回り道

今日は僕の2つの特殊能力を自慢しひけらかしドヤ顔をしてみたいと思う。
自慢話をクドクドと聞かされるのが苦手な人は読まないほうがよいだろうと予めことわっておく(笑)
 
 
1.回り道をするのが好きだ
 
いま住んでる家は最寄駅から20分ほど離れた場所にあり、最短ルートを行くならば住宅街を抜けゆるい坂道を登り再び住宅街の中を突っ切って行くルートになる。
しかしどうにもこのルートは歩いていてときめかない、味気がない。
なので敢えて回り道をして一旦公園の脇に出てから川沿いの遊歩道を歩いている。
四季折々の景色、静かな川の音、空も広く見えるし車の往来もない。信号もないので一定のペースで歩くことができるのは純粋にウォーキングにも適している。
 
当然遠回りとなるので用事がある場合は早めに家を出なければならないわけだが、逆に言えば家を早く出さえすれば退屈な風景の駅までの道が、一転してきれいな景色をのんびり楽しみながら歩く時間に変化してくれる。
 
一分一秒を争う毎日の通勤ルートとなるとそんな悠長なことも言ってられないのだろうけれど、ギリギリの時間で行動するよりは余裕をもって早め早めに動いた方が、結果的な時間効率は良いようにも思う。
 
ちなみに最近は道のあちこちにあるマンホールを観察し、それぞれの役割について考えながら歩いている。
(ひらがなで書けば汚くないイメージになるんだろうけどなんか違う気がする)
 
 
2.反復するのが苦ではない
 
例えば映画。面白かった映画は何回でもリピート鑑賞をしてしまう。
100回以上リピートした作品となるとさすがに「うる星やつら2」と「ゾンビ」の2作品のみとなってしまうが、10回以上見た映画となるとゴロゴロ出てくる。
そもそも僕がDVDを購入する基準が「今後の生涯で最低5回はリピートするであろう映画」なのだ。
つまり4回未満と判断した映画は買わない!が基本だ。
と言いつつ1回しか見てないDVDも結構あるが、5回どころか10回15回見た作品はそれ以上にある。
 
近年さすがにそこまでリピートする作品は少なくなってきたものの、「シン・ゴジラ」「アイアムアヒーロー」などはどちらも劇場で2回、ブルーレイで既に4回は見ているし今後もジワジワと回数を増やしていくだろう。
「MAD MAX」「ウォーキングデッド」なども相変わらずちょいちょいと見直してしまう。
(そういえばいつの間にかウォーキングデッドの感想をツイートしなくなったのはリアルタイム視聴をしてなくて世間様とのズレを申し訳なく思ったからだ(笑)
 
逆に新しい映画を軽い気持ちで見ることは苦手だ。ついつい自分の知っている世界を繰り返すことが優先されてしまうようで、そういった意味ではHuluやNetflixといった映画配信サービスを積極的に有効利用しきれていない自覚はある。
 
 
本や漫画も好きな作品はそれこそ数十年にわたって何十回でも読み直す。
阿刀田高や筒井康隆の小説はその淀みのない文章に魅せられ、あるいは中島らもや景山民夫のエッセイはその巧みな仕掛けと卓越した笑いのセンスを何度でも味わいたくて読み返す。
面白い作家を見つければとことん追いかけて目につく限りは読み倒し、そして何度でも読み返す。
しかし映画同様新しいきっかけを得るのは苦手だ。「直木賞受賞作」や「話題の問題作」といった程度では僕の琴線を響かせることはできないようだ。
 
 
そんな読書の仕方なので当然触れる作品数や巡り会う作家には限りがある。
一般的に「本の虫」と言われる人はとにかく新しい本を読み続けないとダメなタイプの人のことを指すようで、年間100冊とか200冊といった読書量がその基準となっているらしい。
 
僕の読書量にせよ映画を見た数にせよ全然たいしたことはないが、好きな作品はかなりの詳細にわたって詳しく説明することができる。
「バックトゥザフューチャー」で時計台に雷が落ちたのは1955年11月12日午後10時4分であるとか、インディアナジョーンズが最初に乗っていた飛行機のお腹に書かれた文字はOB-CPOであるとか、「ジュラシックパーク」の管理システムはMachintosh Quadra700であったとか、「マルサの女2」で特殊効果助手を担当していた若者の名前をメイキングで見て覚えていて、その20年後「三丁目の夕日」とか「永遠の0」の監督と同名だったので調べてみたらやっぱり同一人物だったことがわかったりとか(ちなみに山崎貴監督)、そんなどーでもいいつまらないwikiを覚えてしまい忘れない。
 
特技のように思われるかもしれないが「一度見たら忘れない」といった能力ではなく、単純に繰り返し見ることによって覚えてしまっているだけの話であるし、特になんの役にも立たない。
 
映画も小説もリピートして「なにか創作のヒントになるかな?」といった研究心や向学心があるわけでもなく、ただ単純に見たいから見る、読みたいから読んでいるだけなんだと思う。
つまり「気持ちがいいから」「楽しみたいから」という純粋な欲求でしかないらしい。
 

どちらも現代社会では否定されてしまう行動原理になるように思う。
最も短時間、最も短距離を追求し時間をコントロールしマネージメントする。
いかに反復せずに学習効率を上げるか、いかに効率良く必要な知識を詰め込んでいけるか。
新しいものを吸収し続ける姿勢と実行力が問われている。
 
そう考えると僕はまさに対極を突っ走るダメ人間ということになるだろう。
あるいは「新らしもの好き」の正反対、「新らしもの嫌い」の偏屈オヤジなだけかもしれない。
しかし一つ違和感を覚えるのは、こうした傾向が加齢とともに芽生えてくる一般的な「ノスタル爺い」とは違い、僕はかなりの幼少期からこういった姿勢が顕著に表れていた。
回り道能力の達人、反復力歴数十年のベテランである。
 
繰り返し言うが、特になんの益もない。
そんな効率の悪い人間なのだが、なにか良い方向への作用もあるかもしれないぐらいに思っている。
 
「回り道は近道」という自分にとって都合の良い言葉を見つけた。
「急がば回れ」の精神で今後も精進したいと思う。
 
 
昨日Huluに「ゼロ・グラビティ」があるのを見つけた。
今夜あたり焼酎のお湯割でも飲みながら鑑賞しようかな……4回目になるけど(笑)