たまにはシンセの話でも…その2

前回はグランツーリスモからお台場のガンダム立像まで話が脱線したが、いよいよ話を最初に戻してシンセサイザーの話題に戻ることにする。
 

 つい先日国産メーカーKORGからiOS版のiMONO/POLYが発売されたという嬉しいニュースを読んだ。
僕はこれのPC版を数年前既に購入しているのだが、ジッと見ていると欲しくなってしまうので見ないようにしている(笑)
それにしてもオリジナルのハードウェアよりも「できること」が大幅に増えており、4VCO×32音といった想像を絶するようなポリフォニックシンセにもなっていて、それでいて価格が2400円だというのだからビックリさせられる。
いくら原価がかからないとはいえ、iアプリはここまで不当に安くなければ売れてくれないものなのだろうか。
 
ハードとソフトのツーショット。当時(35年ぐらい前)それこそ徹夜していろんな音を作りまくったなぁ……
 
ソフトウェアである強みは音作りを視覚的に認識しやすい点だろう
 
しかし一見わかりやすく見えても、実のところシンセサイザーの一番の魅力である「ツマミをいじりながらイメージの音を作り上げていく喜び」という点に於いては、ソフトシンセは僕にとってはどうにも魅力的ではない。
画面のツマミをマウスでクリックしてもドラッグしても楽しいと思えないのだ。
 
操作している感の希薄っぷりたるや…
 
これがソフトシンセ最大の欠点であると思う。
あらゆるソフトシンセに対応した外部コントローラーも各種用意されてはいるが、どうも滾れないのが実情だ。
 

 
一方で別の流れも生まれている。
僕がここ数年VAMPSのステージで使っている同社「KRONOS」は、ハードウェアでありながらソフトシンセを内包しているというタイプの新しいシンセサイザーだ。
 
たくさんのソフトシンセが詰まっているという発想で作られたシンセサイザーである。
 
デジタル技術でアナログを再現し融合させることで新しい音作りを目指す方向性は素晴らしいと思う。
がしかし、やはり「ツマミを動かす快感」という点では、KRONOSのノブは心細い小ささだった。
「アナログっぽい操作」にそこまで重きを置いていないといえるだろうし、前述した外部コントローラーと大差ないと言っても差し支えないだろう。
 
できることが無限大に拡がっているデジタルシンセの利点は、できることが多すぎて直感的な音作りをしにくく、結果として音を選ぶことに終始してしまうという欠点にもなってしまうのだ。
まさに諸刃の剣である。
 

 アナログシンセの復活が切望されて久しい。
いよいよ原点回帰の方向に動き始めたのはここ数年のことだろうか。
 
前々回に紹介したソフトシンセのパイオニア的存在とも言えるArturia社から、まさかのハードウェアシンセが登場したのである!
Arturia MATRIX-BRUTE
 
往年の名機シンセサイザーをデジタル技術で数々蘇らせてきた実績を逆手に取り、まさかまさかのオリジナルのアナログシンセサイザーを発表したのだ。
見た目通りの無骨なルックスでありながらも、単なる懐古主義ではない最新技術が投入されていることも一目でわかる。
そして本体中央にある「いかにもデジタルシンセっぽいマトリックスパッチ」がアナログ化しているという暴挙!
アナログ要素をデジタル化してきた同社が、今度はデジタル要素をアナログ的なインターフェイスに作り変えてきたのだ。
 
※アナログとデジタルという言葉本来の意味は「連続」「不連続」であって、一般的に思われている意味とはだいぶ違うような気もする。
 
 
 
 
そしてふと楽器通販サイトを眺めてみれば、デジタルシンセに死滅させられていたアナログシンセがいつの間にやら安価な価格帯で復活していたのである。
 
この流れの傾向は大きく3つに分類できる。
 
○往年の名機の復刻版1(アナログを模したデジタルシンセ)
○往年の名機の復刻版2(Prophet5→Prophet6等の新ナンバリングの新型アナログシンセ)
○全く新しいコンセプトのアナログシンセ(前述のMATRIX-BRUTE等)
 
玉石混交。
いろんな製品が発売されているが、とにかく「ツマミをイジって大胆にも微妙にも音を自在に変えられる操作性」に重きを置かれている。
 
アナログシンセが今、熱い!
 

 
と、ここで話が終われば「元シンセ少年現中年の喜び」をぶちまけられて実に気持ちよく終われるところなのだが、残念ながらそういうわけにもいかない。
 
ここまで真面目に読んでいただいたみなさんの中には疑問を感じられた方もいらっしゃるのではないだろうか?
 
「シンセサイザーの魅力が『ツマミをいじって音を変える喜び』にあるならば、ではなぜそもそもその魅力を潰すようなデジタル化に向かってしまったの?」
 
そうなのだ。
無段階のツマミをあえて127段階の数値に区切り、やがて主要シンセからはツマミさえも消えてしまった。
それどころか鍵盤すらない「音源」にまでカタチを変え続けたシンセ。
なぜそのような方向に進化していったのだろうか?
 

これはイシバシ楽器に展示された「小室哲哉氏セットのイメージ」だが、これを毎回スタジオに移動してセッティングするのも大変だし、自宅に置くのはさらに大変極まりない。
これを極端に小さく実現してしまったのが「シンセのラック音源化」である。
 
丁度20年前、1997年頃のレコーディング風景。鍵盤は1〜2台のみ、後は全部ラックマウントされた音源というスタイルが主流であったし、それはソフトシンセが台頭する近年まで長らく続いたし、ついでに僕も長らくデブのままだった(笑)
 
 
「MIDI」という共通規格が提唱され各メーカーの機器がケーブル一本で結ばれるようになった。
それまではシンセサイザー1台毎に鍵盤がついていたが、鍵盤のない音源10台でも20台でも1台の鍵盤でコントロールすることが可能になった。
上の2枚の写真を比べると鍵盤8台あるイシバシ楽器の方がハデでカッコイイが、下のラックの中には20台以上のシンセが詰まっていることになる。
人間が手で弾くとなると2台以上を同時に弾くことは…よほどのことをしない限りはできないが(足で弾くとか頭で弾くとかする人がたまにいる(笑)、コンピューターに演奏させる分には同時に何十台でも演奏させることができる。
 
合理化、省スペース化といった理由だけではないにせよ、鍵盤楽器としてのルックスではないシンセサイザーやサンプリングマシンは長らく音楽制作現場を支配していた。
 
ところが、さらなる合理化に向けてシンセはもう一段階の進化を遂げていくのである。
 
しまった、まとまらなかった。
さらにつづく(笑)