Lunar

 
スーパーブルーブラッド皆既月食というスペシャルな月を見た。
次回起こるのは2037年だそうで、この生涯では最後のスペシャルな月食となるかもしれないなぁ……なんて思いながら欠けていく月を眺めていた。
 
皆既月食とは太陽と地球と月が一直線上に並んだ時に起こる怪奇な現象だ。
 
図解を見ればなんとなく仕組みは理解できるのだが、それにしても神秘的だ。
 
 
僕が一番最初に月食を見たのは小学5年生の時だ。
調べてみると1978年9月17日の明け方に月食があったことがわかる。
友人のN君の家に泊まりこんでみんなで天体望遠鏡や肉眼で見たことをハッキリと覚えている。
 
地球から月までの距離 384,400 km
地球から太陽までの距離149,600,000 km
 
地球の直径 12,742km
月の直径 3,474km
太陽の直径 1,391,400km
 
不思議だと思う最大の疑問点は、大きさも距離も全然違う太陽と地球と月がなぜこうも見事に完全一致するのだろうか?ということだ。
 
わかっちゃいたけど、太陽は大きい。相当。
 
 
2012年の金環食を覚えている方も多いだろう。
金環食とは今回の皆既月食とは逆のポジション、地球と太陽の間に月が完全に重なることで太陽が黒くなり輪郭だけが輝くという現象だ。
 
太陽にスッポリと収まっている月
 
そして今回の皆既月食は地球の影によって月が覆われるという現象だ。
よくよく考えてみると、大きさの違いすぎる3つの星が織りなす奇跡とも思える天体ショーなのだが……
それにしても、少々できすぎてはいやしまいか?
1億5000万キロ離れた直径約140万キロの太陽と、直径わずか3474キロの月がほぼ同じ大きさで重なるなんて……
こんな奇跡的な偶然が起こり得るのだろうか?
 
 
現実主義者は口を揃えてこう言うだろう。
「もちろんです。なぜなら現実に月と地球と太陽がそのようなバランスで成立しているではないですか」と。
 
しかしこの奇跡のようなバランスを調べてみると、様々な違和感がいくつか浮かび上がってくる。
 
○一般的な惑星の衛星としては月は少々大きすぎるらしい
○月を構成する物質は地球よりも数億年以上古いらしい
○月の公転運動と地球の自転運動が一致しているので月は常に表側を向いているらしい
 
 
月の存在は地球にとってとても大切だ。
月の引力によって潮の満ち引きが起こり、地球上の生命のサイクルを生み出している。
太陽の光だけでは地球上に生命が満ち溢れることは限りなく不可能であったらしい。
もしも月がなかったら、今のような地球でなかったことは確かだろう。
 
しかしそんな月が地球の衛星として「在る」ことが不自然と思える。
まるでとってつけたような月の存在に違和感を覚えてしまう。
 
たまたまの偶然と奇跡のような確率で今の人類があるのではなく、大いなる意思によってお膳立てされたのではないだろうか?と思いたくなってきてしまう。
 

一旦話題を変えるが、みなさんは「ドレイクの方程式」なるものをご存知だろうか?
 
 
 
これは宇宙にどれぐらいの地球外生命体がいるかを推定する方程式のことで、「恒星が惑星を持つ確率」「生命の存在が可能となる環境の確率」「生命が知的レベルまで進化する確率」「進化した技術文明が滅びていない確率」といった非常に厳しい審査をするようなものである。
限りなく確率はゼロ近辺にしかならないような厳しい審査になるとはいえ、なにしろ銀河系にある恒星の数だけでも1500〜2500億個。
惑星の数ともなればその数倍、どれだけ天文学的な確率の低さであってもかなりの数は期待できる。
それがたとえ「100億分の1」といった笑っちゃうような確率の低さであっても、分母が1兆ならばたちまち100個の有力候補が挙げられることになるのだ。
 
しかし妥当な数値を入力していくと、
 
 
「宇宙には我々人類しかいないように見える」とも思えるような、限りなくゼロに近い計算結果になってしまうらしい(´・_・`)
人類のみが宇宙の中の唯一の知的生命体なのだろうか?(過去や未来を除外した今現在という意味で)
 
 
ところで「ドレイクの方程式」で僕が感動した注釈がある。それは、
 
N>1
 
広い宇宙の中には最低でも1つの文明はある。
なぜなら、私たちは存在しているから
 
僕らが存在している。これは相当頼もしい事実だ。
計算上では限りなくゼロだけれども、僕らの存在そのものが「最低1」という希望を示していることになる。
 

僕には敬虔なクリスチャンのYさんという友人がいる。
Yさんは神の奇跡を目の当たりにした経験があるそうで、それ以来揺るぎない信仰心をもって生きている方だ。
彼曰く「世界の全ては神が創造されたものです」なのだが、当然僕はそうは思えない。
そこは譲れていない。…今のところは(笑)。
しかし、上に記した奇跡のようなバランスの「月と地球と太陽」を科学的にどう説明できるのだろうか?
 
文字どおり天文学的確率ではあるが、たまたま合致した数千億分の一の可能性が我々人類である
 
あまりイケてない気がするが、これが科学的な答えとなるのだろうか?
 
ドレイク方程式を引き合いに出すまでもなく、まさに地球は奇跡のような確率で成立していることは疑いようのない事実だろう。
しかし現実論者の僕を含め、ここからが一番困ってしまうのだけれども……
「我々が存在している事実は確率論的にありえない」となってしまうにもかかわらず、我々は存在している。
はてさて、この矛盾をどう乗り越えたらよいのだろうか?(-“-)
ドレイク方程式の希望の「N>1」は、科学の限界を思い知らされる数値でもあるのだろう。
 
Yさんは実に明快に答えてくれる。
「神の存在さえ信じられれば全ての疑問の答えが導かれます」
 
科学では説明のつかないことはまだまだ多い。
最新科学が導き出した結論が、二千年前の神学を証明しただけに過ぎないようなことも沢山あるのだろう。 
 
「これはなにかの暗号なのではないだろうか?大いなる意思かなにかのメッセージではないのだろうか?」
 
今回のスペシャルな皆既月食を寒空の下で眺めながら、ずっとそんなことを考えていた。
 
自分の中で答えは出てこないし、死ぬまでわからないままのような気もする。