オトナ

「森友学園事件」がここへきて次々と新事実の数々が浮かび上がり続け、いよいよキナ臭い展開を見せている。
億を超えるお金がからみ、政治家やワイロや官僚のからんだこうした事件が我が国では常に起こり続けている。
「腐敗」という言葉がずっと囁やかれ続け、改善されるどころかますます腐敗し続けているようにも思える昨今ではあるが、当ブログではそのような政治問題についての言及は一切しない。(あれ?)
 
今日は何を伝えたいかというと……オトナという生き物が案外いい加減でテキトーであるということだ。
 
以前にも書いたことがあるが、僕は人間というものは歳を重ねてさえいけば自動的に「オトナ」になれるものだと思っていた。
大人になればオトナの字を書けるようになり、オトナの付き合い方ができるようになり、オトナの感覚が身につくようになるのだと真剣に信じていた。
かっこいい字をサラサラと書きゴルフを趣味にし、、、的な一般的なオトナキャラに自分もなるものだと思っていた。
 
異変を感じたのは30歳を過ぎたあたりだろうか?
 
○自分の書く文字が中学生あたりの筆跡から何ら進歩が見られない。
○マンガ「ドラゴンボール」が普通に面白い(ちなみに50歳の今読み返しても間違いなく面白いだろう)。
○カレーライスに永遠にときめく。
○やりたくないことをサボって先送りしてしまったり、ズルをすることがある。
○他人を妬むばかりか、自分の弱点を隠すためにウソをついて自他共にごまかそうとする。
 
挙げればいくらでも出てくるのだが、要するに「オトナとしての成長」をしているように思えないことがあまりにも多すぎるのだ。
精神年齢の若さを自慢するちょっと痛いオトナというわけではなく、悪い意味で成長していないことが自覚できてしまう。
 
そして「四十にして迷わず」といった不惑の年齢に達しても何らそれらが変わっていないことをハッキリと自覚し、ある意味では迷わなくなった。
さらには「五十にして天命を知る」、様々な事実を受け入れられるようになった。
つまり、成長をしていないままの中途半端なオトナでしかない自分であることを、自覚を超えて認め、せいぜいその範囲内での効率化を目指すという視点を持つことができるようになってきた。……ようやく(笑)
 
 
しかし世の中のオトナ達、それも政治や大企業の中枢にいるような出世したオトナにしても、実はちゃんとしたオトナになれた人というのが案外少ないのではないだろうか?
むしろ人生をしくじることなくトントン拍子で生きてこられてしまった人であればあるほどに温室の中でヌクヌクと年を重ねてしまい、本当の意味でのオトナになる機会にめぐり合えないまま順調に偉くなってしまい、さしたる迷いもなくとんでもない巨額を横領してしまいました!なんて事件が毎年のように起こるのも、必然といえば必然のようにも思う。
 
ここ数年を振り返ってみるだけでもこういった汚職事件の報道は数知れない。
しかしそれですら氷山の一角でしかなく、似たような不正が今も無数に行われ続けていることだろう。
つまり、ちゃんとしたオトナになれなかった人が責任を背負わされるのは仕方がないにせよ、その責任を逆手にとった悪用をして自分だけズルをしようとする、甘い汁を吸おうとする子供っぽい人が相当数いるということになるのではないだろうか?
 
人間はそう簡単にオトナにはなれない。
そして一番手に負えないのは、それを自覚できずにオトナであるつもりになってしまっている間違ったオトナたちなのではないだろうか?
 
 
したり顔でこんなことを書いている僕にせよ、やはりキチンとしたオトナにはなれなかった残念な部類の人間になってしまうわけだが、幸いにして世を賑わすような大事件に発展する責任を負わされるような立場の人間にはならなかったようだ。
そういった意味では「悪いことをしないようにしよう」と思う以前にそもそも悪いことができないので、悩む必要のない幸せな人生を過ごしていられるとも言えるだろう。例えばそうだなぁ…
 
1億円の横領をしたくともできないのだ!(笑)(もっと言えば10万円をちょろまかすことすら思いつかない)
 
しかし「質素な自分でよかった」と、最近は素直に思えるようになってきている。
 

「大いなる力には大いなる責任が伴う」
ヒーローの背負う宿命は、お金持ちや権力者にもそのまま当てはまる。
ダークサイドに傾くのは簡単なことだし、オイシイ思いや甘い汁が人間は大好きだ。
偉い人であればあるほどに必要以上のチカラは敢えて求めないよう自分を律していかなければならないとも思う。
 
ビットコイン騒動でも感じたことだけれども、短期間に1億円をゲットできてしまった人は、同時に2億円をスッてしまうリスクをも強制的に持たされたようなものなのだ。
 
世界一貧しい大統領と呼ばれるムヒカ前大統領の言葉の数々が好きだ。
 
「貧しい人とは、少ししかものを持っていない人のことではなく、もっともっといくらあっても満足しない人のこと。大切なのは考え方です」
「お金でモノを買っているのではない。費やした時間をモノに替えているのです」
「私は貧乏ではない。質素なだけです」
 
今の日本にこういった考え方のできる政治家や官僚がどれだけおられることだろうか?
 
 
……あ!なんか結局社会派っぽい意見でしめてしまったが、たまにはこんなことも考えたりする程度のオトナを演じたくなるようである(笑)。