日別アーカイブ: 2018年12月22日

虹色クリスマス

 
L’Arc~en~Cielの東京ドーム公演「ラルクリスマス」の二日目を観てきた!
 
これまでの二十数年間、僕は様々な会場でラルクのライブを観てきた。
国立競技場や味の素スタジアムや国際展示場の駐車場といった広大な土地、北は真駒内から南は鹿児島まで、なぜか僕はコンサートスタッフでもないのにいろんな場所で観させていただいている。
ZEPP東京で観たクラブサーキットなんて今思えばレアな小箱(あえてそう書かせていただく)で観たこともあるにはあるが…
やはりラルクのホームといえば、ここ東京ドームなのではないだろうか?
 
ホームが東京ドーム?
 
読売ジャイアンツか!というツッコミはさておき、5万人を超える観客を収容できる巨大な会場を当たり前のように埋め尽くす、というかチケット倍率が高すぎて「なんで5万人しか入らない場所でライブやるのよ!もはやドームじゃちっちゃいよ!」というスケールのデカいクレームをつけるファンという異様な様相を呈してしまうモンスターバンドなんである。ラルクというバンドは。
 
今回のブログでは楽曲や演出の感想というよりも、やや俯瞰位置からの今回のラルクリスマスについての感想を書いてみたい。
 
僕が案内された座席はステージ正面に位置する一階スタンド後尾列のダイヤモンドボックスシートというブロックだった。
視界は良好だがステージは100メートルほど離れているのだろうか?
(ドームの寸法を見ると100メートルではきかないことがわかる)
 
正面のステージは開始前で暗くてよく見えないが、ステージとほぼ同じサイズのスクリーンが左右に設置されている。
「ふ〜ん」と思いながらもこの時点で違和感を覚えた。
理由はわからないのだけれども、なにか景色が微妙におかしい気がする。
違和感の正体がわからないまま開演を待っていると、隣にプロデューサーの岡野ハジメ氏がやってきた。(岡野氏とも1年8ヶ月ぶりの再会であるのだが、雑談の流れからちょっと面白い話を持ちかけられました!乞うご期待!)
 
 
会場が暗転していよいよライブスタート!
壮大な映像とともに壮大なSEが流れる!
ここで大いなる違和感を覚える。
先ほどとは違う明確な違和感の正体は…
 
音が良い!
 
高音と低音の分離感、左右の定位、そして何よりも…反射音が聴こえない!
 
東京ドームなのに!?
 
えええ!なにこの音!ドームとは思えない!
ZEPPのようにクッキリスッキリした、むしろデッドな音にすら聴こえるではないか!
これは一体どうしたことか!?
 
僕が初めて東京ドームで観たコンサートは今から30年前となる「オフコースの解散コンサート」だったのだが、その時の東京ドームの音はと言えば…MCで何をしゃべっているのかが聞き取れないほどに音がグワングワン回っており、演奏なんてそれこそ会場のあちこちから違うタイミングの音が雨あられのように降り注ぐという、もはや音楽になってない状態だった。
その後どんどんドームの音は改善されてはいくのだが、少なくとも1年8ヶ月前のラルクを観たときにも感じなかったような衝撃的な良質な音に度肝を抜かれてしまった。
 
演奏が始まってさらに音質の良さを実感する。
hyde氏のダイナミックな歌声、煌めくようなハイトーンから囁くようなウィスパーボイスまで、余すことなくきめ細やかな表現がダイレクトに伝わってくる。
tetsuya氏のピッキングの一音一音が、複雑なフィンガーベースのニュアンスまでもがハッキリと感じられる。
yukihiro氏のドラミングは相変わらずタイトでトリッキーだが、CD音源そのままのパシッとキリッとした余計な尾っぽのついていないソリッドな音だ。
そしてkenちゃん(だけ氏じゃないのはなぜ?)のギターの音が…
 
なんじゃこりゃあ!!??
 
音が良いというか…良すぎだろう!
レコーディングスタジオさながらの完璧な音!
ってか、なんかおかしい。
ドームでこの音は明らかにおかしい!
 
一旦音のことは置いて、会場に入った時に感じた違和感もほどなくしてその理由が判明した。
違和感の正体は、なんというか…「なんかドームっぽくないなぁ」と感じていたことに起因する視界のスケール感だったのだ。
ともすれば今回のステージセットをあろうことか「こじんまりしたステージだなぁ」と錯覚していたのだ、自分は。
なぜって、ステージ両サイドのスクリーンと同じぐらいのサイズのステージだったから?
 
こういったライブでは定番のサイドモニタースクリーンだが、アレには「これぐらい」というサイズがあり、おそらく自分はその感覚を基準に全体の尺度の基準としていたようなのだ。
ところがよくよく見れば今回のスクリーンはデカい。
 
いや・・・それにしてもデカすぎるだろ!
 
正確なサイズはわからないけれど、おそらくはこれまでの巨大モニターの4倍ぐらいの大きさだったのではないだろうか?
両スクリーンに映るメンバーの後ろに見切れるステージセットがあまりに巨大で、そこにも大いなる違和感を覚えた。
そうなのだ、自分の肉眼で見るステージ両脇のクリスマスツリーはイメージ的には「あらかわいい」ぐらいに見えるのだが、モニターに映るツリーは10メートルを軽く超えるような巨大なサイズなのだ。
 
東京ドームをZEPPのようなサイズ感に見せてしまうモンスターバンドなんである。ラルクというバンドは。
 
さらなる違和感は、モニターに映る画質がメチャメチャ解像度が高い!
ええええ!あの巨大サイズスクリーンで解像度が高く見えるってどういうことなの?
アリーナ最前列の人はステージをガン見する鑑賞法となるだろうが、スタンド席からだと基本はスクリーンを中心にコンサートを見るのが一般的だろう。
スクリーンに映るメンバーの挙動を見つつも、「えっとステージのどこにいるんだろ?(ユッキー以外)」とモニターから視線を外してステージを見回し、上手の隅っこで手を降っている米粒のようなメンバーを見つけるという手順を誰しもが踏んでいることだろう(笑)
 
これまで悩ましかったのが「本当は生のメンバーをずっと見ていたいけど小さくてわからないからスクリーンを見る」といったある種の妥協のような思いでライブを見ているかと思われるのだが、これだけの高解像度モニターだとほぼ肉眼で見ているような自然な光景に映ってしまうのだ。
何度か中央のステージと全く同じサイズで両モニターにステージが映ったのだが、「あれ?ステージが3つに増えた?」とナチュラルに思ってしまうぐらいに、とにかく映像がキレイだった。
 
 
なぜこんなテクニカルなことをクドクドと説明してきたかと言うと…
コンサートやライブといったエンターテイメントの様式が、これまでよりも一段階上に押し上げられたような衝撃を感じたからだ。
ハリウッド映画のリメイクではないけれども、現代技術によって蘇る感動に加え、さらに新たなる感動を享受することができるようになった気がするのだ。
意図したリメイクとは違う、なんというのだろうか?
技術革新によってごくごく自然に新しい創造物にアップデートされているような?
これまで感じたことのないような感動が沸き起こった。
 
十数年ぶりに聞くラルクの昔の曲、ただでさえ感涙モノの瞬間ではあるのだが、それが最高の演奏、最高の音場、最高の照明、最高のスクリーンで新たな表現として生まれ変わっている。
懐メロなんて言わせない!
これは今回のラルクリスマスで生まれた別モノ、ある意味でブランニューの作品なのだ。
 
 
ファンのみなさんそれぞれに感動をしたであろう今回のラルクリスマス。
各楽曲での感動ポイントや萌えポイントを書きたい思いもあったのだが、おそらくファンのみなさんは今回のコンサートの背景で、このような技術革新が投入されたことをあまり意識されずに夢中で観ていたことだろう。
それが正しい楽しみ方であるし、レビューやレポを読めば読むほどに例外なくみなさん楽しめたようでなによりである(^^) 
 
だけどもみなさんが感じた感動には、このような舞台裏の挑戦や苦労によって数倍〜数十倍にも引き上げられているという要素があることを知っていただきたいと思ったのだ。
 
プロデューサーの岡野ハジメ氏と「なんでこの微妙なニュアンスがちゃんと聴こえてくるの?…ドームなのに」と満面の笑みで顔を見合わせながら、例えば「fate」に入っているarp2600のノイズシーケンスの音にいちいち涙するのであった。
そう!みなさんからすれば謎でしかない我々だけの感涙ポイントというものもまた随所に散りばめられたコンサートでもあったのだ。
 
最後のMC、そして「雪の足跡」でみなさんと同じくグッと熱くなりつつ、
僕自身もラルクからの素敵なプレゼントをいただけました♪
 
と、関係者をもメロメロにしてしまうモンスターバンドなんである。
ラルクというバンドは!