月別アーカイブ: 2016年5月

続・お酒の話

引き続きお酒の話題である。
ビールという飲み物の懐の深さを前回書かせてもらった。
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2015年4月25日FORT ROCK FESにて。ビールはとにかく野外が絵になるお酒だ
 
ところで僕はビールばかり飲んでいるわけではなく、他のお酒もよく飲む。
ビールだけで終わることは少ないというか、ほぼない。
自分にとってとても大事なお酒ではあるのだが、あくまでもスターター。
「さて…次は何を飲もうかな?」という真打ちがたいていビールの後に控えている。
 
よく飲んでいる順番で他のお酒についての感想を述べてみたい。
 
○焼酎
焼酎は主に和食に合う酒だ。
氷を浮かべてロックで飲むことが多いが、寒い時期にはお湯割にして飲んだりもする。
好みの種類は芋、麦、米あたりであろうか。
芋はくさみがあるぐらいの芋らしい芋焼酎が好きである。
麦焼酎は香ばしい系ブームの時にかなり飲んだくれてはみたが、最近は原点にかえってクセのないすっきりした系を飲むことが多い。
米焼酎は糖質ゼロの日本酒味、と思って飲むと大変オトク感を感じられるというか、日本酒の代用のような飲み方をすることが多い。
 
普通の焼酎は25度ぐらいの度数が多いのだが40〜50度といった強い度数の焼酎も存在する。
これもまた悪くなく、40度オーバーの黒糖焼酎なんて最高だ。
冷凍庫に入れてトロッとさせて飲むと殺人的に美味しい。
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ちょっと珍しい茜霧島。運良く手に入れられたらラッキー♪
 
○ウイスキー
ウイスキーを飲むのは食事を終えた後のタイミング。
基本的に肴やアテといったものは必要なく、ロックでチビリチビリと飲むのが好きだ。
自分にとっては寝るまでの趣味の時間や映画鑑賞などにもってこいのお酒だ。
スコッチ、バーボン、シングルモルト、ブレンデッドなどいろんな種類があるが、よく飲むのはバーボン。
安くて美味しいウイスキーは圧倒的にバーボンが有利だと思っている(笑)。
 
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知名度は低いが侮れない美味しさと安さが魅力的なEZRA BROOKS。
 
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ジャパニーズウイスキーの山崎や響なども素晴らしく美味しいのだが、値段がちと高いのが難点だ。いただきものの良いお酒はまさしくチビチビと飲む(笑)。
 
○赤ワイン
一時期はもっとも好きなお酒であったのだが、ここ最近はかなり頻度が減ってきた。
このお酒に限ってはどうしても「赤ワインに合った料理」というものが欲しくなってくるのだが、どうもここ数年でそういった赤ワインによくあうような濃厚な洋食系の味はたまに食べたくなる程度になってきており、どうやら味覚の嗜好が変化してきたようだ。
以前は毎日でも飲んでいたかったのだが、そんなわけで滅多に飲まないお酒になってきている。
ただし、美味しいチーズを入手した時や鶏肉をトマト煮込みにした時やハーブソルトでグリルした時などは「ここぞとばかりに」赤ワインの出動となる。
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安定の美味しさMONTES。
 
○日本酒
もしかしたら一番好きなお酒なのかもしれないのだが、滅多に飲むことのない禁断のお酒でもある。
理由はいくつかあるが、まず言えることは「美味しすぎて飲みすぎて二日酔い」という三段ダメ論法まっしぐらが約束されているお酒でもあるので、当然自制心が働くのが第1点。
そしてもっとも糖質が多いお酒であるということが第2点。
糖質オフダイエットで減量に成功した過去のある自分としては、どうしても敬遠しがちになる。
しかし極上の刺身を買った時や北海道の親戚から新鮮な海産物がクール便で届いた時、あるいはお正月やおめでたいことがあった時などの特別なときは、満を持してありがたく飲む。あぁ幸せ。
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高くて美味しい日本酒はたくさんあるが、安くて美味しい日本酒は案外少ない。
 
○その他
テキーラやウォッカなどの度数の高いスピリッツ系がずっと苦手であったのだが、先日アポカリプティカさんにいただいた「フィンランドで一番美味しいウォッカ」というものを恐る恐る飲んでみたところ……これが悪くない(^o^)
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クセがないのでクイクイ飲めてしまうのが恐ろしいが悪くない。すっげー酔っ払うけれども(笑)。
 
まったく飲めなかった紹興酒も、円卓の中華料理店に入った時はすすんで飲むようになった。
 

といった感じで普段よく飲むお酒についてザックリと書いてみた。
全ての基本としては「状況に合ったもの」を選ぶようにしている。
 
和食ならばビール&焼酎or日本酒。
洋食ならばビール&赤ワイン。
中華ならばビール&紹興酒。
B級フードはビール&ビール…&ビールとなる(笑)。
 
もはや飲めない酒なんてないのでは?
と思いきや、、、一つだけあった。
 
唯一封印したお酒のジャンルがある。
いわゆる「缶チューハイ系」と呼ばれているアレらだ。
営業妨害になりそうなので写真は掲載しないが、口当たりがよくアルコール度数が案外高く、そして気がつくとプッツリと記憶が飛んでしまうアレら!(;^_^A
 
記憶が飛ぶことはよくあるのだけれども、缶チューハイで記憶が飛んだ時は要注意で、実際過去にロクでもないことばかりやらかしている(らしい)。
 
度重なる失敗を経て数年前に“次回生まれ変わるまで封印したお酒”となっている。
 

 
昨日今日と酔っ払いながら書いているのだけども、実に淀みなく筆が進むなぁ(笑)。
 
普段は書き上げてから一晩寝かせて更新しているのだけれども、お酒の話題でもあるので公開してしまいましょう(^^) 。
(誤字脱字があったら指摘してくだされ)

ビールの話

ツイッター等で公言してはばからない姿勢を貫いているのでご存知の方も多いであろうが、僕はお酒が好きである。
おそらく年間355日ぐらいは飲んでいるのではあるまいか?
 
しかし意外に思われるかもしれないが、僕がお酒を飲むようになったのは30歳を過ぎてからのこと。
しかもその頃はほぼ毎日朝まで仕事というブラック事務所に所属していたので、日々お酒を飲んでいるわけでもなかった。
本格的に飲みはじめたのは2004年の666ツアーに参加した辺りからで、そう考えると常習歴は12年。
そんな若輩者の自分なのでまだまだわかってないことも多いのだが、今日はお酒について語ってみたい。
 

お酒という飲み物は面白いもので、人によって好みが異なるというか、みなさんそれぞれにこだわりがあって結構うるさいことを言う(笑)。
ビール一つとっても飲み方や量に個人差があり、それぞれのスタイルがある。
 
この頃は「まずはビール」という風潮も廃れてしまっているそうだが、おっちゃん世代の僕としては依然として「まずはビール」から始めることが圧倒的に多い。
というよりもビールから始まらない酒席というのがイマイチピンとこない。
 
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ビールは非常に懐の深いお酒だ。
真夏の暑い日差しのもとで缶ビール片手にグイッ!という単体飲みも成立するし、冬の暖房の効いた部屋で刺身や鍋をアテに一杯というのもしみじみと幸せだ。
シンプルにギョーザとザーサイのみなんてのもアリだし、乾きものやスナック類の簡単なツマミもいい。
ヨーロッパでもアジアでもアメリカでもアフリカであってもビールはあるし、合わない料理なんてないんじゃないだろうか?
 
ビールこそグローバルスタンダード、世界標準酒と言って差し支えないだろう。(どどーん)
 
さてそんな素晴らしいビールではあるのだが、このお酒を苦手とする人が少なからず存在する。
「苦い」「まずい」「なにが美味しいのかサッパリわからない」「おやじっぽい」
と散々な評価である。
 
そういった方々の多くはビールの飲み方を間違えているようで、確かに美味しくなさそうな飲み方をしている。
ビールは舌や口内で味わう飲み物ではないので、飲み方にちょっとしたコツがいる。
 
ではその美味しいビールの飲み方を伝授してみよう。
 
前提条件として軽い運動後やお風呂上り、疲れて帰宅、あるいはライヴ終了後などの疲労した状態であることが望ましい。
どんなご馳走も満腹時では美味しさを感じられないのと同様、美味しいお酒をいただくにもそれ相応の条件が必要なのである。
 
喉が渇いた状態でビールをおもむろに飲むわけだが、そのときに口の中はスルーさせて一気に喉に流し込む!
間違っても口の中にまったり含ませる…とか舌先で風味を楽しむ…とかをやってはいけない。
 
“味わおうとしないこと”
がビールをもっとも美味しく味わうコツとなる。
 
この飲み方を試してみて「えええ!本当に美味しい!」となるほど人の嗜好というのは簡単には動かないだろうけれども、少なくともこの正しいビールの飲み方を繰り返せばビールの味本来の美味しさを理解できるかと思われる。
 
「ノド越し」という言葉を実感していただけたら、と思う(^^)
 
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ついでにビールをより美味しく飲むための下準備というものも紹介しておこう。
 
まずは短時間でビールをキンキンに冷やす方法。
冷凍庫に入れるというのが手っ取り早い方法なのだが、このときに水に浸したキッチンペーパーをビールの缶に巻きつけてから冷凍庫に入れると、気化熱が作用してわずか10分ほどで飲み頃になってくれる。
 
あるいは氷水にビール缶を浸してクルクル回すと熱伝導効果で2分ほどで飲み頃になってくれる。
さらにその氷水に塩を入れれば氷点がマイナス21度まで下がるのでより冷却を促進してくれる。
 
理科の実験がこのような役にたつとはうれしい限りである(笑)。
 
ただ、いずれにしてもちょっと手間がかかるので、健全な酒飲みとしては普段からストックを欠かさないよう冷蔵庫の中に冷やしておき、お風呂に入る前にチルド室に入れるとか「溶けにくい氷の作り方」でも紹介した最近の冷蔵庫の「弱冷凍室」に30分ほど入れておくのがスムーズだろう。
その辺りは臨機応変に各自対応していただきたい。
 
僕の場合は冷えたビールのストックが冷蔵庫に常にあることを意識しつつ、それでも買い置きが切れてしまいコンビニで慌てて買ってきたビールなどは、濡れたキッチンペーパー方式での急速冷却技を使っている。
 
グラスは冷凍庫に入れて凍らせておく。
それに加えて最近発見したまたもやサーモスを使った技なのだが、サーモスの水筒を蓋を開けた状態であらかじめ冷凍庫に入れておく。
そして凍りかけのビールをサーモス水筒に静かに注いで蓋をすることで、限りなく0度の状態を保ったままのビールが保冷されている状態が維持される。
小さめのサーモスマグにビールを注げば“鬼に金棒&機関銃”状態のキンキンに冷えたビールを酔い倒すまで飲み続けられるのだ。
 
これはちょっとした革命である。
 
最近サーモスの商品に傾倒している自分ではあるが、わたしはサーモスの回し者ではないし、親戚がサーモスの社員というわけでもない(笑)。
が、リンクは貼っておく(笑)。
 
 
最高の状態でビールを飲もう!+.゚(*´∀`)゚+.゚

バイキンマンと大和田常務

はっ!( ̄□ ̄;)!!
なかなかブログを更新できないでいた。
今日は珍しく時事ネタを取り上げてみたいのだが、例によってかなりひねくれた方面から話は始まる。
 

バイキンマンを知らない人もあまりいないとは思うが、一応説明をしておくと「それいけ!アンパンマン」に出てくる悪役キャラクターである。
 
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悪役とはいっても牧歌的な内容のアニメなので、いうほど悪いことをしているわけではなく、たいていは「食べ物を横取りしようとする」程度の悪さをしようとしてアンパンマンにやっつけられてしまうという感じだ。
心底性格が悪いわけでもなく仲間思いの一面もあったりするので、実のところ主な視聴者である幼児がバイキンマンのことを本気で嫌っているとも思えない。 
 
 
もう一人のキャラクターの大和田常務。
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こちらは2013年の高視聴率ドラマ「半沢直樹」の悪役である。
ドラマの中ではラスボス的存在で最終回で最後の対決をするのだが…
 
主人公の「倍返しだ!」がもっとも有名なセリフでありその年の流行語大賞にもなっているわけだが、もう一つの強烈な印象はやはりこの大和田常務を演じた香川照之氏の怪演っぷりであった。
ぶっちゃけ約3年経った今、覚えている要素はこの二つだけだと言い切って差し支えない(笑)
 

さて、
「バイキンマンと大和田常務の共通点を述べよ」
という設問の答えをピンと思いつく方はいるだろうか?
 
○個性的な悪役
 
という点では一致しているものの、あまりにキャラが違いすぎる。
しかし僕はどうしても彼らが同じカテゴリーに属する悪役に思えてならないのだ。
 
銀行員の不正融資やらの複雑な物語の中での悪役なのだから、当然悪事の目的は「大金を横領すること」となる。 
しかし調べてみると大和田常務はほとんどお金を持っていなかったことが最終回で発覚するのだ。
数億円の不正をしていることは明らかなのになぜ?
 
バイキンマンの悪事とはスケールも方向性も全く異なる。
当然まるで違うキャラでしかなさそうなのに、このエントリーの着地点はどこ?(笑)
 
ここで別の角度からスッと光が差し込む。
 
大和田常務は自分の欲望を満たすために不正をしていたわけではなかったのだ。
見栄っ張りで商才のない奥さんが起業をしては失敗を繰り返しており、その資金を不正融資し続けていたのだ。
自分の能力のなさに気付こうとせずにお金を湯水のように使い続ける奥さんのプライドを保つために、大手銀行常務のポジションを利用して巧妙な手口で着服を重ねていたことがわかってくる。
 

一方のバイキンマンはどうだろうか。
彼は実は結構めんどうくさがりで、悪事を積極的にするタイプではないように見受けられる。
たいていは「おなかがすいたけどめんどくさい」とか「俺様暑くて何もする気がおきない」といった感じで能動的に悪事を思いつくような性格をしていない。
 
では誰がそんなバイキンマンを悪事に走らせているのだろうか?
 
ドキンちゃんである。
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彼女のわがままに「しょうがないなぁドキンちゃんは……」と渋々従って犯行に及ぶという流れがバイキンマンの悪事の源泉だ。
(バイキンマンとドキンちゃん、ジャムおじさんとバタ子さんの関係はいろんな憶測が飛交いつつも永遠に謎のままである)
 
今回のエントリーを書くにあたりアンパンマンをHuluで見直したりWikipediaを読んでみたのだが、驚くほど緻密な世界観が設定されており実に調べごたえがあったというか、かなり熟読してしまった(笑)
 
つまりバイキンマンにせよ大和田常務にせよ、私利私慾にまみれて悪事をしていたわけではない。
愛する人、愛する家族を満足させるための悪事だったのだ!
 
家族を守るためなら犯罪をも厭わない!
 
状況が変わればこれは非常に頼もしいカッコいいセリフにもなりうる。
「ウォーキングデッド」の主人公リックは家族のためになら躊躇なく人殺しだってしてしまうのだが、それを正義だと感じられるのならば「バイキンマンは悪だ!」と言い切ることはできないのではないだろうか?
 
 

ここでようやく時事ネタに移らせていただく。

われらが都民のトップである東京都知事の舛添要一サン問題である。
 
「えええ!そこに着地するの!?」
と思ったあなたはまだまだこのブログの性質を理解していない(笑)。
 
現在次々といろんな不正や横領まがいの事実が発覚し続けている舛添サンのわけだが、一方では「不正のほとんどが家族サービスに使われていた」ということがわかってきている。
無論美術品の購入といった私利私慾の疑いのかかったものもあるにせよ、湯河原の別荘通いや正月早々温泉旅館会議、自宅兼事務所のメンテナンス費用などなど……
すべてが家族ぐるみというか…
「過剰すぎる家族サービスを公金を横領してまでやっていた」というイビツな見方をすることもできるわけだ。
 
もちろん許されるべきことではない。
一納税者である自分としては当然憤慨もしている。
 
だけども世の中の多くの不正のメカニズムというのは、案外こんなものなのかもしれないなぁ……と今回改めて思ってみたりもした。
 
「舛添要一謝罪の瞬間、妻はママ友たちと4650円セレブランチ」
 
この「女性自身」の記事を読んでバイキンマンと大和田常務の顔が浮かび上がった自分の脳みその構造もどうかとは思うが、自分の中では実に整合性が取れているので納得はできている。
 

 
私にエジプトをくださいませ。
 
の一言でカエサルやアントニウスの心を動かし、結果としてエジプトとローマの歴史そのものを大きく動かしてしまった女王クレオパトラのような凄いスケールの女性もいるように、人間の世の中はつまるところ女性に支配されている。
 
バイキンマンと舛添サン、ドキンちゃんとクレオパトラにも共通点があるという強引な結論ではありましたが、ご静聴ありがとうございました(^^) 
 
念のため言っておきますけど……
真剣な反論はしてこないでくださいね(笑)

AppleWatch使用歴1年レビュー・3

AppleWatchの優れた点の続きである。
 
ちょっとしたことをパッと見たい時。
当たり前ではあるけれども「今何時だろう?」と思った時に腕時計を見るのとスマートフォンのホームボタンを押すのではどちらが早いかといえば、これは腕時計の圧勝だ。
しかしこの勝負、やや微妙だ。
なぜってそのための腕時計なのだから反則気味な上に、時刻を知りたい瞬間にiPhoneの画面を見ていたら簡単に負ける(笑)。
 
では、例えば海外にいる時に「今日本は何時だっけ?」と思った時などはどうだろうか。
iPhoneの時計アプリを起動して世界時計を選択して日本時間を知るのは、やったことがある人ならわかると思うけれども、これが案外面倒くさい。
しかし腕時計は現地時間に合わせてあるので時差のある国ではこの計算が非常に面倒だったりもする。
「13時間後ろ」と頭ではわかっていてもなかなかスムーズに変換ができない。
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AppleWatchの基本的なホーム画面。
海外向けの時計なら大抵備わっている機能ではあるが、2カ国同時表示は便利だ。
 
盤面デザインを好きに変更できるのがAppleWatchの特徴でもあるのだが、僕は結局もっとも合理的と思われるパターンに落ち着いた。
 
日付と時刻、ToDoを画面上部と中央に配置し、下段左には現在地の気温、中央に運動量グラフ、そして一番右は状況によって表示させる情報を都度変えている。
特定の国の現地時間を知っていたい場合はそこに合わせるし、自分が海外にいる時はここに日本時間を表示させておく。
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通常時は割と使う機会のある「タイマー」を配置しておくことが多い。
意識を集中させていると数分先のことであってもうっかり時を忘れてしまうことの多い僕なのだが、腕にタイマーを巻いていて「10分後」にブルッと震えるという機能、使ってみると意外にも用途が多いことに気がつかされる。
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パスタのゆで時間を計るのに使うとかはさすがにキッチンタイマーのほうが使いやすいけれども、例えば「10分後に家を出たい」と思いつつも雑事をギリギリまでやっていたいとき、こういった用途での腕のタイマーは実にいい。
10分後の瞬間にまだ着替えているのか歯を磨いているのかトイレにいるのか靴を履いているのかわからない状況だからだ。
 
あるいはパーキングメーターを利用したときなども「うっかり時間オーバー」を未然に防ぐことができる。
どこにいて何をしていても確実に自分に伝えてくれるというのは頼もしい限りだし、他の腕時計やiPhoneと比べても遥かにセットが簡単だ。
 

ちょっとしたToDo、リマインダーも使い方を工夫すれば驚くほど便利に感じることができる。
 
例えば僕は新幹線に乗るときの一連の儀式的動作がこれまでとても多かった。
そう、新幹線チケットを何度も何度も財布やポケットから取り出して発車時刻や座席番号を確認してしまうのだ。
 
改札に入る前に1回、入ってから1回、ホームのエスカレーターを登っているときにも1回、ドアの前の列に並んでいるときには2回、そしてドアから車内に入って座席を見たときにダメ押しの1回、最低でも6回はチケットを見ていた(笑)
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それがiPhoneのスケジュール機能に連動したこのリマインダーのおかげで、改札をくぐる一回チケットを出すだけで済むようになった。
AppleWatch本体でこの文字情報を入れるのはかなり大変だが、手慣れたiPhoneでスケジュールを入力確定させた瞬間にAppleWatchにも反映される。
 
言うまでもなく財布からチケットを取り出し確認するよりも時計をチラ見するほうが遥かに楽チンである。
前回にも書いたが、それぞれの長所を上手く使うのがこういった連携技のコツだといえるだろう。
 
AppleWatchで何かを入力しようとするのは今のところはまだ向いていない。
 
 
これが飛行機の場合となると、さらにシビアな時間管理を求められる。
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JALカウントダウンはとても優れた飛行機搭乗のストレスを軽減してくれるアプリなのだが、このAppleWatch版も実に便利だ。
この小さな画面にさしあたって必要な情報が段階別に表示される。
まだ機能的には不完全のようだが、AppleWatchの特性をとらえた優れたアプリの一つだと思う。
 
なお、対応していない航空会社を利用するときは上記の新幹線利用時と同じくカレンダーの予定を使って「便名 搭乗時間 ゲート番号 座席番号」を入れればよい。
時間にして1分未満、ちょっとした手間で空港で何度もチケットを確認しなければならないストレスから解放される。
 
そしてこの「チラ見確認」の手軽さはスマートフォンを超えていると言って差し支えないだろう。
 
使い方を模索すればスマートフォンより優れた点は、
まだまだ出てきそうではありませんか!
 

他にもこういった専用アプリはいろいろあるが、あちこちに手を出しすぎて使いこなせないということにもなりかねない。
結局は自分にあったアプリをいくつか見つけて習慣として使っていくのが現状のベターな付き合い方のように思う。
 
長々と説明してきたが、最後に僕の使い方や便利だと実感していることをまとめると、
 
○メールやメッセージが着信したことに確実に気がつける
○今読むべき内容か返信すべきことかをiPhoneを開く前に判断ができる
○自分の日々の運動量や心拍数を意識することなく記録・蓄積し続けてくれている
○日付時刻、もっとも近くにやるべき予定、気温、運動量、(時差等)が一括表示で瞬時にわかる
○何度も指差し確認しなければ落ち着かない案件を腕元に封じ込められる
 
こんな感じであろうか。
あくまでも僕個人の生活の中で便利だと思っていることなので「何が便利なのかちっともピンとこないんですけど…」と思われた方が大多数だったとしても、僕はへっちゃらだ(笑)。
 
それよりも「へぇ時計なのに面白そうな使い方ができそうなんだ」と興味を抱けていただけたら……
もうそれだけでアップル信者としては満足なのである。
 
最近値下げもされたんだって!?
へぇぇ、そりゃお得だね!←一応宣伝(笑)

AppleWatch使用歴1年レビュー・2

スマートフォンに続くAppleからの新提案として出現したスマートウォッチ、AppleWatch。
しかし発表当初の自分を含む多くのアップルファンが首を傾げた。
「え?時計?」
素直な反応だったと思う(笑)。
 
実際に使ってみて「あぁこういうことだったのか」と納得をすることができた自分ではあったが、ガジェット系の記事などを見ると発売当初はあれだけ絶賛しておきながら、最近は批判記事のほうが多い。
いくつかの批判記事に共通することはやはり欠点をあげつらっての「使いにくい、使えない」といった内容のものばかり。
確かに今はまだ欠点が多いのも事実だが、そんなことを言ったらiPhone3時代なんてもっとひどい携帯電話だったものだ(^^;
 
AppleWatchの批判記事で目に付いたものを挙げてみると、
○ツイッターなどのアプリは画面が小さくて読みにくく、iPhoneを出して見たほうが早い。
○アプリが開くのが遅い場合が多く、iPhoneを出して見たほうが早い。
○直感的な操作ができないので、iPhoneを出して見たほうが早い。
といったものが多い。
 
一切の反論はなくその通りなのだが(笑)、しかしツイッターの画面が小さくて見にくいと文句を言うのならば、わざわざAppleWatchで我慢して見なければいいではないか。
使えない機能はさっさと切り捨て、使えると思った機能だけに特化させて使えばよいだけの話だ。
 
前回のエントリーで書いたようにAppleWatchに表示されるほぼすべての情報は、iPhoneからの情報の一部を表示させることが基本となる。
ただでさえ画面は小さく操作性もよろしくない。
「いろんなアプリを入れて楽しもう」なんて考え方自体がそもそもズレていると僕は思う。
 
批判レビューの中心にある「iPhoneのほうが優れているから」という理由による否定。
これはiPhoneがまだ問題だらけのスマートフォン時代にも同じような否定のされ方をしていた。
「わざわざ使いにくい小さな画面でタイプするならばパソコン出したほうがよほど早い」と。
しかし今やパソコンはスマートフォンによって使用用途の半分ぐらいを奪われてしまったといえるだろう。
「了解しました。これからそちらに向かいます」という内容のメールをするために電車の中でわざわざパソコンを取り出してそれだけをタイピングする人がいるとしたら、それはやはり仕事ができない人に分類されるだろう。
5,000文字のタイプをスマートフォンで全部打つのも用途に沿ってないと思うけれども、100文字以下の短いメールを打つのに出先でわざわざパソコンをカバンから取り出して起動するというのはさらにモノの使い方を誤っていると思う。
 
適材適所、それぞれの長所を上手く使うのがもっともスマートだと僕は思う。
 

では電話よりも時計のほうが優れている点とはなんだろうか?
AppleWatchのiPhoneよりも優れた点とはどこだろうか?
 
まずは何と言っても装着していることを忘れてしまえるコンパクトさと軽量であるということ。
「Nike+」などは見事にAppleWatchとの相性が良いと思われる。
 
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僕自身使っているわけではないのだが、こういった用途にはバッチリであろう。
 
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(純正アプリ「ヘルスケア」)
 
このアプリは特に起動しなくても日々データとして蓄積され続けており、ここ一年間の平均値というものが常に更新され続けていることになる。
これらのデータから僕は1日平均4.79キロ歩いており、6階程度の高さを登りつつ、心拍数は41〜185の範囲で、歩数平均は5,948歩だそうである。
(心拍数の範囲が本当にこれで正しいのかどうかは謎であるが(笑))
 
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3月ぐらいから使い始めた「歩数計」、一週間の平均を算出してくれるアプリ。
やはり電車利用の日は驚くほどに歩数を稼げる。
車利用は運動不足になりやすいのだなぁ…
43階まで登っている日があろうとも平均は6階。おそるべしは統計値(笑)。
 
付け焼き刃ではない一年間の蓄積データ、これは夏休みの自由研究ばかりでなくいろんな健康管理、特にダイエットなどに有効利用できるツールとなるにちがいないだろう。
 

これらのアプリの優れている点はやはり「特に意識してなくても計測をずっとしている」ということだろう。
これが「ワークアウト」というアプリだと、アプリを起動してメニューから運動項目を選び、さらに目標消費カロリーなども設定して「開始」を押して3,2,1でスタートをしなければならない。
「よしやるぞ!」という気合でウォーキングをする場合は士気も上がるし、より正確なデータ収集ができるので本気度の高い運動なら断然こちらなのだが、日常生活の中での歩数を計る程度の用途には向いていない。
 
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(滅多に使っていないことがバレバレである(笑))
 

中途半端な文量が残ってしまった。
ここでまた区切る。 
 
次回は腕時計本来の用途やiPhoneとの連携について。

AppleWatch1年使用レポート!

去年の誕生日にプレゼントとしていただいたAppleWatch。
 
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この1年間ほぼ毎日(充電し忘れでバッテリーが切れたことが数日と夏場に手首に汗疹(あせも)ができて使用を中止した数日間以外)、寝ているときとお風呂に入るとき以外はそれこそ肌身離さず装着し続けた。
 
というのもこのAppleWatch、公称で18時間しかバッテリーがもたないという、時計としてはエヴァ級の内蔵バッテリー性能。
「単純に時計だけなら一ヶ月ぐらいはイケるんだけどね…」というapple陣営の鼻息も伝わってくるのだけれども、とにかく日々の充電は欠かせない。
つまり着脱のタイミングを習慣化させることが毎日使うための第一歩であった。
(フルに使った場合最悪18時間という意味合いで、1年間使い続けた実測値としては大体36時間ぐらいはもつ。が1泊2日程度の旅にも充電器は必要)
 
充電し忘れたときに一度「省電力モード」というのにしてみたらばビックリ。
 
本当にただの時計なだけの時計になってしまった!
これではまるで「電話しかできないiPhone」ではないか!(笑)
 
逆に言えば“わずか18時間で内蔵バッテリーを使い切ってしまうなんらか”をAppleWatchはやり続けているとも言える。
 
そこでまず気がついた。
「あ、僕も世間もAppleWatchに過大な期待をしていたんだ!その前提の上だから過小評価傾向になっていたのか!」
 
そうなのだ。
 
Appleの時計が時計のままであるわけがないのに、今のところ欠点といえるようなネガティブな部分だけを「時計のクセに18時間しかもたないなんて…」などと責めるのは少々酷だとも言えるだろう。
 
iPhoneにしてもバッテリーの持ちについての苦情が多いようだが、単純に待ち受け電話として使うだけならば、おそらく数日は余裕でもつはずだ。
数時間で切れてしまうiPhoneとは、数時間常に使い続けているから切れてしまうのであって、つまるところ使い続けているあなたに一番の問題があるということになる(笑)。
 
僕は過去に一度たりとも通信会社の速度制限を食らったことがない程度の使用頻度だが、それでもiPhoneのバッテリー残量は常に心配だ。
10000mA以上の高性能外部バッテリーを常に携行し、月末は通信制限が当たり前というそこのあなた!
 
一体どれだけスマートフォンに依存しているのですか?
 
それを言うに事欠いて「iPhoneのバッテリーは持ちが悪い」なんて、よくもまぁヌケヌケと言えたものである。
 
きゃっ!言っちゃった!(笑)
 
AppleWatchにせよ同じことがいえる。
常に何らかのセンサーが情報を拾い続け、IPhoneとBluetoothでデータのやり取りをしつつ蓄積し続けているデバイス。
見方を変えれば、ミニパソコンのようなものが丸一日電源入れっぱなしでバッテリーが切れないことの方が凄いのかもしれない。
あの小さなボディーで。
 

最初の30日間使ってみて実感したことは大きく二つ。
 
○振動や心拍、時計(腕)の向きや角度を常にスキャンしている
自分が今座っているか立っているかの違いを正確に把握しているようで、デスクワークをしばらくやっているとブルッと震えて「スタンドの時間です。1分間ほど立って運動をしましょう」と座りっぱなしである現状にツッコミを入れてくる。
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(メッセージは何種類かある)
 
「心拍数」を選ぶと測定モードに入るのだが「前回測定4分前」といった履歴が出てくるので、能動的に意識せずとも一定間隔で測定をしているようだ。
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また、より高機能な「万歩計」としていろいろと情報収集してくれていることがわかった。
アクティブカロリーや合計歩数に合計距離などを黙々と計測し続け淡々とiPhoneに送り続けている時計、恐るべし。
(このあたりのことは次回詳細に伝えたい)
 
○iPhoneと常にデータのやりとりをしている
 
このAppleWatch。BluetoothでiPhoneとデータのやりとりを常にしているのだが、Bluetoothでのやりとりが遮断されてしまうと時間経過で少しずつ化けの皮が剥がれていく。
 
例えば画面には「現在地の気温」を表示させておくことができるのだが、これはG-SHOCKのように時計本体に温度センサーがついているわけではない。
iPhoneが位置情報を拾って現在地の気温をYahoo!の気象情報から引っ張ってきたものを更にAppleWatchが表示をしているだけだ。
 
iPhoneが情報を拾ってこられない状態、例えば圏外であったり機内モードに設定するとたちまちAppleWatchも情報弱者になっていくという寸法だ。
 
様々なリアルタイム情報は全てiPhoneをミラーリングしているだけなのだが、ちょっとした情報をチラ見する程度ならばあの小さな画面でも十分に用途を果たしてくれる。
 
カバンの中にiPhoneを入れている状態でメールやLINEに通知が入った場合にAppleWatchは自分だけにわかるブルッという振動をする。
 
メール、メッセージ、カレンダー、リマインダー、電話の着信など、通知には様々なパターンがあるが、それらの振動パターンが微妙に異なるので、慣れてくると「あ、メッセージが来た」「ソフトバンクのメール着信だから多分迷惑メールだろうな」ぐらいの“読み”ができるようになってくる(笑)。
 
チラッと盤面を見て迷惑メールの類であれば放置しておけばいいし、短いメッセージを読むだけならばAppleWatchでも十分だ。
長いメールや返信が必要だと判断した場合になって初めて、カバンからiPhoneを取り出すことになる。
 
そう、我々はことあるごとにスマートフォンのホームボタンを押して着信や通知が入っていないかを無意識に確認する癖がある。
なんとスマートフォンユーザーがホームボタンを押す平均回数は1日110回というデータもあるそうだ!
当然カバンの中に入れっぱなしにするよりも手に持っていないと不安になる。
 
最近の通勤電車乗客はもはや8割以上の人が常にスマートフォンの画面を見ているように思えるし、たまたまその瞬間は見ていなくても常に手に持っているか膝の上に置いているかのスタンバイ状態でいるようにも思う。
 
もはや現代病のようなものだろう。
 
AppleWatchを装着するだけでそんな強迫観念のようなことから解放されることになる。
僕のようにそんなに頻繁にメールやLINEを積極的に活用していない人間であってもこの通知機能は非常に有効だと思える。
もしかしたらディープなiPhoneユーザーならばこの機能一つだけでもAppleWatchを使う価値があるかもしれない。
 
なお、iPhoneでアプリを開いている状態のときにはAppleWatchが震えることはないので「アクティブなやりとりをしているときにもいちいち振動してウザい」といったことにはならない。
 

今回は「紹介編」としてここで一旦区切ることにする。
次回は便利技というか、有効だと思うちょい技のようなことを紹介したい。
 
念のため言っておくと、今回のレビュー動機はもちろん「Apple信者だから」以外の理由は一切ない。
「幸福のツボ」のようなものを押し付けようとしているだけのことなので、どうか安心していただきたい(笑)

中年ラストォ!?

49歳の誕生日を迎えた。
いよいよ中年と呼べる年齢も1年を切った。
来年からは初老に属するのであろうか。
さらに還暦や壮年といったブッソウな言葉もそのあとに並んでいる。
 
もっともこの辺りの言葉の定義は曖昧で、ちょっと前まではだいぶ前倒しだったようだ。
やや気になって辞書や知恵袋を調べてみたところ「本人の気持ち次第」といったこれまた曖昧な説明が(笑)。
 
どうやら現代に於いてはもうしばらく中年を自称していても問題なさそうな空気感である。
 
よかったよかった(^o^)
 
というわけでもうしばらくは中年続行とさせていただく。
 
尚、夕べの飲みの席で「50代半ばぐらいだと思ってました」と言い放った10年以上付き合いのあるスタッフは許さない(笑)。
参考までに夕べの飲みメンバーの平均年齢は46.16歳であった。って何の参考だ?
年長は52歳で年少は39歳。
僕を含めて合計6人。
残り3名の年齢を推測せよ。って何の問題だ?
 
 

さて、今年の誕生日もたくさんのお祝いの言葉をいただいた。
ありがたいことである。
このブログのプロフィール欄に「好きなもの:お酒とゾンビ」と書いているのだが、お祝いの言葉にもやたらそのワードが含まれており「みなさんわかってらっしゃる」と笑みがこぼれてくる。
 
また先週のZEPP福岡公演時にも「フライングですが……」とたくさんのプレゼントをいただいた。
プレゼントの多くはお酒、日本酒焼酎ワインにビールにウイスキーなんでもござれ(^o^)
また最近コーヒー豆の話をしたからなのかコーヒー豆をいただいたり、あるいはサーモスマグやゾンビ系やホラー映画のDVDといった、ブログ記事に連動したものもたくさんいただいた。
 
まとめてみたらばメチャクチャ重い大きなダンボール2つになってしまいとてもじゃないが自力では持ち帰れない。
そこでマネージャーKちゃんをなだめすかしつつ事務所直行荷物の中に混ぜてもらった。
 
福岡から荷物が戻ってきた当日にさっそくウキウキと事務所に回収に行ったのは言うまでもない。
町がゾンビで溢れかえってもしばらくは大丈夫な量だ(笑)
 
ありがとうございます!
すべて飲まさせていただきます!
 

 
振り返れば過去にもこういった「あと1年で十の桁がひとつ上がるなぁ」と思う1年があったわけだ。
 
19の頃は「早く二十歳になってお酒やタバコを正面切って正々堂々やりたい!」と思っていたと思う(笑)。
29の頃は「30歳になっちまったよー!」といった絶望的な表現をしたマンガがあり、自分もそう思うのかな?と思っていた割には案外そんなこともなかった。
39の時にしても「30歳になった時ほどのダメージはないんだろうなぁ」と思っていたぐらいで実際なんてことはなかった。
 
9つの頃は…全く覚えていない(笑)
 
いずれにせよ、若い頃の「年を重ねて大人になっていく喜び」の象徴である誕生日と、「年老いて身体の衰えを実感する昨今」とはあらゆる意味で雲泥の差を感じる。
 
過去の経験を振り返ってみても何の参考にもならないことぐらいしかわからなかったが(笑)、これからの1年をどう有意義に過ごすのかを改めて考える今日1日としたい。
 
40代ラストォ!

さよならZEPP福岡

また一つZEPPがなくなってしまう。
これまでもZEPP大阪、ZEPP仙台が閉館をしており、さらにZEPP難波はライヴが盛り上がりすぎという理由で出入り禁止を食らってしまったVAMPSである(笑)。
 
これまで様々な大きさのライヴハウス、アリーナクラスの大きな会場、国内外フェスや単独イベントなどに臨んできたVAMPSだが、メンバーやスタッフが口を揃えて言うのが「ZEPPクラスのサイズ感が一番演りやすい」ということだ。
 
小さな会場はそれはそれで観客との一体感やレア感などもあって盛り上がるのだが、機材が入りきらなかったり、パフォーマンスする延床面積(笑)が狭かったり、ひどい時は電源が落ちるなんてトラブルが起こったりしたこともあった。
 
また代々木体育館やさいたまスーパーアリーナといった大きな会場だと今度は観客席が遠くなり、イマイチなんというのか……ライヴ感を感じにくくなる。
意外に思うかもしれないが、会場が大きくなればなるほど緊張感は減り、ステージ上での孤独感のようなものが増す。
アイコンタクトするメンバーやステージ袖のスタッフが妙に遠くにいるように感じてしまうのだ。
 
そういったバランスの中でZEPPの大きさというのは、いささかジジくさい表現ではあるが、実に塩梅がいい。
 
ところで賢明なVAMPSファンのみなさんならばご存知であろうが、そうでない方のために簡単に説明をしておくと、日本全国にあるZEPPのサイズはそれぞれ異なる。
キャパ数で比較をしてみると、

 

ZEPP東京 2700

ZEPPダイバーシティー 2500

ZEPP難波 2500

ZEPP福岡 2000

ZEPP札幌 2000

ZEPP名古屋 1800

ZEPP仙台 1500(※2012年7月に閉館)
ん?ゼップのホームページで確認をしてみたのだが、意外にも名古屋のキャパが少ない。
イメージ的には東京の次ぐらいに大きな印象だったのだが……はて?謎である。
なお、同じキャパ数でも構造はどこも微妙に異っている。
  
 

また一つ、演りやすい会場が減ってしまった。
けれどもまたいつか別の場所に再建されることを信じて待っていたい。
 
ZEPP福岡の思い出を引っ張り出そうとパソコンに入っている写真を「福岡市」で検索してみたところ、そのほとんどが食べ物(主にラーメン)の写真ばかりで笑ってしまった。
 
といった事情であまりちゃんとした写真がなかったのだが、最後にZEPP福岡での思い出を振り返ってみる。
 
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2004/2/17(ヤフオクドームになる前)
 
 
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2012/09/05
 
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 2014/11/05(スーパームーン)
 
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2016/5/8

映画「アイアムアヒーロー」をさらに熱く語る

久々のヒット!と思えるゾンビ映画に出会った。
それがここ数年注目していた大好きなマンガ原作なのだから、これほど嬉しいことも珍しい。
今一度予告編のリンクを貼り付けておこう。
ゾンビが苦手な人でもこの予告編は怖くなくて大丈夫なので、せめて見てやってください!(笑)
 
前回語りつくせなかった部分を引き続き語りたい。
なお今回はいろんな人の名前が出てくるのだが、全て敬称略とさせていただく。
 

まずは全体のキャスティングについてだが、これがもう実に的確だったように思う。
主役の大泉洋をはじめ、マキタスポーツ、塚地武雅、村松利史や片桐仁などのコメディー系の人たちが多く登場しているのだが、非常に適材適所というか、バッチリだったように思う。
「お笑い芸人」というと映画やドラマではポジションを低く見られがちだが、とんでもない話である。
 
大昔にビートたけしが印象的なことを話しておられた。
「人を笑わせることが一番難しい。泣かせるよりも感動させるよりもはるかに難しい。お笑い芸人が役者をやるとスッといい感じでできちゃったりするけれども、役者さんがお笑い芸人になれるかといえば、なかなかなれないものなんだ。」
 
僕は普段あまりテレビを見ないので、上記のみなさんのことも実のところほとんど知らない。
塚地武雅などはむしろ役者としての彼しか知らないぐらいで、お笑い芸を見たことはないと思う。
 
この非現実な世界のキャストをみなさんそれぞれ実にナチュラルかつ完璧に演じられていた。
僭越ながら最大限の敬意を表しておきたい。
 
ミスキャストゼロ!
 

次にこの「アイアムアヒーロー」はゾンビ化した人間のことを「ZQN(ゾキュン)」と呼んでいるが、他のゾンビ作品と比べると感染スピードが非常に早い。
 
多くのゾンビ作品の場合は数分〜数日を経て死に至り、そこからさらに数分から数時間かけて“蘇る”という設定がほとんどであるのだが、本作の場合は感染した直後からすぐに兆候が表れ始める。
 
本人は変化が起こっていることを自覚していないことが多く、しゃべっている内容を反復し始めたり意味のないことをつぶやき始めたりする。
個人差はあるようだが数分間、せいぜい10分以内といったところだろうか。
 
「28日後…」のように突然赤目になっていきなりゾンビになるわけではない。
しかし徐々にというにはあまりにも早いスピードで、みるみるとゾンビ化していく。
兆候が現れたら“即ZQN”という実に救いのない展開が待っている。
 
完全にゾンビ化した後も「お世話になっています」とか「わたくし無事故無違反でして」といった口癖のようなものをモゴモゴと言い続ける。
この描写、普通に会話をしていたのに辻褄が合わなくなってくる感じが実に不気味でイイのだ。
  

さて、本来ならネタバレはしない主義ではあるのだが、今回は一点だけ。
物語の進行には直接影響しない部分でのこの映画の見事な演出について触れておきたい。
 
主人公目線で明らかに街の様子がおかしくなりはじめている序盤のパニックシーン。
これがもうあまりにも凄すぎた。
 
ポカポカとよく晴れた昼間。
普通に人々が街の中をいつものように歩いているのだが、明らかに挙動のおかしな人たちが混じっている。
だけれども誰も気に留めていない。
僕らがそうであるように、実際道を歩いていても周囲の人なんて誰も見ちゃいない。
ヤバそうな人がいたらそれこそ目が合わないよう、より一層視線を背けるのが現代人だ。
そこかしこでゾンビに噛まれて感染者は加速度的かつ爆発的に増えていく。
しかし、それでも尚、人々はなかなか気がつけない!
 
いよいよ大勢のゾンビが集団で動き始め、ようやく気がつき始めた人が慌てて一方向に逃げ始める。
本格的パニックが始まった!
しかしそれでも尚、イヤフォンを耳につけた数人は流れとは逆にゾンビの大群に向かって歩いている。
そういった細かい描写の一つ一つが目の前の現実として伝わってくるようだ。
panic
 
この「徐々にパニックが広がっていく」という描写は原作マンガでもかなり丁寧に描かれており、走行中の電車の中といった逃げ場のない感染ルートは特にドキドキさせられた。
 

そして僕は気がついてしまった。
 
それこそゾンビ映画を普段から当たり前のように見ていたばかりにずっと気がつかなかったことだ。
 
多くのゾンビ映画はこの「パンデミック初期」の描き方がどれも弱かったように思うのだ。
思い返せばどの映画も「知らないうちに蔓延していく」だったり「数週間前から始まったこの現象」とか「今では周知の事実だが…」といったゴマカシ気味の描写をしているものが圧倒的に多いのだ。
「ウォーキングデッド」にしても、主人公が目覚めたのは一通り事件が起こり無人となった状態の病院からだし、その後語られる回想シーンにしてもすでに軍隊が介入した後の話で、肝心の“初期”についてはモヤがかかったかのように曖昧だ。
 
よくよく振り返ればどの作品も同じような感じでどこか曖昧なのだ。
 
なんだ?この“お約束感”のようなものは?
 
「ゾンビ系なんで一つよろしく」といった制作側の甘えなのではないか?(笑)
 
そんな中でザック・スナイダー監督のリメイク版「ドーン・オブ・ザ・デッド」はこの「パンデミック初期」を正面から描いてはいるものの、主人公も周囲の人間も明らかに気持ちの切り替えが早すぎるし、順応力も訓練された軍人並みに高すぎる。
隣の家の女の子が自分のダンナに噛み付いてその10秒後にはダンナも襲ってきて、その1分後には車に乗って全速力で脱出しているが、、、普通の人間はそこまで強くはない。と思う(笑)。
 
非常に迫力のある素晴らしいゾンビ映画には違いないが、「パンデミック初期の描き方」という点ではアイアムアヒーローの圧勝、あるいはすべてのゾンビ映画の頂点に立ったのではないかと素直に思う。
やや絶賛しすぎじゃないのか俺?と自分でも思いつつも、これを超える描写を思い出せないのだ。
 
実際リメイク版「ドーン・オブ・ザ・デッド」のツッコミにしても、初見から10年以上経った今、「アイアムアヒーロー」を見てはじめて気がつけたツッコミどころでもあった。
 
そんなわけで、誠に勝手ながら「ゾンビ映画におけるパンデミック初期描写部門の暫定首位」とさせていただく。
 
 
そしてダメ押しとなる映画後半の怒涛の展開、いや展開というのもふさわしくないような“ひたすら続く再殺シーン”は、まるでマッドマックスを思わせるような臨場感、もはや演出を超えた現実感に支配されていたように思う。
映画を観るという体験ではなく、あたかも至近距離に自分もいるかのような“経験”に錯覚しかけたほどだ。
 
「後半の物語性が弱い」という批判もあるが、そうではあるまい。
この臨場感を観客が経験するには、逆に物語性が強くては成立しなかったのだと思う。
 
本当に凄い映画を観てしまった!
 

「アイアムアヒーロー」の主人公は「英雄と書いてヒデオです」と言うのは結構だけれども、ウジウジしているし、気持ちはすぐに切り替えられないし、とりあえず謝ってしまうし、変なところに律儀で不器用だし、英雄の素質はまるでない。
 
そんな主人公だからこそ、通常の映画に出てくるような強いヒーローよりも圧倒的に不利な状況の連続だ(笑)。
当然、ハラハラドキドキの連続となる。必然だ。
 
可哀想に……お気の毒さま。と思いつつもシンパシイを抱かずにはいられない。
そんなキャラの魅力が原作の鈴木英雄よりも強く感じられたのは、これはやはり大泉洋の魅力が大きいのだと思った。
 
そんなキャラが「本当のヒーローになれるのか?」といったテーマはむしろどうでもいいというか、とにかくこの「世界観」を体感していただきたい。
 
ダメ押しで言っておくとこの映画はR15指定。
つまり、地上波で放送されることはまずないと思われるので観念して映画館で観るべし! 
そして念のため、地上波で放送されるべきではない不適切な内容=結構というか相当グロいということも包み隠さず伝えておく。
 
以上のことを踏まえ……僕は終了前にもう一度観ておきたい。
 
※Huluで配信中!
 
 

映画「アイアムアヒーロー」を語る

ゾンビ映画を愛してやまない僕なのであるのだが、どうもこれまでの和製ゾンビ作品というのは相当のゾンビ愛を持ってみないことにはもうどうしようもなくグダグダな作品がほとんどであったように思う。
チャチな作りをトホホと笑って許す見方しかできないような作品も少なくなかった。
 
火葬の慣習があり銃砲の所持の難しい国ではダイナミックなゾンビの世界は描きにくかったのだろうか?
どうしてもパッとする作品が出にくい土壌だったのも仕方がなかったのかもしれない。
そんなショボイ環境に突如旋風が巻き起こったのは2009年。
花澤健吾の「アイアムアヒーロー」が、そんな停滞した日本のゾンビ事情に風穴を開けた。
 
……とマンガの紹介をここで繰り返してもアレなので、興味のある方はWikipediaでも試し読みでもして確認していただきたい。
原作を知っている方なら「大幅に省略しながらも御殿場アウトレット、8巻あたりまで」と書けばよろしいだろうか(笑)
 
尚、これから原作を読もうと思っているあなたに一つだけアドバイスを。
1巻だけは最後まで読むのに相当の根気が必要かと思われる。
かな〜り動きの少ないグダグダした描写が延々と続くのだが、1巻の最後の数ページから坂道を転がり出すように物語が動きだすのでそこまでは根気強く読み進めて欲しい。
ジェットコースターでいうところの「巻き上げ」のようなもの、後の急展開をしていくための“位置エネルギーの確保”のようなものだと思っていただければよいのではないかと思う。
 
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大好きな原作の映画化というのは誰しも必ず期待と不安を同じぐらい持つのではないだろうか?
僕にしても過去に何度も期待してはガッカリしたり、不安でいっぱいからいい意味で裏切られたことへの歓喜に満たされたりしてきたのだが、今回の「アイアムアヒーロー」はもう、ただただ絶賛しか思いつかない。
 

ところで僕には映画を見終わった時の周囲のお客さんの感想になんとなく聞き耳を立てる癖があるのだが(笑)、原作の大ファン、バイオハザードやウォーキングデッドからゾンビにハマった比較的新参のゾンビファン、長澤まさみの大ファン、大河ドラマの大泉洋が好きな初老の方と思われる方々などの意見を垣間聞いた(笑)。
 
「原作はしょりすぎ!」
「もっとゾンビがたくさん出てくるかと思った」
「長澤まさみは美しい」
「大泉洋はこんな映画に出ちゃイカン!」
「・・・・・・(喜びに打ち震える興奮と満足の表情)」←俺だ(笑)
 
これらの方々に一応長年のゾンビファンから一言申し上げておきたい。
長澤まさみサンが美しいことに対しての異論はないし、大泉洋さんの演技力がこのような極限のパニック映画に生かされることへの驚きもごもっともであると思う。
ここまで異議はない。
 
まずは原作との比較だが、大幅にはしょって改変しないことには2時間ではとてもじゃないが収まらない。
ウォーキングデッドのようにトータル100時間使っても良いならば描き方も丹念に、それこそゾンビが一度も出てこないような人間劇だけで80話を超えるエピソードの1つを費やしての精密描写もできるものだが、8巻までの1000ページを超える原作量を2時間で描けるわけがないのだ。
 
そこには大幅な省略や大胆な削除が必然となってくる。
 
むしろそれらをやらずに無理につめこみすぎると映画「ダ・ヴィンチコード」のような悲惨なコトになってしまう。
(あらかじめすべての謎を最初から知っているかのような即答に次ぐ即答でもはや謎解きでもなんでもないレンジでチン的なお粗末な展開だった)
 
 
もっとゾンビが……という意見にはちょっと呆れてしまった。
確かに1万体のゾンビという描写はウォーキングデッドやバイオハザードでもあったけれども、2体のゾンビと格闘するイメージを頭の中で描くだけでも何度も失敗するような、ある意味リアルな心情をこれでもかと描いた今作品を見てのその感想はあんまりだろ!と思う。
 
もちろんそういう事情だからゾンビが少なくて良いと言いたいわけではない。
 
1万のゾンビはきっとこの世界にもいる。
でもそれを描かないから不満というのはあまりにも短絡的であろう。
 
そういった視点で見れば100体ぐらいのゾンビであっても十分すぎるぐらい大群であり、「ゾンビが足りない」と思ってしまうのはあまりにも想像力が貧困すぎやしないかということを言いたくもなってくるのだ。
 

ゾンビ映画なのに出てくる銃はたったの一艇のみ。
他の実践的な武器はクロスボウぐらいで、あとは結局トンカチや金属バットやゴルフのドライバーぐらいしかないのが日本だ。
しかしだからこそ、その銃を中心に人間模様が激しく動く。
銃こそが最終兵器のようなものだからだ。
 
ちなみに「銃砲所持許可証」にこだわる主人公の言動は原作でも映画でもかなり執拗に描かれている。
 
そしてこの銃がなかなか発射される機会が来ないのがまたもどかしい。
 
しかし、威力を発揮した時の迫力と爽快感。
これは過去のゾンビ映画すべての中で最高の瞬間だったと思う。
このカタルシスの解放感は「宇宙戦艦ヤマトの波動砲」「水戸黄門の印籠」「エヴァの暴走」クラスであった。
 
そしてハンマーやナイフでのゾンビとの格闘のリアルさ。
これなどはウォーキングデッドを凌駕するような描写だったと思う。
 
ウォーキングデッドでは後半ともなると手慣れた人々はゾンビの額にナイフをサクッと刺していとも簡単に仕留めてしまうのだが、実際は頭蓋骨もあるわけだしそこまで簡単であるとも思えないのだ(^^;
 
そこが今回の「アイアムアヒーロー」は臨場感がありすぎてどうにも痛々しいというか……見ていて何度ものけぞってしまうぐらいリアルに感じた。
やはりトンカチのリーチの短さではゾンビはなかなか倒せないし、ゴルフクラブの軽量化っぷりもまた見ていて非常に弱々しい。
オモチャのエアガンはもはやギャグでしかなかった(笑)。
 
 
やばい。
原稿用紙5枚分では全然語りきれない!
 
 
VAMPS福岡公演の近づく慌ただしい時期ではあるが、早起きして書いている(笑)
当然、つづく!