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小室哲哉氏のこと

まず最初に正直に申し上げておくと、僕は小室氏のことを実はあまりよく知らない。
何度かお会いしたことはあるといったら決してウソではないのだが、後述するようにそれはあくまでも一方的でしかない(笑)。
つまり事情通といったネタを持ち合わせているわけでもなく、あくまでもほぼ一般論でしか語ることができないのだが、どうしても自分の中で整理をしておきたかったのでまとめてみることにする。
 

 僕が最初に小室氏に(一方的に)お会いしたのは1986年、YAMAHAのシンセサイザーのイベント「X-DAY」のゲストとしてTM NETWORKが生演奏をするというのを“ついで”で見たのがきっかけだった。
ちなみにその当時の僕のお目当は「カシオペア」の向谷実氏と、「うる星やつら」の安西史孝氏のタッグによる国産初となる16bitサンプリングマシン「TX-16W」のお披露目イベントだったのだが……
向谷氏はステージ上で「いかにこの機械の操作が困難でバグだらけで言うことをきかなかったか」といった不満をさんざんぶちまけ、「おかげで数日徹夜で寝られてません」「こんなものはまだ商品にしちゃいけない」と愚痴を聞かされるだけのさんざんなイベントとなってしまった(;^_^A
 
当時の僕は女の子がキャーキャー騒ぐようなミーハーなバンド許すまじ!ぐらいに思っていた由緒正しいただのシンセオタクでしかなかったので……当然既にかなり流行っていたTM NETWORKのステージにも懐疑的な姿勢で臨んでいたことも正直に記しておく。しかし、
「むぐぐぐぐ……なんだこのキモチイイサウンドは?(-“-)」
と一瞬でグイグイと引き込まれてしまったことも正直に記さねばなるまい。
後に「FENCE OF DEFENSE」として枝分かれしていく技巧派サポートメンバーの演奏もさることながら、とにかくカッコよかったんである。
ストレートに迫力があり歌がありキャッチーなメロディーがある。
実のところマニアックかつ実験的なシンセサイザーミュージックが多かった当時、自分にとって初めての経験だったのだ。
 
(X-DAYのTM NETWORK)
 
次に僕が小室氏に(一方的に)お会いしたのはまたもやYAMAHAのシンセサイザーのイベントで、今から思えば贅沢すぎる30人程度の少人数セミナーになぜか自分も参加できていた。
「あ、10円玉が落ちてる」とステージで10円玉を拾った小室氏が今でも目に焼き付いているのだが、具体的なイベントの名称までは思い出せない。
当時小室氏がサポートをしていたEOSというYAMAHAの初心者向けシンセサイザーのイベントだったかとは思うのだが、なぜ自分がそこにいたのかも今となっては全く思い出せない。
 
 
それからさらに数年が経ち、世の中は90年代。
僕はようやく音楽業界の片隅でなんとか食べられるようになっていたわけだが、いよいよ伝説的な小室プロデュースの、“あの時代”がやってきたということになる。
当時の音楽業界に生きていた人間は、漏れなくあのムーブメントを至近距離で目撃していたようなものだった。
もはや都市伝説としか思えないようなデタラメなセールス記録が次々と打ち立てられていく。
 
当時の坂本龍一氏と小室哲哉氏との対談内容は今でも忘れられない。
「日本で最高のプロデューサーはあなたですよ」といった切り口の坂本氏。
小室氏にしてみれば、自らに多大な影響を与えたであろうYMOメンバーの坂本氏に、あの世界のサカモトにそんなことをまず言われてしまい、僭越ながらも想像するならば、さぞや返答に窮したのではないだろうか?
だけども続く坂本氏の発言が実に興味深い。
「『100万枚売ってください』というニーズに『はい』と答えて実行できたのは日本ではあなただけなんです」
的なことを、坂本氏はその対談で語っておられたのだ。
「僕の作る音楽はね、枚数的にはそこまで売れないんです。つまり(どれだけ輝かしい賞を獲得できたとしても)商業音楽として見るとなかなか難しいんです」ともおっしゃっていた。
これは今から数年前の中田ヤスタカ氏との対談でも同じようなことを語られていた。
 
 
「masquerade」という曲をご存知の方は多いだろう。
138万枚の大ヒットとなったTRFの代表曲の一つだが、「レーラーシbー」というサビ始まりの“あのコムロ節”を象徴するかのようなフレーズには、未だに音楽業界の伝説として語り継がれているエピソードがある。
 
 
当時エイベックスでの新曲会議で小室氏はその一小節のみ「マスカーレイド♪」と口ずさんだそうなのだ。
そしてその一小節のみのプレゼンにも関わらず、満場一致で「それでいきましょう!」といったゴーサインが出たというお話なのだが……細部に差異はあろうけれども、多分限りなく本当のことなんだと思う。
あえて裏を取らずちゃんと調べもせず、当時の音楽業界の空気感の記憶だけなのだが、それぐらい「TK時代」とは最強だったのだ。
 
当時の小室氏は「日給1億円」とも言われていた。
経済効果300億円となると、確かに冗談抜きでそういった皮算用をする人も多かったことだろう。
 
もう一つ覚えている当時の記憶なのだが……globeが3週連続でシングルをリリースし1,2週目と当たり前のようにオリコン首位をキープし続けていたわけだが、3週目で首位を取ったのが……L’Arc-en-Ciel「snow drop」だったのは1998年10月17日のこと。
当時既にラルクのスタッフだった自分が「おおおお!!!」と狂喜乱舞したことを覚えている。
 
 
スポ根ドラマじゃないけれども、まさに「強敵」と書いて「友(ライバル)」だったのだろう。
そんな彼らが20年の時を経てコラボを実現させたりしたのも、まさに最高の好敵手だった歴史があったからなのだろう。
 

 
今回の報道の中、小室氏の会見内容が文字に起こされていたので全文を読んでみた。
 
「あ、全部これ本当のことだ」と直感できた。
この人の言ってることに一切の嘘偽りはない。
そう信じられる。確信できる。
政治家や官僚のしている苦しい言い訳やウソとはまるで違う。
 
小室氏の判断というか、引退という方向性もなんとなくではあるけれども理解はできる。
 
だけども、今回の騒動をきっかけに社会がちょっと変わってくれたらいいな……とも思う。
 
プライベートの全てを非人道的手段で暴かれたら、清廉潔白の人間の方が少ないことだろう。
誰しもが皆それぞれ知られたくない過去や現在を背負い、多かれ少なかれ闇を抱えて生きている。
 
閻魔大王に見抜かれる罪状…例えばウソをついただけでも舌を抜かれるといった厳しすぎる判定基準で考えると、現代人のほとんどが地獄行きはまぬがれまい。
 
本来ならば当事者の内で収めるべき問題を第三者が世間に吹聴して回り、積み上げた人生を破滅に追いやりお金を稼ぐ。
閻魔大王様!そんな人の舌こそ抜いてくださいませ。
 
……と最後は閻魔様にお願いするというよくわからない展開になってしまったが、こんなことで大いなる才能や音楽の芽を摘んではいけないと思う。
 
ほとぼりが急速に冷めること、引退宣言など堂々と撤回し、一日も早い復帰を切に願っております。

素質

昨日のブログ記事に対するリプライから一つのヒントをいただけたような気がする。
今日はそこから展開してみたい。
ウチの娘はテレビでホラー映画やってると、テーブルの下に潜って後ろ向いて鏡に映した画面を見てました(ややこしいww)そんな娘も今じゃホラー大好き。1人で映画館に行ってます。。ついてけません(^o^;) 
「怖いものを正しく怖がりつつそれでも恐る恐る見る」という姿勢こそ「ホラー道の素質あり」ということなんでしょうかねぇ(´∀`)深い! 
 ホラー映画ファン人口というものは、みなさんが思っているよりも大きな市場のような気がしている。
スティーブンキング原作の「IT」のリメイク版が昨年下半期の劇場動員ランキングで大健闘をしていたのは記憶に新しいが、「適度に怖がりたい」というエンターテイメント市場というものは、実はいろんな方向に広がっている。
 
富士急ハイランドが見事なV字回復を遂げたのは「絶叫マシン日本一」をコンセプトにしてから以降の話だし、激辛料理に挑戦するマインドというものも、どこか絶叫マシンやホラー映画に通ずる何かを感じる。
また僕がヘヴィメタルやパンクといった未知の音楽を初めて聴いた瞬間なども同じ感じがした。
それらをストレートな表現でするならば、どれも怖いもの見たさである。
 
そんなわけで僕は「ホラーとロックとジェットコースター(と激辛料理)」を同類項として扱っている。
 
さて、この共通の要素最大の特徴は「基本的に苦手、もしくは未知のジャンルへのトライ」が入り口にあり、そこから「嫌いじゃないかも?」と「さらにその先を見たいかも?」といった願望が芽生えた場合のみ、道が開けるようになっているらしい。
「初めてのジェットコースターは怖かったけど、今まで感じたことのないスリルだった」といった感想は実に理想的であり「向いている人」となるのだろう。
 
「あまりに怖かったのでもう二度と乗りたくない」、あるいはその真逆の「ちっとも怖くなかったので興味が持てない」といった人々には、この道は開かれないのだろう。
この「まるで怖くなかった人」というのを激辛料理に例えると「ココイチの5辛がちっとも辛くない」といった、辛いという味覚が特に強い人を指すようなものだろう。
 
世の中にはもっと辛いものはたくさんあるだろうけれども、一般社会の尺度でそれらを探すのは難しい。「蒙古タンメン中本」レベルの激辛店がどこにでもあるわけではないのだ。 
同様に富士急ハイランドの「FUJIYAMA」がちっとも怖面白いと思えない人は、……少なくともFUJIYAMAに今後乗る意味はまるでないということになる。
 
つまり、ホラー映画を見てちっとも怖いと思えない人は、怖くて怖くて堪らない人以上に「ホラー映画の素質がない」ということになるのだろう。
 
指の隙間からチラチラでも見てしまう、あるいはテレビに背を向けて鏡に映った画面を覗くように見る、といった行為は「怖いんだけどどうしても気になる」という興味と欲求が非常に高い状態であることを示しているわけだし、ホラー映画の本質的な目的は紛れもなく「怖がってもらうこと」が第一であるのだから、そこに食いついてくる怖がり屋さんこそが最もホラー映画に適したニッチな人種ということになるのではないだろうか?
 
繰り返し見ていくことで耐性はついていくし慣れも生じてくるが、基本的に僕は怖いものは今も「怖い」と感じ続けられている。
ファンやマニアを自称しているが、ジャンキー、中毒にはなっていないのだろう。なぜって怖いもの!
「より怖いもの」を目指さないのは、そういった症状までには進行していないことを裏付けているし、やっぱり怖すぎる映画なんて怖すぎるもの!
適度に怖い、自分の限界ギリギリまで怖い、ぐらいじゃないと困る。怖すぎるの反対!無理!
(バイオハザードのVR版なんて絶対にやりたくないし、ドラムの淳士くんの演技見たさに「トイレの花子さん」はとても見てみたいのだけれども…ジャパニーズホラーが本当に苦手なので未だに見られてなくてゴメンね淳士くんってブルハチメジャーデビューおめでとうございます(^^)
 

最後にそんなへっぴり腰のホラー映画好きの僕がこれまで見てきた映画の中で非常に苦手な映画を一つ紹介しておこう。
 
 
「ブラックスワン」である。
 
この映画、ナタリーポートマン主演の「白鳥の湖」を題材にした映画なのだが、ホラー映画というわけではない。
むしろ「芸術作品」と感じた人も少なくないことだろう。
しかし僕個人的には見ていてキツいシーンがやたら多い映画だった。
「SAWシリーズ」まではいかないにしても「爪をハサミで乱暴に切っていてケガをしてしまうシーン」といった本筋とは特に関係のない無駄に痛いシーンが多く、また悪夢や幻覚による不快なシーンも非常に多く、精神的にどんどんつらくなってくる映画なのだ。
最後は現実と悪夢と幻覚の区別が見ている観客にもつかなくなってきてしまい、最悪のバッドエンドを迎えてしまう。
 
首チョンパや血飛沫ドビュー!といった低俗なショックシーンはゲラゲラ笑ってしまう僕ではあるのだが、こういった心理的にしめつけられるような演出はとても怖いと感じてしまう。
ある意味「悪魔のいけにえ」以上に苦手な映画である(;^_^A
 
しかしクライマックス、黒鳥パート究極の演舞シーンは映像的に非常に優雅で圧巻の表現がされながら、チャイコフスキーの楽曲で最も有名なあの「白鳥の湖」のテーマが!……そこだけでも全てのモトが取れるぐらいに素晴らしい映画でもあった。
けれどもそんなわけでサスペリア以上にもう一度見るのは精神的にちょっと……と尻込みをしてしまう映画なのでもありました。
 
興味のある方は是非!←一応オススメはしておく(笑)

原点回帰

スターウォーズの話題が出たところで、再び自分視点の変な原点回帰をしてみたい。
僕がスターウォーズを初めて見たのは小学5年生の時、埼玉県幸手町(現幸手市)にあった幸手劇場でのことだ。
その時に観たエピソード4の話をしたいのではない。同時上映されたもう一つの映画についてだ。

若い世代にはピンとこないかもしれないが、大昔の地方の映画館では「2本立て、3本立て」という映画の上映が半ば当たり前の風習となっていた。
今のように封切りと同時に全国一斉ロードショーというわけにはいかなかったのだ。
配給されるフィルム数には限りがあり、地方劇場に中古のフィルムが回ってくるのに早くても3ヶ月、遅ければ半年以上待たされていたのだ。……ピンとこないかもしれないけれども(笑)
その代わりと言ってはナンだけれども、地方劇場に特典がないわけでもなかった。それが「2本立て、3本立て」といった同時上映だ。

僕の小中高の映画遍歴に多大なる影響を与えてくれた「春日部文化劇場」は実にナイスな同時上映のチョイスに長けていた映画館で、「シャイニング」と「殺しのドレス」といった正統派ホラー映画チョイス、あるいは「クラッシャージョウ」というアニメ映画になぜかシルベスタ・スタローン「ランボー」を持ってくるなどの「おいおい君たちアニメだけが面白い映画ってわけじゃないんだぜ?」的な映画教育をしてくれるような映画館でもあった。

はたまた「バーニング」「アメリカンバイオレンス」といった過激なホラー映画を2本乗り越えたご褒美として「甘い体験」という、今思えば完全に18禁ポルノとしか思えないエッチな映画が同時上映されたりして、中学生男子を大いに悩ませ劣情を催された思い出もある(*´艸`) 。


ところでこのブログを度々読んでくれているみなさんならば僕がホラー映画好きであることに薄々感づかれているかもしれないが、そんな僕にも「初体験」は当然あった。
僕のホラー映画デビューは、まさしくこの「スターウォーズ エピソード4」の同時上映で半ば強制的に見る羽目になった、ダリオ・アルジェント監督の「サスペリア2」だったのである!(どどーん)

なかなかぶっ飛んだセンスをした同時上映だと思う。なぜ「スターウォーズ」と「サスペリア2」?

サスペリアといえば「決して一人では見ないでください」というキャッチコピーが話題を呼び、もしも劇場鑑賞中にショック死をしたら保険金1000万円が降りるといった「絶叫保険」がさらなる話題を呼んだ映画である。
アメリカでは実際3人がショック死をしたらしい……というまことしやかなウワサが広まった映画である。(多分というか間違いなく誰も死んでないとは思うが(笑)

その続編とされる「サスペリア2」のキャッチコピーはこうであった。
「約束です!決して一人では見ないでください」
このコピーを考えた人はよほどの天才なのかひどく手抜き人間なのか判断に迷うところである。
「またハートに火をつけろ!」的な?(笑)

しかしそんな恐ろしい映画がなぜ同時上映!?ボクは単純にスターウォーズという話題作を見たかっただけなのに!
怖いことが大嫌いなサイトー少年は心底この同時上映を憎んだ。呪った。できれば見ずに帰りたい。
しかし昭和50年代の小学生がなけなしの小遣いで映画館にみんなで来ているのである。自分一人棄権するのはあまりにも空気を読まなすぎというか……女子も数名混じった中でとても許される雰囲気ではなかった。

そして「スターウォーズ」上映後に数分の休憩を経て「サスペリア2」の上映が無情にもはじまる……
僕のホラー映画デビュー作品だ!

結果は……惨敗!

あまりにも恐ろしすぎて上映時間のほとんどを指の隙間から見ていたように思う。
しかも勇気を奮って正視した瞬間に限ってことごとくショックシーンを見てしまうような?
断片的に見た恐ろしい映像の数々はその後数ヶ月にわたって僕を苦しめた。
・夜寝るときは部屋の明かりをつけた状態でないと寝られなくなった
・家族が寝静まった後にはもはやトイレにも行けなくなった
・エレベータードアの半径50cmに立てなくなった(映画内の凄惨な演出的に)
・元々苦手だった西洋人形が心の底から嫌いになった(不気味な人形がキーアイテムとして用いられている)


といった我が生涯トラウマ級の「サスペリア2」を小学5年生の時以来、この正月実に40年ぶりに鑑賞することになった。Huluにあったのだ。
本当はスターウォーズをエピソード1から順番に見る予定だったのに……僕のファーストスターウォーズの同時上映作品を同時に見つけてしまい、なぜかそっちの方をどうしても見たくなってしまったんである。

結果は…うんさすがに小学5年生の頃と比べればホラー映画に対して十分すぎる耐性がついているので最後まで正視できたものの…
やはり小学5年生でこれは……無理もあるまいと思うような作品ではあったかなぁ?
「ビー玉と毛糸と首吊り人形」といった犯人の狂気を表現するイメージシーンの恐怖感が、40年の時を隔てて蘇ってきたのはむしろ感動的ですらあった。

そうそう!このシーンがあまりに怖くて泣きたくなったんだよぉぉぉぉ!

自分の中ではそういった本筋とは関係のない抽象的なシーンがふんだんに使われていたイメージがあったのだが、実際に見てみると1回のみ。あれれ?

……やはり、恐怖のイメージというものは増幅をする!
これは些細な出来事から起承転結の構成をした怪談が生まれる原理と同じだろう。

幼かった自分の恐怖心を懐かしく思い出しながらも、「ここからホラー映画を克服すべく立ち向かっていくのは3年後、中学2年生以降だったなぁ…」といった遠い日の記憶がさらに蘇ってきた。

昔観た映画の再鑑賞はそんな心情的特典もあって楽しい。


尚、この「サスペリア2」だが「サスペリア」とは全く関係のない映画であることにも触れておかねばなるまい。
それどころか「サスペリア」よりも前に作られた作品であり、魔女の支配する名門バレエ学校で女子生徒を生贄にするという内容のオカルト映画である「サスペリア」に対し、「サスペリア2」は大昔の事件を隠すために何者かによって連鎖殺人が引き起こされるというサイコスリラー系のお話だ。
原題も「DEEP RED」というタイトルで、本当に全く関係性がない。

今では考えられないような話のように思えるが、勝手に続編に仕立て上げたり、トンデモな邦題をつけられたりといったことが、ホラー業界では今でも当たり前のように繰り返されている(笑)。

 

スターウォーズ、ウォーキングデッド、見たい続きモノ目白押しのHuluではあるが、限られた時間の中で少しずつ見ていきたい。
「サスペリア2」など見ている場合ではなかったのだが、つい本能のままに見てしまった(笑)。

……スターウォーズエピソード1〜6の限定期間は1月19日まで!急げ!

STAR WARS 最後のジェダイ

最初に宣言、基本ネタバレなし!
 
ようやく観る機会に恵まれた。
TOHOシネマズの六本木ヒルズ7番シアターに来るのは何年ぶりだろうか?
ここのスクリーンは過去に様々な名作をたくさん観させてもらってきたが、DOLBY ATMOSとTCXが導入されてからは初めてだ。
(僕はこういうデモ映像に昔から弱い)
最近は3Dメガネが苦手になってきており、できれば巨大スクリーンの2D鑑賞が望ましい。
やはりSTAR WARSを観るからには自分にとってベストのコンディションで観ておきたいのだ。
これは劇場選択だけでなく、それこそ自分の身体や周辺環境も重要だ。
公開から3週間、満を持しての鑑賞となった。
 
 
面白かった!
そしておそらくは……
シリーズ最高傑作!←宣伝文句ではありがちだけども(笑)
 
過去のスターウォーズのレビューを遡られるとたちまちバレてしまうので自分から白状するが、僕はこのシリーズに「奥深さ」のようなものを感じたことはこれまでなかった。(ちなみに前作「フォースの覚醒」レビューはこちら→http://jinxito.com/2015/12/25/star-wars3/
 
父と子、師匠と弟子、帝国軍と反乱軍、といった相対する中での葛藤はあるのだが、いかんせんその範囲が狭くて「実は親子でした、実は兄弟でした」といったある種反則のような展開が繰り返されたドラマでもあったからだ。
前作のエピソード7でも「またかよ……」と思わざるをえない「実は親子」が早々に炸裂した。
そうなってしまうと当然、今回の「レイ3部作」における主人公レイも、既に登場済みのキャストの極々限られた範囲の中での娘であることが確定したようなものではないか。
 
ところが……
 
といった意外な展開が起こり、「それにしても言葉のアヤとか物語を錯乱させるブラフなんでしょう?」といった疑念が湧いたりもするのだが、なにげないエピローグが挿入されて大いに混乱させられるのである。
 
うわー気になる!
 
そして!3部作中の2作目の中では文句なく「完結しているし続いてもいる感じ」として満足度の高い終わり方でした♪(エピソード5と2はひどかったもんなぁ……)
 
ってかね、、、深い!
初めてそう思えました!
長いけど(155分)すぐ終わる映画です♪
 
気になる方は劇場に急ぐのだ!
 
もっともこの映画、相変わらずというか、すっかり観る人を選ぶ映画になってしまっているように思う。
いきなりこれだけを見てもおそらくはチンプンカンプンなのではあるまいか。
シリーズも8作目となると、「全部見た人を前提とした演出や内輪ネタ」のようなものが当たり前のように出てくるし、それを当たり前のように受け止めていかないとおそらくは理解していけないことだろう。
 
急速に展開していったハリーポッターシリーズでも思ったことだけれども、シリーズが5作目を超えたあたりから映画の作り方もかなり変わってくるのだろうし、40年がかりで続いているシリーズともなるとなおさらのことだろう。
僕にしても「あれコイツ誰だっけ?」と思い出しながら見ている人物もいるし、「あぁそうだった」と前作の詳細部分が急に蘇ってきたりも多々ありだったし、おそらく理解度自体は70%以下のような気がする。(だからもう一度見たくなってしまうのだ(笑)
“フォース”というチカラの新解釈、30年篭って修行をしていたと思われるルーク・スカイウォーカーの別次元の“フォース”の凄さに滾りまくり、ジェダイの「選ばれしもの」という定義に新たな流れを生み出すシリーズであることをほのめかせた。
 
そろそろこのタイミングで自身まだやったことのない「エピソード1からローグワンを含む旧8作を、公開順ではなくエピソード順で見てみようか?と思っている。(なんとHuluで現在エピソード1〜6まで見られるのだ!7も12月は見られたのだけどねぇ)
全部で16時間ぐらいになるのだろうか?なかなか気合を入れないと実行できない。 
そんな野望を抱きつつ、 
 
次のエピソード9が今から楽しみである♪
 
とひとまず思える自分ではあるが、逆に言えばこうなったらもう意地で最後まで付き合うしかないんである(笑)
どうか自分が死ぬまでは完結してくれますように!←案外笑えないかもしれない
 
 
おまけ:
 
最後に悔しい出来事が!
都会の映画館の悩みどころといえば……そう、チケット代以外に駐車場代もかかるということ。
港区六本木に車を3時間停めさせていただくというのはそれ相応の料金がかかるのだけれども、しかし裏技的に映画館が併設されたこういった施設はなぜか「映画鑑賞の方は3時間サービス」といった太っ腹な設定がされており、そのおかげで今までは大手を振って映画を観に来ることができていたわけだが……
帰りに精算してみたらば1800円?
あれれ?映画館の受付でちゃんと登録されなかったのかな?と思って劇場に引き返して尋ねてみたらば……
六本木ヒルズのシステムがいつの間にか変更になっていたらしく、映画館特例は23時以降のレイトショーのみの適用になっていたそうだ。
なーんだしょんぼり、と駐車場に引き返して再度清算したら2100円。
劇場に引き返してしょんぼり戻っている往復でまた高くなってしまったようだ。
(2分オーバー、きぃ!悔しい!)
 
……映画のチケットよりも高額な駐車場代になってしまったではないか!(´Д`)
こんなことなら郊外のIMAXで見るんだった!←
 
というか……3Dや4Dはもうこれ以上はいらないから巨大2Dスクリーンを世の中的にもっと増やしてくれー!
 
おっちゃんもう90分以上の3D映像は目が疲れてしまって見てられんのじゃー!←今日一番の主張はここ

2018ブログ書き初め

毎日のようにブログを更新している時期には感じないプレッシャーを感じる時がある。
しばらくぶりに更新するときや節目の挨拶、また大きなイベントやツアーの終了時などだ。
新年の挨拶、しばらくぶりの更新、節目、全てが複合した今日の更新は…なかなかもって手強い。

あけましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願い致します。ペコリ

で済ませてしまうという裏技もあるのだが、それは去年やってしまった。
さて今年はどうしたものか?と考えつつも昼間から呑んだくれていたら三が日がまもなく終わろうとしている。

……ベタながらも「今年の抱負」とやらを書いてみよう。


今年はとにかくチャレンジの一年としたい。
様々なことを同時進行させながら、自分の血となり肉にしていくような流れを生み出したいと思っている。
これまでとは違う未経験領域のトライや勉強なども多分に含まれることだろう。
それらを加えることによって新しい方向性が生まれてきたり、複数のアイディアが融合しさらに新しいアイディアに昇華していくような、そんな理想的な流れを掴みたいと目論んでいる。


そして健康。
もはやちっとも若くない自分である。
体力を維持すること、体型を維持すること、酒の量を減らすこと(切実)
シンプルではあるが、これを個人的な健康三原則として自分に課すことにする。

簡単なことのように思えるかもしれないが、例えば「体力を維持する」だけでもやることや守ることは案外多い。
しかしあくまでも「楽しく楽に」を意識してクリアーしていきたい。


激動の数年間を過ごして迎えた2018年。
この数年間に匹敵、もしくは凌駕するような実り多き一年となるよう、日々精進していきたい。

というわけで、
本年も当ブログをよろしくお願い致します。ペコリ