TR-808

Roland TR-808
 
名前を知らない人は多いだろうけど、この音を知らない人はまずいないと断言できる。
 
発売から30年以上経った今でも日常的によく聴くリズムマシンサウンドだ。
 
しかしこの楽器は、発売当時の日本では残念なことに活路を見出せず、従来のリズムマシンの延長上としての用途でしか定着しなかった。
 
今思うにローランドという日本のメーカー品はこのパターンが実に多かった。
 
この808にせよその後の909にせよ、もっといえばベースシーケンサーTB-303、10万円台前半の廉価版シンセサイザーJUNO-106など、「名機」と呼ばれるまでに発売から数年を要したのは「日本人の誰もが名機たる使い道を思いつけなかった」からだと思う。
 
鳴かず飛ばずで生産が中止となり、中古品となって世界中に流れ、安価で購入した黒人ミュージシャンが「お、なにこれクールじゃん!」と斬新な楽器としての新たな手法や奏法を思いつき、そこでようやく楽器として息を吹き返す。
 
そのタイムラグ、実に数年。
 
そういった時代の経過を必要とする楽器であり、メーカーであり、日本製品であったように思う。
 

808といえば、僕が一番最初の事務所に入った頃には既にドンカマ、いわゆるクリックのほぼ専用機としてしか使われていなかった。
時代はサンプリング音源の過渡期。
ドラムとは似ても似つかないドラムマシンはそっぽを向かれていた。
 
SBX-80というシンクロナイザーとDINシンクというMIDIよりも優秀な精度のシンクロ方式で「キッコッコッコッ」と鳴らすためだけに、今からすれば贅沢すぎる808の実機を使っていたのだ。
(テンキーが通常の電卓とほぼ同じ大きさ。つまり巨大な電卓のようだった(笑))
 
それでも時々はクリック以外の用途、リズムパターンを組んで808サウンドを録音する時もあった。
その時に感じた独特の質感がとても好きで、小さなツマミで調整する音質は再現性も曖昧な上に“オペレーション”と呼ぶのもどうかと思うほどにぶっきらぼうな操作性だった(笑)。
 
当時のこういった電子機器は各メーカー間でろくに規格の統一もされておらず、海外からの輸入品には満足な日本語マニュアルすらなかった。
各メーカー好き勝手に決めた数値や用語をそれぞれ覚えなければならなかった。
 
それはそれで「機械を操作している感」がとても楽しく、その難易度に挑戦するかのようにシンセをいじり倒すことに生きがいを感じていたシンセ少年の自分にはとても良い時代だったのだろう。
不毛な単純作業を嬉々としてこなす日々であった。
 
まだこの頃は「マニピュレーター」という用語は存在せず、シンセサイザープログラマーが一般的な職業名だったと記憶している。 
 

それにしても一つのリズムマシンに特化した映画ができてしまうとは!
 
 
尚、映画やCDのリマスターのみならず、最近は楽器もHDリマスターのような復刻を様々なカタチで遂げるケースが多い。
 
ほとんどはコンピューターの画面内に再現される「エミュレート」といった方式によるものだが、同社から現代風に作り直されたハードウェアとしてリメイクされるといったケースもあったりして楽しい。
 
現代版の808とでも言うべきRoland TR-8 (51,840円也)
 
機械の正常進化とはこうあるべき!
 
と主張しているかのような未来風のルックスになっているのも興味深い。