原作か原案か

ここへ来て「カメラを止めるな!」に原作となる舞台があったことが明らかになったというニュースをいくつか読んだ。
原作者の方のインタビューも読んだ。
思うことはいろいろあるが、なかなか複雑な経緯の中での問題なんだなぁと思った。
 
一個人の意見としては「カメラを止めるな!」は面白い映画だと素直に思う。
原作となる舞台があったと知った上でも、その面白さが変化することはない。
 
なにか不手際があったのならば訂正をすればよいし、複雑な事情と経緯から原作表記をしにくかったこともうっすらながら想像がつく。(これは主に原作者のインタビュー内容から推察できた)
 
パクリとは違う問題だとも思う。
これまでの監督のインタビューの中には「GHOST IN THE BOX」というタイトルがたくさん出てくるし、一度は原作の映画化を試みて頓挫したことについても余すことなく語っている。
その上で登場人物や設定を大幅に変更し、新たな脚本で違う作品に仕上げたとも語っている。
ひた隠しにしたいのであれば(つまりパクリだという自覚があるのならば)、そんなことを語る必要は一切なかったはずだからだ。
 
映画のテロップには「原案 GHOST IN THE BOX(和田亮一)」と入っているそうだが、今回揉めているのは「原案ではなく原作と表記して欲しい」ということらしい。
 
う〜ん、またも個人的意見を言わせてもらえば「うん、どっちでもいいんじゃない?」となるだろうか?
舞台の構成と映画の構成が酷似していたからといって、それがすなわちパクリになるのかと言えば、決してそんなことはないとは思う。
 
「死んだ人間が生き返って人肉を求める」というゾンビの設定を、もしもジョージAロメロが「私が考えたネタを無断で使うな!」と権利を主張したらどうだろうか?
もちろん彼はそんなことはしなかったし、感染するように定着していくゾンビ設定をむしろ喜んでいたのではないだろうか。(それこそ「ウォーキングデッド」などは、ある意味では過去のゾンビ作品全てをパクリまくった作品といっても過言ではないだろう)
 
インスパイアーされた作品との類似点がどれだけあっても、まずもって違う作品となるのだし、「同じアイディアでこうしてみた!」という変化球にオリジナリティを主張するのもどうなんだろうか?という思いはある。
 
原作を主張する和田氏にしても「自分の作品がカタチを変えてこうしてヒットして嬉しかった」と素直に思ったというくだりに、僕はとてもホッとさせられるのだ。
 
なにか良いカタチで決着、和解してくれたら…と願うばかりである。
 
ネタバレなしの僕の初見の感想はこちら。
「低予算映画の魅力とは?」