カテゴリー別アーカイブ: 2015 WORLD TOUR 後半

イギリス公演終了!

APOCALYPTICA U.K.TOUR SPECIAL GUEST
11/24 Wulfrun Hall, Wolverhampton
11/25 Rock City, Nottingham
11/26 O2 ABC, Glasgow
11/27 02 Shepherd's Bush Empire
11/28 Manchester Academy 2, Manchester
11/29 O2 Academy, Bristol
アポカリプティカとのU.K.ツアー終了!

毎日がライヴで毎日が移動日で毎日が早起きで寝不足気味の一週間だった。
今回の大変さの質をメンバースタッフ共に本能的に感じ取っていたのだろうか?
興味深い現象がイギリスに着いた翌日に起こった。

誰も時差ボケをしていない!(笑)

確かに今回のツアー行程は時差ボケを患っている場合ではない。
個人的な体験では2006年のFAITHツアーがこれまでもっとも過酷な「日々ライヴで移動の日々(笑)」だったのだが、日本国内とイギリスではやはり心情的な安心感がまるで違う。
極端に短い転換時間や撤収時間など、スタッフにとっても相当大きなプレッシャーだったと思う。

そして、このような過密なツアーを年単位でこなしているアポカリプティカの姿はやはり圧倒されるなにかを感じざるを得ない。
IMG_6596
Cello3人+Drum+Vocalという異色の編成のメタルバンド

海外フェスの参加アーティストのスタッフTシャツに記されている日程を見てはビックリし、アポカリプティカの年間行程を見せてもらってはビックリさせられる。
このペースでワールドツアーを続けているのだ。
明日からはさらにベラルーシやロシア方面をまわるそうだ。
タフの次元が違うようにも思ってしまう。
IMG_6544
マニアックネタ:ミッコのバスドラムにはあの高級車のエンブレムが!(笑)

世界に挑戦し続けているVAMPSだが、壁の高さや厚さを感じる日々でもある。
しかし挑戦することによって初めて実感できることだし、挑戦しなかったらどれだけのものなのかを知ることはできない。
漠然と「大変そうだなぁ…」と思って想像や様子見をしているのと、実際に動いて「やっぱり大変だなぁ…」と実感するのには雲泥の差があるのだ。

前回の北米ツアーにしても南米ツアーにしても学べたことが山のようにあったが、今回のイギリス国内での過密な1週間も非常に大きな糧となった。

積み上げた経験はどんなことでも決して無駄にはならない。

そして初体験というものは何歳になってもドキドキするものだ。
年齢を重ねて精神的に乗り切る術を何とか身につけられるようになったと思えば、それに反比例するように体力がヒイヒイ悲鳴を上げ始めてくる。
ドキドキの質は変わってくるものだけど、この刺激は日々の中で一定量はあった方がよいと僕は思っている。

IMG_6561
恒例のVAMPSはどーこだ?
そして若き日本のバンドも来月のヨーロッパツアー公演でここに来るそうだ

ところで今回のイギリスツアーはご存知MAN WITH A MISSIONと非常にニアミスをしながらの移動だった。
狼さんと時にはTwitterでからんだり、メールでお互い励ましあうことができたりしたのもとても素敵な経験となった。
(僕はカミカゼボーイ、通称ボイさんとメル友なんである。彼は人間語はしゃべれないが日本語でのメールのやり取りはできるのだ(笑))

なかなか異国の地ですれ違いなんて経験、普通は起こらないのだが、彼らとはこれが初めてではないのがまた面白い(笑)

またいつか、同じステージに立てる日が来ることを隠れ狼ファンとして願うばかりだ。
ちっとも隠れてないけど(笑)


さて、帰国準備をせねば!
日本に帰ったらまずは何を食べようか?
このネタだけで30分は時間を潰せる。

VAMPS × APOCALYPTICA

U.K.ツアーの2本目はRock City, Nottingham。

今日いよいよ初の共演である。

SIN IN JUSTICE

チェロの低音バッキングはパワーコードのディストーションギターそのもの。
それにK.A.Z氏の重厚なパワーコードが重なって凄まじいサウンドが生まれる。

これを生で聴きたかったんだ!
ずっと!(´Д`)


VAMPSとAPOCALYPTICAがコラボするのは良い企画だとしても、それを成立させるのは並大抵の苦労ではなかったと思う。
どちらも超がつくほどの過密スケジュールで疾走しているバンドだからだ。
両陣営のマネージメント並びにユニバーサルレコードのパワーなくしては、まずもって実現は不可能であったことは容易に想像がつく。

事件は会議室では起こらないかもしれないけれども、現場そのものを生み出す会議室に大いなる感謝をしたい。


音楽に国境がないことは誰もが感じていることだけども、制作現場のいろんな事情にしても本当に国境がなくなっていることを実感する。

インターネットを駆使して遠隔レコーディングで構築されていく楽曲。

……いやはや凄い時代になったものだ。

お互いに試行錯誤を重ねて完成したこの曲ではあるが、実のところ一緒に演奏するのは今日が初めてなんである。

……いやはや凄い時代になったものだ(再)

IMG_6530
初共演の瞬間。カッコよす!

ところで僕はVAMPSのサポートをさせてもらって7年目なのだが、このたび初めて「VAMPSの二人がステージで演奏している姿を客観的に観る」という機会に恵まれた。

もちろんラルクのhydeやオブリのK.A.Zを観たことは何度となくあるのだけれども、
VAMPSの二人のステージ姿となると、やはりこれはかなり新鮮な瞬間でもあった。

普段見ている背中ではなく正面姿。
感動的ですらあった。

え?こんなステージに普段自分もいるの?
とビビったりもした。
だけども感動の方が遥かに大きかった!


次にこの感動を味わえるとしたら…

差し当たってクビになるとかのネガティブな要素しか思いつかない(゜Д゜;≡;゜Д゜)

うん、なるべくなら観ずに済ませたいものである(笑)

残り4公演。
そんなわけで貴重なVAMPSの正面姿を存分に拝み倒したいと思う(^^

イギリス到着

えええ?
ZEPPの最終日のことを書いたのが前回だったのに、幕張でのOZZ FESTのことも書いていないのに、今はもうイギリスの……どこだここは?(笑)
バーミンガムという街に到着している。

展開が早くてブログが追いついてゆけてないではないか!
しかも昨晩はビールを飲んでワインも飲んでしまった挙句、ホテルに戻って焼酎のお湯割りまで飲みだしてしまったものだからいよいよいけない。
いかん!このペースではブログが永遠に更新できなくなる!(笑)

IMG_6487

APOCALYPTICAのイギリスツアーに同行するカタチとなったVAMPS。
移動行程を見るとまたしてもヘビーな感じだ。

IMG_6494
かねてよりウワサの「VAMPS旅のしおり」。
より具体的なスケジュール内容が記されているが、内容はヒミツだ(笑)

使命感に駆られたものの、ここまで書いて寝落ちしていたらしい(笑)
目覚めれば朝。
正確には安定の時差ボケ発動で午前2時にパッチリと目が覚めてしまったのだが、部屋の空調の調子が悪いのかとにかく寒い。
ううう、寒くて布団から出たくない。
眠れない、寒い、布団のぬくもり、眠れない…オシッコしたいかも…眠い、寒い、
を繰り返していたら結果的に浅い眠りを続けつつも朝まで寝ていられた。

もしかして時差ボケおわり?

という甘い希望を抱きながらもまずはコーヒーを飲もう。

ところで今回の行程は前回、前々回の海外ツアーと比べると日数は少ない。
のだが、かつてないほどの過密スケジュールとなっている。
ライヴ6連チャン毎日移動!

これはVAMPSTOKYO13Daysの時に経験した「氣志團万博を挟んだ5連チャン」を凌駕する新記録となる。

移動距離はアメリカほどではなく2時間〜最大でも8時間程度。
前々回のベッド付ツアーバスが出動するまででもない。
しかし深夜にホテルにチェックインし早朝にチェックアウトして目的地に向かう繰り返しとなるために、過酷であることに変わりはなく、また食事面の不安も大きい。

そこで今回もいろいろと食べ物を持参した。
IMG_6498
一部食品じゃないものや酒類も含まれているが、みなさんからのいただきもの(^^

ライヴの時にプレゼントボックスというものが置いてあって、そのボックスを通していろいろお手紙をいただいたりプレゼントをいただいたりする。
全部に目を通させてもらっているのだが、ブログやツイッターの内容の感想を書いてくれていたり、ブログ内容が反映されたプレゼントはやはり嬉しい。
「あぁ読んでくれているんだなぁ(^^) 」とほっこりした気持ちになる。

さらには「味噌汁ならフリーズドライの方が美味しいよ」「意表をついてここはお吸い物でしょ」「こんな柿ピーもありますよ」と応用までしてくれたりと、みなさんの愛をヒシヒシと感じております。
しかし…カレールゥだけ持参しても仕方がないので食べるかどうかはさておきパックの白米は自分で買って持ってきました(笑)

みなさん、いつもありがとうございます(^^)


今日からAPOCALYPTICAとのライヴ。
みっちりと準備ができるのは今日のみ。
気合を入れてサウンドチェックに臨みたい。

ラスト!サンフランシスコ

ロサンゼルスからサンフランシスコまで飛行機で1時間。
同じカリフォルニア、同じ西海岸なのにサンフランシスコの雰囲気はL.A.とは異なる。
以前聞いたことがあるのだが、サンフランシスコは夏に来ると寒く感じ冬に来ると暖かく感じる街だという。
平均気温が年間を通して13〜23度程度と振り幅が小さいのも過ごしやすそうだ。

そして街全体がとてもオシャレでカワイイ。
前々から思っていたことなのだが、坂のある町は国内外を問わずどこも情緒的な雰囲気があるように思っている。
函館、横浜、神戸、尾道、長崎、バルセロナ、行ったことないけどクロアチアやニースなどの美しい風景も坂にある街並みだ。

サンフランシスコはそんな坂の町の中でも群を抜いて大きい。
ケーブルカーが縦横に伸び、ビックリするぐらいの急勾配をグイグイ登っていく。
IMG_1392.JPG

あの方と同じ通りの名前は有名だが、わかっていてもついつい「お」となってしまう。

IMG_1397.JPG

空が曇っているのはこれらの写真は2010年に撮ったものだからだ(笑)

ここサンフランシスコで疲れが一気にまとめて出てきたのと、これまで放置していた自差ボケのツケによる寝不足の合わせ技だったのだろう。
昼過ぎにホテルにチェックインしてから翌日本番日の会場に向かう16時までの28時間のほとんどの時間をひたすら寝こけていた(笑)
夕食に合流もせず、時々起きてはポカリを飲んでまた寝るを繰り返していた。

おかげさまで本番は体調バッチリ。
ツアーラストは絶好調で締めくくることができた。

たっぷりとった睡眠時間のおかげでようやく自差ボケも治ったのだが、帰国日前日というのがやや恨めしい(笑)

始まる前は最後まで倒れずにやり遂げられるのだろうか?という不安があった。
ブラジル、チリ、アルゼンチン、メキシコ、ロサンゼルスにサンフランシスコ。
5カ国6本。
本数だけならば普段もっと密度の濃いスケジュールをこなしているVAMPSではあるが、移動日と本番日を繰り返す日程には慣れていない。

4月の大陸横断ツアーとはまた違った状況ではあったが、しかし終わってみればちゃんと終わることができていた(笑)

また一つ、大きな経験値を得られたと思う。
そしてそれは皆さんの応援あってこそ得られる貴重なことだと常に思っています。

みなさんありがとうございます(^^)

出国前に無理やり書き上げちゃっているので推敲や校正がほぼできておりません。

が、なんとなくアメリカにいるうちに今回のツアー日記は書き上げてしまいたかったのでとりあえず更新してしまいます。

サルバトス・パンチョス

ロサンゼルスからサンフランシスコに飛行機で1時間。
今回の旅の中でもっとも短いフライト時間であった。
明日の公演で南北米ツアーが終わる。
駆け足の2週間であったが、着地の足並みを揃えるようにこちらのブログもリアルタイム性を意識しなければと思いつつも、話はまだメキシコから離れてない。
しかも今回も主題は脱線話なんである。

メキシコのイメージといえば、勝手なイメージで恐縮なのだが僕の場合はこうだ。

ソンブレロにポンチョ、ガットギターを背負った男の履いているブーツのかかとの後ろには用途は不明だが歯車のようなものがついている。


僕のこよなく愛する映画「THREE AMIGOS!(邦題:サボテンブラザース)」のイメージが我ながら馬鹿馬鹿しいとは思うのだが最も近い。

ロバート・ロドリゲス監督作品の方がより近いイメージになるのだろうが、ここはやはりサボテンブラザースを推したい(笑)

こういったイメージを勝手に抱くのは本人の自由ではあるが、しかしながらメキシコという国からしてみれば甚だ迷惑な話だろう。
「ニンジャとゲイシャを観にトーキョーとキョートに行ってスキヤキテンプラを食べたいデース」と言ってる外人に等しい。

言うまでもなく現代のメキシコはかなり近代的だ。
サボテンの荒野と荒くれ者が集うテキーラしか置いてない酒場のイメージじゃないことぐらいは薄々は知っていた(笑)

だが、どうしても解せないイメージの違いが「案外涼しい」ということだった。
地図をみてもメキシコは赤道に近く常夏というよりは灼熱のイメージが強かったので、メキシコシティーに到着して空港を出た時の肌寒さに違和感を感じずにはいられなかった。
おかしい。なぜこんなに涼しいというよりは寒いのだ?(-"-)

現地コーディネーターに聞いたら単純明快な答えが返ってきた。
「標高が高いからですよ」

メキシコシティーは標高2400メートルに位置する首都だったのだ。
富士山の六合目とほぼ同じ高さだという。
これは完全に盲点であった。

そして冒頭に書いた「メキシコのイメージ」は、やはりアメリカとの国境、前回のエントリーで過去の恥を告白したカリフォルニア州との国境ではなく、テキサス州近辺に限定されたイメージなのだろう。

ところでハイド氏とブエノスアイレスで会話していた時に「そういえばさぁ…サルバトスパンチョス覚えてる?」と聞かれてビックリした。
まさに僕も聞こうとしていたことだったからだ。
というよりもチリからアルゼンチンの飛行機の中で僕の脳内にずっと鳴っていた音楽がこのサルバトス・パンチョス唯一のレパートリーである「草原のマルコ」だった。

ここでサルバトス・パンチョスを知らない方のために説明をしておくと、彼らは5人グループで、日本で過去に2回だけ演奏を披露したことがある謎多きバンドだ。
記録によると2006年の4月1日と7月30日だったらしい。

そして彼らはきっとメキシコ人なのだろう。
草原のマルコ、ブエノスアイレスからメキシコへ移動…
VAMPS南米ツアーの伏線がこんな前から張られていたとは!
ただただ驚きである…
フリーメイソンの謎を解くようで興味深いが、もちろん全てこじつけである。

DSC00951.JPG
(スクープ写真:2006年当時、脱ぎ捨てられていた彼らの衣装)

新生サルバトス・パンチョスを見てみたい気がしないでもない(笑)


メキシコのにがい思い出

アルゼンチンのブエノスアイレスから次に向かうはメキシコのメキシコシティー。
遠く離れた日本に住む我々からするとその距離感がまるでピンと来ない。

世界地図を頭に思い描いて考えてみると、案外近そうなイメージもある。

北米大陸の割と上の方にあるニューヨークから南米大陸の真ん中あたりのブラジルサンパウロまで10時間かかったわけだ。
南米の真ん中ちょっと下のブエノスアイレスからてっぺんちょっと上の中米メキシコならば、どう考えてもその所要時間の半分以下だと思ってもバチは当たるまい。

しかし…現実は甘くなかった(笑)

GoogleMapで2点間の直線距離をそれぞれ測ってみる。
NYtoSP
ニューヨークからサンパウロまでは7,685km。
と、遠いんだなぁやはり。

次にブエノスアイレスからメキシコシティーまでを測ってみる。
BAtoMX
な、7,391kmだって!?
ほとんど変わらないではないか!

ちなみに日本とロサンゼルスの距離を見てみよう。
NRtoLA
8,775kmとダントツで離れているわけだが、どうも釈然としない。
太平洋横断とそこまでの差がないという事実にビックリさせられる。

そんなわけでまたもや10時間かけて北上して到着したメキシコシティー。
バスの旅の過酷さとは質の違う桁違いの移動距離の多さだ。


ところで僕がメキシコに入国したのは今回が3回目となる。
1,2回目がとにかく恥ずかしい話なのだが、今日は突如ツアーから完全脱線してこの時の思い出を語ってみようか。

まだ20代の頃にレンタカーでロサンゼルスからドライブがてらサンディエゴフリーウェイをひたすら南下したことがある。
1995年ぐらいだったろうか。
LAtoSD
当時の僕は初めての海外レコーディングを経験し、それをキッカケに仕事以外でも何度もロサンゼルスに遊びに行ってしまうような“重度のアメリカかぶれ”をしている真っ最中だった(笑)

サンディエゴからさらに30分程南下すればメキシコ国境がある。
「どうせだったら行っちゃおうか?」と同乗の友人と勢いで向かうことにする。

普通は国境手前の駐車場に車を停めて徒歩で越境するのがスマートな日帰り観光の仕方らしいのだが、駐車場を探しながら直進していたらうっかり国境を越えてしまった。

し、しまった!

自分の運転で国境を越えた経験はこれが初めてだったのだが、それまで英語とマイル表示だった道が突如としてスペイン語でキロ表示になっている。
「STOP」が「ALTO」といった具合だ。
街の雰囲気もガラリと変わり、交差点もロータリー方式になっている。
怖くなって引き返そうとしても勝手のわからぬ国。地図もない。
言うまでもなく当時はスマホはおろかGoogleMapもない(Google社そのものもない)
ようやく国境方面に引き返すことができたのは10km程進んでしまった後だった。

ここからが大変だった。
アメリカからメキシコへ向かう分には日本の高速のETCゲートのように楽々スルーできる国境なのだが、これがメキシコからアメリカ方面となるとそうはいかない。
数キロに及ぶ渋滞の列に並んで厳しい入国審査を受けなければならないのだ。
不法入国、密入国が多すぎるのだろう。
ちょっとした冒険心とほんのちょっとの油断が、丸一日を棒に振る惨事となってしまったわけだ。

ようやく国境を越えて再びサンディエゴに到着したのは夜の10時近くだった。
結局その日はロサンゼルスまで運転して帰るのを断念して適当なホテルに泊まった。

翌日の朝、ロサンゼルスに帰る前にふと思う。
そういえば昨日はパニクってアメリカに戻ることに必死になっていてまるでメキシコを観光できなかったではないか!ということに気がついたのだ。
今度こそ国境手前の駐車場に停めて歩いて越境しよう!
リベンジである。
今度は友人が運転することになる。
そして再び国境に向かったのだが「あれ?駐車場ってどこだったっけ?」と駐車場を探しながら直進していたらうっかり国境を越えてしまった。

しししししし、しまったぁぁぁ!

二日続けて同じことをしたのではただのアホではないか。
アホを通り越えてもはやバカである。
国境を越えたところで車を降り罵倒しあう我ら。無理もない。
しかもこの時にキーをつけたままドアロックまでやらかしてしまう。
今度は罵倒が悲鳴に変わった。
とにかく落ち着け。
事情を説明すべく国境警備員に話しかけたのだが、彼らはスペイン語しか話せなかった。
なんで?たった10メートル向こうはアメリカなのに!!
あぁそれなのに話が通じない!!
とにかく落ち着け。
今度はロサンゼルスの知人にSOSの電話を試みるが電話が通じない。
国際電話をしなければならなかったからだ。
なんで?たった10メートル向こうはアメリカなのにぃぃ!!!!!

なんなの?このコメディー映画のような展開は?

といったにがい思い出を持つ僕である。
今まで黙っていたわけではない。すっかり忘れてしまっていたのだ。

ちなみにこの後どうなったかというと…
まぁ今こうして元気に生きているので結果的には大丈夫だったのであろう(笑)
過ぎてしまえばよほどの事態であってもたいていは楽しい昔話になれるものだ。

めっちゃポジティブにそんなことを思いつつ、この話を終える。

ブエノスアイレスと名作

ブエノスアイレスという地名で真っ先に思いつくものといえば、我々の世代の日本人としてはやはり「母をたずねて三千里」になるだろう。
小学低学年の頃に毎週放映されていたアニメで、自分と同じ年端もいかぬ少年がイタリアからアルゼンチンまでお母さんに会うために旅をしてしまうというお話は家族の毎週の楽しみとなっていた。
放映期間が約1年あったので感覚的には1年かけてたどり着くイメージが強いのだが、実際にはどれぐらいかけて三千里(12,000km)を旅したかは不明である。

ところでマルコの旅程は本当に三千里もあったのだろうか?
という疑り深い性格がフツフツと「調べろ調べてみろ」と囁きかけてくる。
GoogleMapを使った旅の行程を作るのはすっかり得意になっている(笑)

そこで…と思ったのだが、Wikipediaの「全話あらすじ」を見ながら停泊地やチェックポイントを探し線で結んでいく作業は得意になったとはいってもやはり七面倒くさい。
「今まさにアルゼンチンにいる貴重な時間」を地味な作業に明け暮れるのにあててしまう(案外時間がかかる)のもどうかとも思った。

そこでネットの世界には同じようなことを考えた人はいないものかとググってみたところ、やはり同好の士はいるものである(笑)

ほねっこアニメ部屋
「母をたずねて三千里」は本当に母をたずねて三千里旅したのか?

僕の調べたかったことやりたかったことをキッチリやってくれている(^^
結論だけをいってしまうと実際には14,600km、母をたずねて3717里ほどあったそうである。
少年マルコ、凄すぎだ。

ちなみに我らチームVAMPSは東京ーニューヨークーサンパウローサンティアゴを経由してブエノスアイレス入りをしているのでマルコ以上の移動距離になるが…、マルコの苦労を思えば長距離飛行機のお尻の痛さなんてたいしたことじゃない(笑)
(誰かこの移動行程を計算してツイッターで教えて下さい。ネットが重くてGoogleMapがまともに動いてくれません)

(追記:かなり正確な距離情報いただきました!) 10月3日
お疲れ様です。(^o^)googleで調べてみましたけど、合計23227.9kmかと思われます。間違えてたらごめんなさい。(^^;;

そんなブエノスアイレスに来て我々が食べたものが「アルゼンチンに来たら絶対に食べなければいけないビーフステーキ」だった。
「アルゼンチン ステーキ」でググると空腹時閲覧注意系のブログ等がたくさんヒットするので、これでもかというグルメリポートはそちらに譲ることにする。
こちらのブログはあっさりと要約だけしておこう。

要約する5つの「らしい」
◯アルゼンチンは牛の輸出がさかんで世界中に美味しい牛肉を振舞っているらしい
◯だがしかし一番美味しい肉だけは門外不出で自国でのみ消費しているらしい
◯でも食べに来た外国人には分け隔てなく安価に振舞ってくれるらしい
◯普通の量で500gと超デカいが胸焼けすることもなく食べられてしまうらしい
◯テックのaキラ君は800gをペロリとたいらげたらしい

IMG_5675
(炭火で丹念に焼かれた肉は驚くほど柔らかく肉の旨みとしたたるような肉汁で「これでもか」という牛肉体験をさせてくれた)

IMG_5678
(団体で行ったときの強みはいろんなお肉を少しずつたくさん楽しめることだ。ワイルドさには欠けるが一皿で5度美味しい至福のステーキとなった(^^))

なかなか行く機会のない土地だけに、もしもアルゼンチンに行く機会があったら是非というか絶対に食べておくことをオススメする。

そして結局はこのブログも「空腹時閲覧注意」となってしまったことを事後承諾でお詫びしておく。

それにしてもやはりだ。
まさか自分がこの歳になってブエノスアイレスに来ることになるなんて、全く予想の出来なかった未来だ。
しかもライヴをするためにはるばる地球の裏側まで来てしまっているのだ。
どう転んでも自力で達成できることではない。

VAMPSさん、ハイドさん、ありがとう(^^)

モバイルWiFi

朝方の自差ボケついでに小ネタを一つ書いておいたので自動投稿でライヴ前にエントリーされるよう設定しておく。

今回の南北アメリカツアー期間中、僕はずっとモバイルWiFiをレンタルしているのだが、5カ国対応ともなるとそれなりに気合を入れて借りることになる。
南米は「アメリカ放題」のようなサービスがないので、普通に通信会社の「海外定額制」を使うとなると、通信費はそれなりにかさむ。

かといってホテルや会場のWiFiしか使わないで普段はずっと機内モードにしておくというのも何かと不便だし、しかしちょっと3G回線を使っただけですぐに2000円、ツイッターとインスタにアクセスなんてしようものなら(25M以内なんて電光石火のごとくまさしく一瞬だ)たちまち3000円の日々というのも、15泊の行程と考えるとなかなかもって世知辛い話となってくる(笑)
自分の性格的には「だったら最初から1500円程度の定額制にしてしまおう」の方が気分的にはスッキリする。

そこで今回5カ国対応のモバイルWiFiを借りた。
「5カ国対応かぁ。さぞかしイカしたルックスの機械なんだろうなぁ…」と箱を開けてみてびっくり!
なんのことはない。各国ごとにそれぞれの機械が用意されているだけであった。
どうりで箱が重かったわけである。
当たり前というか、乱暴というか…これは予想できなかった(笑)
IMG_5582
しかも本体に書いてある「ご利用国以外では電源を入れないように!」というちょっと怖い警告文に従って現地でおそるおそる電源を入れてみれば充電が切れていて電源が入らなかったり、前の人の使いすぎですよメール等が100件以上未読のまま削除されてなかったり「あとXXメガ使えます」という表示が電源を入れた時点で既にオーバーしていたり…
なかなかのズサンな管理っぷりである(^^;
ちなみに容量オーバーをすると3Gから2Gにさらにスピードが落ちてしまうそうなのだが…もはや3Gでも十分に遅く常に制限速度でアクセスしている印象は拭えないし、YouTubeを見てみようなんて大それたことも思いつかない。

今のところちゃんと使えているから文句も言わないけど、今言ってしまった(笑)

本日この後日本時間朝の9時からアルゼンチンライヴスタート!

チリ アゲイン!

これを書いているのはチリ出国後のアルゼンチン入りの後、夕食にアルゼンチン名物のビーフステーキを食べ、いい気分で酔ってホテルに戻りそのまま眠りに落ち、例によって朝の4時にパッチリ目が覚めて←イマココ!
という状況である(笑) 気温は14度。思ったよりは寒くないが今季初の部屋に暖房を入れた。
粉末ポカリスエット1リットル用を500mlのペットボトルにちょうど半分入れるベストな方法を模索しながら書いてみる。(なかなかちょうどの濃さになってくれない)

前回チリを訪れたのは2010年、今から5年前のこと。
地球の裏側での熱狂的な歓声に度肝を抜かれたその時の映像はDVD化もされている。



R0011629.JPG
(2010.11.7のリハーサル前のステージ)

そして結果的に今回のライヴでもその大きな歓声は健在だった。
エンジニアのU野氏は「すべてのマイクがその声を拾うので音作りが非常に大変」と大きめのジェスチャー入りで話していたが、笑顔混じりなのが印象的でもあった。
マイクの拾った音がスピーカーから出され、そのスピーカーから出た音が再びマイクに入ると音がループして増幅する「ハウリング」という現象が起こる。
ライヴ中に「キイィィィン!」という大きな音を聞いたことがあると思うが、ハウリングとはアレのことだ。
そして大歓声はこのハウリングのみならず、技術的難易度が上昇する挑戦状のような存在にもなり得るのだ。
音作りは確かに大変そうだが、さぞや職業柄トライしがいのある案件でもあるのだろう。

ところでお客さん側が聞いている巨大なスピーカーの音をコントロールするのがP.Aエンジニアの担当だが、我々演奏側の耳の中の音を作るモニターエンジニアという担当がいることをみなさんはご存知だろうか?
モニターエンジニアは各演奏者毎にそれぞれのバランスを作るという職業だ。
長年VAMPSを支えてくれているモニターエンジニアS本氏もいろいろと策を打ってきているようで、今回の南米ツアーはいつもとセッティングを変えているようだ。

というのも前回の2010年時は歓声のあまりの大きさで耳の中の音がクリック音を含め一切聞こえなくなるという驚異的ハプニングが多々発生した。
それら含め今回は何としても大歓声によるトラブルを未然に防止しようというスタッフ陣の気合というか闘志のようなものを出発前から感じていた。
現地にある機材という制約の中で同じコンディションを保つということは非常に困難で、場合によっては触ったこともない機材を短時間で使いこなさなければならない。
まさに頭の禿げそうな職業なのだが、ちなみにS本氏はオシャレスキンヘッドだ(笑)

チリはライヴが始まる前から相変わらずの歓声だった。
日本人とは根本的に作りの違う身体。
陽気な人柄と国柄。
それに加えて突如として国家斉唱(?)が始まったりオーレーオレオレオレー♪が始まったりチチチといえばレレレと返すといった様々なお約束事がライヴ中に沸き起こる。
まるでサッカー観戦と同じ感じだ。

時として困惑の表情を隠せないボーカル氏とは対照的に、そのラテンのノリに抗えず身体がつい反応してしまっていたのがドラム氏であった(笑)
彼らの流れに乗ってドラムで拍子を合わせる。
突如として始まる観客とのジャムセッション。
もはやその表情は彼らと同じで「大好物」な感じである(前々から思っていたことではあるが、ドラム氏にはラテンの血が混じっていると確信した)。

予想外のことが起こるということは予想していたが、やはり全てが予想外だ!(笑)

かと思えば「Vampire'sLove」や「SweetDreams」といったメロウな曲では一転してウットリと音楽に身をゆだねるような聴き方に変わる。
恋人同士抱き合ってキスしたりが妙に絵になっているのだ。

5年ぶり2回目のチリライヴは、やはり得難い経験となった。



ライヴの具体的な内容はここでは書かない。
言うまでもなくみなさんの多くは既に動画で現地の多くを見ていることと思われる。
ツイッターでもつぶやいたが、凄い時代になったものだ。

僕らは通信環境が劣悪でほぼ全く見られていないのだが、みなさんそれぞれの感じ方でそれぞれの感想を持ち、そしてそれぞれの範囲内で楽しんでいただけたらと願う(^^)

ブラジルで皆既月食

ブラジル公演が終了した。
始まる前の会場からしてただ事ではない盛り上がりだった。
ステージにスタッフが上がるだけで、もうそれだけで大歓声が起こる。
都度起こる。
小心者のスタッフはバレないようにコッソリ上り、目立ちたがりのスタッフは味をしめて何度もステージに忘れ物をしていたというのは冗談である。

僕は小心者なのでバレないようにコソコソと作業をしていた。
バックアップのハードディスクの調子が悪く、いつもだったら5分で終わるコピー作業がなぜか20分以上かかってしまい、複数回のコピーの必要があったのでいろいろ策を講じながら作業をしていたらミート&グリートが始まってしまい、さらには開場時間も過ぎてしまっていた。
いや〜んな空気感ではあったがパソコン本体はすこぶる調子が良さそうなのであまり追求せずに作業を終えることにする。

南米ツアー1本目!
本番が始まると会場はまさに歓声の渦。
この感じにもっとも近いのは、、、やはり2010年のチリライヴであろう。

僕自身は本番前に頭の両サイドをバリカンで刈り上げたので全身がチクチクしていたり先ほどのハードディスクトラブルでちょっとナーバスになっていたり時差ボケがまだ完全にとれてなくて眠くて不機嫌だったりしていたのだが、そんな細かいことは一瞬でどうでもよくなってしまった(笑)

途中ハイド氏のM.Cもバッチリと通じているようで、何をしゃべっても大歓声が返ってくる。
ポルトガル語の難易度はかなり高めに感じるのだが、不安そうに喋り始めて大歓声が返ってくる度に嬉しそうな表情をするハイド氏がなんともチャーミングだった。

今回も僕のピアノソロがあったのだが、ここの盛り上がりも何かおかしいぐらいに盛り上がってしまっていた。
え?でもなんで?普通そういう盛り上がりはしないだろー?(-"-)?
と思いながら弾いていたのだが、のちに僕の横で某ベーシスト氏が伴奏に合わせて指揮をしていたということをスタッフから聞いた。

なーんだ、そういうことだったのか(^^)

…って、叙情的なソロなのになんてことしやがる!(笑)

昨日はライヴ後の日本への情報のフィードバックの早さについてツイートをしたのだが、考えてみればそもそもブラジルのお客さんがアンコールのレスポンスにしても各曲のライヴアレンジ部分なども熟知しているようで、こういう部分でもYouTubeをはじめとするネットの威力を改めて感じた。
初めて訪れる国なのにみんないろいろ知っている。
予習バッチリなのだ。
これもやはりネットの威力なのであろう。


こうして南米ツアー1本目のブラジルは大成功で終了できた。
終演後の打ち上げもいつもよりも熱い内容となり、後半もラテンな雰囲気で楽しく盛り上がり酒宴は午前2時半まで続いた。

とても幸先の良いスタートとなった。

ところで昨夜はスーパームーン状態で皆既月食を拝めるという、実に実にレアな夜のはずだったのだが…
僕に限って言えば「でもそれは南米では見られないんでしょー」と思い込んでいて、南米でこそ見られるという事実を知らないままでいた(大馬鹿者)。
今思えばツイッターのリプライでも「そちらでは…」と言われていたのに(大馬鹿者)、そもそも北半球と南半球じゃ月のカタチも違いそうなものだしぃ。
とも思い込んでいた。

北半球と南半球というよりも地球の縦軸での位置関係で月食を見られる地域と見られない地域が分かれるそうなのだが、どちらにせよ知らないままでいた。
(メンバーもスタッフも誰も騒いでいなかったので、僕だけでもなかったようだが…)
eclipse-2_pc_ja

おかげで貴重な皆既月食を見損なってしまったかのような書き方をしてはいるが、昨夜は0時を回ったあたりからサンパウロは非常に激しい雷と大雨と強風が吹き荒れていた。
外に出たら3秒でたちまちズブ濡れになってしまうような嵐で、とてもじゃないけど月食を拝める気象条件ではない。

むしろ楽しみに待っていたら「今まで晴れていたのになんで…」と心底ガッカリするような気象の変化だったので、知らないままのほうが幸せだったのだ。
「残りの余生でこんな僥倖は二度とないだろう…」なんて思うのは不幸だ。うんそうだ。


ところが打ち上げが終了した午前2時半頃には先ほどの嵐がウソのように消え失せており、空は曇ってはいるけど月が見えそうな気がしなくもなかった。
その時の僕の心情はこうだった。
「あ、そういえば日本では中秋の名月とスーパームーンが続いていたんだっけ。南米では月はどんな風に見えるのかな?」

部屋の窓から空を見上げたが月は見えない。
角度的に見えないのかな?と向かいの部屋のマネージャーにメールをしてみた。
「そちらの窓から月見える?」
返事がすぐに返ってこなかったのでもう一度空を眺めて眠ることにしたzzz


翌朝朝の7時半に元気よく起床。
時差ボケはまだ続いているようではあるが、唯一便利なのは「とにかく目覚めがバッチリ」であることだ(笑)

マネージャーから「今は月見えません」と3:15に返信があったようだ。
パソコンを開きネットニュースを眺めていたら昨夜の月食についての話題があった。
あれ?南米でも見られたの?
この時点で初めて状況を理解する。
weathernews.jp
皆既月食が起こるのは午前2時11分から。

まさに昨夜僕が空を見上げた時刻近辺に一致するではないか!

しかし月は見えなかった。
部屋の角度が悪かっただけかもしれないし雲に隠れて見えていなかったのかもしれない。

だが待てよ…
もし自分の眼の前で皆既月食が起こっていて、今まさに月が完全に隠れた状態の空であったら?という可能性は否定できないのはあるまいか?

だとしたら、「私は皆既月食を見た!」ということになるのかもしれないのだ(どどーん!)

いや、ここまで状況が揃っているならば、これはもう「見た」ということにしてしまってもよいのではないだろうか?(笑)

ダメですかね?

皆既月食ということを知らずに一瞬空を見上げていた、というシチュエーションが妙に面白かったので、悪い癖が出てまた無駄に長い文章を書いてしまいました(;^_^A

まぁ皆既月食というのはきっと「月が欠けていく過程」であり、その過程を経て完全に消えた後にまた現れてくる、という状況を確認して初めて「見た」と言えることだと思うので実際は「見てない」のでしょう(笑)

しかしどちらにせよ相当印象に残る皆既月食であったことは間違いありません。
南米ツアーの初日大成功の夜、嵐の後に起こっていた皆既月食ですからね。

少なくともこんなシチュエーションで見る月食なんて、それこそ残りの余生ではもうないだろうなぁ(笑)