カテゴリー別アーカイブ: コラム

ブログ授業〜2

80年代の音楽は確かに全体の構造を耳で理解するところまでは出来ても、決して簡単には近づくことのできない決定的要因があった。
今の時代とはまた違うジレンマがあったのだがおわかりだろうか?音楽業界のみなさま←
といった前回からの続きである。
 
ジレンマの正体とはそう、単純にプロとアマの機材に差がありすぎて、とてもじゃないがプロレベルのサウンドを再現できるようなアイテムを揃えられなかったのである。
 
録音スタジオの設備だけでも数億円、シンセサイザーやサンプラーといった機材も数百万円が当たり前。
フェアライトやシンクラビアといった1,500万円〜8,000万円(ハッハッセンマンエンンンン!!!???)するような機材まであったぐらいなのだ。
そんな圧倒的物量悪魔的金額差で作られていた当時の「音」。
それをマネして10~25万円程度の国産シンセにコンパクトエフェクターをつないで4chのカセットマルチレコーダーで録音していたのでは、程遠い音しか作れなかったのも無理あるまい。
DX-7×2,DX-7II,JX-3P,VC-10,S612,MSQ700,SPX90,MT44D&RM602,MPK130で宅録中。友人の機材をかき集めDX7が3台になって滾りまくっていた二十歳の夏)
 
ところが現代はこういった機材格差があまりなくなってきている。
もちろん相変わらずプロ用機器という高価な機材があるにはあるが、そこまでの圧倒的音質差や性能差があるかといえば、かなり微妙だと思われる。
また逆の発想の技術がどんどん進化しており、例えば日常ノイズ(空調のブーンといった音など)だけを録音トラックから除去してしまう技術、安いマイクで録音した音を高価なマイクで録音したような音に変えてしまう技術、ギターのアンプやドラムを鳴らす部屋なども後から変えられてしまったりする。
つまり「防音のしっかりしたスタジオ」すらコンピュータ技術によって駆逐されようとしているのだ。
ピンと来ないかもしれないが、もはや「なんでもあり」の時代だと言えよう。
 
 
では現代の最新技術で80年代サウンドを再現することは可能だろうか?
一部のコレクター間でやりとりされている当時のビンテージシンセの値段は現在信じられないような金額に跳ね上がっているらしいが、そういった「あくまでもホンモノ」にさえこだわらなければ、いろんな手段が用意されている。
 
映画「ジュラシックパーク」の中の恐竜のように、新たな技術によってビンテージシンセと呼ばれている数々の名機がパソコン画面の中で蘇っているのだ!
 
 
このARP ODYSSEYはYMOが初期によく使っていたシンセサイザーなのだが、よ〜く見るとこれが写真ではないことがわかるだろう。
そう、パソコンの画面の中だけに存在する「バーチャルなシンセサイザー」なのだが、これが実によくできていて、そのまんまの音が再現されている。
 
「物理モデリング」という技術は当時のシンセサイザーと実に相性の良い技術のようで、今では失われてしまった回路を“プログラム上に蘇らせる”ことに成功をしたのだ。
 
こういったことを書くと「いやそのまんま同じ音ではないですよ」とマニアックな否定をしてくる方がおられる。そりゃそうだ。完全に同じということはない。
しかし、そもそもこの時代のシンセは個体差による当たり外れの幅がかなり広かったので、当時も「完全に同じ音」を同モデル別個体で作ることは厳密にはできなかったような気もする。
 
それともう一つ思うことは、結局はPCにデジタル録音してしまうのだし、そうなったらそれ以降の音の編集やら加工も全部デジタル処理。ならばもうそこまでアナログにこだわらなくてもいいんじゃないのかなぁ?という気にもなってくるが、そこはあくまでも僕が個人的に思うことだ。
 
少なくともこれだけの実機を部屋に並べてメンテをしつつ保管するなんてことは不可能だ。
 
 
ここまでをまとめると、
 
・昔の名機の音が現代では安価に再現できるらしい!
・憧れることしかできなかったあの音を手にすることができる!
・80’sサウンドを手に入れたい自分で鳴らしてみたい奏でてみたい!
 
といった流れに乗りたい方というのは、当然80’sサウンドを身近に聴き続けて来たあなたということになりはしないだろうか?
必然的に「オトナのためのDTM」というくくりになった次第である。
 
いよいよ懐かし楽しい講座のヨカーン!
 
80年代に生まれてすらいない若者をターゲットから外すというニッチ層に限定した講座、、、というわけではないのだけれども、当時中学生〜社会人やっていた人はDTMに興味がなくても無条件に面白いと思います!
あ、生まれてない人もそこそこ楽しい講座です!←手遅れ
(ってか1990年生まれが今年28歳というのはマジなのか?)
 
と、ここまで書いて読み返してハッと我に返る。
「ちっとも難しくない内容ですよ〜」というテーマで書き始めたはずなのに……ちっとも簡単なことを書いてないような気がしてきた。あわわわ。
 
次回はYouTuberもどきの実演動画で「大人のためのDTM講座」をまた別視点から熱くセンデンしたいと思います。
 
「大人のためのDTM講座〜その3」は絶賛受付中!
 
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ブログ授業〜1

「大人のためのDTM講座」なるセミナー?クリニック?も今月末で3回目となる。
なんとなく興味はあるけれども敷居が高そうだなぁ……と思われている方が案外多いっぽい。
実際そんなに難解な講座ではないのだが、DTMという言葉自体が醸し出す難易度増しの雰囲気は否めない。
そこで今日からしばらくこのブログの中で簡単な講義を並行してやってみたい。
 
ところでこの「大人のためのDTM講座」の根幹には「80年代音楽」、いわゆる80’s Musicを教材にしているケースが多い。
近年の音楽は複雑化しており、耳コピするのも非常に困難でキッカケを掴みにくいといって差し支えなく、「かっこいいけど、正直なにがなんだかチンプンカンプン」というのが率直な意見ではないだろうか?
聞いて楽しむ分には何の問題もないのだが、一度音楽を分解するという行程を経ての説明、パソコンを使っての再現といった流れの中では、現代音楽はやや扱いにくいのが実情だ。
DTMの入り口が最新のEDMとなると、最初の一歩のハードルが非常に高い位置にあることは否めない。
 
一方のエイティーズサウンドというのは、音数的には非常にシンプルだ。
様々な理由が挙げられるが、最も明確な理由として筆頭に挙がることは……
即答できますかな?音楽業界のみなさま←
 
それはマルチトラックレコーダーのチャンネル数が今よりもずっと少なかったからだと断言できる。
スマートフォンと同じぐらいの幅……は言い過ぎだが十分すぎる太さの2インチ幅テープが使われていた。
「DIGITAL」のロゴが時代を感じさせるSONY PCM-3324
 
現代では録音トラックはDAW(Digital Audio Workstation)上、実質無制限となっているが、80年代の録音機は16~32チャンネルが限界、音楽表現が一気に豊かになるのには1989年のSONY PCM-3348の登場を待たねばならなかった。
(※80年代回顧録……それ以前も24chと24chのレコーダーを同期させる“スレーブ回し”という重い宣言の後に儀式的作業を経ることによって、チャンネル数を増やすことはできたのだが、2台のレコーダーのシンクロは非常にレスポンスが悪く、また物理的機械動作音をガッチャンコガッチャンコ鳴らしながらモタつく録音作業は誰にとってもストレスフルな録音環境でしかなく、結構スレーブ回しは憂鬱だった)
 
 
当たり前の話ではあるが、録音トラック数が4つしかなければ1つのトラックにより多くの音を詰め込まなければならず、一度録音してしまったら最後、バランスを変えることもできなくなる。ビートルズの時代がまさにその頃だろう。
それはそれで変更のきかない、さぞかしスリリングなレコーディングだったことだろう。
 
故・美空ひばりさんはマルチトラックレコーダーの時代であっても、常に演奏者との一発録音でしか歌わず、しかも一回しか歌わなかったという伝説が残っている。
ひばりさんはともかくとして、バックで演奏するミュージシャン達は大変なプレッシャーの中で演奏していたことだろう。
 
一方の現代では楽器パート別に録音するのはもちろんのこと、一つのパートにしても、何トラックも使って録音がされている。
ドラムだけでも12〜24chぐらい使われている。
(Kickx2,Snarex2,HH,Tom1,2,3,OverHeadx2,Ambx2これだけでもう12ch、ここからさらに各トリガーやら部屋のさらなる空気感とかを録るチャンネルが増えていくわけだ)
 
VAMPSのギター録音などは、一つのバッキングパートの精度をより極めるために一弦ずつ録音するという手法が採用されたこともある。
パワーコードの一音一音を別々に演奏して録音するわけだが、それは当然より正確な演奏技術を求められるわけで、ギタリストとしても二度手間三度では済まされない大変な作業となったのだが、やはり良い音の方がイイ!という純粋な理由と目的で寡黙なレコーディング作業がひたすら続けられた。
そこまで突き詰めて録音された珠玉のサウンドが悪かろうはずもなく、今後もずっと色褪せることのない野太いパワーコードであり続けることだろう。
 
といった非常に高度な技術で録音されている現代音楽の再現性がいかに困難であるか?うっすらとでも想像がつくことであろう。
当然そんな音楽の表層だけを耳コピしたところで同じようになることもなく、ただただ「なんで俺の弾いたパワーコードは同じ音にならないんだろう???」となるばかりだろう。
ふっふっふ。そんな簡単な話ではないのだよ。(忠告:だからといって一弦ずつ弾いてみたところでやっぱり同じ音にはならないとも思うけれどもw)
 
では80年代の音楽をリアルタイムで聴いていた我々はどうだったのだろうか?
先ほども説明した通り、80年代サウンドは音数としてはかなりシンプル、全てのパートを耳コピするのはそこまで大変ではないと言える(とは言え複雑なテンションコードといった逆に今ではあまり聞かない音楽理論的な“難解な響き”にはさんざん苦しめられもしたが)。
確かに楽器パートの構造を耳で理解するところまでは出来ても、決して簡単には近づくことのできない決定的要因があった。
今の時代とはまた違うジレンマがあったのだがおわかりだろうか?音楽業界のみなさま←
 
このお題は次回までの宿題にすることとして、続く!
 
といった話に興味津々のあなたは是非!(YMO好きの団長さんあたりは楽しい内容だと思うんだけどなぁ……と個人指名してみるw)
 
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レジの機械とお台場の出口

書きかけのままの記事があったので完成させておく。
 
僕は普通の男性よりもかなり主婦っぽい言動を普段からしているような自覚がある。
近所にあるスーパーの買い物傾向にしても「A店は野菜はよいけど魚が高い、B店は全般安いけど品質低めなので買うのは加工食品と飲み物ぐらい、C店は水曜日が冷凍食品半額デー、最近できたD店はとにかく野菜の質がよくて安い。冷凍食品は常に安い」といった認識をそれぞれ持っている。コンビニは極力利用しない。
 
さてここ数年でスーパーは一段階上の進化を遂げている。
日々利用なさっているみなさんなら「アレのことかな」と思うことだろう。
そう、レジの支払いが急速なる自動化に向かっているのだ。
 
セルフレジというとIKEAなどの自分で商品をスキャンするまで全てをお客さんがするものを指すものらしく、ここ最近のスーパーが導入しているレジの機械は一般的に「セルフ清算レジ」と呼ばれているらしい。
うちの近所のスーパーは5軒中4軒がこれに入れ換わった。
 
「なぁにそれ?」と首をかしげるあなたに説明をすると、買い物かごに入れた商品のバーコードをスキャンしてもう一つのかごに入れていく作業は従来通りレジ担当の店員さんの仕事なのだが、お会計をする機械は奥にあり、その機械を操作するのはお客さん自身なのだ。
そしてほとんど全てのスーパーは一台のレジに対して2台の支払い機があり、お客さんを効率よく振り分けているという仕組みになっている。
調べてみたらばこの商品は2013年には販売が開始されていた。うちの近所に導入されるまでに随分時間がかかったのだなぁ。
 
これまで混雑時ともなれば長蛇の列ができてしまっていたスーパーのレジが、このシステムを導入することによって大幅な効率化を果たしこれで全ての問題が一気に解消!となるはずだったのだろう。
 
確かにレジの流れはとてもスムーズになった。
店員さんもお金のやり取りをせずに「1番でお支払いください」と言ってカゴをそこに動かしてすぐに次のお客さんに対応ができるし、支払い機が2台あるので支払いがモタついても大抵は1番2番1番2番と振り分けをしていける。
 
ところがである。
時間効率とは皮肉なもので、結局レジの時間は短縮できても、お会計が完了した買い物を重いものから軽いものへと袋に入れたり、ドリップしそうな魚のパックをさらにビニール袋に詰めたり、あるいは冷凍食品にドライアイスを配置したりといったその後のお客さん自身の時間までが短縮されるわけではない。
結果として小さめのスーパーだと、それらの「荷物詰め」をするスペースにお客さんが溢れてしまい、結局はお客さんが作業台が空くのを待たされることになってしまった。
今までレジ前だった行列がなんのことはない、レジの後ろになっただけといった構図が見られるようになった。
大きな面積のお店ならこのようなことにはなっていないが、どこのスーパーでも顕著にその傾向が見られる。
お店の構造自体がこのような事態を想定されて作られていなかったのだから無理もないだろう。
 
ボトルネックを解消したつもりが、結局は新たなるボトルネックが生じるだけになってしまったという、なんとも皮肉な結果が待っていたわけだ。
 

似て非なるケースでもう一つ思い出したことがある。
首都高速湾岸ルート「臨海副都心出口」の位置が2年前に数百メートル変わった。
ダイバーシティーが完成した頃から、これまでの出口の場所では高速から出てすぐの「台場中央交差点」の右折信号渋滞で車が溢れてしまい、かなり手前の高速道路上にまで渋滞が繋がるようになってしまったためだと思われる。
しかし高速道路の入り口や出口というのはそう簡単に作り変えられるものではない。
・仮設出口の新設
・現出口の閉鎖、撤去
・新出口の新設
・仮設出口撤去
といった段階を踏まねばならない。
まずは出口を急遽数百メートル先にズラす工事が行われ、さらに元の場所で同じような渋滞が起こらないような立体工事に移行、約1年がかりの工事期間を経て昨年の3月から渋滞回避が考慮された立体的な出口になったそうだ。
(図を見る限りではどのような改善がされたのかイマイチよくわからないがきっと大丈夫なのだろう(笑)
 

しかしスーパーのレジの件にせよ、この高速道路出口の件にせよ、何となく不思議な気分にさせられる。
あのぉ、なんというか……それらの問題が起こる前にね、
 
誰かしらあらかじめ予測はつかなかったものなんだろうか?(笑)
 
「新しくしてみたらばこんなことになってしまいました!大変だぁ!」
小学生の昆虫観察日記とかではないのだ。
国家事業でもそんな事態がときとして起こってしまうのは、詰めが甘いというかなんというか……
「世の中のオトナって偉そうに見えても案外いい加減だよなぁ…」と改めて思うのであった。
 
ましてや自分ごときの仕事に見落としや詰めの甘い部分、何度修正しても出続ける修正箇所等が起こり続けるのは、無理からぬことであろう。
 
と最後は自己否定のように見える自己肯定に結びつけて終わってしまおう。

TROUBLE〜Outro

ハードディスクの名前が書き換わってしまい、肝心の手弾きシンセの音が発音されなくなってしまうというトラブルに直面した俺氏大ピンチ!
オンガクギョーカイ歴30年はクソの役にも立たないのか?(実際あんまり役に立ちません)
どうする俺?
 
という前回からの続きである。
 
それにしても書き換わってしまった外付けドライブの名前が思い出せないのがどうにも悔しい。
これが内蔵ドライブだったら「Machintosh HD/SSD」に統一しているので迷うこともなかったのだが、外付けドライブに関しては、僕はこれまでかなり適当な名前ばかりつけていた。
「JIN 2017」とか「Storage」とか「3TB Backup」とか……名前を失ったこのSSDはどのパターンを適用していたものやら……
(↑エラーメッセージに一番肝心なドライブ名が表記されていないことが実に恨めしい)
内部設定を見ようとしてもエラーメッセージが前面に出てしまって他の画面に行けない。
 
焦りながら手当たり次第に思いつく限りの名前を入れ直してみるものの、名前を変えるたびにアプリケーションを一旦終了させて起動し直さなければならないのでやたら時間がかかる。
「640G-SSD」「650GB SSD」「JIN 2018」「STORAGE」「HD」
ダメだ、認識してくれない。泣きたくなってくる。
現状では鍵盤を弾いてもほとんどの音が出ないという状況を打破できないのだ。
 
本番まであと30分を切ったあたりで脳内に何かがひらめいた!
 
そうだ!ここんとこずっと電子書籍の作成で画面のスクリーンショットを沢山撮っていたではないか!
「スクリーンショット」で検索をかければPCのデスクトップ画面の1枚や2枚出てくるのではないか?
そこには外付けSSDの名前も一緒に写っているのではないか?
早速Macの「Spotlight」で検索してみると……
膨大な量のスクリーンショットが表示される。
 
しかし……どの画像もどの画像もデスクトップ全体を撮ったものではなく、「⌘+Shift+4」で要所だけを的確に押さえた拡大画像しか出てこない。
さすが俺様、無駄を省き最小限のデータ節約術の賜物のような結果に関心する一方、やはりそんなカッチリした性格の自分を呪いたくなってくる。
せめて1枚ぐらい大雑把に「⌘+Shift+3」で画面全体をキャプチャーしたものがあってもいいじゃないかよ……
 
やはり1曲1曲丹念に再設定し直すしかないのか?
時間だけがいたずらに過ぎていく。
 
受付を終えた受講者のみなさんのザワザワした雰囲気が伝わってくる。
心配そうにこちらの様子を定期的にうかがいに来るスタジオオーナーの横ちゃん。
彼との付き合いもかれこれ20年以上になるが、こんな不安な表情で見られたことも過去になかっただろう。
 
残り15分、もはや何も思いつかない。
このまま鍵盤が機能しないまま、2時間+2時間の講座を乗り切らなければならないのだろうか?
泣きたい。
時間を巻き戻したい。
 
ディスクドライブの名前一つが書き換わっただけでこんなトラブルに発展してしまうものなのか。
前日とか自宅でならばもうちょっと落ち着いて考えることができただろうとは思うけれども、現場でリアルタイムに起こるトラブルというのは、時として悪魔的なまでに判断を見誤ることがある。
 
この時の僕がまさにそうだった。
 
なんか忘れてないか?
根本的なことを?
落ち着いてもう一度考えてみろ。
 
困った時は……ネットに聞け!
 
なぜ最初にそれをやらなかったのだろうか?
エラー画面の文字をそのままGoogleに入れてみる。
 
「Couldn’t load the file UVI」
 
あっさりと解決策を提示したメーカーのQ&Aページがヒットする。
 
 
先ほどは行けないと思っていた初期設定にあっさりと進めてしまい、元のドライブの名称もすぐに確認ができてしまい、SSDの名前を書き換えて再起動したところこれまた何事もなく開いてくれた。
開始10分前のギリギリのタイミングで全てが復帰してくれた。
突如としてはじまったトラブルは突如として解決してくれた。
 
お…おけ!
ゆくぞ!リハなしぶっつけの講座二本立て!
 

 
僕は基本的に「運命には抗わないし受け入れる派」の人間だ。
自分の身に嫌なことや困ったことが降りそそいできたとしても、きっとそれには意味があり理由があり後になれば「自分にとって必要なことだったのだ」と、前向きに思うことにしている。
 
と前々回にも書いたのだが、このトラブルにはどんな意味があったのだろうか?
 
今になって思う。
神様が与えてくれた試練の意味は「そこまで詰め込み過ぎなくてもいいんじゃないの?」ということだったような気がする。
トラブルの始まりと終わりは、まるで本番前の準備時間を意図的に封じられたようにも思えたからだ。
 
せっかく遠方から参加してくれている方もいらっしゃるのだから、ここは時間いっぱいを使って可能な限り多くのことを伝えたい。
その思いに変わりはないけれど、一方では「2時間+2時間は集中力の持続が難しい」「内容が多過ぎて混乱する」といった負の要素にもつながるようだ。
 
実のところ最終調整ができなかったので、一部二部ともお伝えできなかった項目がいくつか残った。
しかしそれは逆の課題になったような気もしている。
よりシンプルに、より確実に、という方向性を目指すべきなのだと教えられたようにも思った。
 
見直すべき点、改善すべき点はまだまだある。
だけども準備万端、リハーサルもバッチリで練り上げた内容をドヤ顔でやりきっていたら、もしかしたらそういったことに気がつけなかったのかもしれない。
そんな当たり前のことを気がつかせてくれるために、ライブ感アドリブ感を神様が采配したのかもしれないなぁ……と自分の中で思うことにした。
 
 
そんなわけで3回に渡って書き続けることだったのか?という思いは残りつつもトラブルの話はこれで終わりである。
ご静聴ありがとうございました♪

TROUBLE〜本編

前回からの続きである。
開封した「HDMIスプリッター」が機能してくれない!
「ケチって安物を買うんじゃなかった!」と後悔しても後の祭り。
 
モニター画面が一つしか使えないということは、次の三択しかないのでは?
 
1.自分がモニターを見ずに心眼を使ってDTMをやり切る
2.もしくは聴講者のみなさんに心眼を使ってもらってDTM画面を心の中に投影してもらう
3.さもなくば自分も聴講者と同じ向き、後ろ姿で講義する
 
どれもイケてないというか……心眼とか言ってるだけで実際無理だし!
 
なんて引っ張りつつも実のところヨコタベーススタジオは町田駅から徒歩3分ほどの好立地、駅前にはヨドバシカメラがあることも知っていたので「最悪当日あそこで調達すればいいや」ぐらいに思っていたのだが、案の定その通りになってしまった。
速やかにヨドバシに向かい、手短に現状のHDMIのトラブル内容を店員さんに伝えると「そういった事情でしたらコレしかないと思います」とすすめられたのが、いかにも高性能っぽい見た目の機械。
信号の増幅をしっかりしてくれる機器じゃないと厳しいと説明を受けたが、、、
くっ!ネットで買ったやつの3倍以上の値段ぢゃないか!
しかしここでケチってまた映らなかったらイヤだ。
「じゃあそれで」と即答してすぐに購入。
手痛い出費となってしまったが背に腹はかえられぬ。
スタジオに舞い戻り接続をしてみると……あっさりと2画面にマックの画面が映った。
「安物買いの銭失い」の典型例である(´_ゞ`)ちーん 
 
(どちらが安物とかは書かないが即バレのような気もする(笑))
 
しかし思わぬタイムロスをしてしまった。
まだ出音の確認すら取れていないのに会場時間まで1時間を切っているではないか!
急がねば!やらなければならないことはまだまだある。
ふとPC画面をみると外付けのSSDの名称が「17%$^#*2」こんな感じで文字化けをしている。
「……なんだろこれ?」
とてつもなくイヤな予感がしたのだが、とりあえずその先は考えないことにする。
目をそらすようにセットアップを進めるが、不安な気持ちを抑えられない。
「ナーニ、きっと大丈夫だろう」
とは思うものの、(多分ダメなんじゃないか?)という思いがよぎる。
 
外付けのSSD(超高速ドライブ)は本日の講義で使用するソフトシンセ類のデータがビッシリ入っており、いわば倉庫のような役割をしている。
近年のソフトシンセは大容量を謳ったライブラリが主流となってきており、例えば「OMNISPHERE2」は約60GB、「VintageVault2」で116GB、「KOMPLETE 11」で126GBと、目眩のするような膨大な容量を必要とするライブラリー量のものが多い。
ノートPCだと内蔵ドライブ128GBとかは割と普通にあるスペック、つまりソフトシンセ1本だけでも本体メモリー全部を埋め尽くしかねない容量なのだ。
ピアノ専用音源の「Ivory2」などにしても、ピアノの音だけで実に77GBもの容量を費やすことになる。
 
そして自宅作業と外作業といったように、別々のコンピューターにこれらをいちいちインストールするのは非常に効率が悪いので、僕は外付けSSDに一括管理をしているのだが……
 
そのSSDの名称がなぜか書き換わってしまっている。
それってつまり……もしかして最悪……
と思いつつ本日使用するシーケンスデータを開いてみると……
 
 
案の定いや〜んな感じの画面が表示される。
データが格納されているべき番地を見失って「どこどこ?」と困っている状態なのだ。
「Find all missing samples」というボタンを押しても予定調和のように見つからない。
 
そして僕は、外付けSSDにどんな名前をつけていたのか全く覚えていなかった。
 
つまり、本日使用する十数曲分の音色全てを再設定してやり直すか、気合いを入れてSSDの名前を思い出すかの二択を迫られることになった。1時間以内に。
どちらかの手段で解決しないと、今日の講義内容はかなりショボいものになってしまうことは明らかだ。
しかしメドレーのようにいろんな曲をデモ演奏するので、使用している音数は膨大だ。
とてもじゃないが小一時間で再設定できることではない。
しかしもう一方の「気合で名前を思い出す」って……どうやって?
 
どうする俺?
 
(またもやつづく)
 
 

TROUBLE〜Intro

僕が最初にDTMに触れたのは……
恐らくは中学3年生の頃、“昭和楽器 春日部西口店”のヤマハエレクトーン教室の同じフロアーにあった練習スタジオ。そこには数台のシンセサイザー「YAMAHA CS-10」が無造作に壁に立てかけられていた。
 
今思えば当時のYMOブームに便乗した「シンセサイザー教室」なるものが開設されたのだろうか、CS-10のパネルが描かれたホワイトボードも用意されていた。
そのスタジオ内にコッソリと潜入してCS-10の電源を入れてみると……赤いランプが点灯する!
恐る恐る鍵盤を弾いてみるが、音は出ない。
本体の「OUTPUT」と書かれた端子にはケーブルがささっており、その先を辿ってみるとキーボードアンプの「INPUT」につながっている。
「……」
そこでアンプのパワーをONにしてみると「ブォゥン」と鈍い音を立てつつ、やはり赤いランプが点灯する。
ボリュームは「5」、再びCS-10の鍵盤を弾いてみると……今度は「ベン!」という野太い音が鳴った。
 
この時の衝撃と興奮は今でも忘れられない記憶として残っている。
 
(かなりシンプルなシンセサイザーなのだが当時の僕には十分難しかった)
 
中三ということで高校受験を控えてはいたのだが、僕はなんとなくエレクトーン教室に通い続けていた。
しかし教室に通っていた半分ぐらいの理由は、シンセサイザーをいじるのが楽しかったからだと思う。
 
CS-10の転がっていた練習スタジオは、大抵の時間は閑古鳥が鳴いており、いつも空室だった。
そこに目をつけた僕はいつしか教室の始まる30分前、もしくは1時間前に行くようになっていた。
当時の東武伊勢崎線は1時間に2本しか電車が走っていなかったので、外出時の行動クオンタイズは30分が最小単位となっていた。
 
その時エレクトーンの先生には「高校受験があるので半年かけてこの曲が弾けるようになれたらそれでいいです」と選んだ1曲が、よりにもよってかなり上級グレードの「New York Passion Street」という曲だったことも覚えている。
この曲をキッカケに僕の音楽人生が大きな転機を迎えることになるのはそのまたちょっと先の話なのだが、機会があればいつか記してみたい。
 

そんな若かりし頃のエピソードを思い出しつつ……2018年7月8日、人生の中でも相当イヤな悪夢レベルのトラブルに見舞われたのは、DTM歴(石の上にも)35年の自分自身であった。
 
僕は基本的に「運命には抗わないし受け入れる派」の人間だ。
自分の身に嫌なことや困ったことが降りそそいできたとしても、きっとそれには意味があり理由があり後になれば「自分にとって必要なことだったのだ」と、前向きに思うことにしている。
 
 
第二回DTM教室の開催が決定した時にただちに思ったことは、「第一回で使ったノートPCではスペック的にかなり厳しい」ということだった。
「最低限このスペックであれば、これぐらいのことはできます」というデモンストレーションを兼ねて、敢えて非力な世代落ちのノートPCを使用したのだが、本当にギリギリのスペックなので正直心臓に悪い。
(事前に打ち込まれたものを再生するなら問題ないのだが、リアルタイム演奏には数倍のスペックを要求される)
 
なので今回は不要なリスクを避けてデスクトップマシンを使用することにした。
こちらを使う場合は自分が見るモニターと受講者が見るモニターと二つの画面出力をしなければならないので、事前に「HDMIスプリッター」という小さな機器をあらかじめネット通販で購入しておいた。
 
先週頭の時点で商品は自宅に届いており「動作確認しておかなくちゃなぁ」と思いつつも、電子書籍の作成とDTMクリニックの準備の並行作業に追われ、ついつい先延ばしのまま当日を迎えてしまった。
会場のヨコタベーススタジオに予定通り午前10時半に入り、黙々とセッティングをこなしていた。
前回同様にリハーサルを兼ねた最終調整を、2時間の範囲でする予定だ。
 
今回のクリニック内容、実のところまだ完璧に詰まりきっておらず、しゃべる内容の順番、それに合わせてのスライド資料の入れ換え、終了後のアンケートURL取得やQRコード取得などをその2時間以内にやるはずだったのだが……
開封した「HDMIスプリッター」が機能してくれない!
 
直接モニター画面につなげれば問題なく投影される画面が、この機器を介すると何も映らない。
入力された映像を二つに分けるだけのシンプルな機器なので、設定もへったくれもない。
これが使えないとなると……あれ?それって結構深刻な事態なんじゃないの?
 
問題のないはずの午前中がザワつきはじめた。
この時点ではさらなる試練が襲ってくることを知る由もない自分なのであった。
 
(つづく)

NEXT…

6月29日、HYDE LIVE 2018がZEPP東京でいよいよ幕を開けた!
 
ライヴツアーがスタートしたであろうその日の19時過ぎ頃、僕はお台場のZEPP東京にはおらず、近所のプールで泳いでいた。
5月のアジアツアーから戻ってきて以降しばらく引き篭もり生活が続いていたので、軽い運動とリフレッシュを兼ねて週に1〜2回ほど泳いでいたらすっかりハマってしまったのだ。
今はクロールでもなく平泳ぎでもない、“魚のようにただ水の中に居るような”ユルい泳ぎ方を探求している。
 
お気付きの通り、ハイド氏の新たな挑戦に僕は今回大きな関与をしていない。
しかし「偉大なアーティストをリスペクトし続けたい」という僕の思いは20年以上前から何も変わっていない。
今の自分にできることは精一杯の後方支援のみだが、今後ともにみなさんと感動を共有していけるよう、自らを精進し続けていきたいと思う。
 
「シン・ハイド第二形態」を純粋に目撃しに、そしてその姿を熱いレポートとしてお届けするため、近日中にZEPP東京に出没することを予告……ってすんまそん、我慢できず6月30日の公演を早速観てきちゃいました(笑)
 
ここ数年、「文章表現」という音楽とはまるで異なる方向性に、少なくないエネルギーを注いできた自分ではあったが、そのことにいち早く気がつき、チャンスを与えてくれたのもまたハイド氏であった。
熱心なファンのみなさんならご存知かと思われるが、定期的というわけではないけれども主に海外ツアー時(すなわちそれは定期的の意(笑))のファンクラブ会報の記事を書かせていただいたり、モバイルサイトのスタッフダイアリーを書かせていただいたりしていたのも、ハイド氏の助言あってのトライだった。
 
そんなわけで僕は今現在「音楽+文章」といった新しいカタチを追い求めているのだが、ハイド氏はまるで10年以上前から僕がその方向を目指すことに気がついていたかのように、ナチュラルにその方向性を受け入れてくれていたのではないのか?と今になって思うことがある。
そんな大昔のエピソードを伝える機会があったら、いつか語ってみたい。
 
 
 

時ほぼ同じくして、尊敬しているアーティストであり長年の友人でもあるJENIがアルバムを発表した。
彼女の長い音楽経歴では初となる「ピアノ弾き語り」のアルバムだ。
逆算することにはなるのだが、彼女はこのアルバムを作るために20年以上の歳月を費やしたことになる。
いや…「この表現をするために今までのバンド活動があったのだ」と結論づけてしまうのはあまりにも乱暴すぎるかもしれない。
しかし彼女の音楽性を熟成させ続けた数十年があり、一度は離れてしまったピアノと再び出会い、真の覚醒を遂げてからの3年半が凝縮されたアルバムとなったことは間違いないだろう。
僕と彼女は不思議なご縁があるようで、インディーズ時代〜メジャーデビュー前後〜再びインディーズ時代〜ピアノ修行時代〜今現在といった長いスパンの要所で関わりを持ち続けていた。
クリエイティビティを一切伴わない「新年会で呑んだくれて終わっただけ」といった年もあるにはあったが(笑)、彼女が変化していく姿を20年の長きにわたって見続けていたのだなぁ……と届いたサンプル盤を聴きながら思った。
 
Twitterでは既に告知していることではあるが、このアルバム「I am Music」のライナーノーツというものを今回書かせてもらった。
資料として同封されていたA4サイズのフライヤーにも同じ僕の文が載せられており、嬉しいサプライズをいただけた。
 
彼女もまた僕の文章が好きだと素直に伝えてくれる人で、「いつか出すアルバムのライナーノーツを絶対書いてね!」と言われたのは一昨年の忘年会だっただろうか?
僕は僕で彼女とその周辺の素敵な人間関係に心底惚れ込んでおり、「機会があればいつかあなた達のその足跡を世間様に吊るし上げてやるからそのおつもりで」と穏やかではない“ある計画”をずっと目論んでいるのだが、それを実現することが僕の大きな目標の一つになっている。
彼女が辿ってきた音楽同様、僕の表現にしても一朝一夕で実現するのは難しそうだが、「必ずやカタチにしてみせます!」と今から宣言しておく。
 

タイプも関わり方も世間的な知名度もまるで異なるお二方ではあるが(JENI子さんスマン(笑))、僕にとってはこれからもずっと愛し続けていきたい大切なアーティストたちだ。
 
そして偶然とはいえほぼ同じタイミングで新たな一歩のお披露目がそれぞれあった6月末。
僕もこのムーヴメントに呼応するかのように、ここで次の自分の展開を発表することができたら一番よかったのだけれども……あともうちょっとだけ時間が必要のようです!
 
「音楽+文章」という組み合わせで様々な方向を模索しているのだけれども、近日中に発表できるであろう第一弾がほぼ完成まで漕ぎ着けております。
今は身近な見識者に意見を求めての最終調整に入っておりますが、まもなく公開の運びになるかと思われます。
 
ヒントは「音楽と旅」
 
 
そして今週末の7月8日は「大人のためのDTM講座」の第二回がYOKOTA BASE STUDIOにて開催されます。
よりわかりやすく、よりライトにをテーマにした「DTMの入り口」を紹介していく第一部と、前回予告編的に軽いデモ演をした最新プラグインを用いた実践音楽制作講座を中心とした第二部といった内容になっております。
 
現状第一部に若干の空きがあるようですが、第二部はほぼ満席のようです。
東京都下の町田ではございますが、お時間あれば是非ご参加ください♪
 
(詳細は一つ前のブログ記事を参照してください)

地震

大阪地震で被災されたみなさま、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧並びに現状復帰を心よりお祈り申し上げます。
 
2年前の熊本地震の時にも書いたことなのだが、こういった大きな地震が起こるたびに改めて伝えておきたいという思いがあるので、今回も地震予知について書かせていただこうと思う。
 
僕のタイムラインに以下のようなツイートが届いた。
村井俊治・東大名誉教授の有料メルマガ『MEGA地震予測』が先週号で出していた、最新の地震予測(公開情報のサマリーによる)。これだけピンポイントで外すのは、もはや職人芸の域。



https://twitter.com/Yokohama_Geo/status/1008502797510144000
 
東大地震研がまた赤っ恥をかいたらしい。
これだけ当たらない予測を50年間続けているというのも凄い話なのだが、どのツラ下げて存続していられるのだろうか?と思わずにはいられない。
 
このブログでは2年前の熊本地震の時にも書いていることではあるが、現代文明では地震予知をすることは難しく、「不可能」と言い切ってしまってよいレベル。
かろうじて地震の数秒前のP波を感知して「緊急地震速報」を伝えられるシステムまではできあがったものの、それにしても誤動作が多く「完成の域」に達したとは到底言えないシロモノだろう。
熊本地震から2年経ってはいるが、それらが特になにか大きく進歩したわけでもないだろう。
 
にも関わらず、多くの日本国民は政府やこういった権威の言うことをいまだに鵜呑みに信じてしまっている。
 
地震の研究をやめろとは言わないが、当たらない予測なら発表しないほうがよい。
 
↑上のツイートの皮肉めいた言い回しをしたくなる気持ちももっともだと思うぐらいに、一度たりとも当たったことがないそうなのだ。
 
上記の図のように国土の9割方を塗りつぶして「ここのどこかに来るかもしれない」なんてしたり顔で発言すること自体が既に常軌を逸しているし、それが当たり前のようにまかり通っているのもどうかと思うし、さらにはその予測をことごとくはずしているのだ。
 
それはつまり、
 
と断定(?)しておきながら10代の犯行だったようなものではないのか。
 
「東海地震」「南海トラフ」といった言葉を聞いてからの数十年、いまだに発生しないこれらの地震なのだが、その間に一体全体日本の各地でどれだけ大きな地震が起こり続けてきたことだろうか。
ここまで的中しない予測データも確率的に珍しいそうだ。
笑い話ではなく完全に“逆張り”して構えた方がよほど安全なんである。
 
これならばまだジュセリーノさんやその他の預言者の方が、真偽のほどはともかくとして過去に当たったことがあるだけまだマシではないか。
根拠のない予言や占いにも憎悪に近い感情を抱いている僕ではあるが、2年前にブログを書いた時点からちょっと考え方を改めることにした。
 
「少なくとも眉唾予言者の方が東大地震研よりはまだ当たる」
 
現実問題として耐震予算が彼らの予測を前提とした予算組で東海地方に集中してしまい、結果として無防備となった熊本や中越や東北地方に甚大な被害をもたらした、という考え方ができてしまうとしたら……これはもう「学問の探求」といった曖昧な責任回避では済まされないのではないだろうか?
 
「現実に地震はきたのだからまるであてずっぽうだったわけではない」と弁解したいのだろうけど……もしも恥ずかしげもなくその主張を通すのであれば、少なくとも今後は「要警戒」「要注意」といったエリア分けなどはしてはいけない、と思う。

ジャパニーズウイスキー高騰

みなさんは「世界の5大ウイスキー」をご存知だろうか?
アメリカ、カナダ、アイルランド、スコットランド、そして日本のウイスキー達をそう呼ぶのだそうだ。
 
ウイスキーと一括りにされてはいるが、それぞれバーボン、カナディアン、アイリッシュ、スコッチ、ジャパニーズといった通称もついているにはいるが……バーボン以外はひねりがなくてそのまんまではないか(笑)。
 
これら5大ウイスキーはそれぞれ特徴を持っており、味もクセも異なるのだが、どうも最近ジャパニーズウイスキーが異常なほどの高騰をしているらしい。
 
ことの始まりはハイボールの人気が原因で「白州」の生産が追いつかないというニュースを見たあたりからだっただろうか。
「え?そんな美味しいウイスキーをハイボール(炭酸割り)にしちゃうなんて贅沢だなぁ」と思うぐらいだったのだが、そこから一ヶ月も経たないうちにあれよあれよと白州、山崎、響といった高級ウイスキーの値段が高くなっていったらしい。
 
海外からの買い付けやらオークションやらで煽られまくったのも大きいらしい。
 
ウイスキーは8年とか12年とか、もしくはそれ以上の長期間静かに樽の中で熟成させるお酒なので、今から増産したところで供給が安定するわけではない。
必然的に希少価値が高まり値段は高騰していく。
 
まぁ普段はめったに飲まない高級銘柄ばかりなので庶民の我々には関係ないしな、と思っていたのだが……
あれ?ちょっと待てよ?とゴソゴソと整理をしてみると……出てきちゃったのだ!
 
どどーん!
うわぁ……これが今話題の値段の高騰したジャパニーズウイスキー!
 
どれも開封してあるので転売とかはできないけど「どれぐらいの価値があるのかな?」……頂いたものの値段を調べるのはちょっといやらしい気もしたのだけれども……誘惑に負けて調べてしまった。
価格.comの価格推移表を参照した現在価格は以下の通り。
 
竹鶴21年……36,720円
響 17年……74,916円
山崎18年……80,892円
───────────
 合計   192,528円
 
ほほう。イイ値段なんだなぁ……ほほう。(ぷるぷるぷる)
※オークションではさらに高値で取引されている
 
やはり普段から呑んべいを自称していても、こうやって高級なウイスキーは有事に備えてとっておかないとね。
オトナのヨユーってやつかな?(ぷるぷるぷるぷる)
 
え?何をさっきから震えているのかって?
いや、、、あのその、、、
 
スミマセン!とうの昔に全部飲んじゃっていてとっくにありません!
 
というか、3年前の写真を昨日たまたま見つけたことで、今回みたいなブラフ記事を書いてみたくなったのでした!(´_ゞ`)ちーん
 
自称呑んべいの自分がこんな美味しそうなウイスキーを頂いて、飲まずにそのまま取っておくと思いますか?
……もらってすぐ開封して飲み比べとかしちゃったし。うっしっし。
 
まぁさすがにどれも尋常じゃない美味に「ヤバイ…これは酔った勢いでカパカパ飲んでいいような酒ではないぞ」と自制心が働いたので、数ヶ月かけてちょっとずつチビチビといただいていたけれども……
それでもすっかり飲みきってから2年半は経っていますなぁ……
 
ここまで値段が高騰するとわかっていたら……それでも飲んじゃっていただろうなぁ(笑)
というか、コレらが本当に今この状態で出てきたら……もったいなくて飲めないような気がするし!
開封後も風味を損ないにくい種類のお酒とはいえ、おのずと限界もあるだろうし。
だから飲んじゃっていてよかったのだ。
 
先月ハイド様からいただいた高級ウイスキーも全部飲んじゃいました♪
 
下手にまた高騰されでもしたらいよいよ飲めなくなってしまうので、これでいいのだ!←と天才バカボン風に終わる

先輩後輩

第一回目のDTMクリニックを終えてやや脱力していた。
これまでしてきた学校の講義は半分ぐらいの時間が生徒さんたちの実習時間となるのに対して、クリニックの内容はこちらが一方的に発信し続け、注目され続ける2時間となる。
人から言われて気がついたことなのだが「ソロライブ」みたいなことだったのだろう。
クリニック終了後、2本目のビールで早くも“いい気分”になってしまったのは、一気に緊張が解けたからだったに違いない。
 
来月も開催するので、参加できる方は是非♪
 
詳細情報は横田ベーススタジオにて!(今日現在はまだ更新されていない模様)
 

僕にはたくさんの先輩の方々がいる。
これまで生きてきた全てのシーンや音楽の世界はもちろんのこと、日常や趣味の世界などでお世話になった方々のことを指す。
一方で後輩というものが極端に少ない生き方をしてきたように思う。
 
一般的な会社員経験が全くないので上司と部下という関係を持ったことはない。
無論フリーのミュージシャンの仕事現場にも明確な上下関係があるので、最低限の常識は持ち合わせているつもりではいる。
師匠にあたる人は何人かいるし自分が師匠になったこともあるにはあるが、いわゆる「後陣の育成」をした自覚はほぼない。
 
加えて僕は目下の人間に対して偉そうな態度を基本的に取れない人間のようだ。
愛称的に呼びつけをしている例外はいくつかあるものの(みなさんもそうしているようにDAIGOはDAIGOだ)、基本的には君やちゃんやメンといったフランクな敬称をつけて呼んでいる。(辻メン、深尾メンといった謎の敬称が定着している人は案外多い)
 
会社員の上下関係はこの辺りがいろいろややこしく厳しいのは知っている。
対外的には上司も呼びつけにするといった慣習はいまだに馴染めないのだが、そういうものだという理解はある。
 
ところで僕が後輩に対して傲慢な態度がなぜできないのかを自己分析してみると、答えはとてもシンプルだ。
 
「優秀な人間は自分なんて軽く超えてどこまでも偉くなってしまうから」
 
年齢が上だとか、経験年数がちょっと長いからといった些細な理由で上下が決まってしまうことに違和感もあるし、もしも先輩ヅラしていばり散らしていた相手が自分の上司になってしまい、今度は逆にいばり散らされたとしたら……とてつもない屈辱感を味わうことになるのだろう。
 
 
なので僕は威張らないし、威張られたくもない。
 
 
さて、ミュージシャンの先輩後輩のルールは微妙らしい。
僕自身はスタッフとしての経歴の方が圧倒的に長いので、結局このミュージシャンルールには馴染めないまま客観的に捉えるのみだったのだが、、、基本的には「デビューをした順」が基準になるそうだ。
 
例えば「ラルクとグレイはどちらが先輩ですか?」なんて知恵袋の答えを見てみると、
「どちらもデビューは同じ1994年ですがバンド結成はグレイが88年、ラルクが91年なのでバンド歴が長いのはグレイです」と書いてある。
さすがにあそこまでの大物バンドとなってしまうと「俺らの方が結成早かったし」といばることもないだろうが、結構この先輩後輩事情は複雑らしい。
中でも知名度といった一般的な格差があまり反映されていないように思えるのが、僕の中では最大に疑問だ。
近場のミュージシャンでも「え?明らかに目上なのにタメ口きいちゃうの?」といった違和感を感じる関係を幾つも見かけてきたが、なにか僕の知らない別ルールがあるのかもしれない。
 
自分を例に挙げてみると……
UVERworldのSEIKA君は今だに僕のことを慕ってくれる後輩となるのだが、今では彼のほうが知名度も収入も全然上だ。
ね?いばってなくてよかったでしょ?(笑)
一時期は同じマンションの別の階に住んでおり、お互いの部屋を行き来しては情報交換をし合ったり、地元駅前の居酒屋に行ったりもしたが、今度飲みに行った時はぜひご馳走してもらいたいと思う←プライドなし
 
「威張る」という行為はどこか滑稽で子供っぽいとも思っている。
最近流行りの言葉では「マウンティング」というそうだが、自分の立場が上であることを強く主張することを指すのだろう。
威張る行為の何が滑稽かというと……本当に偉い人というのはそんなことをする必要がないということだ。
威張ることによって自分の立場が上であると主張しなければならないというのは、裏を返せばちっとも偉そうに見えないから一生懸命アピールしなければならないということになるのではあるまいか?
 
そして本当に偉い人というのはなにもしなくても偉い人に見えるか、あるいは偉そうに見えないことをちっとも気にしていないかのどちらかなのだ。
「偉い人に見られたい」という行為が子供っぽく見えてしまうのも無理からぬことだろう。
 
威張られて不愉快に感じた時には「ちっさいなぁ」とほくそ笑むことで精神バランスを整えることにしている。
みなさんも試してみてはいかがだろうか。