「コラム」カテゴリーアーカイブ

近況報告あれこれ

なんとも微妙な忙しさが継続しているここ数ヶ月。
ブログ更新もままならない状況なのだが、さらに微妙な忙しさが6月上旬まで続く。
VAMPSツアー時に比べたらどうということはないのだが、いかんせん単一現場に深く関わっているのと比べると、同時3つ4つ進行の日々というのが10年以上ぶりだからなのか、なかなかペースを合わせるのに混乱をする日々で、「今日はこれ」と気持ちを切り替えたつもりがなかなか切り替わらずにクッションの中日をダラダラ過ごすだけで終わってしまうような無為な日々を、ここ1年の中で相当数過ごしてしまっている。
そんな日々ではあるのだが、いろいろと近況報告をしてみたい。
 
 
1.電脳音楽塾
 
X-JAPANのマニピュレーターであり故・hide氏のプロデューサーでもあるINAさんの主催する電脳音楽塾の講師として定期的なサロン寄稿、近日中には動画でのレクチャーやワークショップ等も予定しているのだが、現在先日開催されたマニピュレーター3人対談「THE・3名様」の動画が公開されている。
90分に及ぶ対談内容はINAさんの絶妙な専門用語注釈でフォローされ、テロップによる補足もバッチリ。
とても良い内容と評判ですので是非御覧ください(^^(非会員向け有料配信324円)
 
 
2.音楽プロデューサー 岡野ハジメ エンサイクロペディア CATHARSIS OF MUSIC
 
L’Arc~en~Cielをはじめとする数々のロックバンドのプロデュースを手がけてきた岡野ハジメ氏の本が発売された。
ツイッターでは既に宣伝済みではあるのだが、この本の一部に岡野さんと僕の対談が収録されている。
オビにはハイド氏、本の中にも恐れ多い有名人著名人がたくさん出てくる中で、なぜ対談相手が僕だったのだろうか?(-“-)?
大変光栄なことではあるけれども、なんか申し訳ない思いもしてしまう(^^;
すんまそん僕なんかが…でも読んでね(笑)
 
本の内容は多岐にわたっており、非常に緻密で奥が深くマニアックなネタがひしめいているような…とてもボリューム感のある構成内容となっている。
「L’Arc~en~Cielとの月日」という章もあり、そこだけでも今まで語られてなかったような内容がたくさん出てくる。ファンの皆様には是非読んで欲しいと思うし、できることならば本の最初から最後までを読破していただきたいと思う。
なんて書いておきながら僕自身がまだ全部は読み切れていないのだけれども(^^;
 
 
3.ファンクラブ会報の連載開始!
 
これまでもHYDEISTの会報にはチョコチョコと寄稿させてもらっていたのだが、先日発送された号から「連載」という形式で僕のコーナーが新設された。ありがたいことである。(連載を提案してくれたハイドさんありがとう)
しかしこの先のHYDE氏のスケジュールを見ると、アメリカツアーや全国ツアーで大忙しのようだ。
一緒にくっついていく訳にもいかず、早くも次号のネタをどうしたらよいのか?ライブレポート以外にも楽しい企画を作っていかねば…という使命感をヒシヒシと感じつつも、いろいろ楽しそうなネタを考えている。
お忙しい方なのでLINEのやりとりから内容を膨らませていくのも楽しいかなぁ?なんて思っている。
 
4.自室の片付けがずっとできずにいる
 
最後は打って変わってゆるいネタになる(笑)。
今の家に引っ越してまもなく6年になるのだが、こんなに散らかった部屋でよく生活できているものだな…と我ながら呆れ返るぐらいに散らかっている。
ライブ系の機材と自宅作業用の機材は基本的には完全セパレートしているのだが、ライブデータ編集といった作業は自宅用の環境でやるので、そこから様々な混乱が始まる。
じゃあライブ作業はライブ機材ですればいいじゃんと思うだろうけど、やはり画面の大きさやCPUやメモリーなどの物理的な環境差は大きい。
またDTM教室用のセッティングをよりコンパクトにするべく、特殊パーツでラックマウントしていたMac本体とオーディオインターフェイスをむき身で使うことにしたのだが、そうしてみて初めて気がつくMac本体の尋常じゃない発熱量!
うわ!MacMiniったらこんなに熱くなるPCだったのか!よく今まで壊れなかったなぁ…
そこで12cmのUSB冷却ファンと100円ショップで見つけた手頃なキッチン用品を組み合わせて手製の冷却台を作る。
(総制作費1000円(笑))
 
本来そんなことを悠長にやってる場合じゃないのだが、一度気になってしまったらやらずにはいられない性格のようで、全てをすっ飛ばして再優先事項にしてしまう自分のシングルタスク脳をなんとかしたい。
 
 
といった感じの現在の自分ではあるのだが、別現場で大昔一緒に仕事をしたエンジニアと再会したり、20数年前に手がけたゲーム音楽のファンという外国人の方が僕のツイッターとFaceBookにコンタクトをしてきたり、DTM教室で懐かしい友人に会えたりといった様々な繋がりを感じられている昨今である。
 
人との繋がりを大切にしつつ、日々精神的なゆとりを持って過ごしていきたい。

近況

ここ最近別方面の現場仕事が続いており、いろんな音楽と触れ合う日々を過ごしている。
中にはまだ20代前半の若いアーティストなどもおり、日々新鮮な刺激を受けている。
 
 
それにしても…なんでその若さでこんなことできちゃうの?と思うほどに作品のクオリティーが高く、そして多彩で幅広い。
「後生畏るべし」なんて言ってられないほどに既にして軽く追い越されてしまっているわけだが、悔しいといった感情は全くない。
それほどまでに人間としてのデキの違いのような圧倒的な差を感じてしまい、これはもう妬んでいる場合ではなくて、才能の塊のようなアーティストに巡り会えたことを素直に嬉しく思ってしまうのだ。
 
僕自身大した才能には恵まれなかったが、音楽的才能に溢れた人と出会える運の良さというものを人一倍持ち合わせてきた人生のように思う。
ラルクやハイド氏との出会いは言うまでもないことだが、数々の天才たちに関われる機会に感謝している。
 
先日関わった若手アーティストについて折を見て紹介したいところではあるが、なかなかブログの更新がままならず、今年に入ってからは月に一度しか更新できていないという体たらくをなんとかしたいものである。
 
まずは近々「ラジオ体操」について思うことを述べたい。
…え?

恵方巻

今年の恵方巻報道が興味深い。

「廃棄が多すぎる。いい加減にしなさい」といった趣旨の行政指導もあったらしい。
関西の方にとっては昔からの風習だそうだが、関東の人間にとっては「???」感の強い風習を無理やり根付かせようとしたものの、どうやら失敗として終わってしまうっぽいのか?
 
自分に関しては、この恵方巻に対して「本当は食べたいけれども食べたら負け」ぐらいの意識が強く、ツイッターをはじめてから数年間、親の仇のように恵方巻に対しての恨めしい思いを毎年のように呟いていたのが笑える。
本当は食べたくて食べたくて仕方がなかったんだろうなぁ…と当時の自分を思うと情けなくもおかしいのだ。
 

2011年01月27日(木)1 tweet

恵方巻を買ったら負けだと思っている私w 知らない伝統を流行らそうとするコンビニ戦略に乗ってたまるか!でも食べたら普通に美味しいんだろうな~(⌒-⌒; )

2011年01月28日(金)1 tweet

おはようございます。昨日の恵方巻のたくさんの意見が興味深かったです(^^違和感はやはり「え?こんな有名な伝統を知らなかったの?」と唐突に言われた感じなのでしょうかね。関西の行事ということすら知らなんだ。
…ハロウィン楽しいけど“西洋お盆”とか言われると激しく萎えます(;^_^A
posted at 12:44:31

2012年01月25日(水)2 tweets

恵方巻のことは考えないようにするんだ。あと3時間は寝るんだ。…恵方巻って何が入っているのかな?醤油はつけるのかな?太さはどれぐらいなんだろ?…頭の中はそればかり♪…ぐももも!眠れない( ̄◇ ̄;)
posted at 07:45:28
去年の今頃も「コンビニ商法にひっかかってたまるか」と恵方巻食べない宣言をしたわけだが、こうも街中で美味しそうな写真を日々見せられ続けると食べたくなってくる。かぶりついた時の食感、海苔の香り等想像していたら眠れなくなってしまった。しかも予約だけでまだ売ってくれない拷問的仕打ち。
posted at 07:29:10
 

2012年02月03日(金)1 tweet

【報告】人生初の恵方巻。でしたが半分どころか3分の1でギブアップ(;^_^A …わかっちゃいたけど本当に何の変哲もない太巻きなんですね(;^_^A 1500円とかする高級なのも売ってましたが780円のにしたからかなぁ?(;^_^A
posted at 21:58:06
 

2012年07月27日(金)1 tweet

土用の丑の日だからとウナギを食べているようでは恵方巻コンビニ戦略にハメられているようでシャクだけども、ウナギは丑の日じゃなくたっていつでも食べたい大好物。ウナギ食べたい今すぐ食べたい美味いの食べたい脂乗ったの食べたい行列に並んででも食べたい。頭の中はウナギのことばかり…
posted at 11:14:51
 

2013年02月03日(日)1 tweet

近所の持ち帰り専門寿司屋の行列に並び、しかし恵方巻は買わずにカッパ巻とかんぴょう巻だけ買って帰るこの俺のひねくれ者。
posted at 15:54:12
 

2014年02月03日(月)1 tweet

今年はコンビニ戦略恵方巻きを無事スルーできました(^^
太巻き、普通に美味しいもんなぁ(^^;
あぶないあぶない。
そこまで珍しくもないけどあるとつい頼んでしまうホッピーでかんぱーい(^^
posted at 21:12:29
 

2015年02月03日(火)1 tweet

【恵方巻】今年もコンビニ戦略には引っかからん!と鼻息荒くコンビニには近寄りませんでした!
私の節分にそんな習慣はないのだ!
 
…ま、それとは別件で地元お寿司屋さんがなぜか今日に限って太巻きを店先で売っていたので買って食べました。
 
うわぁ!海苔巻きがどうにも好物なんだぁぁ!
posted at 23:49:06
 

2016年02月03日(水)3 tweets

【恵方巻】近い人に「毎年欠かさずこの話題をしていて太巻好きすぎでしょ?」と突っ込まれる。
「んなことはないだろ!」と「http://twilog.org/jinxito/search?word=恵方巻&ao=a」をしてみると、似たようなことを毎年欠かさず恨みがましくつぶやき続けている俺がいた(^^; (完)
posted at 21:03:29
そうなんです!最近になって「古来からの伝統」とか言われてもなにそれ知らないし?しかもどこのコンビニも正月明けから美味しそうな太巻きの写真で人を誘惑し続けてムカつく!って感じ?(笑) RT @simekora: 恵方巻って関西の習慣ですよね?前から違和感が。でも確かに美味しそう!
posted at 19:17:08
【節分】事務所内では特に行事らしいことはせず、しかし豆は食べる。
子供の頃は大嫌いだったけど案外美味しいと感じるようになった。
毎年懸念の「恵方巻」、どうやら今年はスルーに成功した模様。
絶対美味しいんだろうけどさ〜、ビジネス戦略にひっかかるのがシャクでもはや意地になっておるw
posted at 18:58:17
 

2016年02月04日(木)1 tweet

ブログ更新しました!
「コンビニ経済学」
 
昨日の恵方巻(まだ言ってるw)の逆恨みの続きではありませんが、コンビニについての話題です。
日頃生活に密接に関わっているコンビニへの思いをなぜか語りたくなりました(笑)
posted at 12:15:03
 

だからどうした!
 
と突っ込まれたら返す言葉もないのだが…
自分にしても頑として食べてないようでいて、しっかり2012年と2015年にはシレッと買って食べているのがまた笑える。
 
こうも世間から糾弾されまくっている恵方巻が可愛そうに思えてならなくなってくるので、今年は久しぶりに食べてみようかな(^^
 
と思っているいよいよひねくれものの自分が嫌いではない。
 
 

カメラを止めるな!の特典映像が面白い!

「カメラを止めるな!」の特典DVD「現地リハーサル通しver.」が想像以上に面白い。尚今回は内容について一部ネタバレありの説明をしている。作品の面白さにさほど影響しないであろうとはいえ、やはりこの映画のベストの視聴環境は「何も知らずに観る」だと思うので、知りたくない人は読んではいけない。一応「ネタバレガード」を途中で一回入れておく。

僕は元々15〜20歳ぐらいまで、主にサークル活動で自主制作映画を作っていた。僕自身はその頃からホラー映画が好きだったので「人を飲み込む校庭の砂場」とか「女子高生が無自覚に吸血鬼になっていく」とか「人体実験をやっているらしい病院の地下での警備バイト」とか、そんな話ばかり妄想しては脚本を起こし、仲間内でキャストやスタッフをグルグル回しながら作っていた。

右奥で撮影しているのが高校時代の自分である


そんな前科があるので、映画のメイキング映像を見るのが昔から好きだった。舞台裏の種明かしや苦労話は、ある意味で本編より面白く感じられるからだ。そういった興味は音楽方面でも同様のようで、表舞台に立つことよりもとにかく裏方スタッフをやりたいという気持ちのほうが俄然強かった。

キャストとスタッフを兼任しながら少人数で作る映画というものが低予算映画では商業作品でもよくある。別の映画なのにキャストがほとんど丸かぶりしていたりしていて面白い。
「ピンクフラミンゴ」で有名なジョン・ウォーターズ監督なんてどの作品を見てもほとんど同じ人しか出てこない。またジェームズ・キャメロンやティム・バートンといった大御所監督のキャストの使い回しも有名だ。特に主役クラスではなく脇を固めるキャストは、両監督ともに思い入れの強い俳優さんが多いようだ。

以前「ラヂオの時間」を紹介した時にも書いたが三谷幸喜や伊丹十三もそうだし、最近では福田雄一監督作品によく出てくる役者さんは「福田組」と呼ばれるようにまでなっている。佐藤二朗やムロツヨシは福田作品の中ではなくてはならない存在になっているだろう。

ここからネタバレあり。

「カメラを止めるな!」の通しリハーサル映像。既に映画を見た方ならご存知の通り、ノンストップワンカットで撮影された映画序盤は舞台劇さながらリアルタイムに進行していく。完成した映画を繰り返し見るほどに「それにしてもよくできているなぁ」と感心してしまうのだが、この通しリハーサルを今回見てさらに「それにしてもいやいや、本当によくできているんだなぁ」と大きく頷いてしまった。


回しているカメラは一台のみなのだが、映画撮影の現場というのは当然カメラマン一人だけで撮影しているわけではない。「アツアツファンブック」のスナップにあった「『撮影スタッフ』を撮影しているスタッフ」という二重の絵それだけでもかなり面白いのだが、ガンマイクで音声を拾う人、照明やレフ板を持つ人、監督、メイク、造形スタッフなど大勢が同時に動いている。通しリハ映像にはそういったスタッフが画面のあちこちで見切れてしまっているわけだが、インディペンデントのかなり小規模な撮影チームとはいえ、OKテイクでよくぞこの人達を一度も写すことなく撮りきったものだと感心してしまった。


そしてカメラマンの体力!階段を駆け登ったり降りたり草むらを走って転んだりは映画を観ていた時からわかっていたのだが、通しリハ映像は効果音もBGMも入っていない素のままの音声。動きの激しい画面では激しい呼吸音が、それこそゼーゼー言いながら必死で追いかけている雰囲気が映画以上に伝わってくるのだ(笑)。暗い室内や明るい屋外の出入りでは画面がブラックホワイト両アウトしてしまったりといった技術系トラブルもバンバン起こっている。

ちなみに映画の中盤で血糊がレンズに飛び散ってしまうという映像があるが、これは演出ではなくまさにガチで起こったトラブルだったそうで、カメラマンが布でゴシゴシ拭いている(笑)。「なんてデタラメな!でも面白い!」と思ったものだ。


さらに録音の絶妙さ!映画の舞台は廃墟となった浄水施設。セリフは建物内を反響しまくって非常に聞き取りにくいのだが、通しリハ映像では本当に音がグオングオン回ってしまっていてよく聞こえない。セリフの音量差がこんなにあったのか!と思うぐらいに大きな声と小さな声の差が大きかった。スタッフの声や呼吸音を消し音楽や効果音をつけるポストプロダクション作業は本当に大変だったとは思うのだが、ほとんどは監督が自宅のパソコンで作り上げたらしい。その辺りの制作環境も今やそのレベルで作れてしまうのか!と思ってしまった。


僕の中ではまだまだ終わらない「カメラを止めるな!」だが、尚「カメ止め」という略語は自分の中では禁止行為である(笑)

ああ!自分もまたこういった作品作りを再開させたい!「カメラを止めるな!」は僕にとってそんな願望を激しく喚起させる映画でもあったのだ。
高校時代の映画友人とは今でも交流があり、何年に一度か集まって飲んだりもしている。とりあえず監督をやっていた男と「近々会おうな!」とコンタクトを取ったのが8月。しかし未だに実現していないのはほとんど自分の事情である(´_ゞ`)ちーん 

にぎやかな現代

YouTubeが広告なしのサービス「YouTube Premium」を始めるらしい。
価格は月額1,180円。
これを高いと取るか安いととるかだが、広告なしだけでなくオリジナル番組や音楽配信サービスもあるそうなのだが、…うん、高いだろう(笑)
 
逆に考えると、YouTubeに日頃見せられている広告にはそれだけの価値があるということになり、オトナの視線で考えると広告主はそれだけの広告費をYouTubeに支払っているということなのだろう。
 
TVの視聴率が低迷する昨今、広告は手を変え品を変え我々の生活の中にグイグイと忍び込んでくる。
 
筒井康隆の短編「にぎやかな未来」を思い出さずにはいられない。
テレビやラジオはもちろん、レコードや電話にまでも広告が割り込んでくるIFの近未来のお話。
「常に何かしらのメディアを見ていなければならない」という法律を守らねばならず、必然的に広告を見せられ聞かされる毎日。
そんな世の中で一番価値のある時間とは?
それは「無音のレコード」を聴くこと。価格は10万円。
 
 
現代社会はありがたいことにテレビもラジオもスイッチを入れなければ無音状態にできる。
しかし我々は積極的にネットを徘徊し、目と指の先にダメージを負いながらスマートフォン中毒に率先してなりつつ、自ら広告を見続けているような毎日を過ごしている。
そんな中での「YouTube Premium」はまさに「無音のレコード」に通ずる何かを感じてしまう。
 
今のところ加入する予定はないが…(笑)
 
 
 
調べていたらこんなイベントを見つけた!行きたい!

背中で着る

ハロウィンパーティー2018年の全体スタッフとして関わっている。
いろんなバンドやアーティストが束になって参加するイベントなので、当然バックステージには普段の数倍のスタッフが溢れかえっており、入れ代わり立ち代わり忙しそうに働いている。
 
今日はそんなライブ現場のスタッフ間での暗黙の了解の一つを紹介してみたいと思う。
 
大きなイベントではたいてい「クルーT」「ツアーT」と略されるスタッフ用のTシャツが配布される。
例外はあろうかとは思うが、主に
 
○黒い
○「CREW」の文字が入っている
○誰が着てもなぜかそれなりに似合う
 
といった条件を満たしているものがほとんどだ。
大好きなアーティストを応援しているファンからすれば「欲しいけど手に入らない垂涎のアイテム」なのではないだろうか?(え?そんなに欲しくないですって?僕はやっぱり憧れのTシャツでしたぞ)
 
ところが多くの現場では各自に配られるクルーTは基本的には1枚。
様々な期間のツアー中に洗濯をしながら大事に大事に着なければならず、また汗だくになる場合も多い現場なので、扱いはそれなりに気を使う。
一日だけのイベントならば問題はないが、今回のような3Daysのイベントを1枚のTシャツで乗り切るのはかなり厳しい。
そこで全スタッフがほぼ確実に実行していることがある。
それは、本番以外の時間は別のTシャツを着ているということだ。
なるべくツアーTを着用している時間を短くすることで連チャンで着られるような工夫だ。
 
というわけで本番前のサウンドチェックやリハーサル時は各スタッフは統一されていない自前のTシャツを着ているわけだが、ここに舞台裏独特のオシャレというかコダワリがあるから面白い。
(下のお二方が着ているのが今年のハロパ仕様のクルーT)
 
実のところこの時に何のTシャツを着ていても構わないとは思うし、女子スタッフはフワッとした可愛らしい服を着ている子もいるにはいるのだが、ほぼ全てのスタッフは「普段のツアーT」を着ている。
単純に「DAIGOのスタッフです」といったアピールになるからだとは思うのだが、やはりそれだけではないように思える。
以前氣志團万博の時にも書いたことがあるのだが、それぞれのアーティスト専属のスタッフは誇りを持ってクルーTを着ている。
バックステージを歩いているとそんな風に思えてくる。
 
我らがHYDEスタッフはどうだろうか。
うん、やはり背中がカッコイイ。
(実は今年のクルーTにも複数のバージョンがあったらしい。日程の入っていないもの、追加公演がプリントされたもの等…尚、シークレットの熊本がプリントされたバージョンは存在しない(笑))
 
そしてさらにクルーTの年代が古ければ古いほど、一目置かれるランキングは上昇していくらしい。
例えば2006年のFAITHツアーのクルーTなどを今年のハロウィンパーティーで着ていたらと想像すると…「物持ちよすぎ!」とは思うけれども、やはり「すっげー前から関わっている人」として一目置かれることは間違いあるまい。
たかがクルーT、されどクルーTなのである。
 
そんなクルーTを背中で着て、本日最終日のハロウィンパーティーを無事終了できるよう、助力の一人として仕事をやり遂げたいと思う。

Oさんのこと

仕事がはかどらない連休を過ごしている。
短期的、中期的、長期的、大きく分けてやらなければならないことが3つある。
もちろん目の前のことからやっつけていくべきなのだが、バランスよく進めていくように意識すればするほどに効率が悪くなっている。
今でこそ締切をキッチリと守り余裕を持って仕事に取り組めるようになった社会人…少なくともそうでありたいと思える人間には成長している自分ではあるのだが(歯切れが悪い)、若い頃の自分はそうではなかった。
世の中の締切というものは、たいてい実は上の人が楽をできるような配慮のために下に行くほど理不尽な思いをするように構築されていることを知っていた自分は、上の人に迷惑をかければ辻褄が合うことを知った上での仕事っぷりだったように思う。
とても反省している←
 
そんなわけで以前所属していた事務所には、僕の仕事を監視する係の人がいた。
すぐサボるからである。
年下で小太りのC君は「斉藤さん仕事してくださいよ〜」と懇願をするようなタイプだったが、当然のようにそんな奴のいうことはきかない。なめているからである。
ボスは非常に怖い人だったが、怒られることに慣れていたのでやはりサボっていた。
天の邪鬼な性格を自覚する自分を動かすことは、当時結構大変だったと思われる。
とても反省している←
 
そんな状況の中で新たに投入された監視係がOさんだった。
Oさんは僕よりも6つほど年上でのんびりした性格の人だった。
サボり会話をしようと話しかけるとどこまでも付き合ってくれ、「今日はもう仕事やめちゃえば?」とサボりを励行するような人だった。
「なんて楽な人が監視係になってくれたのだろう」と最初は喜んだのだが、当然のごとく仕事は遅々として進まない。当たり前である。
Oさんは仕事を急かすようなことを一切しなかったからだ。
 
そのうちに「あ、これはまずい。自分でコントロールしないと上に迷惑をかけて済むレベルの話ではなくなってくるぞ」と思うようになった。
自主的にスケジュールを組み、それに沿うように仕事を進めるように意識するようになった。
僕がそうなってもOさんは昼行灯のごとく何も言ってはこなかった。
「いてもいなくても同じじゃん!」と当初は思ったのだが、実のところOさんのおかげで僕は自分の仕事のペースを把握することができたようなものだった。
はなはだ納得が行かないのだが、感謝をしなければなるまい(笑)。
 
 
はかどらない連休をグダグダ過ごしていたら、当時のことを思い出した。
Oさんはその後ご自分の古巣であるCM業界に戻られたようだが、元気になさっているだろうか?しばらくお会いできていない。
ブログにこんなことを書くという現実逃避をしつつ、書き終わったら今度こそ作業に復帰しよう。
 
本当に進みが悪かった連休だったが、まもなく終わってしまう。ヤバい!
来週はDTM講座!(ちなみこれは中期的に仕上げなければならない事案である)

アルコール濃度

「事故後の呼気検査では、呼気1リットル当たりの基準値0.15ミリグラムの4倍ほどである0.58ミリグラムのアルコールが検出されていた。」
 
つい最近、某タレントさんが起こした事件である。
お酒が大好きな自分でもあるので、こういった事件は他人事ではないのだが、自分の中でキッチリと守っているルールが一つだけある。それは、
飲んだら乗るな 乗るなら飲むな」だ。
大好きなお酒を悪者にしてはいけない。
 
ここ最近は月イチで「おとなのためのDTM教室」を東京町田で開催しているのだが、持ち込む機材が多いので車で向かう。
しかし全三部構成の講座の第三部は「お食事会という名の講座でもなんでもないただの宴会」なので、ここは渋々でもお酒を飲まなければならない…本当は飲みたくないのにと書いてるそばから嘘八百であることが明らかなので白状するが、まぁ飲み会は楽しいので当然飲む。飲みますってそりゃ(笑)
その日のうちに車で帰るためにノンアルコールビールでお茶を濁すという選択もなくはないのだが、「車を置いて電車で帰宅して翌日の朝再び車の回収に町田に戻る」という行動に一切の迷いはない。
相当面倒くさいことも間違いないのだが、やはり酔っ払い運転をするという選択肢は絶対にないし、ノンアルコールビールという選択も今のところはないようである(笑)。
 
 
ところで「呼気1リットル当たりの基準値0.15ミリグラム」とはどれぐらいなのだろうか?
こういったニュースではよく聞くものの、具体的にどれぐらいのニュアンスなのかが今ひとつ掴めない。
わざわざ「アルコールチェッカー」を購入してまで知りたかったわけでもないのだが、ここ最近マイ肝臓のお酒の分解能力が低下してきたのか、朝起きても前日のお酒が抜けきってないような感覚の寝覚めが増えてきたように思っていた。
飲酒運転は決してしないとは言え、もしも翌朝になってもお酒が抜けず、意識せずの飲酒運転をしてしまうことになるかもしれないという危機感は抱いていた。
 
ネット通販で調べてみると安いものは1,000円から、上は数万円まで様々だ。
「会社にある業務用と並べて計測しましたがほぼ同値が出ます」といった頼もしいレビューが寄せられていたお安い商品を購入決定!翌日には届くテンポの良さよ♪
 
早速ビールを二缶(350+500ml)あけてウキウキと計測してみたところ…
おお!反応している!
血中アルコール濃度0.14%に5を掛けると「呼気中アルコール濃度(mg)」になるらしい。
つまり午後8:33の時点で0.14×5=0.7mgとなった。
飲酒直後とはいえ、ビール2本で案外高い数値になっちゃうものなのですなぁ…
 
その後焼酎(25度)をロックで2杯程飲んで計測してみたところ、この計測器の上限0.19%(0.85mg)に達してしまったので(^^;、しばらくお酒を飲むのをやめて雑事を済ませさらにHuluで映画を一本見る。
そして見終わった頃に再度計測してみると…あ、やや測定値が下がっている。
午後11:51 0.12%(0.6mg)となり、
某タレントさんの計測値とほぼ同等の値となった。
 
この状態で運転することを想像すると、今の自分はゾッとするほどの酩酊具合である。
しゃべればロレツがあやしいだろうし片足で何秒間立っていられることか?
リアルで僕の飲む姿を知る人なら「飲み始めて1時間あたり」と思っていただければよろしいかと思う。
 
これで運転…ありえん!
 
と思いつつも、そう!この感覚を自分の身体で実感したかったのだ!
呼気中アルコール濃度0.6mg、血中アルコール濃度0.12%はこれぐらい!
 
実感よし!目標達成!
 
幸いこの時点の僕は、ただ単に家で陽気に酔っ払っているだけなので無問題である。
その後「計測値が下がっちゃったことだしな…」と意味不明な言い訳をしてからさらに焼酎を飲み、再び計測値をMAXまで上げたのでありました。
就寝前の午前1:17 再びMAX値0.19%(0.85mg〜)
 
 
翌朝起床。
自分のアルコール分解能力をいろんなパターンで検証その2は、睡眠5時間の時点でどうなっているか?
 
午前6:55 しっかり酒が残っている!0.06%(0.3mg)
 
やはり起きた時に「ううう…酒が残っていてつらい」と思った時はまだ酒が抜けていないことが判明。
 
しかし、そこから口をゆすぎ顔を洗い、コーヒーを飲んで頭がシャキッとしたところで再度計測してみたところ、
午前7:43 0.00%(0.0mg)
 
軽い二日酔い感覚はあるものの、少なくとも計測値は0.00%まで下がってくれた。
どこまで正確な数値なのかはわからないけれども、細かな誤差はともかくとして概ね正常に動作していると思われる。
 

さて、アルコール分解能力について調べてみると面白い。
まずはなんと言っても「眠る前の1時間には飲酒をやめる」がとても効果的だ。
人間の内臓は睡眠中、心臓や肺臓や小腸といった常に動いている内臓以外は、(最低限の機能をしつつも)基本的には身体同様に眠ってしまうそうだ。
当然肝臓もアルコールを分解する能力が極端に低くなるので、必然的に翌朝までアルコールが持ち越されてしまうというわけだ。
上記の実験でも、起床直後にはアルコールが残っていた。
しかし1時間ほどで残留していた0.06%のアルコールは分解されたようだ。
当然、眠る前の「飲んでいない時間」が多ければ多いほど、より多くのアルコール分解が睡眠前にされることになる。
 
そしてとにもかくにも水分。
アルコールの分解には水分が不可欠となる。
ビールのように水分メインのお酒はともかくとして、焼酎やウイスキーといったアルコール度数の高いお酒を飲む場合は、とにかく多めの水を飲むように心がける。
 
「多めの水と眠る1時間前にはお酒ストップ」の二点を意識するだけで、翌日の朝の快適さがまるで異なってくるのだ。
呑兵衛の皆さんは是非とも意識をしてみるとよいだろう。
 
ただ、この辺りの分解能力には個人差がかなりありそうなので、あくまでも参考程度と思っていただけたらと思う。
 
そして現時点でわかっていることは、自分の肝臓のアルコール分解能力は一般的なサイトが示している数値を逸脱した優秀さを誇るらしいということだ。
お酒が弱い人なら15時間以上かかる分解量をどうやら6時間、ビール2本程度なら3時間で分解できているっぽいが過信は禁物、「飲んだら乗るな」のルールは絶対に破らない。
 
今後も実験と計測は続けたいとは思ってはいるのだが、どうにもお酒が大好きすぎるので「飲み終えてから1時間起きている」というのが今のところ一番つらい(^^;
「もう一口だけ!」と就寝時間が先送りになってしまう傾向が強く「今日は30分で寝ておくか!」と、いらない実験結果ばかりが蓄積していきそうな悪寒。
 
目指せ!飲み終えてから2時間後に就寝!←無理
 

どうでもいい話

今日はどうでもいいが致命的に恥ずかしい告白をしてみたい。
Twitterで140文字以内の簡潔な短文で告白をしたかったのだが、どうにもニュアンスが伝えられそうにもなかったのでブログに書くことにした。
 
みなさんの生活の中に一定の割合で浸透していると思われるブリックパック。
いちご味、バナナ味、フルーツ味、コーヒー味、ヨーグルト味、といったジュースとミルクを足したような味の乳飲料が多いかと思う。
告白というのは他でもない。
僕はこういった形状のブリックパックが子供の頃から得意ではなかった。
イチゴ味もバナナ味もフルーツ味も味自体は大好きなのに、パック本体に付属しているこのストローとの相性が悪かったからだ。
二段階式に伸びるストローが満足に伸びてくれなかったり、差込口に入れたらなにごともなくそのままストロー全部が中に入ってしまい、、、「え…で?どうしたらいいの?」と途方に暮れたりと、昔からろくなことがない。
(慎重に取り扱っているにも関わらず「ピュッ」と中味が飛び出してしまうことも数え切れないほどやらかしている)
 
そもそもこのストロー、なぜこんな強力な粘着力でパックにくっついているのだ?
それを剥がすだけでも大変だし、袋状をしたビニールからストローを取り出すのも大変だ。
(この時点で「え???」と思った方はどうかそのまま読み進めていただきたい)
 
粘着力の強いビニール袋をパックから剥がすのがまず大変、そこから細いストローを指先を使って取り出すのも大変。こんなもの小さな子供が取り出すのはまずもって無理…
と思っていたのだが、昨日僕のとなりにいた4歳ぐらいの女の子がいとも簡単にスポッとストローを取り出しているのを無意識に見てしまい…3秒後に
「!!!???えええええ!!!!」
と驚かされた。
 
思わず自分でも数年ぶりに苦手なブリックパックの飲料を購入し(上の写真)、その女の子と同じように試してみる。
 
ストローをパックから剥がさずそのままストローのお尻を押せば簡単にビニールを破って出てくるではないか!というか、そのための強力な接着だったのか!
 
51年間知らずに生きてきてしまった!(恥)
 
追記:こういうタイプのものも全て、まずストローを剥がしてました。
 
しかし今まで誰も僕のそういった動作の誤りを指摘してくれる人がいなかったのはなぜなんだろう?(-“-)
 
おそらくは…多分そんな細かすぎる仕草など誰も気にしていないのだろう。
 
そしてなぜ今までずっとストローを剥がしていたのかと分析するならば…多分ビニール部分がパックなりカップなりに付着したままの状態が微妙にイヤだったような気がするが、後付の感情のようにも思う(^^;
 
 
本当にどーでもいー話でしかないのだが、自分の中では「今になって知ったこと」というちょっとした感動話であるわけだ。
無理やりお付き合いいただいてしまって申し訳ないが、話は以上である(笑)
 
追記:なぜストローを剥がしていたのか判明。小学生の頃の昼食時に配られていた「森牛乳の三角パック」なのだが、学校の方針としてパックとストローを分別してゴミ出ししていた。その頃の名残りがそのまま成人した今も続いていたらしい。
恐るべし無自覚で無意識な習慣!

テレビという名のフィルター

 
関西方面に甚大な被害をもたらした台風21号、そして北海道で震度7を観測した大地震で被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧、並びに現状復帰を心よりお祈り申し上げます。
 
 
災害続きの日本列島である。
台風で西日本に甚大な被害をもたらしたかと思えば翌日の北海道大地震…
我々の国に試練が続いているように感じる瞬間があったりもするが、杞憂であると信じたい。
 
それにしても今回の災害で顕著に感じたことは「もはや報道に関わる人の多くが職を失っているのでは?」ということだった。
ニュース映像の多くが「SNSで拡散されている動画が再編集されたもの」、つまるところもはやほぼ全てのソースは一般人の撮影した動画がほとんどで、業務用カメラ映像は、せいぜい記者会見やスタジオでの解説程度といった印象しか抱けないのだ。
 
いつの間にか報道機関は「まとめサイト」のような役割になってしまっている。
下世話なスッパ抜き等の芸能人張り込みネタ等を除けば、もはや「スクープ映像」は一般人によって撮られるものになってしまっているのではないだろうか。
 
現地での報道にしても、レポーターが派遣されて取材をする映像はまだしも、ディレクターが直接一般人にインタビューする映像などは画像も荒く編集も粗雑だ。
ユーチューバーの作る映像との差をほぼ感じない出来栄えといっても差し支えあるまい。
逆に言えば、撮影編集機材の進化によって素人でもクオリティーの高い映像作品を簡単に作ることができる時代になっているのだろうし、実際そういったハードウェア面でもほぼ同等になっているのだろう。
 
そしてテレビで流れる映像とSNSで流れる映像の印象を比べると…もはやテレビは「リアリティー」という方向性ではSNSに大幅な差をつけられているといって差し支えないような気がする。
そこで起こっているリアル」は、一般人視線、未編集の映像の方が圧倒的に勝っているように思う。
 
どういった倫理規定でカットされているのかはわからないが、印象としてのテレビの映像は、肝心な部分にフィルターをかけているかのような?まるでオブラートにくるんでしまっているような?映像に思えるからだ。
 
それだけならまだしも、TV番組は根拠に乏しい自称専門家や御用学者の余計な意見によって事実を歪め伝え、少しずつ少しずつ「真実」とは異なった印象に誘導しているようにも思える。
 
 
Twitterにちょろっとリツイートもしてみたのだが、東大地震研の予想はまたしてもはずれた。
にもかかわらずどのツラ下げて毎度毎度彼らはテレビにノコノコと出てこられるのか?
「厚顔無恥」とはまさにこのことであろう。
 
前にも書いたことではあるが、彼らが地震の研究を続けることは一向に構わない。
しかし、今後は地震予測の事前発表は一切控えたほうがよろしいかと思う。
人々の生活や生死に関わる重大な案件であるにも関わらず、ここまで結果として「当てずっぽう」の予測しかできないのでは困るのだ。
 
事実彼らの「当てずっぽうな予測」で東海地方に膨大な耐震対策予算が割かれたトバッチリで→十分な予算を与えられず→結果として大被害を被ってしまったのが→今回の北海道であり→数年前の熊本であり→そして福島→中越→阪神大震災であっただろうからだ。
30年以上前から南海トラフや東海地震といったワードを聞き続けたにも関わらず未だ起こらず。
起こらないのはよいとして、その間に一体どれだけの大地震が日本列島各地で起こってきたことか?
そしてどれだけの犠牲を払ってきたことか?
無責任にも程がある。
 
「日本中のいつどこでどの規模の地震が起こるか全く検討もつきません」が結論ならばそれで構わない。
しかし「今から30年以内に千葉か横浜で震度5以上の地震が来るかもしれないし来ないかもわからない」と既にして言い訳だらけの、「それ予想?」というレベルの世迷い言をのたまり続けて50年間、笑うしかないという程に一度として当たることなくハズし続けているのだ!
 
http://jinxito.com/2018/06/18/earthquake/(6/18のブログ記事で使用した画像を引っ張ってきました)
 
前回同様、これだけ広範囲の地震予測にもかかわらず(これを予測と言えるならば…ではあるが)今回の震源地も狙いすましたかのようにピンポイントではずしている。
 
 
そんなことに年間数百億円の予算が投じられているのかと思うと…「どうなんですかその方向性は?」といった疑問も抱きたくもなってしまう。
少なくともそう思ってもバチは当たるまい。
 
(2011年4月の記事。7年経ってもこの国は何も変わっていない)
 

話を戻すと、一般人がスマートフォンで撮影した動画がSNSを通じて世界中に拡散される。
情報規制もなく今目の前で起こっている出来事を世界中の人間がたちまち共有できること。
これは素晴らしい流れだと思う。
既得権益やらオトナの事情やらでがんじがらめのジャーナリズムというフィルターを通すことなく伝えられる真実。
しかし本来のジャーナリズムとはそうあるべきものだったはずなのに…とも思う。
 
いつから我が国ではここまで事実を捻じ曲げなければ公共の電波に乗せられなくなってしまったのだろうか?
 
今回の二つの災害の報道。
ネットとテレビを見比べてハッキリと感じた差異であった。
 
 
最後に無理くりゾンビネタにつなげるわけではないのだが、故・ジョージ・A・ロメロ監督は10年前の2008年の時点で既にそういった視点の「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」という映画を撮っている。
人間はこの感覚に慣らされていくと、最終的には目の前で起こっている現実よりも、YouTubeで見る映像、フィルターを通して見る映像にリアルさを感じるようになるという警告をした映画であった。
当時はピンと来なかったテーマも、今になってみると非常にわかりやすい内容であると思える。
※まぁゾンビ映画なんで「目の前のゾンビが信じられずに食べられちゃう」って、、、ぶっちゃけそんな話なんですけどね!←それよりだいぶ奥深いし!
 
※ゾンビ作品のバナー貼り付けは過激な画像が多いのでなるべくマイルドなものを貼るように気を使っております(笑)。現在Huluにて配信中!