタントラーメンを作ってみたらば白樺山荘そっくりの出来栄えになってしまっては、そりゃビックリするし嬉しいとは思うけれども…やっぱり違うと思うのと同じだろう。
どんなに美味しかったとしても「今食べたかったのはコレジャナイ!」と憤慨するような気がする。
 
牛丼チェーン、スタンドカレー、立ち食いそば、レトルトカレーや缶詰などの保存食品、etc,etc…
その中でも特に素敵だなぁと思うのが「サイゼリヤ」の精神だ。
「美味しいものは飽きる。不味いものは見向きもされない。サイゼリヤはまずくないものを提供する」なんだそうである(^^
 
「B級グルメ」という言葉が定着して久しいが、そういった流行りものではない、日常にある普遍的な「おいしくないからこそおいしいもの」。
 
本当に美味しいものを実感するためにも必要不可欠な味覚でもあり、僕がこよなく愛する食べ物たちである(^^