のんきとたんき

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僕は「のんびり屋」と言われることが多い。
動作は機敏ではないし話し方も比較的ゆっくりなのだろう。
なにかに切迫した雰囲気も醸し出してないだろうし実際せっかちだとは自分でも思わない。
 
一方で非常にセカセカと動き回っていて口調も速く、そのあまりの言葉の速さに自分でつかえてしまうぐらいの“せっかちさん”もいる。
速くしゃべれず噛んでしまう自分にイラつくような“スーパーセルフマッチポンプタイプ”といったら失礼だろうけれども(笑)、何かをしてないと死んでしまいそうな…まるでサメのような人種だ。
 
子供の頃に覚えた「のんきとたんき」という歌を思い出す。
 
のんきとたんきが散歩して
のんきがたんきに言ったとさ
ほんとにおまえは たんきだな
とってもなおらぬ そんきだな
にんじんのんでもだめかな
みみずをのんでもだめかな
どうしてそんなになったかな
いっぺん なめくじのんでごらん
 
のんきとたんきが散歩して
のんきがたんきに言ったとさ
ああ、おまえにゃガッカリだ
勝手にしておくれ
 
(作詞:やまむらかずみ 作曲:C.ブキャナン)
 

と、短気をバッシングしているばかりではいけない。
実のところ世間的には短気から呑気への風当たりの方が遥かに激しい。
 
「見ているとイラつく」
「動作が愚鈍でウザい」
「視界の隅にいるだけでも腹がたつ」
 
もはや言われたい放題である。
 
僕は幼少の頃からこの手の悪口をスルーする能力には長けていたので、幸か不幸かマイペースを貫くことができたままに人格が形成されてしまった。
おかげさまで今も「仁さんだからあきらめよう」とか「しょーがないなー仁ちゃんは」と多めに許容してもらえるというか、キビキビ動くことに関してはほぼ期待もされなくなっている。
新たな人間関係の中での最初の数ヶ月あたりはいろいろと混乱されることも多いが、みなさん大体順応してくれる。
「あぁこういう人なんだ」と。
 

しかし実のところのんきな人というのは、自分がのんびりしている自覚があればあるほどに「先回り」をするという傾向があることも忘れてはならない。
 
同じことをやっても人より時間がかかってしまうために、要所要所の動きは俊敏だ。
 
例えば僕はパソコンのタイピングがメチャクチャ速い。
これは衰えるどころか年々さらにスピードに磨きがかかっているように思える。
 
そして時間には正確だ。
遅刻をすることがなによりもイヤなのは、誰かに迷惑がかかるという実質的な理由もさることながら「時間に追われる」ことへの嫌悪感や恐怖感を味わいたくないから、という意味合いが強い。
 
タイトなスケジュールをギリギリで動くことが「デキる人間の証」のように思っていた時期もあったが、それで新幹線に乗り遅れたこと1回、飛行機に乗り遅れたこと2回、約束の時間を守れなかったこと数知れず、とイヤな経験を繰り返しているうちにすっかりギリギリで動くことがイヤになった。
 
今では車で移動する場合も新幹線や飛行機の移動時も30分〜1時間の余裕を持って出かけるように心がけている。
これは全てが前倒しで突っ込み気味に生きているVAMPSの某ベーシストと入りの時間が大体いつも同じ、という現象が興味深くもおかしい(笑)。
もっとも呑気ともっとも短気な二人の行動パターンが似てくるのだから(笑)。
 
 
それでも不慮のアクシデントなどで稀に遅刻することがある。
その時も必ず誰かしらに連絡をつけることは忘れない。
幸い最近は「乗り換え案内」といったアプリのおかげで到着時間予想が正確にできるので、先方をハラハラドキドキさせることも少なくなった。
 

そんな僕なのではあるが、実は自分でとてもせっかちだと思っていることがある。
 
先のタイピングの話の続きなのだが、よく日本語入力モードになっていないまま書き出してしまいローマ字化した数文字を削除することが多い。
これは画面を見てないからというよりは、むしろ画面を見る前にもう打ち始めてしまっているからだ。なんたるせっかちさ加減であろうか(笑)。
 
エレベーターに乗った時にまず押すボタンは「閉」である。
その後に目的階の数字ボタンを押す。
わずか1秒未満の時間差なのだが、この方が効率が良い。
なので「閉」ボタンがついていないものが多い海外のエレベーターには非常にイライラさせられる(笑)。
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(Closeがついていない理由は「余裕を持つ文化だから」なのだそうだ)
 
また交差点を2回横断してはす向かいに行く時の信号のタイミングにも敏感だ。
チカチカ点滅していればダッシュで渡らないと「ちくしょう!」と必要以上に悔しくなる。
 
パソコンの操作にしても毎回メニューウィンドウを開いてコマンドを選択することに効率の悪さを感じてしまうので、積極的にショートカットを覚えるし、なければ自力で登録する。
以前はショートカットを自在に登録できるユーティリティーツールを使っていたし、ResEditというアプリケーション改変ツールを使って自分なりに改造していたこともある。
毎回1秒の差でも年間通して数万回の操作をする業務アプリであればその差は大きい。
 
DVD鑑賞する時はディスクを入れてからタイトルが出るまでにスキップできない1〜2分間というのがあるが、その時間を使って冷蔵庫から冷水と氷を取り出し焼酎グラスとボトルを用意しトイレを済ませてから着席するといった段取りが無意識にできあがっている。
 
意図してボーッとする時間はまったく気にならないのだが、意図せず待たされる時間は1分1秒でもイヤなのだ。
酒飲んでウダウダ過ごす数時間やゾンビゲームに費やす数十時間は全然平気なクセに、まことにもってワガママな性格であることも自覚している(笑)。
 
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(数ヶ月がかりで先日ようやくクリアーできた「ダイイングライト」で倒したゾンビ数3132体、総プレイ時間は78時間42分であった。そんな僕に多忙を主張する権利は一切ない(笑))
 

反面では効率を良くしようとするあまり、意図せず効率が悪くなってしまったことも多々ある。

半身浴の習慣がついたのは「バスタブに浸かっているだけの数分間」を効率良く使いたいと本を読みだしたことがキッカケだと思うが、風呂に入る時間が15分から1時間になったので、結果的に生活としての効率はだいぶ悪くなった。
近年になって「半身浴の効果ほぼなし!」という結論が出されたのと、老眼がひどくなってきて文庫本を裸眼で読むのがつらくなってきたこともあって、十数年に及んだ半身浴の習慣は終了した。
 
主要道路の渋滞をノロノロ進むのがイヤで裏道に入ってドツボにはまってかえって時間がかかってしまうことがあるのにも関わらず、ノロノロ渋滞がイヤで果敢にも裏道に突っ込んでしまうことがよくある。
確立された抜け道ならいざ知らず、見知らぬ土地でもやってしまうのだから始末に負えない。
 
全般的にダンドリをつけて行動するのが基本なのだが、時として「ダンドリ立ち往生」になることも多々ある。
スーパーで買い物をする時でも「軽いものから徐々に重いもの」とか「冷凍食品は最後に」といったマイルールに則って動いているのだが、これが何十年かかってもうまくいかない。
そのことに縛られるあまりに売り場をずっとウロウロしてしまい、次に何を買うかすら見失ってしまいがちだ。
(しかし「今日はどのビールにしようかな?」という場面では実に入念な検討をし無駄に時間を浪費しても一向に気にならない)
 
これだけ恥ずかしい時間の使い方をしていると「自分が忙しそうに見えてしまったら負け」ぐらいな精神構造になってくる。
 

ところで冒頭に挙げた「のんきとたんき」なのだが、これはのんきがたんきに一方的に文句を言っている歌であって、実際にたんきはのんきに一切の反論をしていないというのが面白い。
「勝手にしておくれ」と突き放してしまっているのんきの短気っぷり、ウィットに富んだ歌詞のセンスに今回初めて気がついた。
 
どんなにセカセカと忙しそうに動いている人であっても、家に帰ればくつろぐ時間もあるだろう。
そのくつろぐ時間を確保するために普段は効率と段取りにこだわって生きている、という考え方がもっとも幸せであるとも思うけれども、この両極にある二つの時間の使い方をもうちょっとセンター寄りにしていきたいと最近は思っている。
 
差し当たって酔っ払ってる時間を減らそうかと思う(無理)。
 
昨日から師走。
いろいろ忙しくなる方も多かろうとは思うが、忙しいと思った時ほどせめてココロにゆとりを持って過ごされてはいかがだろうか。