映画「アイアムアヒーロー」をさらに熱く語る

久々のヒット!と思えるゾンビ映画に出会った。
それがここ数年注目していた大好きなマンガ原作なのだから、これほど嬉しいことも珍しい。
今一度予告編のリンクを貼り付けておこう。
ゾンビが苦手な人でもこの予告編は怖くなくて大丈夫なので、せめて見てやってください!(笑)
 
前回語りつくせなかった部分を引き続き語りたい。
なお今回はいろんな人の名前が出てくるのだが、全て敬称略とさせていただく。
 

まずは全体のキャスティングについてだが、これがもう実に的確だったように思う。
主役の大泉洋をはじめ、マキタスポーツ、塚地武雅、村松利史や片桐仁などのコメディー系の人たちが多く登場しているのだが、非常に適材適所というか、バッチリだったように思う。
「お笑い芸人」というと映画やドラマではポジションを低く見られがちだが、とんでもない話である。
 
大昔にビートたけしが印象的なことを話しておられた。
「人を笑わせることが一番難しい。泣かせるよりも感動させるよりもはるかに難しい。お笑い芸人が役者をやるとスッといい感じでできちゃったりするけれども、役者さんがお笑い芸人になれるかといえば、なかなかなれないものなんだ。」
 
僕は普段あまりテレビを見ないので、上記のみなさんのことも実のところほとんど知らない。
塚地武雅などはむしろ役者としての彼しか知らないぐらいで、お笑い芸を見たことはないと思う。
 
この非現実な世界のキャストをみなさんそれぞれ実にナチュラルかつ完璧に演じられていた。
僭越ながら最大限の敬意を表しておきたい。
 
ミスキャストゼロ!
 

次にこの「アイアムアヒーロー」はゾンビ化した人間のことを「ZQN(ゾキュン)」と呼んでいるが、他のゾンビ作品と比べると感染スピードが非常に早い。
 
多くのゾンビ作品の場合は数分〜数日を経て死に至り、そこからさらに数分から数時間かけて“蘇る”という設定がほとんどであるのだが、本作の場合は感染した直後からすぐに兆候が表れ始める。
 
本人は変化が起こっていることを自覚していないことが多く、しゃべっている内容を反復し始めたり意味のないことをつぶやき始めたりする。
個人差はあるようだが数分間、せいぜい10分以内といったところだろうか。
 
「28日後…」のように突然赤目になっていきなりゾンビになるわけではない。
しかし徐々にというにはあまりにも早いスピードで、みるみるとゾンビ化していく。
兆候が現れたら“即ZQN”という実に救いのない展開が待っている。
 
完全にゾンビ化した後も「お世話になっています」とか「わたくし無事故無違反でして」といった口癖のようなものをモゴモゴと言い続ける。
この描写、普通に会話をしていたのに辻褄が合わなくなってくる感じが実に不気味でイイのだ。
  

さて、本来ならネタバレはしない主義ではあるのだが、今回は一点だけ。
物語の進行には直接影響しない部分でのこの映画の見事な演出について触れておきたい。
 
主人公目線で明らかに街の様子がおかしくなりはじめている序盤のパニックシーン。
これがもうあまりにも凄すぎた。
 
ポカポカとよく晴れた昼間。
普通に人々が街の中をいつものように歩いているのだが、明らかに挙動のおかしな人たちが混じっている。
だけれども誰も気に留めていない。
僕らがそうであるように、実際道を歩いていても周囲の人なんて誰も見ちゃいない。
ヤバそうな人がいたらそれこそ目が合わないよう、より一層視線を背けるのが現代人だ。
そこかしこでゾンビに噛まれて感染者は加速度的かつ爆発的に増えていく。
しかし、それでも尚、人々はなかなか気がつけない!
 
いよいよ大勢のゾンビが集団で動き始め、ようやく気がつき始めた人が慌てて一方向に逃げ始める。
本格的パニックが始まった!
しかしそれでも尚、イヤフォンを耳につけた数人は流れとは逆にゾンビの大群に向かって歩いている。
そういった細かい描写の一つ一つが目の前の現実として伝わってくるようだ。
panic
 
この「徐々にパニックが広がっていく」という描写は原作マンガでもかなり丁寧に描かれており、走行中の電車の中といった逃げ場のない感染ルートは特にドキドキさせられた。
 

そして僕は気がついてしまった。
 
それこそゾンビ映画を普段から当たり前のように見ていたばかりにずっと気がつかなかったことだ。
 
多くのゾンビ映画はこの「パンデミック初期」の描き方がどれも弱かったように思うのだ。
思い返せばどの映画も「知らないうちに蔓延していく」だったり「数週間前から始まったこの現象」とか「今では周知の事実だが…」といったゴマカシ気味の描写をしているものが圧倒的に多いのだ。
「ウォーキングデッド」にしても、主人公が目覚めたのは一通り事件が起こり無人となった状態の病院からだし、その後語られる回想シーンにしてもすでに軍隊が介入した後の話で、肝心の“初期”についてはモヤがかかったかのように曖昧だ。
 
よくよく振り返ればどの作品も同じような感じでどこか曖昧なのだ。
 
なんだ?この“お約束感”のようなものは?
 
「ゾンビ系なんで一つよろしく」といった制作側の甘えなのではないか?(笑)
 
そんな中でザック・スナイダー監督のリメイク版「ドーン・オブ・ザ・デッド」はこの「パンデミック初期」を正面から描いてはいるものの、主人公も周囲の人間も明らかに気持ちの切り替えが早すぎるし、順応力も訓練された軍人並みに高すぎる。
隣の家の女の子が自分のダンナに噛み付いてその10秒後にはダンナも襲ってきて、その1分後には車に乗って全速力で脱出しているが、、、普通の人間はそこまで強くはない。と思う(笑)。
 
非常に迫力のある素晴らしいゾンビ映画には違いないが、「パンデミック初期の描き方」という点ではアイアムアヒーローの圧勝、あるいはすべてのゾンビ映画の頂点に立ったのではないかと素直に思う。
やや絶賛しすぎじゃないのか俺?と自分でも思いつつも、これを超える描写を思い出せないのだ。
 
実際リメイク版「ドーン・オブ・ザ・デッド」のツッコミにしても、初見から10年以上経った今、「アイアムアヒーロー」を見てはじめて気がつけたツッコミどころでもあった。
 
そんなわけで、誠に勝手ながら「ゾンビ映画におけるパンデミック初期描写部門の暫定首位」とさせていただく。
 
 
そしてダメ押しとなる映画後半の怒涛の展開、いや展開というのもふさわしくないような“ひたすら続く再殺シーン”は、まるでマッドマックスを思わせるような臨場感、もはや演出を超えた現実感に支配されていたように思う。
映画を観るという体験ではなく、あたかも至近距離に自分もいるかのような“経験”に錯覚しかけたほどだ。
 
「後半の物語性が弱い」という批判もあるが、そうではあるまい。
この臨場感を観客が経験するには、逆に物語性が強くては成立しなかったのだと思う。
 
本当に凄い映画を観てしまった!
 

「アイアムアヒーロー」の主人公は「英雄と書いてヒデオです」と言うのは結構だけれども、ウジウジしているし、気持ちはすぐに切り替えられないし、とりあえず謝ってしまうし、変なところに律儀で不器用だし、英雄の素質はまるでない。
 
そんな主人公だからこそ、通常の映画に出てくるような強いヒーローよりも圧倒的に不利な状況の連続だ(笑)。
当然、ハラハラドキドキの連続となる。必然だ。
 
可哀想に……お気の毒さま。と思いつつもシンパシイを抱かずにはいられない。
そんなキャラの魅力が原作の鈴木英雄よりも強く感じられたのは、これはやはり大泉洋の魅力が大きいのだと思った。
 
そんなキャラが「本当のヒーローになれるのか?」といったテーマはむしろどうでもいいというか、とにかくこの「世界観」を体感していただきたい。
 
ダメ押しで言っておくとこの映画はR15指定。
つまり、地上波で放送されることはまずないと思われるので観念して映画館で観るべし! 
そして念のため、地上波で放送されるべきではない不適切な内容=結構というか相当グロいということも包み隠さず伝えておく。
 
以上のことを踏まえ……僕は終了前にもう一度観ておきたい。
 
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