月別アーカイブ: 2017年12月

極上音楽空間

黑ミサTOKYOを観た。
アップするのがやや遅くなってしまったが、至福の2時間半を両日共過ごせた感想を書いてみたい。
 
 
僕はもともとクラシック音楽が好きだ。
幼少の頃に与えらえた「絵本付きのクラシックレコードシリーズ」が大好きで、「白鳥の湖」や「はげ山の一夜」などは特に繰り返し聴いていたことを今でも覚えている。
小中高校生の頃にしても僕はロック少年をやっていたわけではなく、どちらかといえばアニメや映画が好きで自主制作映画をシコシコと作っているような「文化系男子」だった。当然聞く音楽にしても交響楽であったり劇判音楽が多かった。
以前書いたこともあるとは思うが「歪んだギターの音」が大嫌いだった僕のロックのきっかけは「ホラー映画のサントラがロックばかりだったから」だろう(笑)
 
前回のブログ「下積み時代」以降にしても、僕が大きく成長を遂げられたのはアニメ劇判関係の仕事が多かったように思う。
シンセサイザープログラマーという職業をしながらも、中西俊博氏や川井郁子さんなどのソリストの制作を手伝うことも多く、その影響で「サンプリング技術を追い込んだストリングスの打ち込み」だけで別現場に呼ばれるほどに一時期は自分の大きな武器にもなっていた。(その後ギガサンプラー系の出現で圧倒的物量によるクオリティーが自分の磨いてきた技術をたちまち駆逐することを瞬時に悟った)
 
つまり、クラシック楽器を中心に編成された今回のようなコンサートは大好物なんである。
 
「レントゲン」の制作プリプロは、まさに水を得た魚のように毎回の作業が楽しくて仕方がなかった。
非常に手間暇のかかったアルバムだったのでプリプロだけでも半年近くかかっていたのではなかっただろうか?
ロンドンでの本レコーディングには一度も連れて行ってはもらえなかったが(笑)、当時まだ非力だったインターネットの回線スピード事情の中で、TOKYOから修正データを送ったりの後方支援をしていたのが15年以上前の話となってしまうのだから、時の流れというものは恐ろしいほど早い。
 

という最低限のバックグラウンドを知っていただいた上での今回の黑ミサである。
当然レントゲン収録楽曲は思い入れが強い。
今回のラルク楽曲にしてもほぼというか全曲レコーディングに参加しているし、「戦場のメリークリスマス」を見たのは高校一年生の頃、YMO崇拝者の僕が当時はよく意味もわからずに何度も観た映画であることは周知の事実であるし、「DEPATURES」や「VAMPIRE’S LOVE」のピアノの難しさは自分自身が半ベソで練習してきた曲なのでイヤという程知っている。
つまり全曲に対して相当の思い入れがあるのだ。
 
さらに、これはちょっと奇妙に思われるかもしれないのだが、そんな思い入れのある楽曲をお客さんとして鑑賞できるというのは、やはり無責任でとてもよい(笑)。
ただ、同じ曲を演奏した経験がある分だけ、演者の気持ちになってこちらも緊張してしまう心持ちになってしまうのは避けられなかったけれども…(「ANGEL’S TALE」の冒頭から他の楽器が入ってくるまでの十数小節間の一人アルペジオがどれだけ緊張するかをyuki君と語り合ってしまった(笑)
 
それにしてもハイド氏の歌はどこまで広がっていくのだろうか?
引き出しの多さに加えて、引き出しの底の深さが未だに見えてこない。
どこまでもどこまでも漆黒の闇が広がっているのか、あるいは光が眩しすぎて先がずっと見えないのか、いずれにしてもキャパシティ−の予測がまるでつかない。
ヘヴィーなロックサウンドはもちろん、今回のような厳格なスタイルのバックでもたちまち曲ごとに違う自分色に染めてその場を統率してしまう。独唱をすれば紛れもなく空間全体、回線を通して全国の劇場までをも瞬時にジャックしてしまう。
今年のチリライブで世界に伝播したあの感動は記憶に新しいことだろう。
 
時として怖く感じることもある。
音楽の女神ミューズに例えられる方も多いとは思うが、全ての音を支配するモンスター的な凄みも同時に感じるからだ。
 
美しく壮大で圧倒的な力量による演奏と歌のコンサート前半は、ずっと鳥肌がたちつつも、やはりどこか緊張しながら聴いていたのだと思う。
手放しに感動しているのではなくて、全方位に対して鋭敏に音楽を感じ取っているような?
 
 
そしてもう一人の天才、kenちゃんの登場で会場の雰囲気が一変する。
「Hurry Xmas」がkenちゃんの一曲目という曲順も素晴らしかった。
黒とか白といったくっきりとしたイメージの曲たちから、一気にステージが彩り鮮やかな虹色に広がる。
それにしても、僕はこの人ほど楽しそうにギターを弾く人を他に知らない。
楽曲を知り尽くし、ギターを知り尽くし、その上で自分色を存分に出しながら、時にトリッキー、時にクレバーなスケールを行ったり来たりしながらも、気がつけば完璧に着地している緻密なギター。
簡単そうに超絶早弾きプレイをしたかと思えば、一つの音を優しく愛でるようにソッと奏でたりする。
 
HYDEからhydeにチェンジするように、ハイド氏を含めてそれまでの荘厳な雰囲気の会場が“楽しい音楽の時間”に変わっている。
呼吸ピッタリのMCと言ったら語弊があるのかもしれないけれども(笑)、とにかく二人の掛け合いは見ていてとても楽しい♪
 
「winter fall」の意表をつくようなアレンジにドキドキさせられる。
「MY HEART〜」の歌詞と現状が、ハイド氏のみならず自分にもクロスオーバーしてしまい、思わず涙が溢れてしまう。とてもじゃないけど一緒に歌えない。
「forbidden lover」のイントロのスネアロールで制作当時の記憶がフラッシュバックし、間奏のストリングスで再び涙が溢れてくる。
「星空」の舞台装置の美しさと高らかな歌声に歓喜をし、「未来世界」のハイド氏の涙に呼応するように嗚咽が漏れる。ある日を境に、あの歌を歌うと自然に涙が出てきてしまう体質に変化をした僕には、ハイド氏の涙の理由がわかるような気がする。
 
気がつけば終演。全18曲、あっという間の2時間超えの極上音楽空間だった。
 
今年がまもなく終わろうとしているが、こんなにも素敵で素晴らしいステージが今年最後のコンサートとなってくれて本当に嬉しかった。
 
明日からきっとまた頑張れる。
そして来年もきっとまた頑張れる。
 
最高の音楽に幸あれ!

下積み時代

仕事をしていく上で、誰にでも下積み時代というものがある。
「今まさにその最中です」という人もいることだろう。
僕らの職業などは一生下積み時代を重ねているような職種でもあるので、左団扇とか窓際族とか安泰といった言葉とは縁遠い世界のようだ。
なにしろ時代の進化に伴って積み上げた技術が全部不必要になったり、時代の流れによってたちまち需要のなくなってしまう知識などが職業の多くの範囲を占めていたりするからだ。
 
クラシックの音楽家になるのはとても大変なことだし、技術を維持することはさらに大変だけれども、バイオリンの弦がある日を境に5本になって新たなる演奏技法を身につけなければならないことはないだろうし、モーツァルトのピアノソナタ11番の解釈が変わることもないだろう。(と書いて一応調べてみたら既に6弦までのバイオリンは存在するらしいし「ヴィオラダモーレ」という7弦のバイオリンのような楽器まで存在するらしいが、いずれにせよクラシックというジャンルに於いてはおそらくどれも必要はないだろう)
 
新しい技術をウリにした職業はずっと新しい技術の習得に苦しめられる。
というわけで生涯下積みが続くような職業というのは案外多いと思われるのだが、僕にとって精神的に最も過酷で辛い日々、いかにも「下積み時代」と呼ぶにふさわしい一年間があった。
ラルクやハイド氏に出会う5年も6年も前の頃、最初の事務所を辞めて次の事務所に入るまでの「ひたすら通信カラオケ時代」の期間だ。
 

すっかりお馴染みのDAMやJOY SOUNDといった通信カラオケを利用する方も多いと思うが、僕はあのシステムが確立していく創世記にデータ入力要員として関わっていた。
社名は伏せるが当時乱立していた数ある中の一社だ。
 
ところでみなさんはああいった通信カラオケはどのような仕組みで音楽が流れているかご存知であろうか?
ここ10年で生音源化が進んだ通信カラオケらしいが、当時はお世辞にもゴージャスとは言い難いチープな伴奏音であったことを覚えている方も多いだろう。
アレは誰かがオリジナル曲を耳で聞いて一音一音入力していって完成させたMIDIデータというものだ。
ドラムをドンタンドドタンと入れ、ベースをヴヴヴヴ〜ン♪と入れ、ギターをキュイーンと似せて入れ、なぜか牧歌的な音のガイドメロディーを入れる。その他ブラスやらストリングスやら入っている音は全部同じように入れる。
それらを入れている誰かの一人が僕だった。(念のためチープな音だったのは打ち込んだ人間の責任というよりは、その時代の技術の限界であった)
 
(当時主流だった「カモンミュージック」の入力画面。慣れてくると画面はほぼ見ずに譜面だけを見ながら入力できるようになる)
 
にわかには信じられないかもしれないが、当時僕らはラジカセを使ってカセットテープに録音されたオリジナル曲をひたすら巻き戻しては繰り返し聞きながら譜面を書いたりデータ入力をしていた。
そんな原始的な方法しかなかったし、機材面では随分進化した現代でも、耳でコピーをする基本はあまり変わっていない。
色を見て「赤」と判断するように、音を聞いて「ド」と判断する。
言うほど簡単なことではないが、楽曲を分解し再構築する作業が通信カラオケの仕事だった。
 
この仕事はデータ提出の他に「自分の耳で音を取っていることを証明するために手書きの譜面を提出すること(コピー不可)」というルールがあった。
たいていの人はお義理程度のメロディー譜面にせいぜいコードを書いたぐらいの手抜き譜面を提出していたし、発注先もそれ以上のものは求めていなかった。
しかし当時の僕は13段のスコア譜面にビッシリとおたまじゃくしを書き込んで毎曲提出していた。
 
どうせやるのならば自分のスキルアップも兼ねてと思ったのか、前事務所の編曲師匠にもらった大量のスコア譜の使い道がなかったし新たに段数の少ない五線譜を買うのももったいないと思ったからなのか(当時は笑っちゃうほどビンボーだったのだ)、あるいはただの気まぐれではじめてしまったことなのかまでは覚えていない。
とにかく求められていないクオリティーの譜面起こしをずっと続けていた。
 
朝起きてから夜寝るまで、アパートにずっと引きこもってラジカセを操作しながらひたすらフルスコアーを書き上げ、完成したらその楽譜を見ながらPCに音を入力する日々を黙々と続けた。
あまりにも単調な毎日なので昼は1時間かけてご飯を作って食べていた。それが自分に許された唯一の「合法的な休憩時間」だったからだ。おかげで「男の一人暮らし料理」のバリエーションはこの一年で大幅に増えた。
 
 
結構な仕事量にも関わらず、この仕事の報酬は非常に安かった。
随分あとに聞いた話なのだが、大元のメーカーの発注額は一曲の制作費用として20万円を支払っていたそうだ。
世の中バブル時代、今では考えられないようなお金が世の中を回っていた(自分的には最もビンボ時代であったわけだが)。
 
しかしその発注を受けた会社はお金を抜いて一つ下の会社に再発注をしていた。
いわゆるトンネル会社である。
その一つ下の会社が人材を集め仕事を管理していた……かといえばそうではなく、ここから何社も何社もトンネル会社が関与し続け……最終的に僕らに支払われる末端価格は「一曲2万円」まで下がっていた。
90%の18万円は悪徳な人たちに搾取されていたのだ。
 
ひどい話でしょう?ヽ(`Д´)ノ
 
(誰だおまえは?)
 
その2万円を得るために最初は4日も5日もかかった。
日給にして4~5,000円、時給にしたら……400円以下?
厳密には四六時中仕事をしていたわけではないが、集中力などの自己管理を含めてまるでダメだったのでやたら時間がかかってしまっていた。
「ヤバい。このペースで仕事をしていたのでは月に15万円も稼げないではないか!」ということに気がつき、尻に火がついた。
幸い通信カラオケ創世記、仕事は数万に及ぶ楽曲数が求められており人材は常に不足していた。
単純に仕事の効率が倍になれば収入も倍になる。
譜面書き、耳で聞き取る能力、データ入力スピード、これらすべてを飛躍的に向上させる必要性に迫られた。
最終的にそれらの能力は何倍にも上昇したのだが、ところがそうなってくると今度は「より難しい曲」ばかりが僕のところにふられてくるようになった。
初回の再生でコード進行とドラム譜ぐらいはおおよそ書けてしまう簡単な演歌などはまったく来なくなり、難解な曲ばかり担当させられるのだ。
B’zのギターソロの速さを真剣に呪ったりもした。
 
そんな生活が1年近く続いた。
結果として僕は音楽の構造を根本から理解できるようになり、それまで苦手だった編曲の手順や音の使い方、ハーモニーやテンションといった数段階上の音楽理論が閃くような「武器」を手にすることができた。
耳で聴いて譜面に起こすことこそが音楽を理解する最短ルート、僕は回り道に思えた近道を歩んでいたのだ。
100曲以上の譜面起こしと耳コピの日々は、後に想像以上の宝物となってくれた。
 
 
今でも悪徳な人たちの搾取話はムカつくけれど、もしも一般的なパーセンテージである例えば20%を手数料として引かれた残りの80%を得られていたら?と考えると……それはそれで自分の血や肉にはなってくれなかったのでは?と思ったりもする。
もしも1曲完成させて16万円もらえていたら、月に2曲作業するだけで十分に食べていける。
ナマケモノの自分は「10曲やって160万円の月収」は目指さず、32万円で安穏と生活してしまったような気がするのだ←自分のことは自分が一番わかっている(笑)
 
つまり腹がたつことではあるけれども「1曲2万円しかくれなかったからこそ得られたスキル」とポジティブな考え方ができるのだ。
 
悪徳業者さんありがとう!(・∀・)
 
とは意地でも思いたくはないけれども、そういうことなのだろう(苦笑)
 
 
その後ほどなくして2つ目の音楽事務所に所属することが決まり、通信カラオケ入力の日々から解放され、めでたく下積み時代を終えることができた。
気になるこの事務所のパーセンテージも20%だと聞かされさらに安堵した(笑)
 
この1年間で得られたスキルを活かしてバラ色の音楽生活を手に入れるぞ!
 
しかし……事務所手数料が20%なのではなく自分の取り分が20%だったという、まるで一休さんのとんちのようなだまし話だったということを知ったのは、最初の報酬が振り込まれその額のあまりの少なさに驚愕することになる数ヶ月後のお話である。
 
マヌケな自分はまたもやひっかかってしまったのだ。
 
こうして僕の下積み時代はさらに2年間延長されたのであった(´_ゞ`)ちーん 
 
 
その後の自分がどうなったかというと……当ブログのこの回に続くことになる。

恐怖!血を吸う鋏

今日は中世ヨーロッパの拷問道具として考案された悪魔的なハサミの話……をしたいわけではない。

ケチのつき始めはずっと使ってきたハサミがいよいよ切れなくなってきたあたりからだったろうか。
考えてみればハサミや定規といった文房具は使っていてもほぼ消耗をしないので、壊れない限りはいつまでも使える。
ペン立てに入れて時々使っていたごくごく平凡なハサミだったが、何の手入れもせずに使い続けていたらさすがに切れが悪くなってしまったわけだが無理もない。おそらく30年ぐらいは使っていたような気がするからだ。

そんなわけで久しぶりにハサミを購入したのだが、新しいハサミの値段は108円。言わずもがな近所のDAISOである。
特にこだわりなく「よく切れる!」という迂闊には信用できないコピーを鵜呑みに信じて適当なデザインのものを選んだわけなのだが、このハサミが予想に反して実に鋭い切れ味をしていた。
サクッと小気味よく紙に入る感じ、段ボールなどの厚い紙も難なく切れるのはまことに結構なのだが、逆に今までとは力加減がだいぶ異なり扱いが難しい。

通販箱の開封時など、透明で強力なビニールテープを切るときはハサミの持ち方を変える。
片側の刃を持ってもう片方の刃をカッターナイフのようにブスリと刺すわけだが、今までのハサミと同様の扱い方、同様の力加減で実行したところ、右手の中指をザクッと切ってしまった。
30年選手だった以前のハサミは刃先に指をスライドさせてもケガをすることはなかったのだが、今度のハサミはそうはいかなかった。
指先は……切ってみるとよくわかるのだが、とてもとても痛い。(>_<)
そして他の部位とは比較にならないほどにバンドエイドの違和感がハンパない。
お箸を持っても車の運転をしていても気になる。

加えて右手の中指は、これもケガをしてみてつくづく実感したのだが「よく使う指」だということだ。
PCのタイピングはもちろんのこと、トラックパッドやカーソルキーの操作は人差し指以上に使うし、プレステのコントローラーだとレースゲームでアクセル操作をする重要なR2ボタン専用指ではないか!アクセルを踏むたびに指が痛むのでゲームを楽しむこともできない(やらなければよいだけの話だが)

お風呂で頭を洗う時も割とメインで使っていたり、足の指の間をこするのも右中指を使っていたのかーと改めて気がつかされる。

日常で頻繁に使う指なので、治るのにも時間がかかる。
そんな不便な数日を過ごしていたのが先々週あたりのこと。

親知らずを抜いてその後数日ほっぺが腫れたりと、よくよく思えばさんざんな一週間を過ごしていたのである。(あ、親知らずはその後腫れも引き、口も大きく開けられるようになりました♪)

そして昨夜、通販の箱を開封するために透明で強力なビニールテープを切る必要が再び生じた。
同じ轍を踏むまいと慎重に取り扱うべきであったのに、全く同じことを繰り返してしまい再び指をザックリ切ってしまった。
2週間前のことをすっかり忘れてしまったのである。ただのバカである。
しかもお酒を飲みながら愉快な映画を見終えてハッピーな気分だったのが災いした。
なかなか血が止まってくれない。(>_<)

「いててて……」とバンドエイドを貼りながら強く思ったことは、、、

「これで傷が治ったらまた忘れてしまいそうだからブログのネタにしておかないとまた繰り返すぞ?マヌケな自分よ」

というかなり私的な理由だけで恐怖の血を吸うハサミについて書くことにした。

明日また宅急便が届く予定があるので、こんな時間ではあるがブログを更新しておく。

今このタイミングで他にすべき内容があるだろうに?と重々承知はしているのだが、やらずにはいられない自分が嫌いではない(笑)

主観と客観

VAMPS LIVE XVII UNDERWORLDを見た。
 
 
再生ボタンを押してまず流れるオープニングSEを聴いて「あ、このSE聴くの一ヶ月ぶりだ」とふと思う。
今年数十回も聴き続けたノイズとトランシーバーの声で始まるこのSE、なにげにマイナーなアップデートをツアー中に繰り返しており、最終バージョンになるまで7回もの微調整がされ続けていたことに気がついた人は誰もいないだろう(笑)
ちなみにDVDに収録されているのはバージョン6で、アメリカツアーの途中に最終のバージョン7になったという経緯がある。
 
♪ジャージャッ!というアタック音と照明が完全にシンクロした演出効果が印象的でもあるオープニングなのだが、実はこの照明は手動で操作されていた。
プロの技術って凄いでしょう?
ここで唐突にクイズ。どうやって前ぶれなくやってくるアタック音に照明を合わせていたのでしょうか?
 
1.何百回も音源を聞き込み完璧に体にタイミングを叩き込む
2.気合いと根性で乗り切る
3.かなりアナログかつ原始的手法を用いて操作している
 
答えは……そのどれもである(笑)
 
さすがに何の術もなく気合いや根性だけでは乗り切れないが、気合いや根性はやはり必要だし、繰り返し体に操作を叩き込むのは専門職の基本である。
種明かしをすればテンポ感のないサウンドエフェクトのように聞こえても、実際は音楽的に一定のテンポで作られており、照明さん専用のガイドクリックを聞いていたのだ。
「キッコッコッコッジャージャッ!」といったタイミングを計りながらの操作というわけだ。
 
他にもステージ演出的にドラムカウントなしで始まる曲の場合は照明と音を完全一致させて曲をスタートさせる必要があるために「照明さん専用のガイドクリック」はこれまでも複数曲存在していた。
なぜそんな裏事情を知っているのかといえば……なんのことはない、照明さんに頼まれて僕が作ってきたからである(笑)
 
 
続く一曲目の「UNDERWORLD」を見終わった時点で早くも「このライブ映像は過去最高のデキなのでは?」と思ってしまう。
画質や音質が良いのはもちろんのこと、何といったら良いのだろうか?……「主観」と「客観」のバランスがとても素晴らしいのだ。
 
サポートメンバーのカット割一つにしても、とても考えられているというか、「うわ!そのタイミングを写してくれてありがとう!」と見ていて何度も思ってしまった。
演者の気持ちというか、カユイところに手の届く絶妙な映像の切り替わりの連続にすっかり興奮してしまう。
 
そして音のバランスも、実に「主観」と「客観」が意識されていることがわかる。
例えばUNDERWORLDのライブバージョン部分と呼ぶべきパート、最後回サビ前の観客を煽る間奏的なループ部分、ここは3回目からJu-kenのエフェクティブなベースのリフが始まるのだが、実際のバランスよりも明らかに大きい。
音楽的には「これはちょっと大きすぎなんじゃ?」と思えるかもしれないが、やはりライブ映像的にはとても正しい絶妙なバランスとなっており「観客の心理的視聴レベルはこれぐらいに聴こえているのだろうなぁ…」と確信できるのだ。
 
 
「REDRUM」の歓声などもその辺りのバランス感覚が凄くイイ!
我々演者はイヤーモニターをしているので、実際観客の声というのは演奏中はほとんど聴こえていない。
ライブ映像を見ることこそが、可能なかぎり一番近いバーチャルなライブ経験となるわけだが、この臨場感のリアルさ加減は本当に素晴らしいと思った。
 
そして「EVIL」でのハイド氏の悪魔的なVampire’s EYE。妖しく光る目の光量がアングルによって増減するのだが、弱く鈍い光も、強烈に放たれた眼光も、どちらも最恐の瞳の輝きで、まさにハリウッド映画以上のリアリティーを感じた。
まぁハリウッド映画はあくまでもツクリモノなのに対し、こちらは単純にホンモノを写しているだけなので、リアリティーに差が出るのも無理はないのだが。……(笑)
 
 
言うまでもなくこの作品の主役はVAMPSの二人であることは間違いないのだが、時として観客が主人公になる瞬間もある。その主客転倒とも言えるタイミングや分量がまた絶妙なバランスで配置されている。
観客からの主観である「ステージ上」と、ステージ上から見ている我々の主観=観客的には客観(ややこしい)が高次元で融合しており、ハイド氏のよく言う「ライブはセックスだ」という相乗効果的作用を映像から感じられるのだ。
 

いかん!まだライブが始まって4曲目なのにもう文字数オーバーとなってしまった。
この続きは是非ともDVDやBlu-rayで確認してほしい。
 
これは究極のライブ映像かもしれない
 
活動休止となるVAMPSではあるが、「本当にカッコイイバンドだなぁ……」としみじみ思える。つくづく思える。
 
まだ買ってない人は、、、買ってね❤️
 
 
おぉ!なんとストレートな販売促進ブログなのであろうか(笑)

回り道

今日は僕の2つの特殊能力を自慢しひけらかしドヤ顔をしてみたいと思う。
自慢話をクドクドと聞かされるのが苦手な人は読まないほうがよいだろうと予めことわっておく(笑)
 
 
1.回り道をするのが好きだ
 
いま住んでる家は最寄駅から20分ほど離れた場所にあり、最短ルートを行くならば住宅街を抜けゆるい坂道を登り再び住宅街の中を突っ切って行くルートになる。
しかしどうにもこのルートは歩いていてときめかない、味気がない。
なので敢えて回り道をして一旦公園の脇に出てから川沿いの遊歩道を歩いている。
四季折々の景色、静かな川の音、空も広く見えるし車の往来もない。信号もないので一定のペースで歩くことができるのは純粋にウォーキングにも適している。
 
当然遠回りとなるので用事がある場合は早めに家を出なければならないわけだが、逆に言えば家を早く出さえすれば退屈な風景の駅までの道が、一転してきれいな景色をのんびり楽しみながら歩く時間に変化してくれる。
 
一分一秒を争う毎日の通勤ルートとなるとそんな悠長なことも言ってられないのだろうけれど、ギリギリの時間で行動するよりは余裕をもって早め早めに動いた方が、結果的な時間効率は良いようにも思う。
 
ちなみに最近は道のあちこちにあるマンホールを観察し、それぞれの役割について考えながら歩いている。
(ひらがなで書けば汚くないイメージになるんだろうけどなんか違う気がする)
 
 
2.反復するのが苦ではない
 
例えば映画。面白かった映画は何回でもリピート鑑賞をしてしまう。
100回以上リピートした作品となるとさすがに「うる星やつら2」と「ゾンビ」の2作品のみとなってしまうが、10回以上見た映画となるとゴロゴロ出てくる。
そもそも僕がDVDを購入する基準が「今後の生涯で最低5回はリピートするであろう映画」なのだ。
つまり4回未満と判断した映画は買わない!が基本だ。
と言いつつ1回しか見てないDVDも結構あるが、5回どころか10回15回見た作品はそれ以上にある。
 
近年さすがにそこまでリピートする作品は少なくなってきたものの、「シン・ゴジラ」「アイアムアヒーロー」などはどちらも劇場で2回、ブルーレイで既に4回は見ているし今後もジワジワと回数を増やしていくだろう。
「MAD MAX」「ウォーキングデッド」なども相変わらずちょいちょいと見直してしまう。
(そういえばいつの間にかウォーキングデッドの感想をツイートしなくなったのはリアルタイム視聴をしてなくて世間様とのズレを申し訳なく思ったからだ(笑)
 
逆に新しい映画を軽い気持ちで見ることは苦手だ。ついつい自分の知っている世界を繰り返すことが優先されてしまうようで、そういった意味ではHuluやNetflixといった映画配信サービスを積極的に有効利用しきれていない自覚はある。
 
 
本や漫画も好きな作品はそれこそ数十年にわたって何十回でも読み直す。
阿刀田高や筒井康隆の小説はその淀みのない文章に魅せられ、あるいは中島らもや景山民夫のエッセイはその巧みな仕掛けと卓越した笑いのセンスを何度でも味わいたくて読み返す。
面白い作家を見つければとことん追いかけて目につく限りは読み倒し、そして何度でも読み返す。
しかし映画同様新しいきっかけを得るのは苦手だ。「直木賞受賞作」や「話題の問題作」といった程度では僕の琴線を響かせることはできないようだ。
 
 
そんな読書の仕方なので当然触れる作品数や巡り会う作家には限りがある。
一般的に「本の虫」と言われる人はとにかく新しい本を読み続けないとダメなタイプの人のことを指すようで、年間100冊とか200冊といった読書量がその基準となっているらしい。
 
僕の読書量にせよ映画を見た数にせよ全然たいしたことはないが、好きな作品はかなりの詳細にわたって詳しく説明することができる。
「バックトゥザフューチャー」で時計台に雷が落ちたのは1955年11月12日午後10時4分であるとか、インディアナジョーンズが最初に乗っていた飛行機のお腹に書かれた文字はOB-CPOであるとか、「ジュラシックパーク」の管理システムはMachintosh Quadra700であったとか、「マルサの女2」で特殊効果助手を担当していた若者の名前をメイキングで見て覚えていて、その20年後「三丁目の夕日」とか「永遠の0」の監督と同名だったので調べてみたらやっぱり同一人物だったことがわかったりとか(ちなみに山崎貴監督)、そんなどーでもいいつまらないwikiを覚えてしまい忘れない。
 
特技のように思われるかもしれないが「一度見たら忘れない」といった能力ではなく、単純に繰り返し見ることによって覚えてしまっているだけの話であるし、特になんの役にも立たない。
 
映画も小説もリピートして「なにか創作のヒントになるかな?」といった研究心や向学心があるわけでもなく、ただ単純に見たいから見る、読みたいから読んでいるだけなんだと思う。
つまり「気持ちがいいから」「楽しみたいから」という純粋な欲求でしかないらしい。
 

どちらも現代社会では否定されてしまう行動原理になるように思う。
最も短時間、最も短距離を追求し時間をコントロールしマネージメントする。
いかに反復せずに学習効率を上げるか、いかに効率良く必要な知識を詰め込んでいけるか。
新しいものを吸収し続ける姿勢と実行力が問われている。
 
そう考えると僕はまさに対極を突っ走るダメ人間ということになるだろう。
あるいは「新らしもの好き」の正反対、「新らしもの嫌い」の偏屈オヤジなだけかもしれない。
しかし一つ違和感を覚えるのは、こうした傾向が加齢とともに芽生えてくる一般的な「ノスタル爺い」とは違い、僕はかなりの幼少期からこういった姿勢が顕著に表れていた。
回り道能力の達人、反復力歴数十年のベテランである。
 
繰り返し言うが、特になんの益もない。
そんな効率の悪い人間なのだが、なにか良い方向への作用もあるかもしれないぐらいに思っている。
 
「回り道は近道」という自分にとって都合の良い言葉を見つけた。
「急がば回れ」の精神で今後も精進したいと思う。
 
 
昨日Huluに「ゼロ・グラビティ」があるのを見つけた。
今夜あたり焼酎のお湯割でも飲みながら鑑賞しようかな……4回目になるけど(笑)

VAMPS活動休止を受けて

一昨日の夕方に発表されたVAMPSの活動休止について、僕からもいろいろな思いを書き綴ってみたいと思う。
 
9年間VAMPSのサポートメンバーをやらせていただいた。
元々ライブには無縁の、スタジオ専門のただの太ったマニピュレーターが、素人感丸出しでステージにノコノコと上がったのはHYDEソロ時代、2006年のFAITHツアーの時だった。
あまりに顔にしまりがないのでスリップノットのような仮面を被り、あまりに身体がふくよかだったのでダブダブのつなぎを着てごまかし、無茶なステージングをやる謎のキーボードを演じきることで、なんとか長いツアーを乗り切ったようなものだった。
 
(当時使用していたマスク。経年変化ですっごくイイ感じに朽ちてきているけど、あ!オオトリ様?)
 
その後1年間のブランクを経て今度はHYDEソロではなく、プロデューサーのK.A.Z氏とのユニット「VAMPS」が結成された。
元々FAITHツアーのステージ経験は、人生のご褒美的なことのような気がしていたので、当然VAMPSでは再び裏方に戻るつもりでいたような気がする。
しかしハイド氏に「VAMPSでもオンで行こうよ……でもさぁ、これを機会に痩せたらどう?」と言われる。
 
そうなのだ、デブのロックミュージシャンが悪いとは言わないが……自分で一番実感することはデブのステージングはとにかく身体への負担が大きい。激しいヘドバンといったパフォーマンスをするにしても、より大きな負荷が首や腰にかかることになる。
現にFAITHツアー時の僕は慢性的かつ深刻な腰痛を患っており、ライブ本番の30分前に痛み止めのボルタレン座薬を毎回打っていたぐらいだった。
可能な限り身体への負担を軽減したい、と思ったのが結果的に24キロ減量のきっかけとなった。
 

 

(2008年VAMPSの最初のツアー)
 
9年経った今でも、変わらず62キロ(これは自分が高校一年生の時と同じ体重でもある)を維持できている。
つまり結果として僕はVAMPSのステージに立てたおかげで「健康」を手にすることができた。
人生的にはもうそれだけでも感謝感激の大きな出来事になるだろう。
しかしそれだけではない。僕にとって他にもあらゆる福音の数々をもたらせてくれた。
 
日本全国津々浦々、桜咲く港町、真夏の砂浜、古都の紅葉、あのドラマそのままの雪国、そんな風景を楽しめた。
また、大きなロックフェス、単独野外フェス、国内最大の仮装パーティー、翌朝はスキー教室?(-“-)といった様々な形式でのライブ経験もたくさんすることができた。
 
国内に限らず海外にもたくさん同行させてもらった。
アメリカ、イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、メキシコ、ブラジル、チリ、アルゼンチン、インドネシア、中国、台湾……
特にアメリカはテンピとかデンバーとかピッツバーグといった、VAMPSに関わってなければまず行くことのないような一般的な観光とは無縁の街をたくさん訪れることもできた。(ピッツバーグにはいつかゾンビ目的とロメロ氏のお墓まいり目的だけで行ってみたい)
 
音楽的にもたくさんの人々に出会い触れ合い謳歌した。
(え?「ナッシング・モア」がグラミー賞で3部門ノミネートですって!?俺セクブラで一緒にユニゾンパーカッションしたことあるんだぜーうぇーい)
 
そして一生お付き合いが続くような大切な友人や仲間がたくさんできた。
 
長い音楽人生の中でも最高の9年間だったと言い切れる。
 
 
あと1年、10周年までは止まらないだろう…とは思っていたけれども、今回ここで一旦活動休止となった。
しかし残念といった感情はあまりなく、今はただ「とりあえずお疲れ様」という感情と、全方位に向けての感謝の気持ちしかない。
 
VAMPSのお二人、一緒に演奏してきたサポートメンバーのお二人、スタッフの皆さん、事務所の皆さん、9年間ありがとうございました!
 
そして、応援してくれたみなさんにも最大限の感謝をしたいです。
 
どうもありがとう!
 
みなさんと同じく僕も、充電を終えたヴァンパイアたちの最恐の復活を待つことにしよう。
 
ではその日まで。
さらば、バイバイよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
……と雲隠れしてしまうのも潔い気もするのだが、僕に関してはまずやり残したことをやっておきたい。
 
僕ができること、僕にしかできないこと、そしてなにより僕のやりたいこと、やりたかったこと。
 
今はそれらを実現すべく、水面下でなにやら不穏な動きをしている毎日である。
親知らずを痛がっている場合ではないのだ。(まだほっぺが腫れてるけど)
 
というわけで、、、
当ブログの引き続きのご愛好をよろしくお願い致します♪