「君の名は」と続・略語について

2ヶ月ほど前に「何でもかんでも略すな!」とこのブログで世間を叱った。
おかげさまでその節は内外に様々な反響があり、「すみませんもうしません」とわざわざお手紙をくれる方までいたりして「いやいや好きにしてください」と思ったりもしたのだが、やはり世の中は相変わらず略語・略称で溢れかえっている。
 
 
話は変わるが先月の北米ツアーの時、バンドメンバーの間で映画「君の名は」の話題になった。
映画館で既に見ていたのが僕ともう一人、行きの飛行機で見たのが二人、まだ見てないのが一人。
誰がどこに当てはまるかはさして重要ではないので敢えて語らない(笑)。
 
結論として映画館で観た二人は「面白かった」という感想で、飛行機で見た2名は「つまらない」と意見がわかれる。
白熱の議論というわけではないものの、それぞれ思ったことを話したりしつつもまだ見てない一人が「まだ見てないんだけどなー」という雰囲気を醸し出す(笑)。
 
「君の名は」は本年度国内最大ヒットを今も更新し続けている映画なのでご覧になった方も多かろうとは思うが、現実的な描写が多々ありつつも完全なるフィクションだ。
 
「リアリティー」という言葉の定義をどこに置くべきかで物語の捉え方がまるで変わってくるが、身も蓋もないぶった切り方をするならば「ぶっちゃけ全部ウソ話」となる(笑)。
 
しかしそれが100%わかっていながらも設定や物語の時系列などを妙に知りたくなるような構成をしており、実際2回目の鑑賞では1回目ではわからなかったいろんな仕掛けが見えてくるという、なかなか心憎くもあり商売上手(笑)でもある映画となっている。
 
その会話の時に僕が無意識に話した別の話の一点にその場にいた全員が反応したのだ。
 
「まぁジブリ作品なんかもフィクションなのに現実っぽく感じる作品多いしね。魔女宅なんかが本当にヨーロッパのどこかにありそうな街並みに見えるのもクロアチアに実在する街を参考にうんぬんかんぬん……」
「え?ちょっと、魔女宅ってなに?」
「聞いたことないけど…」
「あ、もしかして『魔女の宅急便』のことを『魔女宅』っていうの?」
「そんな略し方する人初めてなんだけど」
「うん俺も初めて聞いた。」
「なんかヲタクっぽいねその略し方( ´,_ゝ`)プッ 」
 
えええええ!そうなの!?
(すんません25年以上魔女宅と言い続けておりましたm(_ _)m)
 
バンドメンバー全員このブログの存在は知ってはいるものの、熱心な読者というわけでもないと思われ、僕がその1ヶ月ほど前に略語・略称に対して苦言を呈したことを知る者、あるいは覚えている者はいなかった。
 
おかげでその時の空気はサラッと流れたのだが、僕の内心は顔から火が出るような恥ずかしい思いをしていたのだ(笑)。
 
「あああああ!略語のことを説教した自分自身がみんなに『なにそれ?』と言われるような略語をとっても普通にナチュラルに当たり前に使ってしまった!」と。
 
黙っていればバレなかったのだが、なんとなく白状しておく(笑)。
 

ところで略されないタイトルというものも当然ある。
「君の名は」なんてこれはもうどうにも略しようがなくて小気味のよいタイトルだ。
「シン・ゴジラ」もいい。
 
なんでもかんでも略されてしまう現代では「ざまーみろ略せないでやんの!わははのはー!」と囃し立てたくなるぐらいの快挙といってよい(笑)。
 
略されない最大のコツは言うまでもなく「短い言葉」であることだが、しかし少しでも隙を見せたら、例えば小沢健二がオザケンになってしまうのだから決して油断はできない。
 
 
それともう一つ、前回の苦言から2ヶ月間漠然かつ個人的に思ったことなのだが、、、
 
「Angel Trip」や「Vampire’s Love」といった英語名タイトルを「エントリ」とか「バンラブ」と略して言葉として発してみると、これがもうどうにも邦題タイトルっぽい響きになってしまうことに“残念感”のようなものを強く感じてしまうのではないか?といった考えに思い至った。
 
「スースク」にせよ、イカす映画のタイトルからは程遠い語感になってしまうようではないか。
 
これはもう作品への冒涜だ!
 
とまでは思わないにせよ、やはり略する側もちょっとした配慮をし、考えなしに発声する前に頭の中で一度シミュレーションをしてみて「この略し方はダサイかダサくないか、語感として気持ちいいか悪いか」の結論を出した上でシン・略語として申請するぐらいの慎重さで臨んでもきっとバチは当たらないだろう。
 
円滑なコミュニケーションと時間の短縮、それに言葉のバランスを考え、健全な略語文化を育んでいこうではありませんか!まったくもって大きなお世話だけど(笑)
 
……魔女宅はイイと思うんだよなぁ。うん。