おばけ

先日、家の前で洗車をしていたら隣人の男の子が思いつめた表情で話しかけてきた。
毎年庭でひまわりを手塩にかけて育てている小学生のよいこだ。
「ねぇおじさん、おばけって本当にいるのかな?」
おやおや、それは深刻な相談事だこと。
現実主義の僕としては「そんなものいないよ」とぶった切りたいところではあったけれども、こういうのは家庭それぞれ様々な方針があるだろうから迂闊な否定をしてはいけないのだろう。
 
「○○クンはどう思っているの?お母さんは何て言ってるのかな?」
 
「うちのお母さんは何かあるごとに『おばけに食べられちゃうよ』って脅すんだけど、本当のところ僕はおばけなんていないと思っているんだよ」
 
なかなか聡明な子だなぁと感心しつつも、ここは家庭の方針を捻じ曲げずに自分の考えを伝えることにした。
 
「おじさんもおばけなんていないと思っているよ。でもね、おばけが怖いって思いは持っているかなぁ」
 
「???」
 
「貞子って知ってる?」
 
「知ってる」
 
「うん、貞子は映画の中に出てくるおばけなんだけども、あれは空想のキャラクターだから現実にはいないよね?でも『貞子は怖い』って思いは大人であっても拭えない感情なんだよ」
 
「うん…」
 
「本当にいるかいないかはあまり関係なくてね、恐怖の対象としてある以上それはやっぱり怖いものなんだと思うよ」
 
「…んーよくわかんない」
 
「そうだなぁ…恐竜はとっくに絶滅しちゃった生物だけども、人類の祖先が抱いていた恐怖のイメージがDNAの中にずっと受け継がれていて、『危険』と本能で感じるのにも近いかなぁ?」
 
「うん、ティラノサウルス怖い」
 
「だとするとやっぱりおばけという存在もまた人間が根源的に持っている恐怖の対象なのかもしれないね。過去にはやっぱりいたのかもしれないし、今もいるけど見えないだけなのかもしれないね」
 
「えーやっぱりおばけはいるの?」
 
「それはわからないけれども、おばけは怖い?」
 
「うん怖い」
 
「じゃあ○○クンの中にはやっぱりおばけはいるんだね。おじさんの中にもいるよ」
 
 
実際はここまで理路整然とした会話ではなかったけれども、要約すればそんな内容の話を10分ぐらいしただろうか。
男の子は半ば釈然としない感じではあったけれども一定の納得はしたようではあったし、なによりも自分の中で非常に合点のいくおばけに対する答えが出たような気がした。