VAMPS活動休止を受けて

一昨日の夕方に発表されたVAMPSの活動休止について、僕からもいろいろな思いを書き綴ってみたいと思う。
 
9年間VAMPSのサポートメンバーをやらせていただいた。
元々ライブには無縁の、スタジオ専門のただの太ったマニピュレーターが、素人感丸出しでステージにノコノコと上がったのはHYDEソロ時代、2006年のFAITHツアーの時だった。
あまりに顔にしまりがないのでスリップノットのような仮面を被り、あまりに身体がふくよかだったのでダブダブのつなぎを着てごまかし、無茶なステージングをやる謎のキーボードを演じきることで、なんとか長いツアーを乗り切ったようなものだった。
 
(当時使用していたマスク。経年変化ですっごくイイ感じに朽ちてきているけど、あ!オオトリ様?)
 
その後1年間のブランクを経て今度はHYDEソロではなく、プロデューサーのK.A.Z氏とのユニット「VAMPS」が結成された。
元々FAITHツアーのステージ経験は、人生のご褒美的なことのような気がしていたので、当然VAMPSでは再び裏方に戻るつもりでいたような気がする。
しかしハイド氏に「VAMPSでもオンで行こうよ……でもさぁ、これを機会に痩せたらどう?」と言われる。
 
そうなのだ、デブのロックミュージシャンが悪いとは言わないが……自分で一番実感することはデブのステージングはとにかく身体への負担が大きい。激しいヘドバンといったパフォーマンスをするにしても、より大きな負荷が首や腰にかかることになる。
現にFAITHツアー時の僕は慢性的かつ深刻な腰痛を患っており、ライブ本番の30分前に痛み止めのボルタレン座薬を毎回打っていたぐらいだった。
可能な限り身体への負担を軽減したい、と思ったのが結果的に24キロ減量のきっかけとなった。
 

 

(2008年VAMPSの最初のツアー)
 
9年経った今でも、変わらず62キロ(これは自分が高校一年生の時と同じ体重でもある)を維持できている。
つまり結果として僕はVAMPSのステージに立てたおかげで「健康」を手にすることができた。
人生的にはもうそれだけでも感謝感激の大きな出来事になるだろう。
しかしそれだけではない。僕にとって他にもあらゆる福音の数々をもたらせてくれた。
 
日本全国津々浦々、桜咲く港町、真夏の砂浜、古都の紅葉、あのドラマそのままの雪国、そんな風景を楽しめた。
また、大きなロックフェス、単独野外フェス、国内最大の仮装パーティー、翌朝はスキー教室?(-“-)といった様々な形式でのライブ経験もたくさんすることができた。
 
国内に限らず海外にもたくさん同行させてもらった。
アメリカ、イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、メキシコ、ブラジル、チリ、アルゼンチン、インドネシア、中国、台湾……
特にアメリカはテンピとかデンバーとかピッツバーグといった、VAMPSに関わってなければまず行くことのないような一般的な観光とは無縁の街をたくさん訪れることもできた。(ピッツバーグにはいつかゾンビ目的とロメロ氏のお墓まいり目的だけで行ってみたい)
 
音楽的にもたくさんの人々に出会い触れ合い謳歌した。
(え?「ナッシング・モア」がグラミー賞で3部門ノミネートですって!?俺セクブラで一緒にユニゾンパーカッションしたことあるんだぜーうぇーい)
 
そして一生お付き合いが続くような大切な友人や仲間がたくさんできた。
 
長い音楽人生の中でも最高の9年間だったと言い切れる。
 
 
あと1年、10周年までは止まらないだろう…とは思っていたけれども、今回ここで一旦活動休止となった。
しかし残念といった感情はあまりなく、今はただ「とりあえずお疲れ様」という感情と、全方位に向けての感謝の気持ちしかない。
 
VAMPSのお二人、一緒に演奏してきたサポートメンバーのお二人、スタッフの皆さん、事務所の皆さん、9年間ありがとうございました!
 
そして、応援してくれたみなさんにも最大限の感謝をしたいです。
 
どうもありがとう!
 
みなさんと同じく僕も、充電を終えたヴァンパイアたちの最恐の復活を待つことにしよう。
 
ではその日まで。
さらば、バイバイよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
……と雲隠れしてしまうのも潔い気もするのだが、僕に関してはまずやり残したことをやっておきたい。
 
僕ができること、僕にしかできないこと、そしてなにより僕のやりたいこと、やりたかったこと。
 
今はそれらを実現すべく、水面下でなにやら不穏な動きをしている毎日である。
親知らずを痛がっている場合ではないのだ。(まだほっぺが腫れてるけど)
 
というわけで、、、
当ブログの引き続きのご愛好をよろしくお願い致します♪