テレビという名のフィルター

 
関西方面に甚大な被害をもたらした台風21号、そして北海道で震度7を観測した大地震で被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧、並びに現状復帰を心よりお祈り申し上げます。
 
 
災害続きの日本列島である。
台風で西日本に甚大な被害をもたらしたかと思えば翌日の北海道大地震…
我々の国に試練が続いているように感じる瞬間があったりもするが、杞憂であると信じたい。
 
それにしても今回の災害で顕著に感じたことは「もはや報道に関わる人の多くが職を失っているのでは?」ということだった。
ニュース映像の多くが「SNSで拡散されている動画が再編集されたもの」、つまるところもはやほぼ全てのソースは一般人の撮影した動画がほとんどで、業務用カメラ映像は、せいぜい記者会見やスタジオでの解説程度といった印象しか抱けないのだ。
 
いつの間にか報道機関は「まとめサイト」のような役割になってしまっている。
下世話なスッパ抜き等の芸能人張り込みネタ等を除けば、もはや「スクープ映像」は一般人によって撮られるものになってしまっているのではないだろうか。
 
現地での報道にしても、レポーターが派遣されて取材をする映像はまだしも、ディレクターが直接一般人にインタビューする映像などは画像も荒く編集も粗雑だ。
ユーチューバーの作る映像との差をほぼ感じない出来栄えといっても差し支えあるまい。
逆に言えば、撮影編集機材の進化によって素人でもクオリティーの高い映像作品を簡単に作ることができる時代になっているのだろうし、実際そういったハードウェア面でもほぼ同等になっているのだろう。
 
そしてテレビで流れる映像とSNSで流れる映像の印象を比べると…もはやテレビは「リアリティー」という方向性ではSNSに大幅な差をつけられているといって差し支えないような気がする。
そこで起こっているリアル」は、一般人視線、未編集の映像の方が圧倒的に勝っているように思う。
 
どういった倫理規定でカットされているのかはわからないが、印象としてのテレビの映像は、肝心な部分にフィルターをかけているかのような?まるでオブラートにくるんでしまっているような?映像に思えるからだ。
 
それだけならまだしも、TV番組は根拠に乏しい自称専門家や御用学者の余計な意見によって事実を歪め伝え、少しずつ少しずつ「真実」とは異なった印象に誘導しているようにも思える。
 
 
Twitterにちょろっとリツイートもしてみたのだが、東大地震研の予想はまたしてもはずれた。
にもかかわらずどのツラ下げて毎度毎度彼らはテレビにノコノコと出てこられるのか?
「厚顔無恥」とはまさにこのことであろう。
 
前にも書いたことではあるが、彼らが地震の研究を続けることは一向に構わない。
しかし、今後は地震予測の事前発表は一切控えたほうがよろしいかと思う。
人々の生活や生死に関わる重大な案件であるにも関わらず、ここまで結果として「当てずっぽう」の予測しかできないのでは困るのだ。
 
事実彼らの「当てずっぽうな予測」で東海地方に膨大な耐震対策予算が割かれたトバッチリで→十分な予算を与えられず→結果として大被害を被ってしまったのが→今回の北海道であり→数年前の熊本であり→そして福島→中越→阪神大震災であっただろうからだ。
30年以上前から南海トラフや東海地震といったワードを聞き続けたにも関わらず未だ起こらず。
起こらないのはよいとして、その間に一体どれだけの大地震が日本列島各地で起こってきたことか?
そしてどれだけの犠牲を払ってきたことか?
無責任にも程がある。
 
「日本中のいつどこでどの規模の地震が起こるか全く検討もつきません」が結論ならばそれで構わない。
しかし「今から30年以内に千葉か横浜で震度5以上の地震が来るかもしれないし来ないかもわからない」と既にして言い訳だらけの、「それ予想?」というレベルの世迷い言をのたまり続けて50年間、笑うしかないという程に一度として当たることなくハズし続けているのだ!
 
http://jinxito.com/2018/06/18/earthquake/(6/18のブログ記事で使用した画像を引っ張ってきました)
 
前回同様、これだけ広範囲の地震予測にもかかわらず(これを予測と言えるならば…ではあるが)今回の震源地も狙いすましたかのようにピンポイントではずしている。
 
 
そんなことに年間数百億円の予算が投じられているのかと思うと…「どうなんですかその方向性は?」といった疑問も抱きたくもなってしまう。
少なくともそう思ってもバチは当たるまい。
 
(2011年4月の記事。7年経ってもこの国は何も変わっていない)
 

話を戻すと、一般人がスマートフォンで撮影した動画がSNSを通じて世界中に拡散される。
情報規制もなく今目の前で起こっている出来事を世界中の人間がたちまち共有できること。
これは素晴らしい流れだと思う。
既得権益やらオトナの事情やらでがんじがらめのジャーナリズムというフィルターを通すことなく伝えられる真実。
しかし本来のジャーナリズムとはそうあるべきものだったはずなのに…とも思う。
 
いつから我が国ではここまで事実を捻じ曲げなければ公共の電波に乗せられなくなってしまったのだろうか?
 
今回の二つの災害の報道。
ネットとテレビを見比べてハッキリと感じた差異であった。
 
 
最後に無理くりゾンビネタにつなげるわけではないのだが、故・ジョージ・A・ロメロ監督は10年前の2008年の時点で既にそういった視点の「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」という映画を撮っている。
人間はこの感覚に慣らされていくと、最終的には目の前で起こっている現実よりも、YouTubeで見る映像、フィルターを通して見る映像にリアルさを感じるようになるという警告をした映画であった。
当時はピンと来なかったテーマも、今になってみると非常にわかりやすい内容であると思える。
※まぁゾンビ映画なんで「目の前のゾンビが信じられずに食べられちゃう」って、、、ぶっちゃけそんな話なんですけどね!←それよりだいぶ奥深いし!
 
※ゾンビ作品のバナー貼り付けは過激な画像が多いのでなるべくマイルドなものを貼るように気を使っております(笑)。現在Huluにて配信中!