あぁ勘違い

子供の頃の勘違いというものは、今思い出してみるとどれも他愛がなくて楽しい。
本来なら自分だけの秘密として封印すべきことなのかもしれないのだが、面白いので公開に踏み切ることにする。(…と言うほどたいしたことでもないけれども(笑))
 

僕は今も昔も「アジの開き」が大好物である。
ベストオブな朝食といえば、卵かけ御飯に大根と油揚げの味噌汁、焼き海苔とあまり酸っぱすぎない梅干し、それにアジの開きを主役に迎えたものだ。
温泉旅館の朝食は比較的こんな感じのバランスで出してくれるところが多く、とてもありがたい。
富良野や苗場のプリンスホテルの朝食バイキングでも、ほぼこのカタチを構成することができる。
 
なお、みなさんの朝食バイキングを傍目で見ていると「あれもこれもあれもこれも」といった感じで、まぁまぁ朝から元気だこと…と感心してしまうほどによく食べてますね(笑)。
いいんですそれで。
医食同源、よく食べよく健康であれである。
 
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さて、そんな大好物のアジの開きなのだが、僕は小学生の高学年ぐらいまでずっと「アジは平べったい魚である」と信じて疑わなかった。
つまり開いた状態のアジが元気に泳いでいると思っていたのだ。
 
無理もない。
アジといえばフライにしてもあの形状だし、たたきや刺身は原型を留めていない。
 
ヒラメやカレイといった実在する平べったい魚の存在もよくなかった。
よく見ればもちろん違うけれどパッと見は同じ、混乱を招くのも当然である。
 
僕は悪くない。……きっと。
 
しかし……真実を知った時、つまり開いた状態を閉じてみたらと想像した時、アジがごく普通の形をしているであろうことが脳裏に閃いた時の衝撃はただ事ではなかった。
 
あああああ!!
 
そんな恥ずかしい過去のあるアジの開きなのであるが、もちろん今後とも大好物であることに変わりはない。
 

同様に森永チョコレートでおなじみのキュロちゃんキョロちゃん。
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僕はずっとこの生き物を「セミ」だと思っていた。
 
なぜ自分にはそう見えていたのか?
くちばしと胴体の部分が羽根で足は見えてなかったらしい。
 
脳内変換された僕の中のキュロちゃんキョロちゃんはこんな感じだった。
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キュロちゃんキョロちゃんてセミに見えてなかった?」とおそるおそる聞いていた時期もあるのだが、例外なく気の毒な人そうな扱いを受けるのがイヤになって長らく封印していた記憶でもある(^^;
 
追記:Twitterで「あの〜キュロちゃんではなくキョロちゃんなのでわ?」という雨あられの指摘があり、今更スルッと訂正することもできなくなったので開き直って打ち消し加筆とする。あぁ勘違いをリアルタイムに極める(^^;
 

 
もう一つは主に言葉の響きから連想するイメージ的な勘違いといった問題の話である。
 
僕が子供の頃だった昭和40年代というのは、急速に経済が成長している時期ではあったけれども価値観や人間のあり方が全然そのスピードに追いつけていない時代でもあった。
 
貴重品だったモノが大量に出回り安価になっても、親の世代はどこまでも倹約に勤めた。
「めったに食べることのできないお菓子」「特別な時だけ食卓にのるご馳走」といったものがまだまだたくさんあった。
 
今思えばそのレア感やスペシャル感のない現代こそ面白みに欠けるとも思うのだが、例えば僕が幼少の頃に憧れていたお菓子の一つが「ドロップ」であった。
 
ドロップという呼び方はすっかり廃れてしまったように思うのだが、ドロップはキャンディーに近いお菓子だ。
しかし僕の頭のイメージでは「デパ地下にしか売っていない特別大きくて柔らかそうで鮮やかな色をした丸いお菓子」がドロップだったのだ。
 
画像検索をしてみたのだが、当時のイメージにピッタリのデパ地下お菓子を探すことができないのだが、かなり近いイメージがこの「ロクメイカン ローズジュエル」であった。
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しかし実際のドロップは「火垂るの墓」でもおなじみの「サクマ式ドロップ」に代表されるように、僕が勝手に思い込んでいたドロップとはだいぶ違うお菓子だ。
 
そんな僕だけの事情があって、今でも「ドロップ」という言葉を聞くと身体が「うまそう!」と反応してしまうのだが、これが困ったことに問答無用で「うまそう!」と思ってしまうのだ。
 
例えばレコーディング現場で機器間の同期を取るシンクロナイザーといった専門機器の規格に「ドロップフレーム」「ノンドロップフレーム」といったものがあるのだが、、、、「うまそう!」と思ってしまうのである(笑)。
特に「ノンドロップ」という言葉は特別にうまそうに感じてしまう。
 
同様にまるで関係ない「ドロップキック」「バックドロップ」といったプロレス技にも反応してしまう。
 
実際に今ドロップという言葉の持つイメージの高級菓子を食べたいか?と言われたらほぼ全く興味がないにも関わらず、それでも「うまそう!」と条件反射的に思ってしまうのだから困ったものだ。
 

他にも「ミルクセーキ」という、現代ではほぼ死滅してしまったのか?と思われるほど見かけなくなった飲み物が大好きだった僕は、「セーキ」という言葉を聞くだけで「うまそう!」となってしまう。 
 
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(ミルクセーキのイメージは圧倒的にお母さんが作っている最中の期待感が強い)
 
当然「21世紀」「世紀末」「聖飢魔Ⅱ」「世紀の大発見」なんて言葉でも「うまそう!」と身体が反応してしまうことにやはり困っている。
 
実際そこまで困っているわけでもないのだが、きっとこんな言葉の響きに反応しているのは僕だけなのだろうなぁ……
 
……いや!
 
きっとみなさんそれぞれに似たような困ったワードがあるはず!
 
もしもこれを読んだ方で「あるある!わたしもそういうのある!」と思った方は、問題のない範囲で教えてくださいな(笑)。
 
そしてそんな困ったことはなにもない!と思うあなた。
そういう人も世の中にはいるんです。
優しく見守ってくださいね(^^)