毒について考える

微量の毒は薬となるが、大量の薬は毒になる。
また、善玉と思われていたビフィズス菌等の「聞こえのよい細菌」が実は人間の腸内解釈では「外敵」として認識され総攻撃を食らう対象であったという意外な事実についてをまとめた前回だった。
 
ところで自然界には食物連鎖を基本とする上下関係のようなものがあるのだが、外敵から身を護るために「毒」を持つ生物や植物が多数存在している。
 
コアラの主食であるユーカリの葉は毒性が強く、コアラ以外の動物は食べることができないそうだ。
ではなぜコアラだけがユーカリの葉を食べることができるのかというと、そこにはコアラという愛らしい見た目をした動物の悲しい進化の歴史があった。
つまり、愚鈍でおとなしいコアラという生き物は、生存競争の中で他の動物に勝ち抜くことができず、結果として他の動物が見向きもしない毒の葉っぱを食べることに順応することで、競争率のない食べ物を勝ち取ったそうなのだ。(コアラは体内でユーカリの毒素を分解する酵素を出すことで無毒化をしている)
 
 
真実は定かではないのだが、コアラはユーカリを美味しいと思って食べているわけではないらしいという説がある。こればっかりはコアラの心のわかる読心術者でもない限りはわからないことだろうけれども、少なくともユーカリの葉は毒性が強いのに加え、栄養素も乏しく消化も悪いそうなのだ。
可哀想なコアラはそんな葉っぱを消化することに生命エネルギーの大部分を注がなければならず、一日のうちの20時間を眠ることによってかろうじて生存ができているという非常に効率の悪い生涯を送らなければならない運命なんだそうだ。
 
ここまでをまとめると、毒性を持つ植物は「俺を食べたらひどい目に合うぜ?」という警告をしているわけであり、それは動物の防御、例えばスカンクのオナラ、ハリネズミのハリと同じような威嚇的な性質であるのだろう。
ユーカリのように善戦むなしく順応され食べられてしまう例外もあるけれども、あくまでも「食べられないための努力としての毒性」であることに違いはない。
 
 
一方の果物に関してはどうだろうか?
完全に真逆の方向性を向いている。
 
甘い香りを放ちつつ、むしろ「ほら!わたしを食べて!」と動物に捕食されるためのアピールを怠らない。
食べやすく柔らかい果肉は美味ではあるが、その中にある種は消化されずに残留したまま糞の中に排出される。
大地に根を張りそこから動けない植物は、自らの子孫を繁殖させる手段として、動物に実を食べられ種を遠くに運んでもらうという遠大な計画により、自分自身が美味しくなることを進化の道として選んだのだろう。
これはこれで納得のできる生態系のあり方だと思える。
 
ここまでが前説のようなもの。
面白い話はここからだ。
 
最近になって「毒であることを悟られないようにしつつも積極的に食べられようとしている菌類」の存在が明らかになってきている。
つまり、防御としての毒ではなく「美味しそうでしょ?食べてごらんよ!」と果物のような魅惑的なルックスと芳香で動物を誘惑する存在だ。
 
そしてこの誘惑は野生動物に限らず、過去の歴史から人間も騙されてしまっていたことがわかる。
おわかりだろうか?
 
いわゆる「毒キノコ」だ。
食べると死んでしまう猛毒キノコについての記事
 
多くの毒キノコの特徴として挙げられる「すぐには効果のあられない毒性」が長年疑問視されていたそうだ。
「食べられないようにするための防御としての攻撃」であるならば、味はまずくてニガくて口にした瞬間「危険!」と思われることが大切だ。
いかにも危険そうな見た目というのも重要なのに、毒キノコはそこまで毒々しいルックスをしていない。
 
そう、ほぼ全ての毒キノコは防御をしているようにはまるで思えない。
 
むしろ果物のように魅惑的な香りを放ち動物を引き寄せて美味しく食べられるわけだが、食後数時間〜数十時間が経過しないと毒が効かない。
これでは食べられ損のようなものではないか。
なぜ毒キノコはそのような性質をしているのだろうか?
 
なにかの罠?
そう!明らかにこれは罠!
そこには植物のタネと同じ働きが隠されていたのだ。
 
毒キノコを食べた動物はしばらく森の中をウロウロした後、ゆるやかに毒が体内を巡り、やがて動けなくなり死に至る。
亡骸は「森」によって速やかに分解され土に返される。※ここでの「森」とは小動物や昆虫や微生物といった森に生息する生物全体を指す。「動物→植物」という一方的な食物連鎖のように思えても、動物が死ねばその養分は結果として土に養分として返り、植物に還元されるという『循環』をしていることがわかる。
 
毒キノコを食べた瞬間にその場で死なない理由も「森全体に栄養素としての動物の亡骸をまんべんなく広げるためには即効では効かない毒性の方が都合がよい」と考えると、実にすんなりと腑に落ちる話となる。
 
そういった仮説を前提に改めて毒キノコを見てみると、警戒色というよりはむしろ「より目立つ」という方向性での進化をしてきたようにも思えてくる。
夜行性の動物にも発見されやすいもの、あるいは見た目が地味でも普通のキノコと見分けをつけにくいというもの、どちらもいかにも罠っぽい。
 
 
毒キノコとは、「森」という大きな意味での「巨大生物」が生み出した特殊な存在なのではないだろうか?
 
もしかしたら動物と植物の生態バランスによって毒キノコが大量に発生したり、減ったりしているということもあるかもしれないというか、きっとあるに違いないような気がする。
 
森のなかのバロメーター、バランサー、守護神こそが毒キノコなのでは?
 
現時点ではまだ仮説の域を脱してないそうなのだが、実に興味深い内容だ。
 
 
前回の内容と同様、毒キノコはごく少量を摂取する分には多幸感や幻覚などの快楽をもたらす麻薬として作用するが、一定摂取量を上回れば毒となり死に至る。
 
 
尚、本文とは全く関係のない話だが、僕の実の兄は「キャプテン・ウルトラ」に出てくる宇宙人「バンデル星人」を、「あれは椎茸のお化けなんだぞ〜」と父にからかわれたのを当時真に受け、それ以降椎茸が一切食べられなくなってしまったというトラウマを抱えていたが、、、今もそうなんですか?(笑)
 
〜本日の結論〜
毒キノコには注意しよう
バンデル星人にも注意しよう