夢を自在に見る方法

夢をよく見る。
 
積極的に夢を見たいという思いが強かった僕は、若い頃から「夢を見る訓練」のようなものをし続けてきた。
こう言うと「え?自在に夢を見ることができるんですか?」
と驚かれるが、そのニュアンスとは微妙に異なる。
 
しかし夢を見るには一定のコツのようなものがあるのは確かなようで、そういった意味では僕は普通の人よりもより多くの夢を見ていると断言できると思う。
 
見たい夢を念じてその通り見られればこんなに楽しいことはないだろうが、残念ながらそういうことではない。
「夢を見る訓練」と言っても眠る前に何かをするわけではない。
 
答えを先に書いてしまおう。
面白い夢を見て目覚めたときは、どんなに眠くても枕元に置いてあるノートに「夢日記」として夢の断片を記しておくこと。
 
やり続けたことはそれだけだ。
 
僕は中学生の頃からこの習慣を持っていて、今でも枕元に置いたiPhoneのメモアプリに面白かった夢を記録している。
 
夢というのは誰もがほぼ毎日見ているらしいのだが、ほとんどの夢は忘れられてしまっているらしい。つまり、、、
 
「夢を自在に見る」というよりは「忘れたくない夢を忘れないコツ」
ということになる。
 

なぁんだ!と侮ってはいけない。
 
せっかく見た面白い夢も、よほど強烈なインパクトでもないかぎりはたいてい目が醒めると忘れてしまう。
あるいは目覚めた時に「面白い夢を見た!」と興奮して起きても、うっかりしているうちに忘れてしまい、二度と思い出すことができなくなってしまうことも少なくない。
 
だったら忘れる前にメモを取っておくことで、
夢を保存しておける→
夢をいつでも思い出せる→
結果としてより多くの夢を見た
 
ということになるのだと思う。 
 
夢の記録さえあれば、いつでも当時見た夢の記憶が頭の中に鮮明に蘇ってくる。
忘れてしまった夢は結論として“見てない夢”にほぼ等しい。
これは日常の経験とは確実に性質の違うものだと言えるだろう。
 
現在大ヒット中の映画「君の名は」を先日見て大変感動したのだが、この夢日記記録に通ずるようなストーリー展開をしている。
とにかくメモをしておくことでつなぎ止めておける何かが、現実の世界にもきっとあるのだ。
 
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保存されている夢日記の一部。頻度としてもここ最近は年間10〜20程度とそこまで頻繁に記録をしているわけではない。
 

ここで夢日記のつけ方のコツを伝授しておこう。
 
寝ぼけた頭で詳細を記録しておく必要はない。
断片的なワードだけをいくつか羅列するだけでよい。
 
例えば「ビル じゅーけん せっかち 転落」とメモしておくだけで、とりあえず今見た夢の記憶は保存できる。
 
それだけ書いたら二度寝して構わないのでたいした手間ではない。
朝起きてから改めてそのメモを見れば、夢の詳細が蘇ってくる。
 
上記の断片的なメモから当時再構築された愉快な夢日記を紹介してみよう。
2009/7/30サンディエゴでの夢日記


Ju-kenとなぜかビルの屋上に迷い込む。

下にいく階段が見つからず困っているのだが、せっかちなJu-kenはビルの外壁をつたって隣のビルに移動したりピョンピョンジャンプして降り始めてしまう。

調子に乗って当然のようにコケて遥か階下に転落するJu-ken。

あ~あ、と思って一段下をのぞくとあっさり階段ハケーン。

慌てるコジキはもらいが少ない。というか死ぬ。

ビルの一階に降りると人だかりと救急車。

Ju-kenだ(´_ゞ`)ちーん 


一緒に救急車に乗り込むと悲しそうな顔をして気絶しているJu-ken。

ってか生きてんのかよ!




なんだこの夢(;^_^A
 
いかにも学術的っぽいことを書いておきながら、実にくだらない夢の例でまことに申し訳ない。
ま、僕の見る夢なんてこの程度のものがほとんどなのだ(笑)
 (こんなしょーもない夢を記録し続けて何か意味があるの?といったツッコミは決してしてはいけない)
 
近年になるにつれノート→携帯→iPhoneと記録ツールは変化していったが、夢日記記録は30年を超えて膨大な数に…というほどあるわけではないが、日々の行動からその夜見られる夢の傾向のようなものを最近実感できるようになってきた。
 
 
夢の内容というのはおおむね72時間以内に起こったことをきっかけとして構築される場合がほとんどらしい。
 
これは僕が突き止めた事実というわけではなく、なにかの本かネットニュースで読んだ記事なのだが、確かに意識をしてみると数日以内の出来事を中心に構築された夢がほとんどだということに気がつかされた。
 
「えええ?そんなはずがないよ?この前20年全く接点のなかった友人Aが夢に突然出てきたもの!」
といったシチュエーションも当然あろうかとは思う。
 
しかしよくよく思い返してみると共通の友人Bと二日前に会話をしていた、といった間接的理由がある場合がほとんどであるらしい。
 
その時のやり取りでは友人Aの話題は出なかったけれども、脳みその大脳皮質から友人Bの記憶を引っ張り出すついでに友人Aの記憶も取り出していて、記憶を管理している海馬の中に友人Aの記憶が留まり、夢に登場したというメカニズムになるらしい。
たとえA君とB君にまったくつながりがなくても、例えば“NIKEのロゴマーク”といったほんの些細な共通点から無意識の中でA君の記憶が呼び出されたりするようなことが過去にあった。
 
それに加えて寝る前に「ウォーキングデッド」を見たりすると、時として「高校時代の友人達とゾンビ世界に突入するような痛快アクションゾンビドラマの夢」を見られたりするのだ。
 
ゾンビの苦手な人には悪夢そのものなのだろうが、僕にとっては映画やドラマやゲームを超えた究極のゾンビ体験となるため、目覚めた時のラッキー感は非常に高い(笑)。
 
 
最近は“もう一つの日常”としてゾンビサバイバルゲームを寝る前の1時間やっているので、ゾンビ系の夢を見る機会がなお多いのだが、これも「72時間以内に起こったこと」としてカウントされるのだから当然の流れとなるのだろう。
 
PS4「ダイイングライト」の僕のプレイ動画。パルクールでゾンビから逃げまくり極力戦闘を回避し死なないように生き続けるゲームって、この動画すぐ死んでしまって面目ない(笑)
 
こんな恐ろしいゲームを毎日やっていると少しずつこの世界の中の住人のような錯覚に陥っていく。
現在ハマり度警告レベル3(笑)
 
そう!ゾンビの夢を見たければ日々ゾンビ経験を繰り返せばよいのだ。
 
いろいろと工夫を続ければあるいは自分好みの夢を見ることができるかも……ってほど簡単ではないが、少なくとも僕はゾンビの夢を恐らく普通の人よりもやたら見ていると思う。
方向性としてあながち間違っているとも思わない。
 
……続く!
 
次回はできれば見たくない「悪夢」についての楽しい考察と怖い考察両方をしてみたい。